125 ドレス が お似合い? リーナさん
裏から逃亡。
取りあえず、他のプレイヤーさん達や鑑定カウンターの従業員さん一同の視線から、無事逃亡する事に成功いたしましたので……両目を瞑ってゲッソリしつつ、身体の力を抜いて閉じられた扉に体を預けます。
胸を撫で下ろすとは、まさに今現在の状態ですね。思わず尻尾もシンナリしてしまいましたよ。
パーティで来訪していらっしゃるプレイヤーさんが多かったので、多数の人たちに注目を浴びてしまいました。私は普通のゲームプレイヤーですよ? 見ていても面白くない筈ですよ! ですよね?
色々と面白おかしく脚色された今の出来事が、掲示板に書き込まれてしまっている光景を思い浮かべ、山岳地帯へ出発する前だと言うのにもう既にゲッソリです。体力消耗が激しい。
今後リーナさんにお会いする時は、もう少し目立たない事を念頭に置いて行動せねば、と改めて心の中で誓った私でしたが。
改めて現在たっているリーナさんの仕事場? っぽいお部屋の中を見回します。
リーナさんは私を部屋の中に招き入れた後、色々なアイテムでごった返しているテーブルの上を片付ける為に奮闘中です。あれって全部鑑定を頼まれたアイテムなのでしょうか。
片手で持てるくらいの包みや、両手で一抱え程もある大きな木箱が所狭しと床や棚に置いてあります。
コレは足の踏み場に気をつけないと危険ですね。
恐らく高価なアイテム群とお見受けしましたよ! 弁償とか無理っぽい!
お化粧バッチリのセクシードレス姿なのに、木箱をあっちへヨイショ! こっちへドッコラショ! しているリーナさんを見ているとちょっと面白いですね。お手伝いした方が良いのだろうか?
でもこういう一見散らかっている様に見える物の置き方でも、何かしらの法則があったりして他人が弄ったりすると駄目、っていう場合がありますよね。
等と逡巡している間に、私とリーナさんが普通に座れる程度のスペースが、部屋中央に置いてあるテーブルの周りに開放されました。
っていうか、一気にこの量を部屋の中へ持ち込むよりは少しづつ処理した方が楽なのでは。
やっぱり一々取りに行ったりするのが面倒なのかな?
そんな風に考え込んでいますと、ふぅーと一息ついたリーナさんが汗を拭うように掌で顔を擦って、右手をヒラヒラさせ顔に風を送っています。いやーなんというかお疲れ様です。
「よーし! コレで良いかな……お待たせー! フワモさんそちらの椅子に座って頂戴な!」
「はい、それでは……失礼しますー」
周囲に積みあがっている木箱を蹴り飛ばさないよう注意しつつ、指示されたとおりに椅子を引いて腰を下ろします。座っていれば物を壊したりしないで済みそうですね。
リーナさんが対面の席に腰を下ろしたので、では早速と一番ボール君を手渡しします。
即座に良い笑顔で鑑定を開始するリーナさん。さて今日の鑑定結果はどう出るでしょうか。
「……むむぅ! 流石に伝説級だけあって、今日も歯抜け鑑定結果だぁー」
「また次回挑戦ですね!」
一番ボール君をグニグニと揉みつつリーナさんがニュっと口を尖らせております。
口紅が薄く引いてあって色鮮やかですね。それに何だか唇がプルプルっとして瑞々しい感じが。
それにしても、何故にドレスアップ&お化粧済みなんでしょうか。
出勤時はこういう格好で! とか決まりがあるんでしょうかね。先日みた格好は普通だったのに。
「いやー! わざわざ来てくれてありがとうねー!」
「出掛ける前に、ちょっと通りがかったので寄ってみました!」
「今日この後、厄介ごとが待っててゲンナリしてたんだけど、ちょっと元気出た!」
ハフゥーと本当に面倒くさそうーに息を吐いたリーナさん、テーブルの上に置いてあった卓上ポットをガシっと掴むと、その隣にひっくり返して置いてたカップを手にとってそこに中身をザバーっと注ぎ込みました。
多分何かのお茶でしょうか。フワリと漂う花の香り。
一つを私の方に押し出すようにして差し出してくださいました。折角ですし頂きましょう。
……うん、ほんのり甘味のある美味しいお茶ですね! 香りも凄い良いです!
私がそんな事を思いつつ、ちびちびとお茶を頂いていると……ガバっと一息にお茶を胃袋に流し込んだリーナさん、テーブルに一番ボール君を置いてその上に自分のアゴを乗せました。馴染んでるなー一番ボール君。癒し担当ですね。にしてもそこまで元気を失う出来事って何でしょうね? ちょっと聞いてみましょう。
「その、厄介ごとって何かトラブルでもあったんですか?」
「えーっとねぇ……この後出掛けないといけなくてね……食事にも誘われてるんだよねー」
一番ボール君の上でアゴを弾ませて頭をボヨンボヨンさせつつ、リーナさんが心底面倒くさそうに眉間に皺を寄せてため息をつきます。お食事って事はお昼ご飯を食べに行く感じだよね? 何が厄介なんだろ。
私が不思議そうにしているのに気がついたリーナさん、動きを止めると私に説明して下さいました。
「食事の前にまぁ、色々と打ち合わせって言うか偉い人と会合しないといけないんだよね」
「会合ですか? 何かギルド系の話し合いって感じでしょうか」
「えーっと……まぁいいか秘密にしろって言われてないし話しても」
うん? 何やら逡巡したリーナさんが勝手に納得してらっしゃいますが。
部外者の私が聞いてはいけないようなお話でしたら、無理に教えて頂かなくても大丈夫ですよ!?
「あのねー、このギルド本部の裏手に作ってた建物が先日完成したんだけどね……あそこ、フワモさんみたいな祝福の冒険者さん達の為に訓練所を作る、っていう話になっててね」
「訓練所、ですか」
アレでしょうか、その道の熟練者が武器や魔法等の使い方を教えてくれるみたいな。
【ガイド】さんの時みたいに一々特殊なフィールドに移動しないで済む様にするのかな?
「うん、その訓練所の正式運用がもうちょっとで始まるから、その説明を聞きにいかないと駄目なのです。これでも一応主任クラスなので顔を出さないとダメ! って言われてね……」
「あれですねー偉い人と会食! みたいな感じですねー」
「そうそう! それよそれ! お化粧とか! ドレスとか! もー聞いてるだけで! 面倒ぢからが! 振り切りそうでしょ!?」
そういって憤慨したように息を荒げて、ペチペチと平手でテーブルを叩きつつ言葉を短く区切りつつ強調してくるリーナさん。一番ボール君に乗っている頭の上下運動も激しくなっております。
ちょっと落ち着いてくださいませ。脳が揺れますよ? っていうか面倒ぢからって何ですか。
「さっきまで動く気にもなれなかったけど、一番ボール君のおかげで生きる気力がちょっと湧きました」
「お、お役に立てたなら何よりです、ハイ」
色々とお仕事のしがらみとか付き合いとかあって大変だなぁリーナさん。強く生きて下さい。
「そういえば出掛ける前に寄ってくれたって言ってたけど、どこか遠出するの?」
首を傾げた状態でアゴのしたから両手で一番ボール君を引っこ抜いたリーナさん、そのままズイっと私に返却して下さいました。アイテムボックスに一番ボール君を収納した私は、このあと町を出て北部の山岳地帯へ向かってみようと思っている事を伝えます。
「おお! ついに遠出するんだ! 珍しいものがあったら是非持って来てね!」
「はい、その時は鑑定お願いします!」
一応用事も済みましたので、これ以上長居をしてしまうと出発時間的に危ないですし、別れのご挨拶を済ませてこの部屋から退出する事にします。外の騒ぎは収まってくれているでしょうかね。
そーっと隙間を開けて外を窺ってみようと思ったのですが、リーナさんが裏口があると教えてくださいました。他の町から持ち込まれる鑑定依頼アイテムを、この部屋に搬入するための出入口らしいです。
お言葉に甘えてそちらからお暇させていただく事にしました! 助かります!
「それじゃ気をつけて! 【死に戻り】しないようにね! ふふふふ!」
「ひぃ!? 縁起でもない事を言わないでくださいよ!?」
先ほどと比べると大分元気の出てきたリーナさんからの不吉な励ましを受けつつ、裏口から出た私はギルド本部を迂回する形で、改めて中央の噴水広場へと歩みを進めるのでした。




