4.新しい仕事
それから数日は大変だった。
パン屋と二度寝で寝過ごした弁当やを合わせてクビになった。やはり呪いか?仕方ないので、仕事を探す。仕事を紹介してくれる専門の手配屋と呼ばれる組織がある。異国人のリュカはそこか、サフィロス教会でさがすのだが、教会はリュカの名を嫌がるし、手配屋は手に職がついている人が有利なのだ。
「わたしの特技って・・・。」
正直何にも無かった。少々草木に詳しいだけ。
手配屋を出る。ぞくぞく人は出入りしている。今までは、義父のコネで働いていた。懐かしいなお父様。とかここでゴマ擦ってもしかたなし。
ああ。店の外でも勧誘してる。いいな。わたしに出来る仕事はあるかな?
「ねえ。お嬢さん。仕事しない?」
明るい声がかかる。
軽そうな色男だ。好みじゃない。通り過ぎよう。
「ちょ~と、待って!お嬢さん!異国の人だよね?」
だから?
「大変でしょう?自国民優先だから。」
そりゃそうでしょう。
「仕事。あるよ。」
勿体ぶって男は笑いながらそう言った。
怪しい仕事じゃないんだよ~。主人が気難しいから人が続かなくってねェ。
(人が見つからないのは、あんたが怪しいからじゃないのか。)
まってまって、君なら出来る。とりあえず気が向いたら此処に来てね~。
無理やり紙を握らされた。手書きの地図に矢印。字が読めなくても解るように。
(字。読めないと思われたのか。)
リュカは故郷で母の仕事の住み込み先のおじさん達から字を教わった。その教育は彼等の暇つぶしで、それはもう、どれがどの国の字か判別つかないくらい適当に。
(サフィロス王国の字は頻繁に出てたんだ。)
交易を盛んにしてる国だったからね。自国の字より先に覚えた。蝶の舞うような優雅な筆跡だから、産まれた国の字は隠し言葉とか入ってて複雑すぎて苦手。
数日後。
色男の紙の指示に従い、その店の前に佇むリュカ。仕事は見つからなかった。最後の一つの仕事も失った。夜の番の人が多めに働きたいと願い出たらしい。
「怪しい。」とリュカはため息をつく。
門構えが重厚な赤い柱に支えられた大きな鉄扉。入ったら出られなさそう。帰ろうかな。
「何用だ。」
門の護衛。
「あ。わたしですか?」
「キサマ意外誰がいる。」
門の前で呆けてたのが悪かったか。
「大丈夫です。じゃあ。」
帰ろう。
ギィと引きずる音がして、門が開いた。
「あれー?来たんだ。黒髪のお嬢さん。」
(げ。)あの色男。
「あ。この子、ウチで新しく働く子だから。」
(余計な事を言う。)
門兵はその男の言葉に納得して体を除けた。おいでおいでと男が手招く。地獄の門の入り口か。逃げよう。
思い叶わず・・・リュカは男に腕を掴まれ、強引に屋敷に通された。
呪われてるよ~う。間が悪い病。
・・・お仕事。決まりました。
住み込みだけは勘弁して下さい。そう条件を付け。最初の一か月は帰るとぐったりしたものだか。三か月もたつ頃には一通り慣れた。
通いという形で、雇われたのは沢山の従業員を抱え、お店を幾つも経営している、ラモン・ドルキアさんの住居の掃除婦でした。怪しい仕事ではなく一安心。ご主人のお仕事は詳しいことは聞いていません。聞きたくないので、無視。
「おはようございます。」
「あ。おう。」
仕事にもだいぶ慣れて門番さんとも顔見知り。今日も大きいお屋敷にはいると、何故かあの色男「ノエさん」といいましたか、その人と顔を合わせました。この人いったい何の仕事してるの?
「おはよう。リュカ今日もたのしそうだねぇ。」
「おはようございます。ノエさん。」
この人の顔をみると、げんなりします。ちょいちょい暇つぶしに声をかけて来て大迷惑。
使用人達にも挨拶して、朝のお仕事。料理の下ごしらえや、昨日のお片付け。さくさくこなせた日はとても嬉しい。あっという間に昼になります。軽食食べて、また仕事。
「やあ。リュカちゃん。元気~。」
でた。屋敷の女の子の相手するのが仕事だよ。とか言っちゃう男。
「元気です。」
本当に使用人の女の子に声かけている所しか見たことない。さっさと去ろう。
「じゃあ。わたし。奥様にご挨拶するので。」
ここでの仕事は、専属の使用人の手の届かない雑用を手伝う事。草むしりやら掃除洗濯。それから、最近では、奥様の肩の凝りをほぐしたり、浮気性らしいラモン様の愚痴を聞いたり。
正直。ラモン様の話は聞きたくは無いのですが、たまたま暇だったので、出くわした奥様に「肩もみましょうか?」などと声をかけてしまった為。愚痴聞き係に。
奥様は、お子様もいますし、歳はとっていますが、お美しい方です。こんな奥さんいて浮気か・・・。
(結婚に夢が持てなくなるわ。しないけど。結婚。)
「ねぇ。」
「えっ?」
背後からノエの声がして驚いて振り返る。まだついて来てたのか。
「今日はご挨拶。やめた方がいいよ。」
「日課です。」
「後悔するよ~。」
ヒヤッとした手が肩にかかる。ノエの顔が耳元にあった。リュカは身震いした。この人は猫のように足音を忍ばせて近づく。
「離してください・・・。」
あんたも仕事しろと言いたいのを我慢。
「リュカはちびっ子のクセによく働くねェ。」
絶対バカにしている。確かにリュカは背が高くないが、もう十五歳。成人女性です。ノエが横から見つめてくる。蛇に睨まれているように感じる。
ねぇ。と口癖のような言葉をはいてからノエはニンマリ笑った。
「まぁ。後学の為にはいいかな?」
くすくす笑ってノエはリュカから音もなく背後に離れた。ギッと睨むように振り返れば、ノエの姿は廊下の何処にもなかった。
奥様の室の戸が少し開いていたので、不用心だと声をかけようと中に足を踏み入れた。
「リュード様。焦らさないで下さいまし。」
はれ?奥様お客さ・・・。
奥様は上着をはだけてソファの上でお客人の上にまたがっていらっしゃった。
リュカ。固まる。
昼間から何をしている。するならこんな解りやすい入口付近ですんなっ!心で叫んで、真っ赤になっているであろう自分の顔を、逸らそうとしたら奥様のお相手が声を出した。
「何か用があるのでは?」
とは、リュカを指しているらしい。間が悪い。逃げ損ねている。もしかしなくてもわたしは鈍くさい?
「・・・お前!」
奥様が焦って男の上からどいた。男の方は服をキッチリ着込んでいる。良かった。
いやそれより奥様の不興を買わないようにここを出なければ。奥様の顔は羞恥と怒りで醜く歪んでいる。ノエの「後学の為」という言葉が頭をよぎる。
「奥方。」
リュードと呼ばれた男が、奥様の手を取りその手に口づける。
「また来ます。」
そう言って甘い約束を紡ぐ。そっと奥様の上着を丁寧に着せ掛ける。
極度の緊張で動けなかったリュカはその一部始終を見てしまった。見て、見なければいいものまで目におさめた事を後悔する。
(ロラン・・・。)
ロランとあの時名乗ったのではなかったか。立ち上がった彼は、あの時より暗い色の髪をしていたが、その明るい翠の瞳は変わらず。でも、その眼はリュカを捉えても何の表情の変化も無かった。
奥方の視線が怖いよ。
「君。外まで案内してくれ。」
なんでもない顔でそう言う。ロランさん。
「はい。」
奥方の視線から逃れられるのなら、もうこの人がリュードだろうが、ロランだろうがどうでも良かった。
(人違い。似てるだけ。髪の色違うし。この人も全然気づかないし。)
案内の間。男の顔を見ないようにする。一緒に歩くと余計にロランと混同してしまう。
裏口から出る。というのでなるべく人と会わないようにする。
「君は働いて長いのか。」
「・・・。」
「主人の部屋に予告も無しに入るのは危ないのでは?」
「・・・。」
小言に聞こえる。既視感。
ほんのちょっと見上げると、剣のある瞳に見下ろされていた。
「・・・人を信用するのは止めます。」
思わず呟いてから、まずいと思った。
自称リュードは表情一つ動かさなかった。
裏庭の門扉は瀟洒な作りで門番は居ない。使用人の調理場があるので、彼をそこで待たせて調理場に門の鍵を借りに行く。
鍵を借りて帰ってくると、彼は腕組みして考え事をしているようだった。
「すぐ開けます。」
「君。この仕事向いてない。」
彼は扉をすり抜ける寸前、リュカの耳元でそう囁いて、颯爽と出て行った。
(腹立つ~!何!向いてないって、辞めろってことかぁー!)
悪態はあくまで心の中で、扉を閉めてからも暫らくそうしていて、振り返った。
「ぎゃあ!」
「うわぁ。酷い。何その悲鳴。」
ニンマリ笑うノエが真後ろに居た。
「ふっ普通の、人は気配もなく後ろに居たりしません!びっくりするじゃないですか!」
涙目になる。怖いよこの人。
「ねぇ。」
今の男と何話してたの?と問われる。微笑の形に細められた眼が笑っていない気がして冷や汗が出る。
「・・・。」
「ねぇ。言えない事?」
「あ・・・。その。」
「奥様の男に横恋慕?」
「ンなわけないでしょう!」
ノエがリュカの両肩を掴んだ。
「なら。・・・言えるでしょう?」
怖い。ノエの仕事はココの使用人の監視なのかもしれない。
「の、」
「の?」
リュカの顔が赤くなる。
「のぞきは良くないと・・・。」
言うべきはその部分じゃない気がした。要約すると其処しかなかった。顔が熱い。断じて覗こうとしたわけじゃないのだ。その辺を解って欲しい。怖いけど、ノエの目を真剣に見る。
真っ赤な顔で告白したリュカに、初めて見るキョトンした顔になったノエは、しばらくリュカの顔を眺めてから、ぶっと吹き出して大笑いした。腹がよじれる~。と苦しそうに笑いながらだ。失礼な。




