3.
目を開けたら、幼い顔が傍にあった。
昨夜の少女だと気付いて警戒を解く。震えていたのに、安全な所に誘導してくれた。
昨夜は失態だった。深手ではないが、わずかに体に入った毒の為、しばらく動きが封じられてしまった。主が聞いたら呆れるだろう。
痛みの具合を看ながら体を起こし、今の自分の状況を見回して、彼女の顔色で朝まで看病してくれたのだろうと推測する。
こんな風では、この娘はすぐ騙されて売り飛ばされるのではないかと、心配になる。知らない男の横で、すやすや寝るなど危ないじゃないか。
「ここは、空き家だとか言っていたか?」
乱雑な部屋だ。衣類も脱ぎ散らしてあるし、洗っていない皿がテーブルに盛っている。本当に人が住んでいないのか。
「関係ない・・・。」
これ以上この子に関われば迷惑をかける。が、かといってこのまま床に寝かせておくわけにもいかない。この部屋に一人残すのは不安だ。
朝なら奴らは来ない。家の者がもしいた場合が懸念だ。まずは着替を。
この家の服を拝借するか。もし家人がいた場合を考えると、この子は置いていけない。窃盗を疑われるかもしれない。
「うぅ~。」
少女がうなされている。黒髪が顔にかかって邪魔そうだ。自分の主より少し長い肩をかするほどの長さの髪。払いのけてやると、表情が和らいだ。
(婦女子としての自覚が皆無だな。)
幼子とはいえ十二かそこらの、年頃の娘が男と二人きりで寝込むな。
「起きてくれ。」
人通りが増える前に出たい。起きたこの娘に、明るい所で顔を見られるのも困るが、置いてはいけない。看病してもらった恩がある。
「起きて。」
爆睡。・・・ムカッときた。
「いい加減に起きないと襲う。」
嘘だ。しかし、声は不穏な空気を纏う。
「え?」
ぱちりと開いた茶色の目。
「あ。」
少し覆いかぶさるようにしていた彼と目が合う。驚いた顔。
叫ばれてはまずいと冷や汗がでた。
彼の瞳は新緑を移す湖面みたいに輝く若草色。きれいだなあ。そう考えて、リュカははっと思い至る。
「傷。大丈夫?」
リュカが起き上がると、青年(五つ六つ年上に見える)はリュカから離れた。不思議そうな顔をしている。何か言いたそうな。聞いてる暇はないので立ち上がろうとしたら、徹夜明けでよろめく。まだ数分しか寝てない感じ。
「つっ!」
よろけたリュカを支えたら青年のわき腹が痛んだらしい。
「大丈夫?」
じゃ、ないだろうなと。青年から距離をおく。警戒した方がいい。今更ですが。
「と、とりあえず。わたしは帰るのでっ。」
さっさと、この人とおさらばせねば。
ふらつく身体で彼も起き上がり、マントを拾う。色々問いたい。でも、好奇心は身を滅ぼす。知らん顔でここをでるのだ。
「君。」
「へ?」
君とか言われた。
「助かった。」
「は?」
背の高い男前にまっすぐに目を見つめられて、硬直する。凄く目を逸らしたい。
「ついでにこれから私がすることも見逃してくれないか?」
なにすんの!
彼は部屋を物色し着替た。
リュカは逃げればよかったのに、朝が来た安心感と彼の昨夜とは違う穏やかな雰囲気に油断して、ぼーっと立ち尽くして、着替えた彼がこの辺の住人になじむような格好になったのを、見ることになった。
(ちょっと上品過ぎるけど溶け込んでる。)
外に出たら、もうリュカを放っといて欲しかったのに、彼は送ると言ってついてきた。そして、自分は「ロラン」と言うと名乗り、じっと見つめてくる。
「・・・リュカです。」
「リュカ。」
その響きに、思い当たるような顔。そらそうでしょうとも。
この国のおとぎ話。〈愚かな王リュカリオン〉子供でも知ってるそのお話の主人公にリュカの名の響きは似ている。リュカは異国生まれなので、響きが似てるのは偶然だが、そのお話は題名通り。
『むかしむかし竜の国がありました。その国の王の名はリュカリオン。リュカリオンはとてもわがままで冷酷でした、民を苦しめ臣下を殺し、悪の限りを尽くしたリュカリオンは、湖の畔に住むサフィロスという女神を妻にしようとしました。サフィロスには愛するアイロスという騎士がいたので、リュカリオンに抵抗し、怒ったリュカリオンはサフィロスを湖に沈めました。しかしその愚かな行いに裁きが下され、アイロスと神の遣わした魔術師によりリュカリオンは小さなトカゲへと変えられてしまいました。王国はそれよりアイロスの国となり、その地はサフィロス王国と呼ばれるようになりました。』とな。
子供向けの童話で建国史なので、大雑把感が否めないが。お蔭でリュカはこの国に来た頃、学舎でやたらと「リュカリオンだやっつけろ」とか「バーカ!リュカリオンの癖に」とか言われた。
リュカの国では竜は神獣なんだぞ。リュカリオンとは言わないけど。
考え事をしていたら、もうすぐ、リュカの住まいについてしまう。ああ。違う場所に誘導してもよかったんだ。と今更気づく。
二階建ての質素な作りの灰色の建物。二階の隅が私のねぐらだがそこまでは言わない。
「あそこです。じゃ。」
とんずらしよう。
あ。名前も嘘でよかったんだ。
ちらと、ロランさんを見上げれば、観察するように見られていた。
珍獣じゃないし!愚かであくどい竜王でもないですからっ!
「昨夜はありがとう。」
つぶやかれた言葉にリュカは少し照れる。
「え。なんにもしてないですし。」
「でも君は人を信用し過ぎるみたいだから気を付けた方がいい。」
重ねられた言葉に愕然。
あんたがそれを言うか!彼はかわいそうな子を見る目です。今日は仕事に無断で遅刻したのにその暴言。本当に知らん顔して帰ればよかった。きっとパン屋はクビなのに。泣けるわ。
ロランはいっそ颯爽と帰って行った。リュカはドカドカ歩いて解りやすく怒っている。そして部屋に帰ると、パン屋に赴くことも出来ず、バタリとベッドにつっぷして寝入ってしまった。
部屋の窓が締め切ったままの部屋。彼女が見た先。
(二階の端か)
帰ったフリをしたロランは、一応リュカの部屋の確認をして、今度は本当に主の元へ向かった。




