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2.出会い

王子フェードアウトしてます。

 一年前、私は安い賃金を増やしたいが為、仕事を三つほど掛け持ちしていまして、あのままいってたら死んでたな。としみじみ思い返すわけですよ。


 その日も、早朝のパン屋の仕込み、昼の弁当売りの手伝い、夕方からは酒場の裏方皿洗いをしまして、働き口は食関係ばかりなのは、もちろん残り物目当てです。

 くたくたで(若気の至りで無茶しました)若干、よたよたしながら帰路を急いでいました。

 いくら色気皆無の身体つきとはいえ、十五歳のぴちぴち乙女ですから、暗がりで襲われたら顔とかどうでもいいでしょうし危ないです。今日はいつにもまして忙しかったんで、女将さんにあと少しだけいて頂戴。と頼まれました。断ろうと思ったら、繋ぎの人が遅れるとのこと、それは大変!帰りますけどね。と、さっさと帰り支度をしていたら、女将さん。

「超過時間分給金いつもの倍出す!」

「解りました。お手伝いします。」

交渉成立。いつもより帰りが遅くなりました。


 それにしても、ボロい共同家屋の我が家までの道のりが遠い。暗い。

 家の前まで出れば、沢山の人が住み、家族連れもいるのでその家の明かりで、結構ほっこりするのですが。

「雨?」

ぽつぽつ、落ちる速度が速い。これはザーッと来るな。

 迷ってから、帰り道を変更。すっかり人通りがなくなった大通りを横切ってから、錆の目立つ屋根のある細い路地に入る。ほとんど濡れないで帰れるけれど、たまに酔っ払いとか、色々見せたがる人とかが路地の分岐点に居たり・・・。

 寒いし、大丈夫だよね。


 ザアー。と本格的な雨音。

 屋根に当たる水滴の金属音。


 濡れたら寒いしここを通る事にして良かった。雨音で騒がしい。心臓がドキドキするのも忘れられる。やっぱり、濡れた方がよかったかも。なんて思わないように気を付ける。無意識に足音をたてないように進む。


 自然と耳を澄ますと、無音でない事も分かる。遠くで人の喧騒。酒場で誰か揉めたのかも。この辺りまでガタガタ音がするのは珍しい。



 やだな。リュカは足を止めてしまう。凄く近くで音が「ガタッ」っていった?いやいやいやいや。ないないないない。ひ・・・左の路地から気配が・・・。

(ネ、ネコってことですよね?)

 にゃ~っていえコラ!

「う・・・。」

う。呻き声ですかー。

 目がいやいやそちらを見てしまう。

(手ー!がー!)

声にならない。人の手が地面から出ているー!って、違った・・・。

 ほったらかしの木箱の横から男の人っぽい手がにょきって、酔っ払いかよ。ふうびっくり。

 その手が木箱をぎゅっと握って、のそっと人の頭が起き上がる。早く通り抜けないとこいつ襲ってくるかも?男を用心しながら足を進めようとしたら、顔を上げた彼と目があった。

(え?男前。)

あ、すいません。なんか余計な感想を持ってしまった。暗くてよくわからないが、家から漏れる仄かな明かりに照らされた横顔が、整ってました。体を隠すように暗色のマントを羽織っています。起きた拍子にフードがするっと後ろにいっちゃったので顔見えました。

「な。」

彼が驚いたような顔になります。そして、怒ったような。

「何をしている。」

「は?」

囁くような声で咎められて、腑に落ちない。家に帰るトコです。なんか文句か。

 彼は後ろを振り返り、よろめく様にこっちの路地に出てきました。左右を確認して。

(え?見せびらかす系の人?がっかり。)

逃げようと思ったのに、すんごい勢いで腕を掴まれました。ひーーーー!

 怖いよ。目が真剣だ。こういう時悲鳴とかキャーってでないもんなんですね。泣くわ。自分の不甲斐なさに。男前は顔を近くで見るとやはり整った顔をしておられた。残念。

「騒がないでくれ。」

変態発言。

 絶対逃げてやる。と思ったのもつかの間。反対の路地に連れ込まれる。流石に抵抗出来ない力負け。その路地は狭くて、人も来ない柄の悪い場所だ。怖いんだよ!男は窪んだ路地の隙間に、リュカを押し付けるようにしてくる。

 冷静に冷静に。逃げる隙を窺うんだ!・・・手が震える。手だけじゃなくて体中。怖いよ。雨音が激しくて、悲鳴もかき消されるのかも。

「死にたくなければ、大人しくしていろ。」

 男はキョロキョロしながら周りを窺っている。用心するように。

(殺す気かぁーー!)

逃げるぞ!身じろぎして身体を離そうと、したら・・・。

 首を掴まれた。


 身体がすくむ。


 焦るリュカと同じく彼も焦っていた。人と出会うとは想定していなかった。

 まさか、子供がこんな夜中に外を出歩いているなんて。

 言いたくはないが静かにさせなければ、奴等に見つかって命はないと思った。だから大人しくと言ったのに、子供は動こうとする。手荒くする他ないと、細い首を掴めば、動きはピタリと止まった。

 少女の様子を見ようと、目を向ける。


 くたくたになるまで、一杯働いて、頑張っているのに・・・母のように嘆くこともしていないのに・・・こんな所で首を絞められて、人生終わり?リュカは涙が出そうになる。


 目が合った少女は、全力で謝りたくなるような、幼気な瞳でこちらを見ていた。


 視線が合った男の鋭い視線が一瞬、揺らいだ。


「ごめん。」


(え?)


 言うつもりの無い言葉が口をついて出た。気まずい。眼を逸らす。 


 ごめんって言った?その割に首の拘束は健在。

 少し冷静になったので、男を観察。別に変な事を(十分変だけど)してくる気配はない。リュカを家屋の隙間に、隠すようにして辺りに耳を澄ましている。守る・・・ように?ないない、ない、よね?


 雨のおかげか、奴らも気配を消して追うより、あからさまに姿を現して牽制する方が良いと思ったらしい。雨を弾く足音と、指示を出す声が微かに聞こえる。


 リュカの耳にも雨音に交じって、不穏なざわめきが滑り込む。数人の人が誰かを探している。酔っ払いの喧嘩とは違う。


 気付かれるかもしれない。嫌な予感がする。路地は狭く反撃が出来そうもない。腕の中の少女も何か気付いた様だ。震えは消えないが大人しくしている。幼いのに気丈な子だ。親元に返してやりたい。

(自分が囮になるか?)

いや。それでは主に申し訳がたたない。逡巡している場合ではないのに。


 怪しい。リュカはこういう時は自分の感に従う。

 この人を探しているらしい危なそうな気配に巻き込まれたくない。ならどうするか?

 リュカの存在を知られたらきっと危険。でも、一人で逃げる切れるか?・・・無理。


 しようがない。連れてくか。

 男の腕を引く。一瞬だけ視線がこっちへ向く。

(こら。こっち向け。)

くいくい引いてたら、睨まれた。めげずに「コッチ」とあごで示す。?な表情をされた。構わず、ここぞとばかりに引っ張った。

 リュカの記憶では。この先に空き家の裏口がある。不用心で、建付けの悪い扉はいつも開いている。そんな家が多いから入りたくなかったのだが。

 男がよろめいたが、構わず引っ張っていく。何故かちゃんとついて来る。不穏な雨を弾く足音達はまだ遠い。今の内。

(やっぱり空いてた。)

 ボロな扉は開くと音がするので、風で常にバタバタはためいてる屋根の音に合わせて、開閉。そっと室内へ。やった!満足して振り返ると、自分より背の高い男の影。


 あ。変態連れ込んだ事になるのかな?困った。でも、きっとあの嫌な感じの、ざわざわから遠ざかる方が先だったよね。自分に言い聞かせ、男と向かい合う。


「ここは?」


 今度は男の方が用心したような声になっている。失礼な。


「空き家、です。多分。」

室内は家人がそのまま夜逃げでもしたのか、荷物が散乱していた。

 やっぱり逃げよう!くるりと扉を目指せば、直ぐに捕まった。


「ダメだ。危険だ。」

いやいや。見知らぬ貴方の方が危険です!ガッツリ後ろから抱きつかれている。人生初。相手は変態(認定?)なのに。顔が赤くなるのをとめられず。わたわた挙動不審になるリュカ。

「まだ待て。奴らもいつまでもは、いな・い・・・。」

はれ?

 ずるっと腕が離れて、彼が崩れ落ちた。

(何?ちょっと、どうしたの。)

声を出してはいけない気がして、心でつぶやく。膝を折って彼の様子を確認する。

「けっ。」


 怪我してる。自分で血止めした跡があるけど、服の上からでもわき腹に赤い血が滲んでいる。

(厄介事かかえた!やっぱ。運が悪くなる呪いでもかかってるよ。)

リュカはちょっぴり諦めた。


 ・・・ウチの家系は呪われている。故郷の祖母がよく口にしていた。間が悪い運が悪い色々悪い事が重なる。祖母はいつでも嘆いていた。リュカはそんな祖母を暇だね。と眺めてた訳だが。

 たしかに、先祖の土地を騙され奪われた祖母、夫が病死し借金を抱えた母は、そんな風に見える。祖母が死ぬと身寄りもなくなるくらい親戚一同死んでるし。母は働き先が落ち着かず、二人して賃金のいいサフィロス王国まで流れ着いた。運は悪そうだ。

 母は今新しい夫(お人よしな義父)と別の国に出稼ぎに行っている。一緒に暮らすはずが、父の働き先が急遽変更されたのだった。間が悪い?

 別れた時の両親の涙。リュカは泣けなかった。かわりにホッとしていた。十四歳になったばかりだったが、この国では成人だし、いい加減。嘆くのが得意な親とは離れてみたかった。


 つまらない事を考えてしまった。眠りながら男の人が苦しそうな顔をするから、「また」と不運を嘆く苦しげな母を、思い出した。

 傷のせいで熱をもったのだろう。顔が赤くなってて、汗もでてる。熱がちょっとでもマシになるよう願って、濡れた布を額に置いて、滲む汗も拭いてやる。

 意識が朦朧とした男の人は重くて運べなかったから、床にそのまま寝てもらう。勝手に部屋からシーツを拝借し。誰も入って来るなよ念を送っとく。ボロ屋のたてる風の音に時々ビクつきながら、必死で脱がせたマントを畳んで枕替わり。寝心地は悪かろうが、我慢して欲しい。



 雨が上がったのか、ちゅんちゅんと小鳥が鳴く。

 リュカはため息をついた。恐ろしくバカな事をしている気がする。朝の光が安普請の家に差し込む。やはり空き家だったらしく誰も入って来なかった。助かった。眠い。

 怪我してたからって、見知らぬ人を一晩看病したバカはリュカくらいだろう。怖さより「ごめん。」と言った時の申し訳なさそうな顔が、悪さを咎められた子供が拗ねて謝る時みたいで、大丈夫な人?なんて考えてしまった。バカだ・・・。 


 精悍な顔立ち。リュカが知ってる人達と違う世界の人。と、まじまじと見つめてる間に朝でした。

 明るい中で見る彼は、赤銅色の髪を額に張り付けて、今はかなり楽になった表情をしている。瞳は何色だろう?昨夜は暗くて判らなかった。肌も綺麗だね。男の癖に。身体つきも鍛えられてて、酒場で見るぽっちゃり気味なオジサン達とは全く違う。あれ?自分が変態発言しちゃったかな。・・・ああ。眠い。


 リュカは、寝息が落ち着いてきた男につられるように寝てしまった。睡魔に負けて無防備に。



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