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13.

 リュカの記憶が思いだされる。


「こっちが食用葉。そっちは毒草!食うなよ。」

「コッチ?」

「違う!このもこもこの葉のやつが食用!」

「もこ?」

「毒草はもこって部分が大きいだろ、ってそれが毒!食うな!」

「ふぇ・・・。」

リュカは泣きそうになるのを口を閉じてこらえた。


 一見。広大な庭園に見えるその場所は温室。ガラス張りのアーチを描く天井から日が射しており、二人を明るく照らしていた。多種多様の植物に囲まれたそこは、リュカの記憶では、研究所の『植物園』と呼ばれていた施設だった。

 ひょろりと背の高い男は白衣を着ている。彼はこの国では珍しいごく薄い茶色の髪をしていて、それは見事にぐっちゃぐちゃに絡まって伸ばし放題に顔まで覆っていた。彼の足元には子供。両の手には二つの鉢植え。

「ああ~もう!お前は覚えが悪いなぁ。」

ぐしぐしと苛立ったように頭を掻いてさらに巣と化す。

自分の腰丈も無いような子供に何を教えようとしているのか、そして擬音が多過ぎて解りずらい。この男はいつもそうだった。

口元しか見えない男の様子は、言葉で判断するしかない。リュカは、素直に怒っていると判断する。彼女に彼の方が無茶な事を言っているという考えは浮かばない

「ごめんなさい。」

リュカは彼を見上げて謝る。

「へ?あ!おい!なんで泣きそうなんだ?!」

やっとリュカの様子に気付いた男は挙動不審になる。女子供に厳しすぎると所長から注意を受けている。彼はキョロキョロと周りを見回し、誰も居ないことを確認。

屈んでリュカに目を合わせようとする。

「いや!別に、今、解らなくていいんだ!こら!」

ううっとリュカが涙を堪えると、替わりに鼻が詰まる。ズビッと鼻をならす。

「汚い。泣くな。」

顔を拭こうとしたリュカの手の上には鉢植え。ぐらついて落ちかかる。彼は慌ててしゃがんで取り上げた。そっと棚に戻す。

「これでも貴重な資料なんだぞ!」

「ご、め、なさ、い。」

「ええええっ?いや!違う。怒ったわけじゃない!泣くな!」

リュカには声を荒げて怒ったようにしか聞こえない。

リュカが自分の服で顔を擦ったので、彼はそれを遮るようにして薄汚れた白衣で、ぐいぐい拭った。白衣は硬くて、リュカの柔らかい頬を赤くした。

「・・・痛い。」

「おお?そうか!お前が汚い顔晒すからだぞ。」

そんな事を言うからいつも上司に怒られるのに、彼は気付いていない。ただ気まずげに白衣を自分で眺めて、自分の顎の当たりをこすってみる。痛いな、発見とばかりに呟く。

「だからぁ。」

彼はリュカの顔を覗きこんで縮こまった。リュカも小さいので二人は植物たちの陰に隠れてしまう。

顔が半分以上隠れたままの彼は、そーっともう一度周りを伺い、よいしょと、おっさんみたいな掛け声をかけて座り込んだ。リュカを抱え、その膝の上に乗せる。

「無毒と有毒の植物の違いは些細で場数を踏んだ慣れた奴でも見間違う。まだ、今。お前が解らなくてもいい。ただ、問題はそこじゃなくて、知識が有れば間違う事も少なくなるが、もしこの毒を間違って接種したら、どうするか。どう思うリュカ。俺は前からある方法よりこっちの方が効率がいいと思うんだ。」

彼の口元は笑っていた。だから、リュカは始まってしまった講義を聴く。意味は殆ど解らないが彼が楽しそうだ。

 だが、専門用語満載の長話に子供が付いていける訳もなく、頷きが眠気に変わり、うとうとし始めたリュカの耳に滔々と語る彼の声は子守唄。多分寝入っても話し続けた事だろう。


(変な人までも思いだした。)


「リュカ。」

ロランに肩を掴まれて思い出から引き戻される。

 リュカは座るディネに屈みこみ、白いケーキの上のツエリの葉に似た物を取り去ろうと手を伸ばした。

 その手もロランさんに取り押さえられてしまう。困って彼を見上げれば、

「食べたいなら、次、買ってやるから。」

「・・・。」

可愛そうな子を見る目で見降ろされていた。違う。

これは思った以上に恥かしい。リュカの頬はだんだんと熱くなって来た。せめてこの偽ツエリを取らせてくれ~。今度はチラとディネの方を見る。珍妙な者を見る目だ。恥かしい。子供にその視線を向けられるのは痛い!

「その~。申し訳ありません。えと、葉っぱを・・・。」

「は?」

「リュカ?」

二人同時に訝しげな声を上げる。どこまで言ったらいいのやら。小さな葉に目を落としてリュカは消え入るような声で続ける。

「その葉っぱは食用ツエリに似ていますが、別の葉なので、食べない方がいいです。食用じゃないので、有毒です。というか、あのお店、全部それ使ってる?困るかな?下処理してないよね。症状はなんだっけ?」

途中から独り言だった。


 かちゃんという軽いフォークを置く音で、ディネを見る。

「別の葉?」

笑顔だ。怖いよ?食べてないようでなにより。

「リュカ。そういう事は簡単にいうものじゃない。」

「面白そう。お姉さん話してみて?」

(お姉さん?ちびっ子扱いされがちだから、ちょっと嬉しい呼び方かも。)

ディネはキラキラ満面の笑顔で足を組んだ。ゆったり重ねた手をその長い脚の上に置く。背はリュカより低いのに足は彼女より長いような気がする。

「あの。」

ロランさんを見ると、頷いて話をうながした。そうでしょうね。商品として流通しているものだし、葉っぱ取って終わり。とは行かないですね。

「ツエリはこの国でも自生していますよね。繁殖力強いし。でも。偽ツエリ。故郷ではナノカクダリ。あ!症状は下痢でした。即効性で七日間苦しむという・・・!」

思い出して自慢げに二人の顔を見たら、微妙な顔をされた。また。顔が熱くなる。背中にも汗が・・・。言葉を選び間違えた!

「偽ツエリは、元々私の故郷でも珍しい草でした、今はそうでもないです。繁殖しまして、で、とにかくコレ知らないと間違いやすくて、並べれば違うって解るのにバラバラに見ると香りも色もそっくりでして、見分けるのは形・大きさなんです。並べて比べてですけど。」

リュカはそう言うと、あの時の研究員のおっちゃんの様に語りだした。無毒化の仕方。症状が出た後の処置方法。薬の処方。知る限りを。


「で、このケーキの上のはナノ・・・偽ツエリです。」

「警邏に通報して店の確認をさせた方がよさそうですね。」

おや。信じてくれる?ロランさんを見る。彼はディネの方を真剣な顔で見ていた。ある種悲壮な顔。

「出店したばかりで材料の不備なんてね。」

え?ディネ君も信じてくれる?いや、ただのケーキ食べたい子と思われても、居た堪れないのですが。

「ね。お姉さん?」

「はいっ?」

「詳しいね?」

「まあ。マメ知識?」

「作り話にしては詳細だから信じるよ。」

一応信じた振りをしたと聞こえた。信頼する眼には見えません。キラーンと光る眼光。チラと見るケーキ。食い物を食べ損ねた恨みですか。気を付けよう。


 葉は検査に回され、ロランさんはその日そのまま帰って来なかった。


 リュカはと言えば、普段通り。ぐっすりと寝たかった。ロランに促されるようにして、ディネが立ち上がる姿が思いだされる。愛らしい顔が、不意にリュカの目の前に来る。視線が少し低い。だから綺麗な碧眼にうるっと見上げられる形になったのだが、じっとリュカを見つめるのでその瞳にリュカの影が映っていた。

(うわぁ。こんな綺麗な子の目に自分いるよ。やだな。シルエットでさえ地味。)

心折れそうになるので、止めて下さい。

「またね。お姉さん。今度は僕の家に招待するよ。」

にっこり笑った彼は近付いた時と同じように離れた。なんか怖い。


ロランに見送られひっそりとディネは帰って行った。ディネの帰り際の言葉がロランの気持ちを引き締める。

「あの娘。調べ直した方がいいよ。」

「身元は証明されています。事件との関連性も。」

「でもね。僕みたいな者しか知らない様な知識があった。」

「・・・葉の?」

「まあねそれに近い。ロラン。店側の過失なら被害は出ていると思うな。頼むよ。」

「御意。」


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