歪んでいようと愛は愛
「ジンクス」
口の中でチョコレートを転がしながら、回転椅子の背もたれに寄り掛かっている彼女――作は、ぼんやりとした様子で呟く。
きっと独り言だろうけれど、何の話か、視線を向けてしまう。
なになに?と無邪気な声を上げるのはソファーの上で正座をしていたMIO。
くるり、体の方向を変えて、ソファーの背もたれに上半身を乗せて身を乗り出す。
その横で本を読んでいたオミは、僅かに眉を寄せただけで何も言わない。
「んふふ。バレンタイン及びにチョコレートのジンクスだよ」
気味の悪い笑い方をしながら、回転椅子を回してこちらに体を向ける作は、結い上げたポニーテイルを揺らしながらチョコレートのラッピングをゴミ箱に投げ入れる。
本日はバレンタインデーということもあり、いつもより校内は浮き足立ち、甘い匂いが広がっていた。
別段、私達以外に親しい友人がいるわけでもない作ですら、紙袋一つがいっぱいになる程度にはチョコレートを貰っている。
斯く言う私達もそれなりだが、やはり一番多いとなると唯一と男でもあるオミだ。
「チョコレートに髪とか血とか入れて、片思いの相手に食べさせると両思いになる」
僅かに乗せていた笑みを消し去り、抑揚のない声で吐き出された言葉に、オミが本を閉じる。
MIOの笑顔がなくなり、口を開いたまま動かなくなる。
何となく、ろくでもないことを言う気がしていた私は、小さく溜息を吐き出して珈琲を啜った。
固まっているMIOを見ながら、新しいチョコレートへと手を伸ばして、そのラッピングを解いていく作。
悪気があるのかないのか……確実に前者だろう。
性格が悪いと言うよりは、空気が読めないと言うか、自分のペースを貫き過ぎなのだ。
「作ちゃん、食べるの止めよう」
ガシッ、と作の腕を掴んだのは、ソファーの背もたれを飛び越えて、作の目の前に立ったMIOだ。
目の痛くなるような赤く長い髪が揺れる。
こちらからは顔が見えないけれど、たまにしか見せないレベルの真顔をしていることだろう。
流石にオミも首だけそちらを向けて、成り行きを見守っている。
ただ、その閉じた本は栞が挟められていないことを私は知っていて、そっちの方が気になるのだけれど……珈琲の入ったマグカップ片手に見守るしかない。
「やだなぁ。ボクは女の子、相手も女の子。同性愛を否定する訳じゃないけれど、まぁ、有り得ないよ」
「有り得ないは有り得ないよ」
珍しいくらい真面目な声を出すMIOだけれど、そういうのが作のツボにハマっているのが分からないのか。
私からしたら、作がMIOをからかって遊んでいるようにしか見えない。
きっとオミもだろう。
「うん。そうだねぇ。有り得ないは有り得ない、ボクも良く使うからなぁ。そうだよねぇ、世の中に百パーセントってないし、それに近付こうとするのは難しいもんねぇ」
ふわりふわり、確信を持たせるような言葉を投げずに、うんうんと頷きながら吐き出す作。
酷く間延びした声が、薄い膜を纏っているようで欠伸が漏れた。
哲学的な面倒な話になると、作は決まって間延びした話し方をする。
それにどういう意図があるのか、私にはまだ分からないが、無意識にそうなっているのではないかとも思う。
あくまでも、推測の域を出ないが。
「お前ら、面倒だからその話止めろ」
カチャリ、音を立ててソーサーの上にカップを置いた瞬間に、重なるようにオミが二人に声を掛けた。
横目で二人を見ながら目を細めて威嚇する姿に、私は軽く肩を竦める。
甘ったるいチョコレートの匂いがする一室で、何故にこんなにも殺伐とした空気が出せるのか。
「でもさ、ボク達はずーっと四人だよ。きっと、この中にジンクスみたいなのが混ざってても、そんなものじゃ、変えられない関係があるんだよ」
「……気持ち悪い」
「知ってる?オミくん。キモイ、よりも、正式な気持ち悪い、気色悪いの方が、人は傷付きやすいんだよ」
ふふ、小さく笑う作は楽しそうだ。
今日は随分笑う、良く笑うな。
そんなことを考えながら見詰めていると、ゆっくりと作の手を離したMIOが、しょんぼりと俯いてソファーに戻る。
ごめんね、小さな謝罪を耳にして、作がボクもごめんね、と言った。
口の中にチョコレートを放り込みながら言っても、誠意の欠片もないのだが。
オミもそれを見届けてから、読書に戻る。
閉じたページを見て、眉を潜めて、溜息を吐き出して、ぱらぱら探し出す元のページ。
「ボク、三人のなら食べれるけどなぁ」
ころり、赤い舌の上で転がされたトリュフ。
私と視線が合った瞬間に、今日一番の笑顔を見せて、二人が振り返ってその笑顔を見る。
あぁ、そうだね、私達も同じだろうよ。