CHAPTER7:役者紹介
――――体育館。
約百二十人ほどの生徒が座ったり立ったり、喋ったり騒いだりでごった返していた。
もう全員が興奮状態で、劇の内容や役者のことばかり話していた。
彩音は、その生徒の群れを拒むように離れ、壁にもたれて座る涼の姿が目に入った。
興味ない、つまらないといったような目をしている。
その様子を遠目で見つめていると、向こうもこちらに気付いたかのように顔を上げた。
そのとき、ざわつく生徒の声を一掃するかのような大声が、
舞台のほうから聞こえてきた。隣のクラスの担任、阿久津先生だ。
生徒たちは一斉に黙り込み、一斉にそちらを見遣る。
「ったく、お前らは一から十まで言わんとわからないのか!?」
吐き捨てるように言う。とても威厳がある顔つきは生徒を黙らせるには十分だった。
生徒たちは背の順に並び始めた。各自で前にならえをし、その場に気をつけをする。
それを見届けた阿久津先生は、舞台の上で腕組みをした。
裕子は彩音の耳元でささやいた。
「あんなのが担任だと、マジでやる気失せちゃうよね・・・」
賛同し難い愚痴だった。なぜなら、阿久津先生にも一理あるからだ。
彩音は苦笑いを浮かべて相槌を打った。
阿久津先生の隣に、松倉先生がのこのこと現れた。
「ええー、生徒はこれで全員ですか?」
小声だったがよく聞こえる。阿久津先生は一言、わからないと言った。
そして阿久津先生は一歩前へ出ると、腕を直して生徒たちに指示を与えた。
「おい、代議員、人数確認をしろ。できたら俺のところに言いに来い」
彼はいつも命令形。学校で有名な鬼教師。担当教科は体育だ。
代議員はその場に立ち上がって、前から順番に人数を確認していった。
「なによあれ、えらそうに」
背後から裕子の声が聞こえた。憎たらしい口調である。
彩音は阿久津先生のことをよく知っている。確かに怒ると怖いし、口調も悪いけど、
やっていることはいつも正しくそして熱心なのだ。
だから彩音は先生を批判しない。というかあそこまで真剣になってくれる人を批判できない。
代議員が人数を数え終わり、先生に報告した後、
阿久津先生は「よし」と呟いて足元においてあった紙に手を触れた。
「どうやら全員揃っているみたいだ。では今から劇の台本を配る。
最前列の生徒は台本を取りに来い」
最前列の生徒は阿久津先生の機嫌を損ねないようにさっと動いた。
命令形の彼にムっとする生徒も多いが、それ以上に彼が怖いため黙り込んでしまう。
生徒たちは紙を受け取り、後ろへまわしていった。
これが一般的な配り方。そして次は、二列目の生徒が取りに行く番である。
そんな調子で三十枚ほどの藁半紙を配り終え、ようやく落ち着いた。
もうお気づきの方もいるだろうが、その藁半紙は劇の台本そのものである。
三十枚、半分に折って表裏。藁半紙の下の方にページが書かれていた。
「今からホッチキスを配るから、指示通りに折っていけよ。
まずはここを半分に―――」
阿久津先生は前で実演し、作業を進めていった。
やがてホッチキスもまわし終え、全員が一冊の台本を作り上げた後、
ようやくキャラクター紹介に突入というところであった。
「よし、じゃ今からキャラクターの紹介をしよう!」
阿久津先生は少し微笑んで言った。生徒たちの間から歓声が湧き起こる。
待ってました、というように彼らは一ページ目を開いた。
そのときだった。
「彩音!」
裕子だ。裕子はさきほどの不機嫌な口調はなくなっており、
いつもの男っぽい口調でささやいた。
「主役のセリフ数見てみて!」
「え、うん。わかった」
彩音は言われた通り、台本の{主役:ピュネ}というところに目をやった。
そしてセリフ数を確認する。そこには二百三十四と確かに書かれていた。
彩音は驚いた様子で言う。
「なんでこんなに多いの!?」
二百三十四なんて誰が覚えられるのだろうか。
しかも、これに感情表現や演技が入るとなると、明らかに異常な数字だと思う。
「あんた行きなよ! 白いドレス着れるよ?」
「えっ?」
「説明するからよく聞くように!」
阿久津先生が二人を見つめて叫んだ。ビクっとした二人は咄嗟に話をやめる。
フンと不機嫌そうに鼻を鳴らした阿久津先生は、また長々と説明を始めた。
(やっぱり、怖い・・・・)
彩音は思った。でも、それ以上にさっきの裕子の言葉が気になる。
(でも白いドレスって・・・なんだろう?)
「主人公ピュネはセリフも多く演技も難しい。だが、やりがいはあるし、
格好良いセリフや感動するセリフが多い。もしやるとすれば一番目立つだろうな。
ただし・・・女子限定らしい!」
阿久津先生はふざけたように言った。生徒たちから笑いが漏れる。
しかし、男子生徒の一人が叫ぶように言った。
「ってか、セリフむちゃくちゃ多いじゃないですか!? こんなの絶対無理ですよ!」
他の生徒たちもセリフ数を確認する。ほんとだ、という声が飛び交う。
「安心しろ! お前は男だからこの役は死んでも回ってこない。
まあ、女装するなら別だけどな!!」
また微かに笑いが漏れる。
彩音はそのスキに裕子と話をしていた。
「さっきのことだけど、ドレスってどういうこと?」
それだけが気になる。
「こんなセリフの量だからさ、もしやってやろうという勇者様がいたら、
特別に白いドレスを着てラストシーンを演じることができるんだって!
それもめちゃくちゃ可愛いよ! 一回見たけど、試しに着てみたくなるよきっと」
裕子は長々と答えた。どうでもいいが、初めて女らしい言葉が聞けたような気がした。
彩音は{ドレス}と{めちゃくちゃ可愛い}の言葉に反応した。
とても綺麗で光るドレスを想像する。そして、キラキラと目を輝かせた。
「どうせやるヤツはいないよ。彩音、あんた昔から演技上手いし、
緊張とかあんまりしないタイプだろ?」
どうやら裕子は最初から彩音を主役に持っていくつもりだったらしい。
「だったらやってみなよ! っていうか、ウチはあんた以外のヤツ反対!」
そういわれて、なんだかやってみようという気持ちになってきた。
確かに、彩音は昔から劇の演技は得意だ。それは彼女自身も自覚していることだし、
自信もある。それに、小さいころからピアノの演奏会などに出場しているため、
余程の大演技でないかぎり緊張することもない。
また、英語なら記憶力が急激に低下するのに、こういうクラス劇になると
異常に記憶が早いのが彩音の特質である。
裕子個人は、彩音以外の生徒がこれをやる資格はないと思っている。
第一ドレスに似合う子は学年一可愛い彩音しかいないんじゃないかと思う。
本当に最高の劇をするなら、キャラに合った声や顔の人が必要だ。
既に内容を知っている裕子にとって、もう彩音以外は考えられなかった。
彩音は他の役者のセリフ数を見つめた。
四十、十、二十五、三十三、どれも五十に満たないものばかり。
一つだけ百五というものがあったがこれは男子限定。
彩音は迷った。五十以下だとヤリガイが無さ過ぎるし
二百を超えるとさすがに手に余るものがある。
(う〜ん、どうしよう・・・)
悩んでいる間に先生の話がだんだんと進んでいく。
もう彩音にとって、主人公になるかならないのかしか頭になかった。
「紹介は以上だ! 続いて内容についての説明をしよう」
内容か・・・・。まず、それを聞いてみるのもよいかもしれない。
数十分に渡り、長々とストーリーを説明していった。
ここでこのキャラはこういう演技をする、など、そんなこと後でもいいだろうと
言いたくなるようなことまで説明をしていった。
他の生徒たちはもう説明を聞き飽きて、どの役に着くかを話し合っていた。
その中に、照明や音響に入る人たちや、小道具や大道具の制作を担当するという声も
挙がっていた。阿久津先生はそれでもなお頑固に最後まで説明を続け、ようやく言い終えた。
「なんとなくストーリーが頭に入っただろう。
では今からお待ちかねの役決めに入ろう! まずは主役:ピュネからだ」
次で役が決定します。彩音が主人公をやるとは限りませんよ!?(笑)
え?じゃやらないのかって?さあ、わかりません^^




