CHAPTER1:彩音と涼
彩音は教室の扉を開けて、大声で叫んだ。
「遅れてすみません!」
クラスの視線が彩音に向けられる。
彩音は肩をすぼめて先生の反応を待った。
「コラ! 何故お前はいつもそう遅れる・・・ったく、さっさと席に着きなさい」
先生は、いつものようにきつくは怒鳴らなかった。
すぐに黒板に向き直り、また何かを書き始めた。
彩音は早足で自分の机に向かった。途中で友達の裕子と目が合う。
裕子は苦笑しながら彩音を見つめていた。
(あー、また恥ずかしいことしちゃったな・・・)
彩音は心の中で呟いた。
彩音は外側の、窓から外が眺められる位置にある自分の席に着いた。
それと同時に、教室の扉がゆっくりと開けられた。涼だ。
再び生徒の目が一点に向けられる。
彩音も少し興味あり気に涼を見つめた。
先生の手が止まった。
「コラ! もう休憩時間はとっくに過ぎているぞ!」
そしてしかめっ面をする。
涼は、真っ直ぐ先生に向き合って淡々と言った。
「すみませんでした」
慌てた様子も、焦った様子もない。
ただ自身のペースで、さらに無表情で発した言葉だった。
逆に先生のペースが乱されたみたいだった。
「・・・・」
黙って何も言わない先生の真横を通り抜け、涼は自分の席へと向かった。
涼はいつもこんな感じだった。いつも無表情で何を考えているかわからない。
口調も淡々としていて、どんなときでも冷静沈着。
顔は格好良いため、最初は{クールでいい}と言われ、女子からも人気があったが、
極端に無口なために今はその数も少なくなっている。
そんな彼には誰一人として友達がいない。
というよりも、彼自身が友達という関係を拒んでいるように思えた。
彩音は、そんな涼と全く正反対であった。
彩音は優しく、明るく、そして可愛く、クラスで最も人気がある女の子だ。
少しおっちょこちょいなところがあり、先生にはよく叱られている。
また、よく女子がつくる{グループ}といった固定的なものにはあまり興味はなく、
どちらかといえば{みんなでしよう}という考えが強い。
そんな彩音と涼は、中学校に入学して半年も経つが、お互いにあまり知らない状態であった。
彩音は、バッグから教科書を取り出す涼を見つめた。
(そういえば、川村君とはまだあまり話したことがなかったなぁ)
授業が終わり、先生が教室を立ち去ったとき、彩音は涼に話しかけてみようと思った。
「あの、川村君」
彩音は涼の机の前にしゃがみ、顔を見てから呼びかけた。
「さっきは、筆箱拾ってくれてありがとね」
そのとき、初めて彩音の存在に気付いたというふうに、
顔を彩音に向けてポツリとこう呟いた。
「君・・・誰?」
「え・・・」
(ええええ!!? ちょ、ちょっと! 半年も一緒なのに知らないの!?)
彩音は自分の名前を覚えてもらえてなかったことに、少なからずショックを受けた。
彩音は、困ったように微笑みながら、とりあえず自己紹介をすることにした。
「あたしは白石 彩音。川村君と、同じクラスだよ」
まるで初対面の人に話しかけているような感覚だった。
「ふーん、そう」
相変わらず無愛想な口調で返事をする。全然興味なさ気の様子だった。
彩音は次の言葉に迷った。そのとき、初めて涼から話しかけてきた。
「君は、壁でいっぱいだね。凄く明るいけど、実は凄く暗い」
「?」
彩音は首を傾げた。何を言っているのかさっぱり理解できなかったからだ。
そのとき、背後から裕子が声をかけてきた。
「彩音! ちょっとノート配るの手伝ってくれないかな?」
「あ、うん。わかった」
彩音は振り向き、裕子から十冊ほどのノートを受け取った。
そしてチラっと涼に目を向けた後、そのノートを配り始めた。
ちょうど全部のノートを配り終えたころ、
休憩時間終了のチャイムが校内に鳴り響いた。
黒板の端に書いている時間割を見ると、どうやら次は英語の時間だった。
そして教室の扉が開き、英語担当の女教師、内藤先生と、ALT(外国人教師)のエイレナが入ってきた。二人は軽く英語で会話した後、内藤先生が教卓の前に立って言った。
「good morningeveryone!」
内藤先生は、早く生徒たちに英語に慣れてもらうため、毎回挨拶は英語で話している。
ちなみに今は3時間目だが、これが5時間目になれば
{good afternoon everyone!}となる。
「goodmorning Ms,Naito!」
生徒たちは英語で返事をした。
続けて内藤先生は問い掛ける。
「How are you?」
「Fine thank you and you?」
と、生徒。
「I'mfinetoo thank you」
これが挨拶の一連の流れである。
これをALTのエイレナも同じことを言い、いよいよ授業というわけである。
彩音は英語が苦手であった。特に三単現(三人称 単数 現在形)の分野に入ってからは
授業自体殆どついていけない状態である。
今は十月なので、現在進行形の内容に入っているが、これもまたよくわからないのである。
「ええ、まずは現在進行形の復習に入りましょう」
そう言って、内藤先生は黒板に問題を書き始めた。
これは毎回のパターンだ。次は生徒にその問題を解かせる。
手を挙げた人を当ててその人に解かすという方法ならまだ良いのだが、
彼女は苦手な人にも行き渡るようにランダムで当てるのだ。
彩音は内藤先生から目を逸らし、当てられないように努力した。
(あ〜お願い! 絶対当てないで!)
そして見事、内藤先生の目は彩音で留まった。
「では白石さん。この問題のカッコに当てはまる答えを言ってください」
やっぱり当てられてしまった。人とはなんとも上手くできていて、
当てられたくないときだけ妙に当てられやすい傾向にあるようだ、と彩音は思った。
彩音は諦めて立ち上がった。
見ると、問題は非常に簡単であった。ただ、{彼は英語を勉強しているところです}
という文章を英語に直すだけであった。
しかし、{勉強}という単語がどうしても浮かび上がらない。
「He is ・・・」
(なんだっけ!? えーと、えーと)
彩音は視線を宙に泳がせた。しかし、内藤先生は待ってはくれなかった。
先生はため息をつき、座りなさいと呟いた。
「これくらいはスラスラと出来るよう家でちゃんと勉強しなさい」
「はい・・・」
彩音は席についた。
その後、よく理解できない授業が長々と続いた。
そして授業も終盤を向かえ、そろそろ終わりのチャイムが鳴るころだろうと思われたときだった。
「では今から色々な動詞を出します。英語の勉強には必要不可欠なものですね。
もちろん、ただズラズラと私が言うことはしません。
全部答えてもらいます。では・・・{教える・書く・壊す}の英単語は?川村君」
この単語はまだ、学校の授業でも習っていないものだった。
(そんなのわかるわけないよ・・・)
彩音が心の中でボソボソっと呟いているとき、涼はそれを、いかに易々と答えた。
「teach、write、break」
即答だった。先生はおぉ〜と微笑んで、「素晴らしい」と言った。
(へぇ、川村君て意外と英語できるんだ?)
彩音はそれを知って、今度英語を教えてもらおうと思った。
そして、それとほぼ同時に、終わりのチャイムが鳴った。
一話目投稿〜♪
英語とかミスしてたらすごい恥ずかしいですよ(笑
多分、あってます。多分。




