CHAPTER18:深まる関係
なんだろう……。
上手くいきそうな気がする……。
縛り付けていた何かから、解放された感じ……。
暗い舞台に、一筋の明かりが見えた。幕が開いたのだ。
左右から照らすまばゆい光。観客席の前列さえも、見えない状態だった。
「僕は、ピュネ様を一生お守りすると、心に誓いました!」
山本が叫んだ。緊張もなく、堂々とした調子だ。
「私も、ヘイル様に一生ついていくと、心に誓いました!」
彩音も叫ぶ。声に感情がこもっていて、非常に上手い。
上手くいく。きっと上手くいく。なんでだろう。この自信は、どこから湧いてくるんだろう?
山本と彩音は向き合った。最後の最後のキスシーン。
大丈夫。成功する。今まで頑張ってきたんだ! 絶対に成功させるよ!
「ピュネ、ありがとう。僕は君を愛しているよ」
観客は息を呑んだ。緊張と興奮の瞬間。
「ヘイル、私もあなたのことを愛しています」
見ているほうも恥ずかしくなるような、最高の演技。
そして、ついにこのときが来た。
山本は目を閉じ、顔を近付けた。彩音も同様にする。
完璧のタイミング、照明がだんだんと暗くなり、幕も閉じかけている。
もう少し、もう少しだ。
観客席の男女はパニック状態だった。
きゃあきゃあわあわあ、うるさいほどに歓声を上げている。
とにかくみんなは、興奮の絶頂に達していた。
そして明かりが消え、幕も閉じた。
それを確認した二人は、咄嗟に額を前に出す。
ゴツンという音とともに、二人の顔は離れた。
「はぁ……緊張した。ってか、お前可愛すぎ!」
山本は照れながら言う。彩音は優しく微笑んだ。
そして、一年生全生徒が控え室から集まってきた。
舞台裏、最後の挨拶。全生徒が手をつなぎ、大声で礼をする。
舞台は開かれた。観客席から歓声と拍手が巻き起こる。
一年生文化祭劇は無事に終わったのだ。
「「ありがとうございました!!」」
みんなは一斉に礼をした。さらなる大拍手が体育館に響き渡った。
その間、涼は控え室で待機していた。
やがて礼を終えた生徒たちが戻ってきて、びっくりしたように叫んだ。
「てめえ! 何そんなとこでサボってんだよ!」
生徒たちの足がその場で止まった。涼は無愛想に顔を向ける。
「いい加減にしろ!」
一人の生徒が涼の胸倉をつかんだ。涼は何も返事をしない。
「くっ!」
顔色一つ変えず、まるで何事もないかのような目をする涼に、
生徒は歯をギシギシさせた。
このままだと生徒は涼を殴ってしまうだろう。
そうなれば、せっかく成功させた劇も台無しになる。
横から見つめる生徒たちも、どうしようかとおどおどしていた。
「ごめん」
涼はたった一言だけ呟いた。ごめん。生徒たちからすれば、初めて聞けた言葉だった。
だけれど、とんでもなく無愛想で、まったく謝っているようには思えない。
そしてそれは、逆にこの生徒を腹立たせた。
「そんなんで許してもらえるなんて考えてるお前がムカツクんだよ!」
生徒は拳を引いた。まずい、このままじゃ涼が……。
生徒たちは息を呑んだ。止めたくても止められない。
そんな自分たちが、情けなく思えたほどだった。
「やめて!」
焦った様子もなく、むしろ優しさに包まれた声がすぐ近くで聞こえた。
「川村君は仕方ないの。用事があったんだよ」
彩音だ。ドレス姿の彩音は、一段と可愛かった。
「……くそ」
生徒は残念そうに、でも安心したように呟いた。
そして、乱暴に扉を開けると控え室を去っていってしまった。
「川村君、来てくれてありがとう」
彩音は小声で言った。とても優しい笑顔だった。
嬉しそうで、落ち着いていて、柔らかい雰囲気に包まれた顔。
「ああ……」
涼は耐え切れず、彩音から目をそらした。
顔が熱くなるのを感じる。
彩音はその後、更衣室に入って制服に着替えた。
ドレスは先生に返却することになり、その役は実行委員長にまかされることになった。
「ねえ、川村君、どっか行こう!」
更衣室から出てきた彩音はさっそく言った。
「あ、おい」
返事も待たず、彩音は涼の手を引いた。体育館を抜け、新館の階段を登る。
体育館も新館も旧館も、中から外まで無数の飾り付けがされていた。
また、劇が終わっていったん昼食をとる生徒たちも見掛けられた。
彩音と涼は、階段途中の非常階段のところで立ち止まった。
「どこいこっか」
もう既に、各クラブによる催しが始まっている。
廊下にも階段にも飾りつけがされ、教室からは生徒たちの暴れる声が聞こえる。
(気つかってくれてるのか……? ……やっぱり、その程度しか見られてないのかな……)
気をつかってくれるのは嬉しい。でも、どちらかといえば、せめて友達感覚で接してほしかった。
気を遣って接しているなんて、まるで俺が彩音の自由を邪魔しているみたいじゃないか。
「な、なぁ白石」
涼は白石を呼び止めた。
「そのさ……気遣ってくれるのは嬉しいんだけど」
「え?」
白石は振り向く。涼は、遠慮がちにこう言った。
「ほんとは、他の友達と行きたかったって思ってるんなら、そっち優先してくれよ」
彩音に迷惑をかけたくない。別に一人なら慣れてるし、
気遣いで俺と文化祭巡りをしているのなら、他に行ってくれたほうが気が楽だ。
彩音は涼に一歩近づいた。
「じゃお言葉に甘えて、友達優先することにするよ」
優しい笑顔がとても可愛い。でも、言われた言葉は少なからずショックだった。
(やっぱりそうだよな……。じゃやることないし、帰ろうっと……)
涼は振り向いた。まあ自分で望んだことだから文句も言えない。
「じゃあな」
ポツリと呟く。なんか、ため息をつきたい気分。
涼は来た廊下を戻ろうかと歩き出したが、何者かに腕をつかまれて立ち止まった。
「ん?」
振り向くと、そこには自分の腕をしっかりとつかむ彩音の姿があった。
涼は驚いたように目を見開く。
彩音は、クスクスと笑いながら復唱した。
「お言葉に甘えて、友達優先することにするよ」
顔がすぐ近くにあり、涼はとても恥ずかしくなった。
くりくりした目がとても可愛い。
「あたしはね、川村君と文化祭回りたいから誘ったの。気遣ったりなんかしてないよ」
「……」
嬉しかった。言葉に出来ないほど嬉しかった。
ただ女に誘われただけで、こんなに嬉しいなんて、なんか変だな。
涼と彩音の会話を盗み聞く、あの二人の姿がここにあった。
「あいつらいつの間にイイカンジになったんだよ?」
教室の扉の影、気付かれないようにそうっと見る裕子の姿。
「ああ、あの二人は以前からあんな感じよ」
重なるようにしてそうっと見る知恵の姿。
「二日前に彩音に聞いてみたの。川村君のことどう思ってるかってね」
「ふ〜ん、それで、彩音はなんていってたのよ?」
「あ、まずい」
二人が歩き出すのを見て、二人はばっと教室に引き下がった。
とりあえず悪気がなくとも盗み聞きをしているのはバレてはいけないと思う。
裕子は机にドカっと座り、腕組みをした。
「んで、彩音はなんて?」
「{わからないけど、友達とはちょっと違う感覚かも}って言ってたわ」
「おいおいそれってよ、好意をよせてるってことじゃ……?」
「私の結論から言うと、{友達以上恋人未満}だと思う」
「……ったく、そのまんまじゃねえか」
裕子は筆箱からペンを取り出し、クルクルと回し始めた。
「あ〜あ、彩音と川村が付き合ったらクラス中パニックだろうな」
とにかく器用なまわし方。知恵はそれを見つめながら答える。
「少なくとも、山本君は意気消沈でしょうね」
全く興味のなさそうな物言い。そのとき、裕子のペンが床に落ちた。
「ぶっ! それ言えてる!」
あと数話で完結の予定です!
途中、なんか小説とはかけ離れたような文章になってしまいましたが、最後まで暖かく見守ってやってください!




