CHAPTER17:頑張れとありがとう
―――いよいよ文化祭も大詰め。
控え室。とうとう最高にして最難関のラストシーンが始まろうとしていた。
彩音はドレスに着替えて、生徒たちの前へ現れた。
「あの……これでいいかな?」
少し照れながら彩音は聞いた。生徒たちは振り向き、唖然とする。
「……彩音……あんた、女優!?」
「可愛すぎる……可愛すぎ彩音ちゃーーーん!」
「うわぁ……俺一生でいいからこんな子と付き合ってみてえ!」
まさかここまで似合うとは思っていなかったのだろう。
彩音はもうどこかのお姫様のような、上品で優しい雰囲気を醸し出していた。
可愛いだなんて言うまでもない。とても中学生とは思えなかった。
「早く行きなさい。幕は閉まったわよ」
優しい微笑みを浮かべながらも、知恵はその辛辣な口調をかたくなに続けた。
「……うん」
彩音は小さく返事をする。
「何緊張してんのよ! 大丈夫、彩音ならきっとうまくいくよ!」
「頑張れよー! 彩音ちゃん! 最後まで応援してるからなー!」
「山本気絶したらどうしよー! アッハッハ!」
声援。応援。クラスの仲間が、背中を押してくれているのに、
彩音にはいつものような自信と元気が感じられなかった。
彩音は階段を上り、舞台に入っていった。
幕は閉まっており、舞台は真っ暗だった。
知恵は裕子に近づき、淡々とした口調で言う。
「ねえ、どう思う?」
どう思う? 何が、とは言わずとも、何を指しているのかが安易に理解できた。
「このままいくと絶対に失敗するだろうね。あいつさ、いつもと様子が違うよ。
なんつーか、彩音のオーラじゃないな」
裕子は答えた。知恵も、同じようなことを考えていたのか、小さく縦に首を振った。
「きっと川村君のことでしょうね。何かあったみたいよ」
そのときだった。何かが、裕子たちの隣を横切ったような気がした。
急だったため、必要以上に驚いた裕子だったが、
横切った者の正体を見て安心することができた。
「はぁ……お前遅いん……っておい!」
涼は舞台の階段を上った。そこに彩音がいるのだと、直感したらしい。
初めて自分の気持ちに気付くことができた。
友達じゃない。あいつが友達だということに、何故こんなに否定的になったのか、
今ようやく理解することが出来たんだ。
俺は、白石が好きなんだ。
恋人は、友達じゃない。親友でもない。もっともっと、特別な存在なんだ。
時には自分を切なくさせる存在で、でもそれ以上に自分を強くしてくれる存在。
でもな、お前はそれよりもっと大切な存在なんだ。
俺は、お前が共に前を向いて歩いてくれる存在だと思う。
だから、惚れたんだと思う。
お前は、現実から背を向け、目を背けていた俺に、
前を向かせてくれた存在なんだよ。
「白石!」
山本と開幕を待つ、ドレス姿の彩音に叫んだ。
彩音はびっくりして振り向く。
「……川村君……来てくれたんだ……」
とても嬉しそうだった。
今はもう、お前の前で素直になれる。
ありがとう。その優しい笑顔のおかげで、俺は変わることが出来たんだ。
「頑張れよ!」
「うん!」
頑張れよ。俺が今、お前に出来ることは、精一杯の応援をすることだけだ。
涼は控え室に戻った。
しかし、そこには冷たい目をした生徒たちが待っていた。
「お前……今更何しにきたんだよ!?」
「帰ってよ! 誰もあんたに来てなんて頼んでないよ!」
「どうせズルなんだろ!? もう一生学校くんな!」
今まで非協力的だった涼に、少なからず怒りを覚えているのだ。
涼はうつむいた。生徒たちと目をあわしたくなかったから。
「ああ……すぐに帰るよ……」
どんよりと重い口調でポツリと呟いた。
生徒たちはあまりに無抵抗な涼に、逆に驚かされたようだった。
「その必要は無いよ!」
流れをぶった切る、強気な声が響き渡った。
「そうね。ギリギリでも来たことには変わりないものね」
内気でヒステリーと噂の、辛辣そうな声がする。
裕子と知恵は、生徒と涼の対立の中に割って入った。
「あんたのおかげで、文化祭、成功しそうだよ!」
裕子は涼の肩に手を乗せて言った。知恵も逆の肩に手を乗せて言う。
「お手柄というか、当然というか。人を焦らすのが好きなのね」
裕子は肩をパンパンと叩いて、ご機嫌そうに笑った。
「まあ彩音が終わるまでいてあげな! なっ!」
「……」
出会ってまだ一ヶ月も経っていないけど、
涼の心は大きく変化しました。




