CHAPTER16:桜平岡文化祭
――――次の日の朝。
学校にはもう、一年生が劇の準備を始めていた。
文化祭は三日に分けて構成されている。
一日目は一年生、二日目は二年生、三日目は三年生の劇だ。
そして三日とも、昼から各クラブによる催しがある。
彩音は体育館舞台控え室に入った。
控え室にはもうすでに、出演する役者が集合していた。
「おはよう」
彩音は言う。生徒たちは振り向いた。
「あ、彩音。おはよう!」
そこには何故か、裕子がいた。
裕子は相変わらず不気味な笑みを浮かべて、彩音を見つめていた。
「彩音〜! こんな可愛いドレス着るなんて、ズルーイ!」
「白石さん、先生からドレスを預かってますよ」
生徒たちはわざとらしくもじもじしながら言った。
実行委員長が{ドレス}を彩音に手渡した。
「確かに渡しましたよ!」
彩音はきょとんとしていた。
(へ・・・? ドレス? なんで・・?)
何が何だかよくわからないと言いたげな彩音を見て、裕子は呆れたように苦笑した。
彩音は、以前裕子に言われたことをすっかり忘れていたのだ。
主役になれば、白いドレスを着れる。
そもそも、そのドレス目当てで主役に入ったというのに。
彩音は差し出された白く光るドレスを見て、
ドッキリ大作戦でもされてはめられたのかと思いたくなるほどだった。
「うっそ・・・・めちゃくちゃかわいいじゃん!」
彩音は思わず叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。
白い輝きを放つ、滑らかな生地のドレス。
まるでお姫様が着るような、とても高価そうなものだった。
「あ〜あ、こりゃ山本もまたペース狂わされるな・・・」
裕子はニヤニヤ笑って言う。他の生徒たちも同感だった。
しばらく、文化祭が始まるまでの間控え室でドレスが人から人へと手渡された。
男子はそこまで興味を示さなかったが、女子ときたらもうきゃあきゃあ。
彩音と裕子はそのたびにクスクスを笑っているのだった。
そのとき、控え室の扉が開いた。
「もうすぐ開会式始まるから! 準備しといて!」
生徒は言った。一同は元気良く「はーい」と返事をした。
役者たちはまるで緊張していないようだった。
もう慣れたのか、震えたり焦ったりしている生徒は誰もいない。
彩音はドレスをテーブルの上に置き、近くの椅子に座ることにした。
「彩音! ウチさ、開会式行かなきゃなんないから、後は一人で頑張れよ!」
「あ、うん。わかった!」
裕子は扉を押し開け飛び出した。
そしてすれ違いさまに知恵が控え室に入ってきた。
知恵は彩音のそばに近づくと報告する。
「川村君、まだ来てないみたいよ」
いつもと同じく、辛辣そうな物言い。
彩音は振り向きもしなかった。
(やっぱり・・・無理だよね・・・)
「仕方ないよ。用事、あるんだし」
今思い出しても涙が溢れる。彩音は暗い声で答えた。
知恵は顔を歪ませた。何かあったのかと感じ、聞いてみることにした。
「昨日、川村君と何かあったの?」
(我慢しなきゃ・・・)
「別に何もー! ほんとに用事みたいだったから、仕方ないんだって!」
本当に芝居が下手だった。知恵はさらに顔を歪ませる。
しかし、もうそれ以上何も聞くことは無かった。
仕方ないよね・・・。お母さんの命日なんだもん・・・。
そんな日に、みんなで楽しめるわけないよね・・・。
――――10時になった。
文化祭の劇もそろそろ中盤を迎えたころだろうか。
涼は、お墓参りに行くため家に滞在することにしていた。
(ほんとに・・・これでよかったのか・・?)
昨日から彩音の言葉が頭から離れなかった。
雄一と似ている。雄一も、彩音みたいに真に俺のことを気遣ってくれていたからだ。
(よかったに決まってるよな・・・)
仕方ない。もうみんなも、どうせ俺は休むって思っているだろう。
彩音は・・・。あいつもきっとそうだ。
もう俺のことなんか諦めて、劇に専念できてるはずだ。
彩音は友達じゃないんだ。親友でもないんだ。それはあいつの一方的な思い込みだよ。
はっきり言って、迷惑なんだよ。
(そういえば、なんであいつ、昨日あそこにいたんだろ・・・)
今更ながらに思う。そういえば、全く考えても見なかったな・・・。
「もしかして・・・俺に、明日来いって・・・」
いや、でも、それは来たときの話だ。帰るときは諦めていただろう。
(はは・・・そうだよな・・・)
彩音は雄一じゃない。涼は何度も心の中で叫んだ。
彩音と雄一を一緒にすれば、雄一に失礼じゃないか。
もうどうだっていいんだ。考えたくも無い。放っておいてほしい・・・。
「涼、そろそろ用意しなさい。行くわよ!」
由紀姉さんの声がする。涼は立ち上がった。
「うん、もう用意はできてるよ」
「そう、じゃすぐに出発しましょ」
涼は階段を下りた。服は学校の学ランを着て、下は制服。
葬式だというのに、これが今一番礼儀正しい服装だなんて、なんか嫌だなぁ。
階段下には、喪服を着た由紀姉さんが靴をはいているところだった。
「文化祭、行かなくてよかったの?」
由紀姉さんは涼の顔色をうかがって言った。
由紀姉さんは今日文化祭があることを知っていた。なぜだろう・・・?
「別にいいよ。みんな、俺のことなんか相手にしてないし」
涼は由紀姉さんの背中を見つめて言った。
「でもね、昨日の女の子、あなたが来ないことに腹を立てていたみたいよ」
(やめろよ・・・いちいちうるせえんだよ)
「あいつは・・・別にいいんだ。友達とも思ってないし」
涼は怒りを抑えていた。
なんで由紀姉さんは俺が墓参りに行くことを躊躇わせるんだ?
ほんとやめてほしい。俺は別に行く気なんかねえんだよ。
行っても絶対楽しくないし、別に行かなくても迷惑にもならない。
―――あなたが来ないことに腹を立てていたみたいよ。
由紀姉さんの言葉が、何故か胸の中でこだましている。
違う・・・あいつの一方的な勘違いだ。
友達なんかじゃない。親友なんかじゃない。
数々の思いが胸を駆け巡る。涼は必死にそれを否定した。
玄関扉が開いた。そうだ、車に乗ればもう後戻りは出来ない。
これでこの嫌な呪縛から開放される。
もういい・・・もういいんだよ!
「本当にいいの? それで」
由紀姉さんは車に片足を突っ込む涼に呼びかける。
涼は立ち止まった。
「うるさいんだよ! いい加減にしてくれ!」
涼はついに叫んだ。怒りの声がこだまする。
由紀姉さんは少し驚いた様子だったが、
笑ってごまかし、車に乗った。
――本当にいいの? それで
やめてくれ・・・。なんで、みんなそうやって俺を苦しめるんだよ。
俺の気持ちがわからないのか?
乗ろう。車に。そうすれば由紀姉さんは出発してくれる。
「・・・・」
―あれ?
「っ・・・」
―おいおい。
「・・・!」
―なんで乗れねえんだよ。
「っ・・!」
―なんで動かねえんだよ。
「や・・め・・」
―俺は彩音を友達とも親友とも思ってないんだ。
「ろ・・・」
―それはあいつの一方的な思い込みなんだよ。
雄一じゃない。確かに、雄一と彩音は似てる。
一緒にいれば、楽しいし安心できる。
でも、彩音は雄一とは違うんだよ。
雄一と抱き合ったときと、彩音が胸に飛び込んできたときとは、全然一致しなかった。
そう、決定的に違うんだ。俺は、どうしても雄一と彩音を重ねることが出来ない。
だって彩音は・・・あいつは・・・
―――俺の恋人だから。
忘れられない過去があります。
でも、過去を断ち切らなければ前には進めません。
しかし、忘れることと、断ち切ることは違います。
涼は今、過去を断ち切りました。
前に進むこと。彼の止まっていた時間が、やっと動き出したのです。




