表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心/PRESENT  作者: りおぽん
15/26

CHAPTER14:隠された過去(2)

――――「お母さん! お母さん!」


まだ声変わりもしていない、小五、小六くらいの少年の声。


「お母さん! あれ・・・お母さん?」


とても陽気な声で叫ぶが、リビングにもキッチンにも母の姿が見当たらない。


「あれ・・・今日は出かけてるのかなぁ」


母は専業主婦で、出勤していることはない。

だとすれば、外で近所のおばさんとお喋りしているのか?


「まあいっか!」


少年はリビングのソファーに座った。

そして、テレビのリモコンを取る。


そのときだった。


「ピンポーン」


「?」


少年はリモコンを置いて、玄関のほうへ向かった。


「はい」


扉を開けた。そこには、とても険しい顔をした隣のおばさんが立っていた。


「涼君、お父さんが大変なことになってるの! 早く病院に行きましょ!」


「え?」


このときの僕は何も知らなかった。


考える暇もなく車に乗せられ、町の中央病院へと向かった。



どうやら父が交通事故に遭ったらしい。

それも、大型トラックにはねられ、重体だったそうだ。


僕はその話を聞いて心配になり、車を降りたとたんに走り出し、

急いで手術室のほうへ向かった。


看護師さんに案内され、僕は手術室の手前まで来た。


そこには、残念そうな顔をする医師と、


顔をおさえて涙を流す母の姿があった。


「いやああああああああああ!!」


あのときの母の叫びは今でも忘れられない。


僕はもう、知らされなくとも何が起こったのか理解できた。







父は死んだ。別れも言わずに。






母はそれ以来、魂が抜けたかのように放心状態になってしまった。


僕がなんとか慰めようと声をかけても、決して返事をすることはなかった。


そして、精神的なショック故か、母は日が経つにつれだんだんと痩せこけていった。


日に日に元気を失っていく母を見て、僕は毎日のように心が痛んだ。


僕が大好きだった母の笑顔も、喜ぶ姿も、頭を撫でる手も、もうなくなってしまっていた。


僕はなんとか母を元気付けようと、必死で考え必死で努力した。


母の笑顔、母の言葉、母の愛情、それが欲しかったために、僕は必死で努力した。


あのころに戻りたい。あの幸せな母の姿を取り戻したい。


そのときの僕の頭の中にはそれしかなかった。



あるとき僕は、数ヶ月前に出した書道作品が入賞していて、学校で賞状を受け取った。


僕は震えるほど喜んだ。これで少しでも母に元気が戻るかもしれないと思うと、


涙がたまるような思いだった。僕は急いで下校し、一目散に家へ向かった。


きっと喜んでくれる。自分の息子が賞状を貰ってきて喜ばない母などいない。


きっと、きっと、またあの笑顔を見せてくれる。



僕は思い切り玄関を開け、真っ先にリビングへと向かった。しかし―――


「おか・・・さん?」


全身に震えが走った。力が抜け、賞状を落とす。


「お母さん! お母さん!」


そこには、血を吐いて倒れる母の姿があった。


僕は慌てて駆け寄った。


「起きてよ! ねえ! お母さん!」


近くには茶色いビンが転がっていた。中はカラッポで、一粒の薬も残っていない。



まさか、これを一気に・・・?




僕は母の身体を揺すり、泣いて叫んだ。


「お母さん! お母さん! おかあさーーーーーーん!!!!」



無駄だった。悲鳴を聞きつけた隣の夫婦がすぐに駆けつけ、


救急車を呼んだが、もう既に手遅れであった。



精神的に追いやられ、耐え切れなくなったのであろう。


母は静かに眠りにつき、二度と息を吹き返さなかったという。




僕は誰もいないリビングの中で、ただ一人ひざをついて呟いた。


「なんで・・・どうして・・・どうしてみんな先に逝っちゃうの?

 どうして、一緒にいてくれないの?どうして誉めてくれないの? どうして笑わないの?」


涙が零れ落ちる。


「寂しいよ・・・。ねえ、お母さん・・・。お母さんは、本当にそれで満足だったの?

 ・・・答えてよ。ねえ!」



寂しかった。胸が押しつぶされそうで、心が病んだ。








どうしてなの?


お母さん。どうしてなの?


寂しいよ。これからどうやって生きていけばいいの?


お母さんのこと、大好きだったんだよ?


お母さんの笑顔を見るだけで、幸せだったんだよ?


お母さんと一緒にいるだけで、満足だったんだよ?


お母さんが死んだとき、とても胸が痛かったんだよ?


お母さん、僕の賞状見てくれた?


喜んでくれた? 誉めてくれた? 笑ってくれた?


お母さんが喜んでくれないんだったら、あんな賞状、ただの紙切れだよ。


お母さん、僕といて幸せだった?


喜んでくれた? 誉めてくれた? 笑ってくれた?






ねえ、お母さん。もう・・・・・・・会えないの?









僕はそれから40度の高熱を出した。


熱は一向に冷める様子もなく、危篤状態だったそうだ。


そのときの記憶は定かではない。


でも目を覚ましたとき、僕は激しい頭痛に見舞われたのを覚えている。



眠っている間、僕はひたすら「お母さん」と叫び続けていたらしい。



熱は冷めた。しかし、僕はその代償として、もう一つの病に侵されてしまった。


それは、相手の心の悲しみを知ることが出来る瞳。


僕はその病にうなされた。見たくないものまで見えてしまう。


とても残酷で深い悲しみが、目を閉じていても映し出される。





僕はその瞳をなんとかコントロールすることに成功した。


それは、何も考えないこと。誰とも話さないことだった。





僕の変化に最初に気付いたのは親友の雄一だった。


いくら話しかけても拒絶し無視をする僕に、雄一は怒鳴り声を上げて叫んだ。


「もっと頼ってくれよ! 俺たち親友だろ!?

 どんなときでもいつも一緒だって、そういってたじゃないか!」


その言葉に僕は心を打たれた。



俺たちは親友。そうだ、俺たちは、あのとき約束したじゃないか。





僕は涙を流し、雄一と静かに抱き合った。





ありがとう。






心の痛みが引いていく。とても暖かい気持ちになった。










しかし―――


「うわあああ!! うわああああああああああ!!!」


そのとたん、雄一の過去が映し出された。激しい頭痛が涼を襲う。


瞳が暴走しだしたのだ。目が焼けるように熱い。



――――やめてくれ!



僕は走り出した。


「あ、おい! 待てよ!」


追いかけてくる雄一。



来るな! 


頼む! 


ついてこないでくれ!


俺は大丈夫だから! 俺は・・・・。



歩道を通過したとき、ちょうど信号が赤になった。


僕は振り向く。しかし、雄一はそれに気付いていない。


「ゆ、雄一! 危ない!」


僕は必死で叫んだ。しかし、次の瞬間雄一の宙に舞う姿だけが目に飛び込んできた。









僕の前で、大切な人が消えていく。









僕は雄一の葬式に出向くことは無かった。


僕のせいだ。今更、あいつに合わせる顔がない。




僕はお母さんの妹、川村由紀に引き取られ、名前も富田から川村へと変更することになった。


しかし、今となってもこの瞳は治らない。


今もまだ、その瞳が見せる悪夢にうなされつづけているのだった。





涼はそれ以来、友達をつくるのが嫌になってしまったんです。

楽しくなる自分が怖かった。


友達なんていらない。


涼は生き地獄という運命にめぐり合ってしまったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ