CHAPTER12:不可解な言葉
―――文化祭前日。
もう翌日の文化祭の準備も終わり、後は最終確認をするだけであった。
文化祭は体育館で行われる。したがって、今体育館を使うことは出来ない。
生徒たちは音楽室に集まり、劇の最初から最後まで真剣に通していた。
いよいよラストシーン。ここまでは完璧に進んでいる。
山本と彩音は向き合った。緊張と興奮のキスシーン、二人の修羅場のキスシーンだ。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「きゃああああああ!!!彩音ーーーー!!!」
生徒たちはだんだんと顔が近づいていく二人に、
まるで酔い狂った大人のような大声を上げていた。
「アタルアタルアタル!!」
「あれチョーーーーやばいよ!!!」
裕子、知恵、千倉は生徒たちと離れたところでその様子を見つめていた。
「完璧だね。あーあ、あの二人もうプロの域に達したんじゃないの?」
裕子はどこか得意げな顔をして言う。
もう何百回とその練習を見てきた三人にとって、何が成功で何が失敗かがすぐ見分けられる。
今回のも成功。タイミングも完璧だった。
そして、そう呟いた瞬間、一年実行委員長が音楽室の明かりを消した。
彩音は山本は咄嗟に頭を前に出した。ゴツンという音が鳴る。
そしてすぐに顔を離して隣に並び、生徒たちに向き直った。
明かりがついた。
「おおおおおおおおおお!!!! むちゃくちゃすごかったぞおお!!!」
「うわぁ・・・ちょっとマジでこっちまでドキドキしちゃった!」
「すごいよあんたら! もうそのままプロ目指せば!?」
口々にいい、そして盛大な拍手を送った。
生徒たちも、まさかここまで凄いモノになるとは思わなかったのだろう。
男子も女子も、耳を塞ぎたくなるくらいに興奮状態になっていた。
後は、本番で成功させるだけだった。
「よし、今日の練習はこれで終わりだ。みんなお疲れ様!」
実行委員長は手をパンパンと叩いて注目させた。
「明日、絶対成功させような!」
「「オーーーーーー!!!」」
―――生徒一同。
彩音は額から流れる汗を拭き、裕子たちのもとへと戻った。
「ふう・・・。なんとか一発でうまくやれたよ」
安心したようにそう呟く。知恵は皮肉っぽい誉め言葉を送った。
「なんとか? もう貴方たちは完璧でしょ」
裕子と千倉は立ち上がる。裕子は知恵に賛同するように言った。
「ウチもそう思う! なんとか、なんて中途半端な出来じゃないだろ?」
「あはは、ありがとう」
彩音は微笑んで言った。
この調子でいけばきっと成功する。彩音はちょっとした自信が持てた。
そして、ここまで来れたのは早苗を入れたこの四人のおかげだと心から思った。
「あ、そういえば涼はいる? ちょっと話したいことがあるんだけど」
彩音は話を変えて聞いた。
「いいや、見てないなぁ。今日はもう帰っちゃったんじゃないか?」
裕子は答える。彩音は千倉にもたずねるように視線を移した。
「私も見てないわ。知恵、何か知らない?」
千倉は視線を知恵に移す。彩音も知恵のほうを見た。
知恵は考え事をしていたのか、二人に見られてはっと気付いた。
「え、あ、どうしたの?」
やっぱり考え事をしてたのか。まあ、知恵の場合いつものことだが。
「涼、どこにいるか知らない?」
彩音のかわりに千倉が聞いた。
知恵は、彩音と千倉を交互に見つめて、いつもの辛辣さで呟いた。
「彼ならもうとっくに家に帰ったわ。学校が終わったらすぐにね」
そして知恵はポケットから小さな占いの本を取り出し、
パラパラっと今日の運勢を確かめ始めた。
裕子はその話を聞いて、悪態をつくように言う。
「なんだよあの野郎。今日が最終だってのに、最後まで付き合えよな!」
とても怒り口調だった。
裕子は少なからず、涼に対して不満を持っていた。
なぜなら、裕子が涼に喋りかけてもほとんど無視だし、
それにクラスがどんなに悪い状況であっても全く興味なしといった表情をしているからだ。
彩音は苦笑いを浮かべてなだめた。
「まあまあ。きっと明日は来てくれるよ。それで十分じゃん」
少なくとも、彩音にとってはそれで十分だった。
裕子はそれでも納得がいかないようだったが、震えながら不満をおさえていた。
しかし、次の瞬間知恵は衝撃的な言葉を口にした。
「話の腰を折るようで悪いけど」
占い本の次のページを開く。そして顔を上げ、三人を交互に眺めていった。
「彼、明日は学校に来ないわ」
――――え?
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
彩音は知恵の不可解な発言に耳をうたがった。
「え、ちょ、どういうこと?」
知恵は全く興味なさそうに、ただ占いの本を見つめていた。
彩音はひざをつき、知恵に顔を近付けてもう一度問う。
「知恵、どういうことよ?」
彩音の声は焦っていた。だって、知恵が冗談を言う子ではないとしっていたから。
知恵は本をパタンと閉じた。
「先日彼が自分で言ってたわ。{文化祭の日、俺は休む}ってね。
なんで私にそんなこと言ったのかは知らないけど、確かにそう聞いたわ」
ウソを言っているようには思えない。きっと本当なのだ。
「ちょ、知恵、それほんと!?」
裕子は眉をひそめて執拗に聞いた。
「もしかして、ズル!?」
千倉も裕子と顔を見合わせて言う。
彩音は急に立ち上がり、三人を残して音楽室を飛び出した。
「わ、ちょ! 彩音!!」
「どこいくのよ!?」
しかし、気付いたときにはもう彩音は視界からいなくなってしまっていた。
知恵はゆっくりと立ち上がり、はぁっとため息をついていつも以上に呆れた様子で呟いた。
「あんな引きこもり、放っておけばいいのにね」
彩音は涼の家へと向かった。門を抜けて外に出る。
そして、以前知恵から受け取った地図のルートをたどりながら、
止まることなくただひたすらに走り続けた。
(もう! 川村君、何考えているのよ!)
今回ばかりは、彼の行動が理解できなかった。
だるいとか、つまらないとかいう問題じゃない。
学年劇だから、学年が一つにならないと成功するはずが無いじゃない!
十月の冷たい風が肌に触れる。
そして、周りの景色がいつもより物寂しく感じられた。
彩音は通りを右に曲がった。
そして、左手に見える三番目の家。白くて綺麗な壁と赤くて特徴のある屋根。
あそこが、涼の家だ。
彩音は息を整えることもせず、慌てるようにチャイムを押した。
「ピーンポーン ピーンポーン」
以前も聞いた、この効果音。彩音は深呼吸をして返答を待った。
パチっという音がする。
「・・・はい」
「桜平岡中学の者です!」
彩音は半ば怒り口調であった。
チャイムの向こうから聞こえてくる可愛らしい声は、
以前ここを訪れたときと変わらない対応で彩音を迎えた。
「あ、はーい」
プチっと通信の切れたような音がする。
少しそこで待っていると、家の玄関扉が開いた。
「あ、貴方はこの前の?」
「はい! あの、涼君いませんか!?」
なんだかんだと前置きもせず、単刀直入に聞いた。
女性は少しびっくりしたような顔をすると、すぐに普通の顔に戻って答えた。
「まだ帰ってきてないわ」
「じゃ、どこにいるかわかりませんか!?」
彩音は止まることなく続けて質問をした。
しかし次の女性の顔は不思議そうに彩音を見つめていた。
「いいえ。・・・でも、どうして?」
「涼君が、明日の文化祭休むって言ってたらしくて・・・。それで、話がしたいんです!」
「・・・」
女性はちょっと驚いた様子だった。もしかして、マズイことを言ってしまったか。
そして、それと同時に彩音は大変なことに気がついた。
(あ・・・なんて口の利き方してたんだろう・・。落ち着こう)
落ち着こう・・・。
彩音は心の中で呟いた。
そうだ、相手は涼じゃないんだ。
いきなりこんな怒り口調で言いたいこと言って、失礼じゃない・・・。
「ごめんなさい・・・」
咄嗟に謝る。
「いえ・・・」
女性は少し寂しそうな顔をした。
彩音はそれを、気を悪くしてしまったと勘違いした。
「あの・・・ほんとにごめんなさい。いきなり・・・あんな聞き方して・・」
彩音はすぐに頭を下げた。
「違うの」
女性は呟く。
「そんなんじゃなくて・・・」
彩音は頭を上げた。
「え?」
「ちょっと、姉さんのことを思い出しちゃって」
「?」
何を言い出すのだろうかと思った。
彩音は変な顔をして首をかしげた。
そして、次の瞬間、彼女はとても意味深な言葉を発した。
「明日は、あの子の母親の命日なんです。きっと、あの子はそれで・・・」
――「はい?」
彩音はますます意味がわからないと言いたげに声を漏らした。
しかし、そのときだった。
「由紀姉さん、何を話してるの?」
涼の母が発した不可解な言葉。
・・・・・・・ええ、いったいどういうこと!?
次回、涼の隠された過去が明らかになります。




