CHAPTER11:ラストシーンは最難関
――――金曜日の放課後。
音楽室で、彩音と山本、代議員と文化祭実行委員と観客が居残って劇の練習をしていた。
時計の針は五時半を指し、もう空も夕焼けに染まってきている。
「山本君、もう少し早く顔を近付けて!」
一年生実行委員長が言う。山本は頭をかいて、ごめんと一言呟いた。
もう彩音も山本も、ラストシーン以外は完璧であった。
二人ともセリフも感情表現も演技も見事で、その部分だけなら今からでも十分発表できる。
だが、ラストシーンだけはどうしても上手くいかなかった。
なぜなら、あまりに顔が近いために山本が緊張して引いてしまうからである。
また、隣でそれを観察する女子たちがきゃあきゃあ騒ぐのにも反応して、
ついタイミングがずれてしまうのであった。
ゆっくりと明かりが消えていくのに合わせて口を近づける。
そして、明かりも消え、幕も閉まったと同時に額をぶつけてキスを回避するという演技だ。
これがまた難しく、少なくとも早すぎるとマズイことになってしまうため、
山本はいつも引き気味であった。
「それにしても、彩音もあんなことよくやれるねえ」
裕子が呟いた。というか、最終的にやれと言ったのは裕子だろうに。
「ほんと、すっごい勇気!」
千倉という女子生徒が頷きながら言った。
「白石さんもきっと嫌だと思う。でもそれ以上に責任を感じているのよ。
それに比べて山本は、勢いに任せてあの役についちゃったからね」
知恵も辛辣そうに言う。
山本が悪いわけではない。そもそも、中学生にこの演技が早すぎるだけなのだ。
他の男子でも、逆に他の女子が彩音に変わったとしても、
山本同様、遠慮して引いてしまうであろう。特に女子は。
「てかさ、ヘイル役を女にやらせればやりやすかったんじゃない?」
裕子は言う。確かに、女が男役をやればキスシーンだってやりやすい。
「それ以前に先生がこんな劇をよく許したよね。
もし失敗して初キッスもっていかれたら、山本君はどうかしらないけど
白石さんは少なからずショックよ」
知恵は皮肉っぽく言った。でも、間違ってはいない。
いくら演技ともいえど、少々これはレベルが高すぎるしリクスも高すぎる。
いったんそこで休憩をすることにし、山本は男子生徒の群れに戻っていった。
そして群れに入った瞬間、ひざをついて落ち込む。
「あれ無理だ・・・白石の絶対領域を侵せそうにない・・・」
山本ははぁっとため息をついて言った。男子はそれを励ますように言う。
「仕方ないだろ。まあ失敗しても俺ら気にしないって!」
「そうそう、どうせ俺らでもあれは無理だから」
こいつらは何もわかっちゃいない。山本は思った。
あの演技での失敗は彩音を傷つけることになるかもしれないということを。
彩音は女子生徒の群れに戻っていった。
「彩音っち凄いよ! あんなのウチじゃ絶対できない! ってか、やりたくない!」
早苗は尊敬の眼差しで彩音を見つめた。
「あはは・・・」
彩音は苦笑する。裕子は彩音の肩に手を置いてささやいた。
「あんたは悪くないよ。山本があと一歩踏み出すかどうかだよ・・・」
(でも個人的にあれ以上近づくのはきついかも・・・)
彩音は何も言わず、また苦笑した。知恵もまた、彩音のそばに現れて呟く。
「仕方ないよ。この劇ハードル高すぎ。中学生がやる劇じゃないよ。
白石さんも、他の中学でキスシーンのある劇とか聞いたこと無いでしょ?」
「うん・・・」
「白石さん、お疲れ様」
一年実行委員長はいきなり現れてそういった。
「え?」
「今日はもういいよ。十分やったし、疲れたでしょ。
来週の二日使って完璧に仕上げよう!」
少し困惑の表情を見せたが、彩音はこくんと頷いた。
裕子たちは彩音のかばんを取り出しそれを手渡す。
「帰ろう!」
「うん」
五人は委員長にバイバイと言って音楽室を後にした。
「おい、終わりだってよ。俺らも帰ろうぜ」
男子生徒の一人が誘った。他の男子も賛同する。
「山本、お疲れさん! まあまだ後二日あるから焦らず行こうぜ」
「ああ、ありがとな」
山本はかばんを受け取る。そして、勢いよくばっと立ち上がった。
文化祭本番は来週の水曜日。それまでに、間に合わせることができるか・・・。
頑張れ彩音!頑張れ山本!
次回、いよいよ涼の隠された秘密に迫る・・・!?




