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ハンブンイカ

 弟のヤステルは外へでると、かならず何かへんなものをひろって帰ってくる。

 うちのネコ、ゼリーもネズミやセミをくわえて帰ってくる。

 つまり、弟はネコとおなじくらいの頭だということだ。


「ヒロエ、ヒロエ。イカをひろったよ」


 今日も、弟は帰るなり、どろだらけの顔で言った。


「イカぁ?」


 わたしは弟を見つめた。わたしたちが今年引っこしてきた町は、山のふもとにある。いちばんたかい山のてっぺんにのぼっても、海なんてぜんぜん見えない。


「どこでひろったのよ」

「オードーリ」

「お……えっ? 大どおりのこと? あそこはトラックとかあぶないから近づくなって、母さんが言ってるでしょ」

「くるまは、あんま、とおらないし。それにあのみち、とおくまでみえるから、ぜんぜんヘーキ」

「あんた小さいんだから、道でかがんでたらキケンなのよ。車から見えないんだから」


 もっと母さんたちも弟を注意するべきだと思う。前にすんでいた町にくらべれば、この小さな町はへんな人やゆうかい犯は少ないかもしれないけど、子どもだけで外であそんでたらキケンだろう。

 それになにより、


「そんなことより、イカがみちにおちてたんだ。5ほんあしのイカ!」


 外を歩かなければ、わけのわからないものをひろってくることもなくなるのに。


 ◇ ◇ ◇


「ねえ、“カラスのギョーズイ”ってなに?」


 どろだらけのすがたを見た母さんが、弟をふろ場へほうりこみ、やっとしずかになったと思ったら、これだ。ろくにからだもふかないで、ぺたぺたと床に足あとをつけながら、弟がやってきた。

 ……“カラスのギョーズイ”?

 カラスはゴミすて場とかにいるカラスのことだろうけど……ギョーズイ?


「なによ、いきなり」

「かあさんが、“カラスのギョーズイね”だって。ねえ、“カラスのギョーズイ”って?」

「母さんにきけばいいじゃん」

「ヒロエがおしえてよ」

「うるさいな。それより、イカはどうしたのよ」


 わたしは話をかえた。

 すると、弟はニコーッとむかつく顔になった。


「きになる? きになる? 5ほんあしのイカだもんね。きになるよね。どうしようかなー」


 弟はひろってきた“宝物”をわたしに見せたがる。わたしはそんなものにキョーミはないけど、とりあえず話をそらせそうなので、気になるフリをした。


「道でひろったって言ってたけど、トラックがはこんでいたイカをおとしたとか、そんなんじゃないの」

「ぜんぜんちがうって。そのへんにいるイカじゃないし。5ほんあしだよ」

「おちて、車にふまれてちぎれたとか、そんなんでしょ」

「ちがうよ。じゃあ、ショーコみせるから」


 ふろからあがったばかりなのに、弟は外へとかけだしていった。まもなく、弟は手をどろだらけにして(どこにかくしていたんだ)、白いものをつかんでかえってきた。


「ほら! 5ほんあし!」

「……なにこれ」


 たしかに白くて、平べったくて、先が5つにわかれている。ただ、そのかたちはイカとはぜんぜんにていない。


「ただの軍手じゃん」


 そういえば、大きな道とかよく軍手がおちているのを見かける。弟はそれをひろってきたわけだ。


「グンテ?」

「手ぶくろ。工事してる人とかつけてるやつ。どこをどう見たら、イカに見えんのよ」

「てぶくろなんかじゃない!」

「どう見たって、手のかたちしてるじゃん。あんた、だいじょうぶ?」

「てぶくろじゃないって! だって――」


 弟がなにか言いかけたとき、母さんがやってきた。土でよごれた弟の手を見て、母さんの目はオニみたいにするどくなった。弟は“5本足のイカ”をほうりなげると、走っておくへとにげていった。母さんがあとを追う。

 ひとりになったわたしは、しかたがないので、おちた軍手をひろった。ゴミがおちていると、わたしまでおこられるかもしれない。


「あれ?」


 わたしはおかしなことに気がついた。

 その軍手には、手をいれるところがなかったのだ。ふつうの手ぶくろなら穴のあいているところが、ぴっちりくっついている。糸でぬったようなあともない。

 さらにカチカチにかたいのだ。たてにしても横にしても、パーのかたちをしたまま、かたまっていた。まるで、なにかの干物みたいだった。


「まさか……」


 わたしは首をふった。

 でも、軍手のはだざわりがゴワゴワして、すべりどめのブツブツが吸ばんのように思えてきて、きもちわるくなってきた。

 わたしは、横にしばっておいてあったゴミぶくろの口をひらいて、軍手をほうりこんだ。


 つぎの日、わたしはゴミをだしに、家の近くのゴミすて場にむかった。ちょうど、ゴミをあつめる人がきていた。うなるゴミしゅうしゅう車にポンポンとふくろをほうりこんでいる。それを、カラスのむれが電線のうえからじっと見つめていた。


「すみません。これもおねがいします」


 わたしはゴミぶくろをさしだした。そこに、すごいいきおいで、カラスがとんできた。


「わっ」


 ゴミぶくろが道のうえにおちた。横からゴミぶくろをひったくったカラスは、くちばしでビニールをやぶきはじめる。


「おい。やめろ!」


 ゴミしゅうしゅうの人が、軍手をはめた手をぶんぶんふりまわした。カラスはゴミぶくろのなかから何かをくわえて、とびたった。

 おじさんがやぶけたゴミぶくろをひろうと、


「後は私たちがやっておくから。大丈夫だよ」

「は、はい。すみません」


 わたしは頭をさげると、かけ足でその場をたちさった。カラスのむれが見えなくなっても、イヤな気分がぬけなかった。

 おそわれたのもそうだけど、なによりも、カラスがくわえていったのがあの軍手だったからだ。


 ――たべられそうな生ごみならともかく、なんであんなものを。


 そんなことを考えていると、どこからかバシャバシャという水音がした。なんだろう、この音は。きょうは太陽がカンカンに照っていて、水たまりなんてない。

 よく耳をすますと、水音は道路わきのみぞのなかから聞こえてきた。みぞは水路になっている。弟や近所の男の子が、ザリガニをとったりしているのを見たことがあった。

 魚でもはねているのかな、と思って音のする方に近づいた。人がおちないように、みぞにはセメントのフタがかぶせてあるけれど、ところどころ、歯ぬけになっている。水音もそこから聞こえてきた。


「えっ、なにこれ」


 のぞきこんで、思わずわたしは声をあげた。

 せまいみぞのなかで、カラスがバシャバシャと羽をうごかしていた。


「み、水あび、かな?」


 いや。どちらかというと、カラスはおぼれて、もがいているように見えた。

 たすけないと――。

 けれど、からだがうごかない。はげしくあばれるカラスに、とびちる水に、近づくことができない。

 そこで、わたしは気がついた。

 カラスの首に、なにか白いものがまとわりついている。


 ――軍手だった。


 軍手がカラスの首をしめるようにまきついて、あばれるのもかまわず、水路のなかへとしずめている。

 きのう弟がひろってきた軍手と色やかたちがにていた。ただ、弟がひろってきたのとはちがい、ふっくらとふくれて、水にぬれているせいか“はだ”もヌルヌルとひかっていた。


 ……“はだ”?


 あれは手ぶくろだ。

 そんな、生きものみたいな言いかた――。


 わたしがぼうぜんと見ていると、ふいにカラスのうごきがとまった。

 羽から力がぬけていき、水路のなかをながれていって、見えなくなる。

 まとわりついていた軍手は、“足”……いや、指をいれる部分をうねうねとうごかしながら、水のなかをおよいでいる。

 わたしは目をとじた。


「そんなこと……あるわけないじゃない」


 ……そうだ。これは、目のサッカクというやつだ。

 水路におちた軍手が、水のながれにユラユラゆれているだけだ。

 わたしはよく見ようと、一歩まえにふみだした。軍手に気をとられて、道におちていた石をけとばしてしまった。

 おおきな水音をたてて、石が水路におちた。

 軍手はビクンとまっ白な“からだ”をふるわせると、5本の“足”をピンとのばし、水をけった。そして、カラスの死体がながれていった方へと、水路のくらがりのなかへと、すがたをけした。


「…………」


 ぽかんと口をあけたまま、水路を見おろす。ながれている水が、黒くそまっていた。

 きっと、カラスがあばれてどろや砂がまざったせいか、水にうかんでいるカラスの黒い羽のせいだ。

 ぜったい、そうだ。

 イカスミなんかじゃない。

 そんなこと、あるわけない。


 そういえば、カラスの死体がおちているのって、見たことないな。

 わたしは、ぼんやりと、そんなことを思った。


 ◇ ◇ ◇


 つぎのゴミだしの日。

 わたしはいつもよりはやく家をでた。カラスがあつまるまえに、ネットをかけてしまうためだ。

 ゴミすて場で、ゼリーと出くわした。

 ゼリーはうちのペットだけど、昼のあいだは、ノラネコみたいに外にでかけていることが多い。ゼリーはじっとわたしがもっているゴミぶくろを見ている。


「……ゴミあさりなんかしてたの、ゼリー?」


 わたしはあきれた。いそいでゴミぶくろにネットをかけると、ゼリーをかかえあげる。ゼリーがニャーとふきげんそうに鳴いた。

 ゴミすて場が見えなくなったところで、ゼリーをおろした。ゼリーはからだをふるわせると、わたしといっしょに歩きだした。

 しばらく歩くと、ゼリーはぴくりと耳をうごかして、じっと前の方を見た。


「ゼリー? どうしたの」


 わたしが聞いたときには、ゼリーはかけだしていた。

 すこし先の道に、白いものがおちている。

 軍手だ。

 それにむかって、ゼリーはまっしぐらに走っていく。


「ゼリー、だめ!」


 わたしはさけんだ。


「そんなもの食べたら、こしがぬけるよ!」


 気がつくと、わたしもかけだしていた。

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