ケイコウホタル
弟のヤステルは変なものをよくひろってくる。
家族でこの町に引っこしてから、もっとひどくなった。
田舎には変な人も車もすくないから、子どもだけで遠出して、どこからかガラクタや名前もわからない生きものをひろってくる。
とけてくっついて、ブドウみたいになったビー玉のかたまり。ワニの絵だけかかれた名前もない缶ジュース(もちろん飲まずにすてた)。見たことない文字でかかれた文庫本。
「ほら、ヒロエ。これ、しゃべる石なんだ。あながあいてるだろ。ここがくちなんだ」
いつもまっさきにわたしのところへ、弟は“宝物”をもってくる。虫をとってきたら見せにくるゼリーみたい(ゼリーはうちでかっているネコのことだ)。
わたしは虫がきらいだ。だからゼリーもきらい。もちろんゼリーみたいな弟もきらい。
「あっそ。じゃあ、むこう行って」
「すごいだろ。うらやましい?」
「ゴミじゃない」
「ゴミじゃないよ。耳につけると、ひそひそ声がきこえてくるんだ」
「泥だらけの石で、何やってるのよ。そんな汚いもの、家のなかにもちこんだら、母さんにおこられるよ」
「へいきだって。ひみつキチがあるし」
いつもこうだ。ひろってきたものは、弟がどこかにかくすか、わたしがすてるかのどちらかになる。
わたしがすてなくても、弟はどこかに“宝物”をかくすと、それきり忘れてしまう。そしてまた、ほかのものをひろってくるのだ。
「さっきもこの石、ホタルのいるばしょをおしえてくれたんだ」
弟はどうしようもないウソをつく。
「バカじゃないの。いくらこの町が田舎でも、ホタルがいるようなきれいな川はないでしょ」
「バカじゃない。石が、そういったんだって」
「バーカ」
なんで、こんなバカが弟なんだろう。
こんなやつ顔も見たくないけど、弟をちゃんと見ておかないと、わたしが母さんたちに怒られる。
わたしは、ためいきをついた。
今日の夜は、このあたりの子どもを集めてのきもだめし大会がある。
こいつをつれて、きもだめし大会なんて、ほんと最悪。
◇ ◇ ◇
夜になった。
お寺にみんな集まって、きもだめしの説明といっしょにこわい話を聞いた。
天井から声がしたとか、ヒトダマが窓のそとをよこぎったとか、よくあるくだらない話だった。
くばられたジュースを飲んでいた弟が、わたしの浴衣のそでをひっぱった。
「ヒロエ、ヒロエ。ヒトダマだって。きょう、みえるかな」
「見えるわけないでしょ。そで、引っぱんないで」
「でも、あのおじさんはみたっていったじゃん。ぼんおどりのよるに、ふわふわととんでたって」
「ウソだよ、ウソ。あんたみたいなバカをこわがらすウソ話」
「バカじゃないよ。こわがってないよ。ヒロエのほうがこわがりのくせに」
虫よけスプレーを弟の首に思いっきりふきつけて、だまらせる。
「ほら、わたしたちの番だから。早く行って、早く終わらせるよ」
こんなくだらないイベント、さっさと終わらせてしまおう。手に持ったライトのスイッチをつけて、わたしは外へ出た。
外は思ったより暗かった。
お寺についたときは、まだ日が落ちていなかったけど、いつのまにかまっ暗になっていた。ライトで照らしているところ以外は、前もうしろもみえない。
「ヤステル。ちゃんと、ついてきてるの」
「いるよ」
ふりむくと、すこしうしろに弟がいた。なにがたのしいのか、飲みおわって空になったペットボトルをブンブンとふっている。
「もっと、近くにいなさい」
「やだよ。ヒロエ、くさい」
「虫よけのにおいだから、あんたもくさいんだよ。がまんしてあげるから、そばに来な」
「ここにいても、ぼく、ヒロエのことみえてるし」
「わたしが見えないんだってば」
夜道ではぐれたりしたら、母さんにおこられるのはわたしなんだから。
わたしたちが歩いている道はアスファルトではなく、土手のようになっていて、道のわきは草むらになっていた。
「ねえ、ぼくにもそのライトもたせてよ」
「イヤ」
古い電柱が、ぽつぽつと立っている。遠くに、電柱のあかりが見えた。暗やみのなかで、そこだけボォッとうきあがっている。
リーリーと虫の声がする。夜はいつもうるさいと思っていたけど、今日の虫の鳴き声はとぎれとぎれで、いまにも消えてしまいそうだった。
「……」
暗いからだろうか。それとも、なれない浴衣のせいかもしれないけど、歩きづらい。遠くに見える電柱が、さっきからぜんぜん近づいてこない。
早足でいこう。
早く、この先においてあるお札をとって、お寺にもどろう。
さっきから、しずかだ。
虫の声がいつのまにか、聞こえなくなっていた。
ようやく、電柱のそばまでやってきた。
「……ふう」
明かりの下で、わたしはためていた息をはきだした。
そこで、ようやく気がついた。
自分がひとりなことに。
「……ヤステル?」
弟がいない。
いつからだろうか。あのうるさい声がしなくなったのは。
「ヤステル!」
暗やみに、わたしのさけび声がひびいた。
虫の声もしない。
わたしは、ぞっとした。カラカラになったのどで、さけぶ。
「――ヤステル!」
風もなく、草のこすれる音もしない。
と、
「なんだよー?」
ななめ向かいの草むらのなかから、弟の声がした。腹がたつほど、のんきな声。
あわててライトをむけると、草むらのなかからひょっこりと顔をだした弟がいた。
どなりたかったけど、力がぬけて、電柱にもたれかかる。
「……なにしてんのよ。そんなまっくらなところで」
「ホタルがいたんだよ。やっぱり石のいうとおりだったんだ」
なに言ってるんだ、こいつ。
「バカなこと言ってないで、早くこっちにきなさい。ライトで照らしてやるから」
「だいじょうぶだよ」
「あんたがころんでケガしたら、わたしが母さんにおこられるの」
「へいき。ぼくもライトがあるから」
弟はじまんげに言うと、草むらのなかから手をふった。手にはペットボトルがにぎられている。空だったはずのペットボトルが、ほのかに光っている。
「ぼく、ホタルをつかまえたんだ」
「…………」
信じられない。
でも、ペットボトルのなかでは、緑色の丸い光がチカチカとついたり消えたりしながら、ゆらゆらうごいていた。
弟はホタルのつまったペットボトルをかざしながら、草むらをおしわけて、こちらにむかってくる。弟の顔がほのかな緑色に照らしだされ、また暗くなって、見えなくなる。
「ん?」
ふと、わたしはおかしなことに気がついた。
本物のホタルなんて見たことないけれど、それでもテレビとか見るやつは、小さい光の点みたいな感じで、川のうえを飛んでいた。
でも、弟がもつペットボトルのなかでうごくホタルの光は、もっと大きい。それこそ、うえでわたしを照らしている電球くらいの大きさの、光の玉に見えた。
弟はどんどん近づいてくる。
ホタルの光もだんだんと近くなる。
まちがいない。やっぱり、何か、大きい。
「ほっ」
かけ声といっしょに草むらから弟がジャンプし、ペットボトルをかかげるようなポーズをとって、わたしの前に着地した。
「ヤステル。ちょっと、それ、わたしにわたしなさい」
「やだよ。これは、ぼくの」
「ライトもってていいから。ほら」
わたしは持っていたライトを弟の前につきだした。弟はペットボトルとライトをチラチラとみながら、
「すぐかえせよ」
しぶしぶといった顔で、ペットボトルをさしだした。
弟からペットボトルをうけとる。
まちがいない。なかで光っている虫は、ホタルじゃない。
重いのだ。ホタルは小さい虫のはず。でも、手につたわってくるカサカサとうごく感じは、もっと大きな何かで、緑色に光る虫のシルエットもホタルというより――
「ねえ、ライト。返して」
「じゃあ、ホタルかえせ」
わたしは弟の手からライトをひったくった。
ペットボトルの中で、あわく光りながらうごめく虫。その正体をたしかめるために、ライトを向けた。
そして、
「――うあっ!?」
わたしは悲鳴をあげた。
ペットボトルのなかでうごいている虫のむれが、ライトの強い光ではっきりと照らしだされていた。
ペットボトルのなかにいたのは、おしりを緑色に光らせた、ゴキブリだった。
光がはっきりしているのは羽をひろげてとんでいるやつで、よく見ると、まだたくさんのゴキブリがペットボトルのなかでうごいている。何匹も、いっぱい、ワラワラと――
わたしは、思いっきり、草むらにむかってペットボトルを投げすてた。
きもちわるい。うでがむずむすする。浴衣が汗でぐっしょりだった。
「なにすんだよ!」
弟がさけんだ。
うるさい。だまれ。このバカ。
弟をどなりつけようとしたとき、
「あ」
弟が草むらのほうを指さした。
指さす先を見ると、草のかげから、ふわりと、光の玉がうかびあがった。
「ヒトダマだ」
弟がつぶやいた。
草むらのうえを、ぐるりと回ってとぶヒトダマのむれ。
と、そのなかの一つが急に、こちらに向きをかえる。
まっすぐとんできて――わたしの手にとまった。
そして、そのまま、カサカサと、ものすごい速さで、わたしのうでを登り、浴衣のそでから中へと、入りこんできた。
――ヒロエがものすごいスピードでぼんおどりしてる!
ようやくヒトダマをふりおとして、汗だくになっているわたしを見て、弟は大笑いしていた。
わたしは息をととのえると、弟を思いっきりぶんなぐった。
◇ ◇ ◇
つぎの朝、弟はわたしが草むらにペットボトルをすてたことをチクッた。
母さんの雷がおちて、わたしはゴミ袋をもって、きのうの道をトボトボと歩いていた。もちろん、明るくてセミの声もうるさい、真昼の道をだ。弟もついてきた。顔もみたくないのに。
弟をひきはなそうと早足で歩いたので、思ったより早く草むらについた。
わたしは道に落ちていた木の枝をひろって、ゆっくりと草をかきわける。そこには、ボトルのキャップが落ちていた。おそるおそる、枝で草むらのなかをさぐる。手ごたえがあり、ふたの外れたペットボトルが、コロコロとわたしのまえに転がってきた。
なかには、何もいなかった。