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#34

漆嘉遍(しっかへん)の体がぐらりと揺れた。突然、足元が泥沼と化して足を取られたような感覚だったが、実際には地面には何も変化が無く、代わりに漆嘉遍(しっかへん)の膝から下がどろりと溶けていた。何が起きているのかを悟るより早く、体勢を崩して地面に両手をついてしまう。漆嘉遍(しっかへん)が自分の身を確認したときには、膝から下は地面と同化し、コンクリートの塊に成り下がっていた。


地面に座っていた八重樫は、全身の発条(ばね)を使って一息に起き上がると、一瞬で黒い子供のような姿のものに肉薄し、その頭に蹴りを叩き込んだ。それはもんどりうって飛んで行くと、地面に激突した。頭部にあたる部分は奇妙に歪んでしまい、全体の表面からばらばらと黒いものが()がれ落ちた。蹴飛ばした際に、八重樫の足の甲がそれの口に当たる部分に触れたため、表皮と筋肉の一部が消失して、白い骨を見せていたが、蹴り終え地面に足を下ろした際には既に再生が完了していた。その裸足の足の甲と手の甲、目の回りに、昂美(あび)童子が力を貸す対象が持つ、白い文様が浮き上がっていた。


八重樫が動いたののとほぼ同時、天井近くに炎が上がり、夕暮れに(ともな)い暗くなってきていた工場を、真昼のように照らし出した。坊坂が、英慎(えいしん)たちによって天井近くに(とど)められている霧状のものに炎を掛けたのだった。漆嘉遍(しっかへん)に掛けたときはほんの数秒しか持たなかった白い炎だが、今は全てを灰に()さんとばかりに延々と燃え続け、霧状のものの身を少しずつ削っている。霧状のものが上げる、悲鳴のような空気の振動が、(かす)かに伝わってきた。

「本当だ。継続して使える」

そのようなことなど気にも掛けず、坊坂はぽつりとつぶやいた。


白い炎が途絶えること無く燃え続けているのを確認し、昂美(あび)童子の(げん)を確信した倉瀬は、蹴り飛ばされた先で体の一部を落しつつも、立ち上がろうとしていた黒い子供のような姿のものに接近し、片刃の懐剣で袈裟掛(けさが)けに斬りつけた。懐剣が対象に触れる瞬間、刀身が(ぬめ)るような輝き方をした。刃を受けた黒い子供のような姿のものは、一瞬で黒い塵となり、空気に(まぎ)れ、消えた。


藤沢は、取り敢えず自分の腹部を潰したあとに棒立ちになっていた黒い柱状のものに、体当たりを掛けた。藤沢より二倍ほどの質量を持つそれは、藤沢の攻撃に全く(ひる)むことなく、逆に藤沢を壁と壁の手前にある蜷局とぐろを巻いたものの体に押し付けて、圧死させようとしてきた。だが、転がるものの体液で滑っていたところを藤沢に助けられた二十代の男が、体液が付いた服を脱ぎ捨て、手を(ぬぐ)い、横手から、黒い柱状のものによって弾き飛ばされたあとに放置されていた機械を逆にぶつけてきた。二方向から力で押されたそれは、力に逆らわず、力を受けているのとは逆方向に一跳ねした。黒い柱状のものがあっさり後退したため、勢い余った二十代の男は前につんのめるような形になり、たたら踏んだ。そこに転がるものが体当たりしてきた。またも嫌な臭いのする体液を受けることになり、男は滑って転倒した。転がるものは、転倒した男を乗り越えて、藤沢に向かってこようとした。だが、乗り越えようとして生まれた(わず)かな間に、藤沢は機械に(かぶ)せてあった、袋型になっている厚手のビニールシートをはがすと、転がるものに覆い(かぶ)せた。転がるものはビニールシートの中で(うごめ)いた。二十代の男が、半ば乗り上げられていたそれの下から()い出て来ると、足で踏んで、ビニールシートを押さえた。

「そのまま押さえていて!」

声が掛けられた。女性の除霊担当者だった。霧状のものが、坊坂の攻撃で弱ったために、そちらを押さえている必要がなくなったらしい。手を汚染している体液をズボンで(ぬぐ)いつつ、足でビニールシートの一端を踏み付ける二十代の男と共に、藤沢は必死で、暴れるそれを地面に押さえつけていた。女性に加え、もう一人、除霊担当者がやってきて、転がるものが動かなくなるまで、何かを唱え続けた。


機械をぶつけられて一旦下がった黒い柱状のものは、次に大きく跳躍すると、千滝(せんりょう)宗の人員たちが崩れながらも描いていてる円陣のほぼ中心へ降り立った。そこで体を一振りする。八重樫に気絶させられ、気が付いたものの状況が分かっていない記録係と捜索担当者が跳ね飛ばされた。勢い良く飛んだ二人は地面に体を打ち付けて再び気絶した。同じく、円陣の中心付近にいた英凌(えいりん)は、黒い柱状のものが志保の首から下の体を踏み潰しそうになったので、慌てて抱きかかえた。倉瀬と英慎、そして黒い子供のような姿のものが、まだ大人ほどの身の丈があったころに対峙していた、除霊担当者と二十代の男が、黒い柱状のものを取り囲むと同時に、一斉に攻撃を掛けた。黒い柱状のものは、攻撃を避けるようなことはせず、斬りつけてきた倉瀬と二十代の男に体当たりを掛けた。倉瀬と男は跳ね飛ばされた。

だが、千滝(せんりょう)宗の面々の顔に迷いは無い。何せ自分たちは今、倒れることがない上に、高度な術も、好きなだけ打てるのである。黒いものたちが強かろうと、(わず)かずつでも痛手を負わせ、少しずつ衰弱させていけば良いのだった。


二度目の一斉攻撃を受けた後、さすがに考えるところがあったのか、黒い柱状のものは、再度大きく跳んだ。着地したのは寧礼の鼻先だった。黒い柱状のものが、仮に物事を考えていたのだとしたら、寧礼に結界を解かせて、逃走するつもりだったのかもしれない。寧礼は、頭皮に負った甚大な被害が回復して後、目の前で繰り広げられる情景に着いて行けず、ただ地面に座り込み、呆然と事の成り行きを見守っていて、黒い柱状のものが目の前に立ったときも、ただそれを眺めていた。しかし、黒い柱状のものが何を考えていたにせよ、着地するや否や、工場の壁の前に居座る蜷局(とぐろ)を巻いたものを攻撃していた八重樫が攻撃対象を変え、黒い柱状のもの並の跳躍を見せて、飛び蹴りを食らわせてきたので、何も出来なかった。昂美(あび)童子の力が乗っている飛び蹴りに、黒い柱状のものは吹き飛ばされ、応接室の扉を破って室内に突っ込んだ。

「いいものみっけ」

黒い柱状のものに続いて、応接室内に入り込んだ八重樫の声が外まで聞こえてきた。一拍遅れて、黒い柱状のものが、室外に飛び出してきた。いくらか痛手を受けたらしく、少し動きが鈍くなっている。すぐ後に八重樫が出てくると、近い位置にいながら、それまで霧状のものを消滅させるまでに至っていなかったので、動けないでいた坊坂に、何かを投げて来た。しゃらん、という涼やかな音が、この場に似合わず、響いた。ようやく霧状のものを始末し終えて動ける様なった坊坂が、反射的に手を出して受け取り、柄が桃の木で出来ている、先端に銀の環が付いた短い(しゃく)をまじまじと見つめた。

「これ…」

「中にあった。あいつのものじゃね?他の連中は使えないだろ。さっき、これで殴ったら凄く効いた」

顎で漆嘉遍(しっかへん)を指して説明する。坊坂は何か言い掛けたが、倉瀬の声が先に届いた。

「坊坂、それ任せていいか?うちで周りのあれをなんとかするから」

それ、は黒い柱状のもので、周りのあれ、は蜷局(とぐろ)を巻いたものである。蜷局(とぐろ)を巻いたものはほとんど動かない。だが、その巨体に加え、耐久力が段違いで、攻撃しても効いているように見えず飽き飽きしていた八重樫は大賛成の様子で、坊坂も、千滝(せんりょう)宗の人員が総出で対処した方が、経文にしろ(しゅ)にしろ相乗効果が高くなることは分かっていたので、了承した。


美月は()つん()いの状態から、なんとか地面に座り直した。皆の傷を治すのと同時に己の疲労も取り除いているので、少しは余裕が出来ていたが、依然立ち上がるまでは回復していなかった。体勢を変えたことで、工場内の様子が目に入ってくる。ただ、視覚よりも、脳裏に流れ込んでくる各自の身体状況の情報の方が膨大で、それで何が起こっていかを把握することの方が多かった。八重樫には、美月は己が行っている治癒のため以外にも、昂美(あび)童子の力が注ぎ込まれており、超人的な身体能力を発揮している。美月は昂美(あび)童子が寄越してくれる、最初の巨大な奔流は落ち着いたものの、未だ一定の流れを保ちつつ注ぎ込まれている力に意識を集中し、ふと思い付いた。今、美月と昂美(あび)童子は、この力によってつながっている。漆嘉遍(しっかへん)昂美(あび)童子が知識そのものだと言っていた。力を逆にたどり、昂美(あび)童子に同調すれば、様々な知識を得ることが出来るのではないか、と。無論この状況下で実行する気はさらさらなかったが、昂美(あび)童子が苦笑した。というか苦笑を美月の脳内に直接伝えてきた。

「言うておくが、今はいわば回路を開いた(、、、、、、)状態でな、()れの思考は全て伝わる。隠せぬぞ。考え方は間違ってはおらぬが」

美月の顔が引きつり、慌てて諦める意思を伝えた。昂美(あび)童子は特段気を悪くした様子でもなく、口調を変えて、続けてきた。

「…少し教えてあげるとね、あなたは今、おおよそ使った力の三割弱を治癒の術として使用出来ている。七割強が無駄に使われているわけだけど、治癒能力者としては、まず平均値。あなたは普段から術を研鑽してきているから、この数字は自力で改められると思う。学院で学ぶのなら、純粋に力、霊能力を高めるところ。そこを伸ばすノウハウは学院も持っているしね。ただ、あの共感能力はちょっと頂けません。力を高めると同時に、そちらをきっちり制御することも覚えないと、更に誰かと容易(たやす)く共感・同調してしまう体質になるかもしれない。気を付けて」

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