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#30

廃工場に近づく車内で、英凌(えいりん)の顔色はどんどん悪くなっていた。工場に到着したときにはもはや蒼白で、同乗の英慎(えいしん)に車内に残っているようにも言われたが、無理に降りた。いつも以上にどこか違うところを見ており、そのままでは他者の歩みから取り残されてしまいそうなのを見かねた倉瀬に頼まれ、藤沢が二の腕を掴んで無理矢理歩かせていた。その後、志保が工場内で警告の声を上げた際には(わず)かに反応したものの、志保が倒れたときには、またも(ほう)けたようになり、地面に座り込んでしまった。


その英凌の二の腕を掴んだまま、藤沢もまた志保が倒れるのを、呆然と見ていたが、上がった絶叫と目に入ってきた機械の高速移動に、そちらに注意を向けた。機械に頭部を蹂躙された二十代の男一人が事切れていた。傍に竹刀が落ちている。少し離れたところで、もう一人の男が地面から半分腰を浮かせた状態で絶叫していた。そこに転がるものがぶつかってきた。機械ほどの重量はないようだが、男は体勢を崩されて床に突っ伏し、起き上がろうと地面に手をつき、付着していた転がるものの体液で手が滑って、床に顔面を打ち付けることになった。藤沢の目の端に、機械の後ろからにょき、と、黒い柱状のものが姿を見せたのが、捕らえられた。藤沢は咄嗟に英凌を掴んでいた手を離すと、そちらに向けて走り出した。黒い柱状のものが弾いて寄越してきた機械が、滑って起き上がれない二十代の男を直撃するより早く、横から突っ込んで体当たりで機械の進行方向を狂わす。まだ起き上がろうと格闘している最中の男の、幸い転がるものの体液が付着していなかったベルトを掴んで(きびす)を返し、元いた場所の近くにまで引きずり込んだ。一拍置いて、またもや一台、機械が滑ってきた。今まで盾になる形でいた二十代の男二人がいなくなったため、英慎がその機械の進行方向上にいた。藤沢は再度駆け、今度は正面からぶつかって、機械を止めた。体液が充分ではなかったらしく、コンクリートの床が削られて、嫌な音を立てた。機械が尽きたのか、次には金属網のコンテナが向かって来た。機械に比べて軽いので、速度はあったが問題なく藤沢は止めた。逆に掴んで持ち上げると、近くにまで来ていた転がるものに向かって投げつけた。金属網コンテナに直撃されたものの、転がるものは転がる方向を変えた以外の反応はしなかった。そして転がるものの動きに気を取られていた藤沢は、一足飛びに跳ね飛んできた、自分の二倍近い大きさの黒い柱状のものに直撃され、まともに吹き飛ばされ、壁に激突した。うめく藤沢の腹に、大きく振りかぶった黒い柱状のものの体が直撃した。あばら骨が折れ、藤沢は潰れた内臓の一部を吐き出した。


志保が倒れたあと、一番始めに八重樫がしたことは意味不明な叫び声を上げる記録係の腹に拳を叩き込むことだった。目が完全に正気ではなかったし、闇雲に振り回す手が、志保を葬った霧状のものを払おうとする英慎と女性の除霊担当者に当たりそうになっていたので、邪魔だと判断したのだった。ついで、狼狽する余り、何故か倉瀬に襲いかかっていた捜索・探査担当者のひとりの後頭部に一撃入れて、その意識を奪った。崩れたその身体は倉瀬に押し付けると、次いで、高齢の捜索・探査担当者を引っ掛けた黒い輪に飛び掛かりかけた。だが八重樫が行動するより早く、黒い輪はふわりと浮き上がり、捜索・探査担当者は高所から投げ落された。黒い輪はそのまま、次の獲物を定めるように、天井近くの中空にとどまった。八重樫は、それに向けて、他に何も無かったので、靴を脱いで投げつけた。一回目は届かなかったが、二回目が黒い輪の下部に(かす)った。むろん影響などないが、黒い輪は八重樫に注意を向けたようで、一気に下降し、向かってきた。

黒い輪が、八重樫の首を捕らえようと襲ってくる。避けること数度、常に移動し、上空に注意を向けていた八重樫は、座り込んで何やら唱えていた、除霊担当者の位置を見誤り、後退した際にぶつかってしまった。慌てて体勢を直し、倒れることはなかったものの、一瞬、黒い輪から気が逸れた。その機を逃さず、(すく)い上げるように首を狙ってきた黒い輪をなんとか(かわ)すも、均衡を保つために振り挙げた腕が、身を(ねじ)った黒い輪に捕らえられた。八重樫の足が宙に浮いた。八重樫は自由な方の手で黒い輪を掴むと、鉄棒運動の要領で、体を持ち上げ、黒い輪に蹴りを入れた。二三度入れたところで、足首が捕らえられた。上下逆向きに宙吊りになった状態で、今度は顔を黒い輪に近づけ歯を立てた。蹴りはとにかく、噛み付かれることはお気に召さなかったらしい。黒い輪は、まだそれほどの高さではないのに、八重樫の腕と足首を(ねじ)り切り、全身を一振りし、まだ捕まっていた八重樫の片手を振りほどいた。八重樫は必死で空中で身を(ひね)り、なんとか足から着地したが、足首から先がある方から、(かかと)の骨が(くだ)けるぐしゃりという音が聞こえた。


志保の状態を頭が認識するのとほぼ同時、倉瀬は近くにいた捜索・探査担当者に殴り掛かられた。元々倉瀬ほどの腕っ節はないにも関わらず、狂乱状態の影響で有り得ない動きをしている上に、身内ということで粗暴な対応が出来ず必死で防御するうちに、八重樫がその背後に現れたかと思うと問答無用で気絶させた。崩れ落ちた捜索・探査担当者の体を慌てて支え、床に座り込んでいる英凌の傍の床に横たえる。出来れば、この、工場のほぼ真ん中という位置ではなく、英凌共々隅に置いておきたいのだが、悠長なことは言っていられない状況だった。父は志保の命を奪った霧状のものと対峙している。霧状のものは、一応、英慎の繰り出す一撃一撃に(ひる)んだ様子を見せ、虚空に退(しりぞ)くものの、すぐにまた襲いかかってくる。その襲いかかってきたとき、英慎の反撃の瞬間を見計らい、倉瀬は気合いとともに片刃の懐剣で斬りつけた。英慎の攻撃と相俟(あいま)って、それまでより大きな痛手があったらしい。霧状のものは、それまでよりひときわ大きく、全身を震わせるような反応を見せると、突如、二つに分裂した。

倉瀬の方が反応が遅かった。素早く払った英慎と違い、質量が半分になった霧状のものに半ば頭部を包み込まれかける。だが完全に包み込まれる前に横から突き飛ばされた。突き飛ばされた倉瀬、突き飛ばした英凌、共に一緒になって地面に転がった。倉瀬はすぐに起き上がり、まだ手近にいた霧状のものに斬りつけた。霧状のものはすぐに上昇し、英慎に襲いかかるも結局傷一つ付けられなかった片割れと再びひとつになった。

御前みさき

「え?」

漏れ聞いた声に、倉瀬は地面からゆるゆると起き上がる英凌を見た。息を呑む。倉瀬は眼鏡と髪が落ち、側頭部の数カ所と頬を浅く切られただけだったが、英凌はより大きく攻撃を受けていて、左の上半身が複数の刃物で一時(いちどき)に切り裂かれたようにずたぼろになっていた。口を開いた拍子に耳や(まぶた)の破片が、ぽろぽろと落ちた。

「七にはひとつ足りないけど、御前みさきだった(、、、)ものたち」

「そうか、それでこの異常な力か」

同じく声が聞こえていたらしい英慎がつぶやいた。女性の除霊担当者がうなずくと、それまでと違う経文を読み上げ始めた。倉瀬も懐剣を手にしたまま、唱え始める。霧状のものは、襲いかかる素振りは見せるものの、明らかに倉瀬たちから距離を取り始め、やがて天井近くにまで後退して、動かなくなった。


坊坂は、志保が倒れた後も、特別動かず、黒いひとのような姿のものと対峙する二十代の男と除霊担当者を見ていた。だが、黒いひとのような姿のものが二十代の男に向けて進むと同時に、動いた。一気に距離を詰めると、寧礼の腹に膝蹴りを叩き込んだ。自分が狙われるとは思っていなかったらしい寧礼は、一瞬で愉悦から苦痛に表情を変え、肺から全ての空気を吐き出した。

「やめさせろ」

寧礼を床に引きずり倒し、膝で胸部を押さえ、右手で髪を掴んで動きを封じた状態で、坊坂は低く命令した。寧礼は咳とも悲鳴とも付かない音を喉の奥で上げただけだった。坊坂は無言で寧礼の右手を取ると、人差し指と中指、二本を同時に折った。今度は明らかに悲鳴が漏れた。

「ひっ、あ、分かった分かりま…」

全てを聞き取るより先に、既に気を失っている除霊担当者の一人から飛び退いた黒いひとの姿のようなものが、坊坂に攻撃対象を変えて、脇腹に頭突きしてきた。坊坂は弾き飛ばされ、応接室の扉に右半身を打ち付けることになった。だが、坊坂が髪を離さなかったがために、掴まれていた髪と頭皮の一部をごっそりと持って行かれた寧礼の方が、より大きな苦悶の声を上げた。黒いひとの姿のようなものは、続けて白い空洞状の口で、起き上がりかけた坊坂の頭部を狙ってきたが、これは地面に伏した坊坂に(かわ)された。坊坂はそのまま、これもひとに似ている黒い足に、足払いを掛けた。重量がどうなっているのか、黒いひとのような姿のものは倒れもせず、悠然としていた。だがその背に、二度吹き飛ばされてもめげない二十代の男の懐剣の攻撃が襲った。黒いひとのような姿のものは、三度、振りほどいた。ただ、そのために背後に注意がいってしまい、今度は坊坂の肘打ち付きの体当たりを、ひとでいう腹部に、受けた。足払いでは倒れなかったが、今回は坊坂と共に倒れ込んだ。馬乗りになった坊坂は、黒いひとのような姿のものの首の部分を片手で押さえつつ、逆の手で簡易的な印を切ると、真言を唱え始めた。空洞の口で、坊坂を襲いかけていた黒いひとのような姿のものが、びくんと身を震わせて、動きを止めた。片方は目がないが、(にら)み合いが起こった。

坊坂は必死で唱え続けていたが、徐々に呂律が回らなくなり、額に汗の玉が浮かび始めた。それが大きくなり、落ちた、と、坊坂の真言を振り切った黒いひとのような姿のものは、次いで首の部分を押さえる手も振り払った。振り払われた勢いで体が浮き、がら空きになった坊坂の側腹(そばばら)に、白い空洞の口が食らい付いた。服とともに坊坂の側腹(そばばら)の一部が消失し、血と、白っぽい内臓がどろどろと流れ出て来た。坊坂は無我夢中で両手で、黒いひとのような姿のものの頭部を押しのけた。黒いひとのような姿のものは、あっさりと坊坂の胴体から口を離した。体の平衡を崩した坊坂は脇腹を押さえつつ、地面に倒れ込んだ。その頭部向けて、白い空洞の口が迫った。

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