#13
自分たちと同じく夏休みの学生たちが満載の店で昼食を摂り、原作が白鳥の湖だというファンタジー映画を鑑賞、映画への突っ込みを始め様々なことを話し、夕方になって、西野琴音は帰宅した。ダブルデートだったのだが、友人の都合でかなり早めの解散になってしまったことに少し不満ながらも、家に着いた後もまだ、スマートフォンでメッセージや今日撮った写真のデータをやりとりして、楽しんでいた。しばらくして母親に何度も呼びかけられてから食堂に向かい、母親の手料理の夕食を二人で食べた。父親は仕事でこの時間に家に居たことはほとんどないし、一人ずついる兄と姉は二人とも既に社会人で、姉は自宅から通勤しているが、父親同様に帰宅はいつも遅い。夕食をさっさと済ませると、琴音はまた液晶の画面に釘付けになった。
玄関の外の車の停まる音に続き、呼び鈴が鳴ったのに気付いたのは、夜もかなり遅い時間で、琴音は既に入浴済みで、熱い湯の影響ですっかり奪われた体中の水分を補給すべく、台所でスポーツドリンクを開けたところだった。母親がインターフォンで二言三言話すと、玄関に向かった。琴音が顔をのぞかせると、泥酔した父親と、それに肩を貸したタクシーの運転手が入って来たところだった。父親は玄関マットの上に倒れ込むと半分は鼾と思われるがらがら声で、何事かを叫んだ。その顔は真っ赤で、毛穴が開ききっている。汗が流れ落ち、首回りの皺に流れ込んだ。
父親を下ろした運転手は、一旦車に戻ると、父親の上着と鞄を持って来て、玄関に置いた。母親は、運転手に何度もお礼を言いつつ、料金にプラスアルファした金額を支払った。玄関が閉められると、母親は、父親のワイシャツに汗染みが出来ている脇の下に手を入れて、廊下を引きずって風呂場まで移動させた。メタボリック判定を受けているが、上背はそれほどでもない父親は、母親一人でもなんとか動かすことが可能だった。引きずられている間も、父親は何か喚いては、頭を激しく振ってまわった。その激しい動きにも、汗と油で奇妙な形に撫で付けられた髪は、さわとも動かなかった。
「上着と鞄、お願い」
母親は、琴音と目が合った際にそう言った。琴音はよほど無視しようかと思ったが、後でぐちぐち言われるのも嫌だったので、仕方なく床から上着の裾をつまみ上げた。瞬間、酒と加齢臭と汗の混じったもの凄い臭いが広がり、思わず腕を一杯に伸ばして出来るだけ体から遠ざけた。勢い良く伸ばしたその弾みで、上下逆で吊り上げられていた上着の内ポケットから、中身がばらばらと床にこぼれた。
琴音は内心舌打ちした。今日一日の楽しかったこと全てを相殺してしまいそうなほど、嫌な気分だった。床に目をやると、皺が寄った薬の袋と、二つに破られた封筒と折られた名刺と、一円玉が転がっていた。上着を遠ざけながら、片手で薬、封筒、名刺の順に拾い上げる。名刺は履歴書のように顔写真が付いたもので、ちらりと見えた顔が、琴音の好きなアイドル歌手に似ているように見え、好奇心から名刺を広げた。もっとも改めてよく見ると、眼鏡をかけた特徴の無い中年男性の顔だったので、幻滅した。ただ、それに続いて、法律事務所、と記された文字が見え、琴音は少し目を見張った。封筒の方に目をやると、そこにも同じ法律事務所の名と、住所が記載されていた。
琴音は、上着と鞄を父親の部屋に投げ入れると、薬を台所の机に置き、封筒と名刺を持って、二階の自室に上がった。心臓が音を立てている。机の上に名刺を置き、二つに裂かれている封筒をそれぞれ開き、中の書類をつなぎあわせて読む。視線が文字を追ううちに、琴音の顔から血の気が引いて行った。




