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蟄の啓く日に

作者: you

すごもりむしのひらく日に、そのちいさな生命のことを想う。

小さくありふれていて、めったに見向きもされないその存在を。

この春のはじめに、太陽のまなざしあたたまり、月のほほえみがみちる、きょうこの日をえらんで。

冬に固く冷たく眠りに就き、いまなお、きつく閉ざされた大地を。

じぶんの力と体と心のつよさだけを頼りにみちを拓いて。

地面より湧き出でてくるちいさなちいさな、けれど生きる闘志をおおきくほとばしらせる虫たちの、なんと健気で偉大なことでしょう。

地面を突き破り、舞い踊りまたあらたな年のあらたな世界へと喜び勇んで生きていこうする虫たちの姿の、なんと頼もしく美しいことでしょう。


虫たちは、このときを逃すことないのです。ときがまだ来なければ、たとえばきょうのように寒ければ、あるいはおおくの虫はねむりから目を覚まさないでしょう。

ただ時計の針が指し示すその数字だけが、ときを決めるのではないのです。

それは、そろうときなのです。

陽射しのあたたかさが、地面のなかまでとどく。

草木がさきがけて息を吹きかえし、緑芽吹かせ、花の色をひとつずつ足していく。

南風がとおい海からつよくおしよせ、すぎさる。

鳥たちがおとずれ、未来をつなぐあいてをさがす。

それらすべての環境がそろうのを、じっと待ち、ほんのまたたきの間にくずれてしまう前に、颯爽と躍り出てくるのです。


あるいは、ときにそろうものは、そのときどきで変わり、欠けていたり加えられたりも。

冬のあいだの、小春日和。風のつめたいなかで、たまたま太陽がそのすさまじさをやわらげる。

そんな日に、みつばちは巣から出ていきます。

花のみつを探していくのです。

群れに生きる一匹一匹の数を減らして、活動を弱めて。

それでも、秋のたくわえも少なくなり。

それでも、数千の家族を支えなくてはならず。

巣の外へと飛びたつのは、経験豊富な、いわば壮年。ときをかさねて、もっともいきおい壮んで、実力をかねそなえたはちです。

それは近所でなにくれとなく世話を焼くおばさんのように。

ただただ、仲間のために花のない季節へ飛びたつというのです。

その胸には、じぶんの死のおそれをやぶる勇気を燃やし、群れの死をくいとめようとする決意をみなぎらせて。

体は年をかさねてすり切れようとも、その精神こそはまさしく青年。

じぶんをかえりみない青さとうわべだけ見る人はえらそうにいうやもしれませんが。

それはじぶんの命をかけて他者を守る英雄が、空の青のように清々しい魂を見せているのです。

そしてつねに英雄は勝利をめざし、いくたびの敗北の果てに、かならず勝利する。

ひたすらさまよい、さがし、そして見つけだす。

にこげで大切につつみこんだ蕾をつける。

そのにこげにふれて、いくつか白の花を咲かせる。

冬に枇杷は咲く。

あたたかな日をえらび、すこしずつ。

次の小春日和にも咲かせる蕾をのこしながら。未来をたくしながら。

そのときに、はちがみつを求めて飛びたち、おとずれてくれることを確信して。

その受粉を、見も知らぬはちにまかせて。

枇杷は咲く。枇杷の未来をつなぐために。

はちは飛ぶ。はちの未来をつなぐために。

そして枇杷ははちが冬をのりこえられるように小春日和のときをえらんで咲き、はちは枇杷が実るためにおとずれ奉仕する。

共に生きるために、共にときをさだめて。

はちは命を運ぶ。じぶんの群れの生をつなぐ、命の糧を、命そのものを。

はちは命を運ぶ。花の未来をつなぐ、命の廻り逢わせを、命そのものを。

それこそが、はちが命を使っておこなう生そのもの。

みずからの幸福のために行動し、それが一切のゆがみもすれ違いもなく、あいてを幸福にする。


虫は、そのからだはちいさなものです。

けれど、そのちからづよさは偉大なものです。

アリはどんな高さから落ちても、死ぬことはありません。

カブトムシはじぶんの百倍のおもさでも、もちあげることができます。

クモの糸は、おなじ細さのピアノ線よりも強靭です。

虫は、そのからだはちいさなものです。

けれど、生きているあいだに世界を変えていきます。

ダンゴムシをはじめ、おおくの虫が落ち葉を消化していき、ついには樹木の成長にひつような栄養をたくわえた腐葉土に変えていきます。

フンコロガシをはじめ、さまざまな虫が糞や死体を消化して、ほかの生き物が利用できる栄養へと変えていきます。

虫は鳥につかまりヒナにたべられて、鳥の未来をつなぎます。

生きるときも、死ぬときも、虫はだれかを助けます。


農家の伯父とその妹である母は、口をそろえて言います。

「虫や鳥が食ったリンゴが一番うまい。あいつらは、本当に美味しいものをわかってる」

わたしもそのとおりだと思います。

虫がほかをさしおいて食べるほどにおいしく、虫が食べられるほどにあんぜんなリンゴを、毎年食べられることはとても幸せ。

そんなリンゴを心をこめて作ってくれる伯父をはじめ、すべての農家の方々に感謝の想いはつきません。


きょうこの日の、その前か後ろか、そのときに。

地面より湧き出してくる。

そして地面をはいずって生きる。

じぶんで行動して世界を変えていき、その行動がほかのいきものを助ける。

その姿は、けんめいに生きる人に似ている。

ほんとうにがんばっていて、それなのに見向きもされない人に似ている。

だから、わたしは、きょう、あらためて想ったのです。

虫たちこそ、本当に偉大な生命である。

虫とたとえられてさげすまれている人こそ、真に素晴らしい人である。

その素晴らしさは、まさしく、いまこの生命あふれる世界が証明しているのでしょう。

その素晴らしさを、まさしく、いまこのときをそんな生命に支えられて生きているわたしたちに恵んでもらっているのでしょう。


平成二十七年 啓蟄 奈月遥


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