人魚人
「おう、今帰ったぞ」
お父さんが、今日もお魚を捕ってきた。
私のお父さんは天才漁師だ。
いつも大物を捕まえてくる。
釣れないと愚痴ったり、私を殴ったりしたこともあったけど最近はそんなことはない。
いつも上機嫌で私もうれしい。
今日のお魚も、とても大きかった。
「おかえりなさい! わぁ、今日もとっても大きい!」
私は飛び上がって喜び、地面に置かれたお魚に飛びつく。
お魚はイキが良くて、まだびくびく跳ねている。
縛ったロープがはちきれそうだ。
これは解体しがいがありそう!
「こらこら、父さんよりも魚が大事か? まったくしょうがないな」
お父さんは苦笑いしながら、私の頭をぐりぐりなでる。
なんだかこんなやり取りが、すごく照れくさい。
私は照れ隠しに、お魚のお尻をペチンと叩いた。
「アオッ」
お魚は変な声で鳴く。
猿ぐつわから漏れる音程は、やや低い。
どうやらオスのようだ。
うーん。オスはお肉が硬めで大変なんだよなあ。
ひさしぶりに煮込み料理にしようかな。
お刺身が一番おいしいんだけれど。
まあ、味を見てからでいいか。
レシピを頭の中で考えているうちに、お父さんが解体用の道具を持ってきた。
ナタにノコギリ、鑿に鋏、鶴嘴・玄翁・ドリルまで。
大工道具みたいなラインナップだけれど、どれもお魚の解体道具だ。
大きなお魚をさばくのには、このくらいの道具が必要なんだって。
最初は戸惑ったけれど、もうだいぶ慣れてきた。
もう、お父さんより私の方がうまくできる。
「じゃあ押さえておくから頼んだぞ」
「はーい」
解体のコツは、まず頭を落とすこと。
ふつうのお魚ならば、包丁の背で眉間を殴って気絶させるんだけれど、このお魚では難しい。
色々工夫してみたけれどうまくいかなかった。
お父さんが言うには、生きたまま強引にやるっていうのが一番お肉がおいしいらしい。
なので結局ちからわざ。
これはひとりじゃ出来ないおおしごと。
ちょっとめんどうなお魚なのだ。
そのぶん取れるお肉も多いからうれしいんだけどね。
お魚の名前はなんて言ったっけ。
人魚だったかな。
お魚なのに頭から足の先まで鱗がない、変な魚。
鱗の代わりに細い糸クズみたいなのが、頭にいっぱいと身体のところどころに生えてる。
髪の毛っていうんだって。
なんか変なの。
「ひ、ひぃ」
またお魚が声を上げる。
今日のは本当にイキがいい。
いつもはお父さんにいっぱい痛めつけられて、怖がって声も出せないくらいなんだけどな。
じょうぶな個体なんだろうか。
私はちょっと考えて、鑿と玄翁を手に取る。
ノコギリのほうがいいんだけど、硬そうだしね。
これでまずは小手調べ。
すぐにノコギリ引き出来るように、三本目の手と四本目の手を使って大型のノコギリ構えておく。
そのときお魚があんまり暴れるものだから、猿ぐつわが取れてしまった。
緩かったのかな?
お父さんのめずらしいミスだ。
あれ、とかのんきに言ってる場合じゃないよ。
「――た、タコが! タコの化け物だ! ああ、違う。や、やめてくれ! 助けて!」
猿ぐつわで口を押さえてないと、お魚はとてもうるさい。
しかも私たちをタコと間違えるなんて、とても失礼だ。
「えい!」
鑿をお魚のノドに叩きつけて、そのまま玄翁で打ち込む。
こういうのはスピードが大事!
お魚は大きくビクンと震え、ゴボゴボと血を吐くとそのまま暴れるのを止める。
あとはピクピク痙攣しているだけ。
「おお、うまいもんだなあ」
「えへへ……」
お父さんの感心した声に、笑顔で返す私。
一撃で急所を突けたときは気持ちがいい。
顔に跳ねた血を五本目の手でぬぐうと、六本目と七本目の手を合わせる。
「それじゃお魚さん、お肉いただきまーす!」




