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山鳥眞白の場合

 シロヤマドリタケは詳細不明のキノコだ。

 和名は白山鳥茸。

 ただし、この和名は仮称扱いで正式名ではない。

 学名はBoletus cf. orientialbus Zeng, Liang & Yang。

 学名の方も属名しか判明していない。近年海外で本種と思わしきキノコが「Boletus  orientialbus」と命名されたが、日本産のものと同一であるかどうか多少疑問がある。

 分類は担子菌門イグチ目、イグチ科、ヤマドリタケ属。

 夏から秋にかけてのキノコ。

 大きさは中型から大型まで。

 コナラなどの広葉樹林の地上が発生場所。

 傘は白色でつやはなく、傷やひび割れが目立ち、周縁には表皮の裂けた余りが残る。管孔は最初菌糸に覆われて白色だが、成熟すると黄土色になる。柄も白色で、上から下まで全面に、特に下部に強い網目模様が有る。

 食毒についても不明。

 肉質は非常に軟質で脆く、摘んだだけで柄の網目が潰れてしまう。 またこの性質のため周囲の枝などの自然物に邪魔され傘が奇形になっている事が多い。

 そう。

 つまり、非常に傷つきやすいキノコなのだ。

 それは、シロヤマドリタケのキノコ娘も同様だ。

「……あー、そのだ。大丈夫か、眞白?」

「……」

 山鳥眞白は、ふるふると首を横に振る。

 無口でシャイな彼女はそれ以外の反応を示さず。決して俺の方を見ようともせず、喋ろうともしない。 

 思わず頭痛がしてきて、頭を抱えたくなった。

 たまには、少し豪華なランチでもと考えたのがそもそもの間違いの始まりだった。俺の馴染みの店は高い山の辺鄙な場所にある。食べに行くにはそれなりに大変ではあるが、キノコパスタは絶品である。 

 散歩がてらの運動には丁度良いかと、山道を歩いていたところで事件は起きた。

 いや、単に俺と同じように歩いていた眞白と、出会い頭に軽くぶつかっただけなのだが。

 相手が悪かった。

 山鳥眞白は、全身真っ白の気品あふれる美しい娘だ。風が吹いただけで折れてしまいそうな印象を受ける。

 髪は白色でしっとりした毛質だが反面脆く、少し触るだけでブチブチ切れてしまう。内側の髪ほど黄土色になり髪を掻き分けると層になっている。裏側は超巻き毛状。

 まつ毛は長く真っ白で美しいがよく反り返り、聞くところによると逆まつ毛に悩まされているそうだ。瞳は透き通るような純白だが強い光に弱く、明るい場所では薄目を開けている事が多い。

 胸はあまり無い。タートルネックのワンピースで胸元から両腕にベルトが伸びている。ワンピースは網目柄で上半身はタイト、下半身はラフなデザイン。靴は白のベタ靴だ。

 そんな彼女は何かに軽くぶつかっただけで、すぐに怪我をする。

 何かに躓いただけで複雑骨折をする。

 虚弱体質ここに極まりの、キノコ娘なのだった。

 眞白がへたりこんでから、既に三十分近く経っている。どちらかと言えば、足を止めていた俺に彼女の方からぶつかってきた形だったのだが。あまりも一方的に吹き飛ぶようにあちらだけが倒れ込んでしまったので、どうにも放っておくのも忍びなかったのだ。

 見たところ、目立った外傷はない。

 どうやら足を挫いたらしい。

 それだけのことを確認するのに、異様なほどの労力と時間が必要だった。

 何せどう話しかけても目の前で俯いたまま、頑として動こうとしないのだ。

 眞白とは、あまり面識がない。

 話したことさえ、実はほとんどない。

 人前に好んで出てくる性格ではないのは知っていたが、ここまで恥ずかしがり屋だとは正直想定外だった。

「なあ、眞白。黙ってても、怪我が良くなるわけではないぞ」

「……」

 無反応。

「もう少し、具体的に何か言ってくれるなり、足を見せてくれるなりしてくれないとな」

「………………」

 無視。

「こちらとしても、どうしたものか対策の立てようもないわけで」

「………………………………」

 シカト。

「おーい、聞こえているかー」

「………………………………………………」

 ノーリアクション。

「もしもしー。入ってますかー?」

「……………………………………………………………………」

 沈黙。

「見ろ、眞白! あそこにUFOが!」

「……………………………………………………………………………………」

 今のは俺が悪いだろう。

「……はあ」

「!」

 溜息が口から洩れた。

 それだけで、眞白は敏感に全身でびくっと縮こまる。まるで捕食者に出会った小動物のような挙動だ。地味に、こちらが傷つく。

 どうしたものだろう。

 足が痛むだろうに、彼女は声を出さずに無言で耐えている。

 悩んだ末に仕方ないので、多少強引な手段に出ることにした。ごほんと咳払いする。

「あれ、眞白。良く見ると、あなた……カビてる?」

 ほとんど棒読みの台詞の効果は絶大だった。

「か、カビてない! 私、カビてないよ!」

 眞白はがばっと顔を上げて、身振り手振りであらん限りで全力否定してくる。先程までの無口ぶりが嘘のようだ。ここまで迫真の声が出せるなら、最初から出して欲しいものだ。

 ヤマドリタケ属の菌はアワタケヤドリと称される一種のカビに冒されることが多い。彼女は外見的、属的にカビというキーワードに過剰反応するのだった。

 何はともあれ、初めてこちらを向いてくれた。

「ほ、ほら良く見て! どこもカビてないでしょう。ね?」

「そうかなー? そう言われても分からへんなー」

「疑うようなら、もっと良く見てニグリカっ」

 俺の実にわざとらしい物言いにも見事に乗ってきて、眞白は立ち上って迫ろうとしてくる。

「っ」

「おっと。足を挫いているのに、無理に動こうとするからや」

 顔をしかめる眞白を支えて、ゆっくりと座らせる。 

 それから自然な流れを装って、靴を脱がせて彼女の足を詳しく診る。赤く腫れてはいるが、どうやら大したことはなさそうだ。落ち着いたところで、ゆっくり休めば大丈夫だろう。手持ちのハンカチでテーピング代わりにしっかりと固定する。

「あっ」

「ん、痛いか?」

「う、うん。でも、少しだけだから」

 たどたどしいながらも、反応が返ってくることに安心する。

「こんなものか。どこかで、ちゃんとした道具を借りて巻き直した方が良いけど」

「て、手慣れているね、ニグリカ」

「そうでもあらへんけどな。まあ、褒め言葉として受け取っておくわ。それで、他に痛むところとかはあるか?」

「あとはお尻がちょっと痛いけど、それは平気だと思う」

「左様か」

 頷いてから、俺は彼女に背中を見せてしゃがんだ。

「ん」

 顎をしゃくって促す。

「……えっと、ニグリカ?」

「早く、おぶされ」

「え、ええっ?」

「こんなところに置いていくわけにもいかへんしな」

「そ、そんな……」

「安心しろ。ちょうどポルチーニの店に行く途中だったし、そこまで送る。仲の良い同じ一族のところなら、眞白も大丈夫だろう?」

 眞白の交友関係はごく狭いが、同じ一族とのキノコ娘には気を許しているらしく仲が良い。ポルチーニは眞白と同じヤマドリタケ属のキノコ娘であり、腕の良い陽気なコックだ。  

「こ、ここからポルチーニの店まで結構な距離があるよ?」

「薔薇嶺や毒美や紫のところはもっと遠いだろう」

 俺が挙げたのは他のヤマドリタケ属のキノコ娘達の名前だ。全員、癖はあるものの悪い連中ではない。同族が訪ねてきたとなれば無碍にはしないだろうが、残念ながら今回は頼れそうにはない。

「で、でも……」

「あー、もう良い。こっちが勝手に背負う」

「きゃっ」

 この期に及んで、眞白はまだ何やらぐずぐずと戸惑っている。

 このままでは日が暮れてしまうと判断した俺は、少し強行して眞白を背負った。眞白は小さく悲鳴を上げたものの、しっかりとしがみついてくる。

「よしよし、そのまま暴れずに大人しくしていろよ」

「も、もう。乱暴なんだから」

「眞白が繊細過ぎるんだよ」

 ついでに言えば、彼女は軽かった。

 俺の肩に回された両腕は改めて間近で見ると、今にも折れそうなくらい繊細だ。強く触ると砕けてしまいそうな足を、なるべく負担をかけないように軽く持って支える。運搬中に怪我を増やしてしまっては冗談にもならない。

「じゃあ、ニグリカ号は厳かに発進するで」

「う、うん」

「次は、ポルチーニの店までー。どなた様もお忘れ物にはご注意ください、ってな」

 眞白を安心させるため、リップサービスなどしてみたが意味があったかは不明だ。

 俺は気を取り直して、山道を登っていく。一人で歩くのと遜色ない速度で足は進む。眞白の重量が増えた分の負担はさして感じない。この調子とペースなら問題ないとは思うが、気を抜くのは早計だろう。この手の強行軍は一キロ二キロと距離を歩くうちに、背の荷物が徐々に子泣き爺のように重くなっていくものだ。

 立ち往生しないためにも、体力の配分には余裕を持って気を使わなければならない。

「あ、眞白」

「?」

「そこの茂みに熊っぽい何かの影が」

「ひっ!」

「……いるかと思ったが、鹿だったな」

「ひっ!」

「え? 鹿も怖いのか?」

 なんでやねん。

 まあ、野生の鹿も対処を誤ると危険と言えば危険なのは確かだ。なるべく刺激しないように注意して距離を取り、顔を出した雄鹿の前を横切る。震える眞白の腕が、ぎゅっと力強く絡まってきた。多少、首元が苦しいが不快ではない。

 完全に鹿の姿が見えなくなったことを確認してから、眞白を背負い直す。

「眞白、もう鹿はいないぞ」

「ほ、本当に? もう大丈夫?」

「ああ。おらへん、おらへん」

「うう。怖かったあ」

 こんなメンタリティの持ち主が一人でハイキングをしていて、よく今まで無事だったなと感心する。

「そう言えば、眞白は元々どこへ行くつもりだったんだ?」

「あ……わ、私もポルチーニのところへ行くつもりだったの」

「へえ」

 おや。

 眞白の声に僅かながら活気が宿る。特に彼女が仲間の名前を呼ぶときの声は暖かい響きがある。

「ポルチーニの作る料理は旨いよな」

 試しに水を向けてやると、今までとは打って変わって声が弾む。

「うんっ。あの、私ね……」

「ん」

「私ね、ポルチーニの作るシチューやパスタが大好きなの」

 多分、彼女は俺が見たことのないような表情をしているのだろうと思う。それぐらいは分かる。

「それだけじゃなく、あいつは和食や中華まで手掛けるよな」

「うん。あのね、あの子は自分の味を色んな人に知ってもらいたいと頑張っているんだよ。色々な国の言葉も話せて凄いんだから」

「ワールドワイドだな」

「私ね、ポルチーニのことを応援しているんだ」

 我がことのように、眞白は夢中になって友人のことを語った。それは、大切な宝物を自慢するような話しぶりだった。

 あまりの邪気の無さっぷりに当てられて、ちょっと意地悪したくなる。

「ただ、暑い場所が苦手だからって、こんな山の中で店を開かなくても良いと思うけどな」

 我ながら人の悪い言い方だ。

 すると、眞白は慌てたように友人を擁護した。

「それは仕方ないよ。私と違ってポルチーニは暑さには弱いんだから」

 比較的丈夫な身体を持つ山鳥一族の中では、眞白は群を抜いて虚弱体質だが、暑さにはめっぽう強い。逆に元気なポルチーニは暑さにだけは弱かった。

「でも、眞白だって体が弱いんだから、いちいち会いに行くのに山道を登るのは辛いんじゃないのか? 生傷も絶えないだろうし」

 実際問題として、転んだだけで骨折しかねない眞白にこの山道は厳しいだろう。

 だが、素朴なこちらの疑問に眞白は平然として即答した。

「友達に会いに行くためなら、頑張れるよ。誰だってそうじゃないかな?」

「……なるほど」

 あまりにも自然な調子で、何だか初級の数式を教わっている気分になる。毒気を抜かれて言葉に何となく詰まっていると、眞白は照れたように付け加えた。

「何て。今日は、ニグリカに運んでもらっちゃってるけどね」 

 そう言えば、誰かをおんぶするなんて久しぶりだなと気付く。

 こうやって、誰かと話しながら山道を登るなんてことも。

 澄んだ山の空気が何故だかいつもより心地良い。適度な運動によって、腹も丁度良い具合に減ってきている。

 これは今日のランチは美味く食べられそうだと思いながら、俺は少しだけ早足になった。

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