必要な感情
どうにかしていた。
壱を殴るなんて。あいつは一応副長。それなのに手を挙げた。あろうことか副長に。
でも、悪いとは思えねぇ。
「すいません。山口さん。つい…」
この後、何て言ったらいいのか分からない。何で、何も出てこない⁉︎
悔しいのに言ったら認めることになる
「いいんだよ、奏夜。君と僕は理解し合える。僕はずっと信じていたよ」
壱は早くも起き上がり、笑っている。
痛くねぇのかよ。化けもんか。
分からない。こいつは何を考えている?
うっすらと寒気さえ感じられる。
あえて他人だと強調してきたのにこいつはそれを見破っている。
それを理解し合えると平然と言う。
分からない。
こいつが、何を考えているのかが。
優雅に歩き去っていく壱を見つつ俺はあぜんとしていた。
何故だかとても悔しかった。
人の死の痛みを理解しない奴はいなくなればいいのに。
どうして、あんな奴がいるんだ。
悔しい。
もう、どうにでもなれ。
ここから、消えてくれればいいのに。
次の日も、その次の日も、壱は話しかけてきた。
やっと仲間が見つけられたと何度も何度も言われた。
壱は絶対何か勘違いしている。
俺がどんな時でも笑うような人間だと思っているのだろう。
何でだろうか。
いつの間にか、壱が話かけてくるのは日常になっていた。
我ながら甘いとは思う。
でも、人と普通に話すことは久しぶりでもあったし、何よりも心が安らいだ。
殴ってまで拒絶したかったのにもう、諦め掛けてた。
そうして今日も俺と副長の壱との会話が続いている。
いつか壱も知るだろう、人を失う時の悲しみを。
「このパン、賞味期限切れそう…」
いつも賞味期限は迫ってきてるのだから。




