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被害者の母親 飯田岡舞

「何ですか?」

私は、私は自分を聖人のような人間だとは思わない。

正義の味方になりたいとは思うが、だからと言ってこの気持ちを抑えてまで、抑えつけてまで我慢してまで正義の味方になりたいとは思わない。

この子は、この子はダメだ。

何を言ってもダメだ。

興味がないのだ。私に……クラスメイトに……いや全ての他人にかもしれない。

だから私が声をかけたところでこの冷たい反応。

いや、反応が返ってくるなんてまだまともになったほうかもしれない。

最初に声をかけたときなど無視された。

私が善意で声をかけたというのに、無視してきたのだ。

私は猫を被って生きているから、我慢したのだけど、我慢して声をかけ続けたのだけど、そろそろ、限界かもしれない。

「いえ、用という用があるわけではないのですが……」

他人を突き放すその視線。

どうしてわからないの?それがあなたを孤独にしているのに……

いえ、わかっていてやっているのかもしれない。

私はこの子がつらそうに見えたのだけど、本当は違うのかもしれない。

つらそうでもなんでもなく、この子はこうなることを望んで孤立していたのかもしれない。

「用がなければ私は帰りますです」

「帰りますです?」

「ま、間違えました。帰ります」

時々この子の使う日本語はとてもおかしい。

おそらく人と会話してこなかったから、だからそんな言葉遣いになってしまうのだと思う。

「それでは、ご一緒させてもらってよろしいですか?」

「好きにするで……好きにすればいいで……」

二回も間違えるなんて……流石の私もフォローしきれない。

彼女は無言で立ち上がると、かばんを持って教室を出た。私も彼女についていくことにする。

彼女は誰とも一緒に帰ろうとしない。

当たり前と言えば当たり前だ。

友達が一人もいないのだから。

そしてそれも当たり前のことだ。あんな態度をすれば誰も近づいてはこない。

どうしてか、彼女は全てを拒否する。

それが苦しくないのだろうか?

一人でいることが苦しくないのだろうか?

いっそのこと聞きたい。彼女の本当の気持ちを聞いてしまいたい。

……それはダメだ。

知ることは、崩壊を意味している。

それは私は良く知っている。

私自身が良く知っている。

「今日のテスト、どうでしたか?」

結局私は当たり障りのない会話をすることにした。

そんなこと聞いても無駄だとわかっていながらも。

「……普通です」

「あら?勉強は得意ではないのですか?」

「私は普通と答えたです」

「この中学校は進学校ですから、皆勉強が出来るのが普通なのですよ」

「……体育なら」

「はい?」

「いえ、何でもないです」

そしてまた無言で歩く。

やはりうまくいかない。うまくいく気がないのだろう。

「ねえ?」

「はいです?」

「あなたのお家にお邪魔してもいいかしら?」

これは、これは最後の賭けだ。

ここで拒否されたら、私はこの子を救うことを諦める。

いや、この子が救いなど求めていないということにする。

「……ダメです」

「……そう」

やはり、やはりそうだった。

この子は救いなんて求めていなかった。

全て、私の勘違い。

一人先走っただけだった。

「今日はお兄ちゃんがいるからダメです」

「……はい?」

「だから今日はお兄ちゃんがいるからダメなんです」

何故家にお兄さんがいるとダメなのだろうか?

気になる。とても気になる。

「どうしてお兄さんがいると、お邪魔してはいけないのですか?」

「だって、私のお兄ちゃん……凄く格好良いですから」

「は?」

「惚れられても困るですよ」

……この子、急に頭のネジが取れてしまったのではないか?と思うぐらいの豹変ぶりだった。

頬を赤く染め、その表情は凄く可愛らしい。

何だ。この子もこういう表情が出来るじゃないか。

私がいくら話してもそんな表情しなかったのに……

いったい、いったいどんなお兄さんだろいうのだろうか?

「大丈夫よ。私年上には興味ないから」

適当なことを言って誤魔化してみる。

「本当ですか……そういえばどことなく彼氏を尻に敷きそうなタイプですね」

ピキ。

「余計なお世話ですよ。さあ、それならばあなたの家にお邪魔してもいいでしょ?」

「……いいですけど。本当に惚れないでくださいですよ」

「惚れませんよ」

興味はあった。

でも好きになるとは思わなかった。

だって私は人間が嫌いだから。

人間嫌いなのに好きになるはずがない。好きになるはずがない。

そう、思っていた。



僕らはついに被害者の家族から話を聞くことにした。

第一の被害者が飛び込んだ駅は見に行ってないのだけれど、見に行ったところで結果は同じである。時間が余計に経っているのだから、何かわかるなんてことあるわけがない。

僕は珍しくやる気を出すことにした。

何のために?

さあ?何のためだろう?よくわからない。よくわからないが、これは本気で取り組まないとならない。そんな気がしたのだ。

「さて……どういうシチュエーションで聞き出しますか?」

それが一番の悩み事であった。

「偽の警察手帳を貸してやろうか」

「……」

そう言って、よくできた警察手帳を僕に見せる。

いや、それ犯罪だから。

「……あの、勇さんはこの被害者の家族には聞き込みしたんですよね」

「したよ。偽の警察装って」

「その勇さんが今度は子供を三人も連れてきて話を聞くっていうのは非常に不自然ではないですか?」

「大丈夫ですよ!新米っていうことにしておけば平気です!!」

「特にトモを子供という以外に定義しようがないです」

「確かになぁ」

「わ、私そんなに子供じゃないですよ!」

人間は自分を知ることによって成長していくというのに……

いや、そんなことは余計なことだ。

それよりも今はどう話を聞くか考えるほうが重要である。

「仕方ないですね。今回は飯田岡薫さんの友達と言うことで訊ねることにしましょう」

「ちょっと待て。それは非常に多くのデメリットが存在するぞ」

「何ですか?」

「まず西宮高校は女子高だ」

「知ってますよ」

西宮高校は有名な進学校プラス女子高、つまりはお嬢様学校なのだ。西宮中学校というのも存在しエスカレータ式の学校となっている。

しかし、それが何だと言うのだ。

「エスカレータ式の女子高。それなのに男の友達がいるというのはおかしな話なんじゃないのか?」

「あぁ、そうですね」

つまり、僕と勇さんの存在がおかしいのだ。

「僕と勇さんが抜ける……じゃ、ダメですね」

柚子はともかく、トモに聞き込みなんて任せてられない。

というかトモと柚子に聞き込みに行かせたら、年齢を低く見られてまた疑われる可能性がある。

「まあ、それじゃあ友達の友達、ということで良いんじゃないですか?トモと柚子が西宮高校の生徒でその友達が僕っていうことで」

「ちょっと待て。俺はどうするんだよ?」

「いや、今回は抜けてもらうって言うことで」

だって、あなた一回聞き込みしたんでしょ?

ついてこなくてもいいじゃないか。

「俺だけ仲間外れかよ?寂しいじゃねえか」

「仕方ないでしょう。友達っていうわけにはいかないでしょう」

「いや、ちょっと年の離れたお友達っていうことで……」

「一回聞き込みしたんでしょう?別に勇さんが行く必要ないでしょう」

「どうしても俺をのけ者にしたいようだな」

もういいや、無視しよう。

「そういうことだから、いいか?」

トモと柚子に聞いた。

「わかりましたです!嘘ついて聞き出すということですね」

嘘って、確かにそのとおりだけど直接そんなふうに言われると良心がズキズキ痛むのでやめて欲しい。

「……いくつか改善したほうが良い点があります。よろしいですか、お兄ちゃん?」

「ん?なんだい?柚子?」

「飯田岡さんのお宅にはお悔やみという形で行くのですよね?」

「そうだね。まさか遊びに来ましたというわけには行かないよね」

「その場合西宮高校の生徒というのはいささか問題があるのではないでしょうか?やってるかどうかはわかりませんが、クラス単位でのお悔やみ、また仲が良い人ならばもうお悔やみに来ているでしょう」

「三日前の事件だったよね……うーん、微妙なところだね」

「ですから、西宮高校という設定はやめるべきだと思います。西宮中学校で知り合いだったという設定にしたほうがいいと思います」

「……それでトモと柚子は他の高校に入学した。そういう設定か?」

「はい。そうすれば不明な点も解決できると思います」

「確かに、その通りだな。よしそれで行くか。いいかい、トモ?」

「何かごちゃごちゃしてよくわからなくなっちゃいましたですが、わかったです!」

「それはわかってないと言うのではないかと思うが、まあいいや。じゃあそれで」

設定もしっかり決まったところで(?)、僕らは飯田岡さんのお宅にお伺いすることにした。


ピンポーン。

……

『どちらさまですか?』

どうやら飯田岡薫さんの母親のようだ。

「休日にすいません。私は中学の時薫さんの知り合いだった綾瀬というものです」

『綾瀬さん?ですか?』

「はい。その薫さんがお亡くなりになったということで……お悔やみに」

流石柚子。僕の妹だけあって嘘もうまい。

これがトモだったら……もうグダグダだっただろう。

『わかりました。ちょっと待ってください』

よし、どうやらここまでは順調のようだ。

しばらくして、扉が開いた。

「……あら?そちらの男の子は?」

やはり女子高なんで男友達という設定はダメのようだ。

よかった。先に設定を決めておいて。

「あぁ、僕は彼女たちの……」

「あ!えっと!その!真君は私の彼氏です!!」

……トモが暴走した。

こいつは、どうしてこう足を引っ張るか!?

まあ、仕方がないか。さて、どうフォローを……

ガチン。

「あいた、です」

あれ?何か鈍い音が……

そして嫌な予感が……

「余計なことは言わないように。智美さん」

……どうやら、柚子がグーでトモを殴ったようだ。

あの……柚子さん?

「すいません。彼女は妄想癖がありますので。気にしないでください。彼は私の彼氏で……」

もうほとんどNGワードを言っていながら、僕は柚子の口を塞いだ。

この二人は、いったい何を考えているか?

「僕は二人の付き添いです。最近は何かと物騒なんでついてきただけです。それだけです」

「そ、そう?よくわからないけど、仲がよろしいのね」

「すいません。この二人はちょっと知人が亡くなって動揺しているんです」

「……そう、ですか」

「そういうわけで、上がっていいですか?」

「あ、どうぞ」

そして僕らは無事飯田岡さん宅に潜入することに成功した。

潜入って言うとスパイをしているようだ。まあ似たようなことをすることには違いないが。

僕らは部屋に上げてもらい、そしてさっさと焼香をあげて、んで本題に入ることにした。

ちなみに柚子には泣きまねをしてもらい、トモは何を言い出すかわからないので質問は僕がすることにした。

「突然ですけど、薫さんというのはどういう方だったんですか?」

「え?」

「いや、彼女たちからは聞いていなかったので……」

「……いい子、でしたよ」

「いい子、ですか?」

ひどく曖昧な言い方をするなぁ。

いい子、いい子、いい子?

果たして自分の亡くなった子供を悪い子という親がどれぐらいいるだろうか?しかも他人に。

この親は……

「私は……あの子が自殺をしたなんて、信じられません」

あぁ、そうか。一般的には、家族には薫さんの死が自殺ということで伝わっているのか。

何かややこしいなぁ。

ここでトモに会話をさせていたら、「え?飯田岡薫さんは他殺なんですよ!」とか言い出しそうだな。

「え?薫さんって他さ……」

シュ。

「ふぐふぐ」

僕はすばやい手の動きで、今度こそ阻止することに成功した。

僕は小声で「トモは黙っていろ」と制した。

どうやら、飯田岡さんは……確か飯田岡舞さんと紹介を受けた……僕らのやりとりは特に気にしていない様子だった。

「いい子というのは、具体的にどんなふうにですか?」

「あの子は……あの子は成績も良くて、学校行事にだって一生懸命取り組んでいたし、今はクラスの学級委員だったんですよ!!」

「……」

「そんなあの子が……そんなあの子が自殺なんて」

やはり、だな。

この親は、何も子供を見てこなかった親だ。

成績でしか子供を見ていない。子供の表面しか見ていない親。

正直、こんな親から聞き込みをしても何も出てこないだろう。

念のため、念のため僕はそっと眼鏡を外して彼女の殺意を視認してみる。

……普通の殺意だ。ナイフの形をしていた。

特にこちらに向いているということもなく、また特殊性もない。

普通の人間だ。普通の親だ。

どうする?

「飯田岡、舞さん……でしたよね?」

「え?はい……そうですけど」

「あなたは何を悔いているんですか?」

「え?」

「自分の子供が亡くなって、悔いていることは何ですか?」

「え?……何を?」

「何に後悔しているか、ですよ。悲しむのもいいですけどね、何に悲しんで、何を悔いているか、そこをはっきりさせないと先には進めないですよ。もっともあなたはもう終わっているかもしれないですけどね」

「なっ!」

僕に殺意が向けられたことがわかった。

ふん。わかってないから、わからせただけだ。

身内が亡くなって悲しいときに何を言うんだ!とか思っているだろう。

悲しい?どうして悲しい?

あなたは何も見てこなかったのに?何が悲しいと言うんだ?

まあ、いい。

もうここにいる意味はない。

「すいません。少し気分を害されたかもしれませんね」

「少しどころではありません!非常に不愉快です!帰ってください!」

「はい。すいませんでした」

僕は立ち上がった。

「トモ、柚子……行こう」

柚子は未だに泣きまねをしながら、トモは無言で首を縦に振りながら、立ち上がった。

そして僕らは飯田岡宅を後にした。


「あははははははは!!面白い!!なかなか面白かったよ!いや、お前、最高!!」

勇さんと合流すると、何故か大笑いしていた。

ちなみに僕は勇さんに盗聴器を渡されていて、勇さんはちゃっかり僕らの会話を聞いていたりする。

「何を笑っているんですか?」

「いやいや、お前って見た目と違いエグイなぁ。壊す気か?あの母親を」

「……何のことですか?」

「とぼけても無駄だって。俺とお前は同じなんだからさ」

そうでした。

すっかり忘れていたけど、この人と僕はほぼ同じだ。

思考もトレースされていたとしても何の不思議もない。

「壊す気がないんですけどね……どうして人間は停滞し続けようとするのかわからないんですよ」

「停滞することが好きだからだ。先に進むよりも今が良ければそこから動きたくないのさ」

「だからってあれはないですよ。あれは人間の終わっている形ですよ」

「終わっているならほっとけばいいのになぁ。お前はいつも一言多い」

「どうしても気になってしまうんですよ。終わった人間に意味があるのか?意味がない人間に意味を持たせてみようか?その結果どうなるのか?ちょっと見てみたかったんですけどね……結局壊れそうだったんでやめましたよ」

「人間は実験動物じゃない。と言っておこうか?ともかくもっと控えろ。いつか君代先輩に殺されるぞ」

「リアルでありそうなんで、やめてください」

「んで?何かわかったことあるか?」

「聞いていたならわかったでしょう?何もないですよ」

あの親から聞いた飯田岡薫の情報は全く使えない。

いい子、成績がいい、学級委員?

そんな情報がいったい何になるのだろうか?

何にもならない。

何にもならないことしか見てこなかった親。彼女の意味は何だったのだろうか?

彼女は親の振りをした親だ。

よくいる普通の親だ。

飯田岡舞は犯人ではないし、そしてさほど重要な人物でもない。

そんなことだけがわかった。

「……というか、勇さん一度聞き込みに言ったんですよね?」

「ああ、言ったよ」

「僕と勇さんは同じなら、勇さんだって気づいたんじゃないですか?彼女に意味がないことを」

「うん、気づいたけど?」

「なら、教えてくださいよ。また全くの無駄足だったじゃないですか?」

「そうか?まあ少なくとも俺は面白かったから、全然無駄足じゃないけどな」

それはあなただけでしょう。

結局、被害者の情報を全く仕入れることが出来なかったのだから結果としては無駄足以外の何ものでもない。

……いや、この勇さんは正直事件を解こうなんていう気はないのかもしれない。

ただ、楽しめればそれでいい。

そんな感じがする。

「さて、また意味がない聞き込みをしてしまったが、次はどうする?1.現場検証。2.被害者家族に被害者のことを聞いてみる。3.被害者の知人に被害者のことを聞いてみる。さてどの行動を取る?」

「どの行動も取りませんよ」

「あ?」

「もう陽が暮れてきたので今日はここでお開きにしましょう」

結局、今日は何も収穫がなかった。

けど、仕方がないね。

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