普通の人間 小宮山小鳥
「何故君は彼と一緒にいるんだい?」
「え?」
トモちゃんのお兄さんだという勇さんは優しげな顔で、しかしそれでいてはっきりとした口調で言った。
私は不意をつかれたように……あっ、実際つかれたのだけど……間抜けな声で応えることしか出来なかった。
マコちゃんが事件を解くことを了承して、それから勇さんは私に話があると言った。
話の内容は予想できた。
そしてそれは仕方が無いことだと思う。
私は、私は残念だけど普通の人間なのだ。
マコちゃんは殺意が見えて、トモちゃんは変な剣を出すことが出来る。
私は何も出来ない。
真壁君の事件の時だって、私はいらない存在だった。
何も出来ない。普通だから、何も出来ない。
だから、勇さんは頭が良さそうだから、何も出来ない私に言うのだろう。
『君は関わらないほうがいい』と。
……そう思っていたのに、勇さんがしてきた質問は違った。
ので、ちょっと動揺する。
「ん?質問の意味がよくわからなかった?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、ですね、私はてっきり……」
「あぁ、そっちから言うと思った?じゃあ、そっちからにする?君はこの事件に関わるな」
あ、やっぱり。その話もあるんだ。
「どうしてですか?」
わかっていながら、一応訊いてみた。
「後悔するからだ」
「え?後悔?」
「そう、人間は必ず後悔する。たとえどちらの道を選ぼうとも人間は必ず後悔するんだ。それなら、俺の手のかからなかったところで後悔してもらいたいんだよ。まあ、ぶっちゃけると、責任放棄だな」
「……えっと、どういう」
「うちの妹、綾瀬真、綾瀬柚子、あの三人は自分の身は自分で護ることが出来る。そして竜花も俺もね。でも君は違うだろう?君に災難が襲い掛かったときそれを護るのはいったい誰だ?トモか、綾瀬真か、それとも君自身か?そして護れなかった場合後悔するのは誰だ?そういう話さ」
「……すいません」
「ん?なぜ謝るの?」
「私、本当はわかっていたのに、訊きました」
「うん。知ってる。まあ謝ることじゃない」
勇さんはあえて口にはしなかったようだけど、つまりは足手纏いということなのだ。
私は、私は……
「妙なことは考えるな」
「え?」
「最近やたらとこっちの世界に入りたがる奴が多いんだ。原因はわからないがね。俺としては迷惑だし、そいつの心を知りたいね。いや、知りたくはないか。しかし、たとえどんな世界だろうと、今いる君の世界は大事にすべきだよ。それはかなりかけがえのないものなのだから」
「はぁ」
「すこし難しい話だったかな?まあ、いいや。最初の質問に戻ってもいいかい?」
最初の質問……なんだっけ?
「君は頭はいいようだけど、たまに記憶をしようとしない時があるね。わざとやっているのかな?それとも習慣と言うやつか?長い間一緒にいたことによりどうでもいいところだけが、似てきたということか。まあ、それもどうでもいいことか。じゃあ、もう一度質問するけど、なぜ君は彼と一緒にいるんだい?」
「……彼と言うのはマコちゃんでいいんですか?」
「勿論」
「好きだから、じゃ理由にはならないですか?」
「理由にしてもいいけど、それじゃあどうして彼のことが好きなんだ?」
「どうしてって……」
好きなのに理由が必要かな?
「必要だね」
「え?」
まるで私の心の中を見透かしているように、勇さんは言った。
「君、まさか一度も考えたことがない、というわけではないだろう?どうして自分は彼のことが好きなのか?考えたことがないっていうのは、それは呪いじみているよ。君誰かに呪われている?」
「……知りません」
「というか考えていないわけではないか。だが、考えが浅いね。若いころにありがちな……いや、人間にありがちな考えだ。好きだから良いじゃないかってね」
「……」
「ごめんね、すこしいじめすぎたかな?でもね、考えておくべきだよ。どうして好きなのか?そしてその好きという感情は、どこまでのことを犠牲にしてでも優先するべきことなのか?」
「犠牲、ですか」
「そう。この先、必ず、絶対に、そして必然的に、君たちは何かしらの壁に当たる。それが何なのかはわからないが、いやある程度は予測は出来るが、ともかく当たる。そのときにどうなるのか、考えても無駄かもしれないけどね、心の傷ぐらいは和らげるんじゃないのかね?よくわからないけど」
「壁って何ですか?私とマコちゃんは今までうまくやってきたのに……」
「うまくやってきたからこそ、壁にぶち当たる。普通の恋人同士だって普通に運命をくるくる回っていれば壁に当たるよ。ましてや君と彼は普通の人間と異常者だ。当たらないわけがない。もしかすると、もう当たっているかもしれないね」
「……」
「じゃあ、申し訳ないが君はここで退場だ。帰りは竜花に遅らせるよ。あいつはこう見えても今いるメンバーの中で一番強いからね。ボディーガードとしては最適だ」
「あ、あの!」
私は最後に訊いてみた。
「あなたと竜花さんは壁に当たったこと、あるんですか?」
「あるよ」
「聞かせてもらってもいいですか?二人がどう壁を乗り越えたのか?」
「ふーむ……君は俺のことを良くわかっていない節があるね」
「?」
「俺は諦めやすい性格でね、さらに言うと自分さえ良ければいいんだ。だから、壁なんて乗り越えていない」
「え?それはどういうことですか?」
「現在進行形で壁に当たっているということさ」
さて、僕が自分のことを過小評価しているのか?それとも周りが僕を過大評価しているのか?そんなことはわからないが、しかしどうやら僕がする僕の評価と、周りがする僕の評価はどうも喰い違っているようだ。
まず、僕は異常者で確かに殺意というものが見えるのだが、それはそんなに便利な能力ではない。
前にも語ったが、多くの殺意を見ると吐き気がするぐらい気持ち悪くなるし、それに殺意を見ることが出来たってそこに犯人がいなければ何の役にも立ちはしない。
探偵まがいのことをするとして、この能力がいったい何の役に立つのか?激しく不明なのだが、それだというのに周りは僕に期待にも似た評価を下すのであった。
「……つまり何が言いたいのかというと」
何もわからない。
それが事件の起きた駅で検証を行った結果、僕がたどり着いた結論だった。
「真君!何かわかったですか!?」
だから、そんな期待を持った眼差しで僕を見ないでくれ。
何もしていないのに罪悪感が芽生えてきそうだ。現に芽生えてきているような気もする。
しかしこの場合何もしていないというのは問題があるかもしれないが……
「ちびっこさん。そんな風に言わないでください」
僕の妹、柚子がどうやら僕の現状況を察してくれたようでフォローをしてくれた。
やっぱり柚子は僕の妹ということもあり僕のことを良くわかっている。
「ちびっこじゃないです!多少周りの人より小さいだけです」
それを世ではちびっこと言うし、多少ではなく小さいがそれは言わない。
「ちびっこさんの小ささなんてどうでもいいです。それよりも静かにしてください」
「むー。どうしてですか?」
「うるさいとお兄ちゃんの邪魔になるでしょう?きっとお兄ちゃんのことだから、もう事件のことは八割ぐらいわかっていると思います。でも、残り二割がわからない。後は閃きの問題。そうですよね?お兄ちゃん?」
全然違うし、柚子が一番僕のことを過大評価していた。
だから、みんな僕に期待の眼差しを向けるなって。
期待が大きくて死んでしまうぞ、僕は。
しかし、事件が起きたのは二日前の木曜。痕跡も何も残っていないように思うのだが。
「どうだ?何かわかったか?」
今度は勇さんが訊く。
いや、こんな普通のホームを見てもわかるわけがないし。
仕方が無い。僕は張る見栄もないので素直に言うことにした。
「全く何もわからないです」
「うん。そうだろう。だって事件が起きたのはこのホームじゃないし」
「……言えよ」
トモの案内の下に来た僕らが馬鹿だった。
まあ、事件が起こったホームに行ったところで僕は何もわからなかったわけだが。
被害者となっている飯田岡薫は殺されたことになっている。
しかし事件が起きた時間帯周りに人は誰もいなかったし(それは監視カメラで確認したということ)、更には自ら電車に飛び込んだらしい(それも監視カメラで確認したということ)。
普通に考えて自殺だ。
自殺以外にどう考えるのだろうか?
しかしこの迷探偵は、そこははっきりと他殺と言う。
そこだけははっきりと他殺と言う。
自殺に見せかけた他殺。
それはどんな意味があるのだろうか?
何故被害者を二人も自殺に見せかけて殺すのだろうか?
そういう能力だから?それで話がつけば、まあそれでいいのだけど。
まあ、何ていうか、全く無駄な現場検証をしてみて思ったこと。
また厄介な事件を持ってきた。
そういえば前の事件の時も、解く原因を作ったのはこの風間勇という人物だった。
事件を解かない探偵、風間勇。
……彼はこの事件のことについてどう思っているのだろうか?どう考えているのだろうか?
まあ訊いても教えてくれないことは目に見えているので、訊かない。
しかし、勇さんの能力のほうが僕の能力よりも現場検証向きであると思うのに、勇さんは何も動かなかった。
いや、木曜日に済ましてしまったのかもしれないが、それにしたって動かない。
それにも理由があるのだろうか?
理由……動かない理由?
僕が無駄な現場検証に諦めて、そんなことを思考していると勇さんが近づいて来て声をかけてきた。
「一番は失敗だったな」
「は?」
「ここに来る前にファミレスで聞いただろ?1.現場検証。2.被害者家族に被害者のことを聞いてみる。3.被害者の知人に被害者のことを聞いてみる。さて、ここでお前が取るべきではない行動はどれだったでしょうか?」
「そんなのわかりませんよ」
「答えが一番だ。わざとやっているのか?」
「……」
「お前の能力、『殺意視認』と言ったっけ?それは完璧に対人型の能力だ。人の殺意を見ることがお前の異常のはずだ。なのにお前は現場検証を選んだ。さて、何故だ?」
「現場を見なければ何もわからないと思ったからです」
「嘘だね」
「嘘です」
「おいおい。俺の能力を君は理解しているはずだぜ。俺には分かる。そのことが。いくら自分を無能ぶっても俺には分かるんだよ。だから俺の言いたいこともわかるはずだ」
「無能ですよ、僕は。だから何もわからない」
「嘘だろ」
「嘘です」
「人間が怖いか」
「怖いです。ええ怖いです」
「人間が怖いから、だから人間と接触することがない一番を選んだ。たとえ何もわからないということがわかっていてもそれを選んだ。違うか?」
「流石です。お手上げですね」
僕は両手をちょっと上げて降参することにした。
降参するから、許してください。
「ふむ……やる気ないだろ?」
「ないですよ。僕がやる気を出したらそれはレアなんで、覚えておいてください」
「レア?」
「非常に珍しいという意味ですよ。知らないんですか?」
「知らないねえ。ふうん、最近の若者はそういう風に言うんだ」
「いえ、若者全員がそう言うわけではないですが……」
「すまないね。どうも俺と竜花はこの世の常識と言うものに疎くてね。まあ仕方が無い。戻ってきたのがつい最近だからね」
「戻ってきた?どういうことです?」
「ふむ……」
勇さんは顎に手を当てて、トモたちのほうを眺めた。
トモと柚子は僕らと少し離れた位置でなにやら楽しそうに(?)話している。
「これだけ離れていれば、トモにも聞こえないだろう」
「トモに聞かれるとまずいことなんですか?」
「まずいね。非常にまずい。レアまずい」
「その使い方違います」
「そうか。難しいな、レアって」
「余計なことはいいですよ。それでトモに聞かれたくない話って何ですか?」
「そうだな……少しだけ、俺たちの家族のことについて語ろうと思ってな」
「……家族のことなのにトモに聞かれるとまずいんですか?」
「そうだ。複雑なんだよ。いろいろとな」
トモの家族のことか……
聞きたいような聞きたくないような。
好奇心では聞きたいのだが、聞くともう引き返せなくなるような……いやもう引き返せないところまで来ているか。
「聞かせてくださいよ。家族のこと」
「お前が聞きたくないって言っても話すつもりだったし、頼まなくていい。さて、それじゃあまず聞くが、お前家に来たのって今日が初めてか?」
「神社の前で待ち合わせをしたことはありますけど、家の中に入ったのは今日が初めてでした」
「ふんふん。それで?どう感じた?」
「狭いですね」
「それだけか」
「……そこで生活しているとは思えませんでした」
「流石だね。着眼点が良すぎる」
あの家には生活臭がなさすぎた。それは僕にでも感じ取れるほどに。
まるで何年も人が入っていないかのような、そんな空気がそこにはあった。
「聞くのをためらっていたんですが、いい機会です。どういうことですか?」
「あの家には今、トモしか住んでいない。そういうことだ」
「……そういうことって、家族は?」
「俺はほとんど仕事で帰らない。家にいることなんて滅多にないんだよ」
「それは知っています。トモから聞きましたから。そうではなくてですね、他の家族……親はどうしたんですか?父親や、……母親は?」
「いないよそんなもん。勿論そんな存在はいた。しかし今はいない」
「どういうことですか?」
「簡単だよ。俺が追い払った」
「……」
追い払った?家族だというのに、か?
「ふん。そんな目で見るなよ。俺の家族のことも知らないで」
「それはそうですけど、どうして?」
「なぁ?風間家のことについて、誰かから聞いたことはあるか?」
「……風間家のこと?ですか」
そんなこと、聞いたこと……
そういえばあった。
「確か前に君代先生が『風間家は代々魔を討伐してきた』とか何とか言っていたような」
「そう、代々異常者の家系らしいね。俺も、勿論トモも生まれたときから異常者だ。更には異常者に育てられた」
「……」
「もっとも俺は途中で勘当されて家を追い出されたんだけどな……トモのやつは違う。トモのやつはずっと異常者として、封魔の者として育てられてきた。なぁ、それがどういうことかわかるか?」
「わかりません」
「異常だったよ。あの夫婦は。俺を追い出して何をしているかと思えばトモを殺人マシーンにしようとしていたんだからな。熱を持たない殺し屋。ふん、後一歩遅かったら『十死』に入るところだったな。おっと話が脱線したな。俺が家に戻ってこれたのは、一年前だった。俺はあの夫婦をぶっ壊してトモを取り返した。もっとも、手遅れに近かったけどな」
「手遅れって」
「お前、トモとは違うクラスだったよな?」
「はい。そうですけど」
「なら、わからないか。今度トモのクラスをこっそり見に行ってみろ。きっと一人でいるはずだから」
「え?」
「あいつは両親から言われてきたことが抜けきっていないんだ。『知人を作るな』『人はモノだと思え』『躊躇はするな殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』……言われてきたというより呪いだな、これは。まあ一年前よりはまともになったか。これでも」
「そんな……そんなの普通じゃないですよ」
「普通じゃないから異常なんだ。奴らのやろうとしたことはわからないではないが、しかし手段を選ばない奴らだ。胸糞が悪い。ちゃんと殺しておくべきだった」
「でも……トモは、そんな、そんな風には」
「見えないか。確かに今のトモはまともに見えるな。多少おかしなところがあるが、普通の女子高生に、見えなくもないか」
僕には、トモがそんな過去を抱えているなんて、全くわからなかった。
「篠本蒼子ちゃんがいなければ、高校も行かなかったかもな」
「篠本さんって、あの篠本さんですか?彼女がどうして?」
「質問は一つにしろよ。しかも具体的に。まあいいけどさ。彼女は中学のときからトモの友人でね。どういうわけか。まあ仲はあまり良くないんだけど、それでもあの子はトモの支えになったんだよ。トモに合わせて高校を変えてくれたしね」
「……どうして僕にそんな話を?」
「うん?だってお前はトモの友人だろ?だからだよ」
「そんなに軽い話題ではないと思うのですけど」
「軽くはないけどさ、お前の中では既に決まっているんだろう?」
確かに決まっている。
僕はやめる気はない。トモは僕の友達だ。
かけがえのない友達だ。
わかりましたよ、勇さん。
わかっていますよ、勇さん。
ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが、そろそろ本気でいきましょうか?
「さて次はどうする?一番?二番?三番?」
あなたが用意した事件。
真面目に受けさせてもらいますよ。




