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蒼き目次録 篠本蒼子

中学二年の時……私はあの子と同じクラスになった。

私があの子に抱いた第一印象は良いものではなかった。

暗い子。近寄りがたい子。

他のクラスメイトもそう思ったのか、あの子の周りに人が集まることはなかった。

あの子も積極的に自分から話しかけてくるということはしなかった。

孤立。

あの子は完璧に孤立した。

いじめではない。

私は断言する。それはいじめではない。

いじめではなく孤立だ。

別に私たちが無視しているわけではない。

私だって、あの子が話しかけてくればそれに受け答えはしようと思っていた。

しかし、あの子は何も言ってこなかった。

クラスで孤立することはつらいことだと思う。私は経験がなかったがそう思う。

たくさんの人間が存在する中での一人。

それは拷問であると私は考える。

あの子はつらそうだった。

あの子の心情を察するまでもない。顔色を見るまでもない。

孤立で孤独。

何故だろう?何故こうも……世界はいつでも弱者に厳しいのか?

理不尽だ。

世界というものは理不尽だ。

強者に優しく、弱者に厳しい世界。

醜く、醜悪。純粋な正義なんて存在しない世界。

私は、私はそんな世界が大嫌いだった。

あの子の第一印象はいいものじゃなかった。

だけど決してそれほど悪いものでもない。

あの子はきっと、人付き合いが下手なだけだ、きっとそうだ。

私は……私はもしかすると正義の味方になりたかったのかもしれない。

この醜く汚い世界で、唯一の純粋な心を持って、この世界を変えたいと思ったのかもしれない。

だから、私は、あの子に、声を、かけた。

あの子を救うために。

そういう理由で声をかけた。



朝のHRが終了後、僕は君代先生に声をかけられた。

「話があるから職員室に来い。今すぐ来い。一時間目が遅れてもいいから来い」とのこと。

君代先生は僕の中で『恐ろしい人トップ5』に入る人なので、勿論断るわけにはいかなかった。

まあ、担任が一時間目が遅刻になってもいいというんだから遅刻してもいいだろう。

しかし、何の話だろうか?

最近僕は目立った動きもしてないし、取立てて君代先生に咎められることもないと思うんだけど……

成績が悪いから、とかかな?

うーん。しかし中間テストは確かに悪かったけれど、それは前に言われて今頃言う必要もないだろうし……

異常者関係(君代先生はあっちの住人)の話はできるだけ避けておきたいし。

そうこう考えているうちに職員室に着いた。

僕は失礼しますと一言断ってから(まあ礼儀だ)職員室に入った。

君代先生は……いた。

僕はまっすぐ君代先生のところに向かった。

「お、綾瀬。やっと来たか」

「やっとって……すぐに教室から出て職員室に向かったんですけど」

「そうか。まあ私も今ついたところだ」

「……はあ」

それならやっとはおかしいと思う。

けれど君代先生に口答えすることは死を意味する可能性を秘めているので、勿論黙っておく。

「えっと、それで何のようですか?」

君代先生のペースに付き合っていたら、身が持たないし、本当に一時間目に遅刻してしまう。

いや、どっちでもいいんだけど、やっぱり出来るなら遅刻はしたくなかった。

「いやいや、実は昨日ね、ある男から電話があったんだよ」

「……はあ。そりゃ君代先生だってもういい年なんだし彼氏ぐらい」

ごん。

「……つ」

頭を叩かれた。

「発言に気をつけなさい、綾瀬。それにその電話の男は私の彼氏じゃない」

「つー、だっていきなりそんな風に言われたら、そう思うでしょ?」

「思わない。いきなりそんな発想に行くのは考えが貧困だな。何だ?男から電話があれば全て彼氏か?そしてそれを私が自慢したいだけでお前を呼んだと思うのか?私はそんなに小さな人間か?」

「そこまで言ってないですし、思ってないですけど」

「ふん。まあいい。それで、その電話の男の正体。誰だと思う?」

「さあ?そんなのわかるわけがないと思うんですけど。僕の知っている人ですか?」

「さてね?綾瀬は知っているかもしれないし、知らないかもしれない」

またわけのわからないことを……

それは結局どちらなんだ?

まったく、君代先生はそんな物言いが格好いいと思っているのだろうか?

それを聞かされるこっちの身にもなってもらいたい。非常に迷惑だ。

ごん。

「あう」

「この間、言ったはずだよ。思想の自由は私の前じゃ認められないって」

「表情から察しないでくださいよ」

「わかりやすい表情をしているほうが悪い。読心術がしやすいんだよ、綾瀬は」

「……わかりました。気をつけますよ。それで、電話の相手って誰だったんですか?」

「あぁ、風間だ」

「風間……トモですか?」

トモ……いつから君は男になったんだ?

そういえば今日見たときも、いつもと同じで胸が小さく見えたが、実はそれは男だったから、ということだろうか?

「バカ。あいつは女だろう?電話の相手は男だって言っただろう?風間勇。トモのお兄さんだよ」

「あぁ」

納得がいった。

そりゃそうだ。いくらトモが胸がなくたって彼女は女の子だ。

うん。女の子だ。

怪しげな組織を潰そうとしていたけど、女の子だ。

「それで?それがどうかしたんですか?」

君代先生にトモのお兄さんから電話がきたって、僕には何ら関係がないことである。

「うん。とりあえず謝っておこう。ごめんな、綾瀬」

「ど、どうしていきなり謝るんですか!?」

何か……この後の展開が恐ろしいのだけど。

「風間に……あ、兄のほうな。風間兄にお前のこと教えちゃった」

「……は?」

「いや、風間(兄)がさ、真壁の事件のことを聞いてくるから、ついポロリと綾瀬の名前を言っちゃってさ。しかもその後やけに綾瀬のこと気にしていたからな。会ってみるといいとか言っちゃった」

「言っちゃったって……」

悩みの原因がここにあった。

……まあ、原因がわかったところでどうしようもないけど。

愚痴ぐらいは言わせてもらいたい。

「そのせいで僕は明日、そのトモのお兄さんに会わないといけないんですよ」

「あれま。明日か。それは早いな」

「僕は珍しく、明日は予定があったというのに、それをどうにかしてトモのお兄さんに会わないといけないらしいですよ。まったく、気が重い」

「まあまあ、いずれは会わなければならない相手だろうし」

そうだろうか?

僕はそうは思わない。というか、会いたくない。

何というか、話だけ聞くと、トモのお兄さんは地雷だと思った。

いや、僕の印象だけど。

会わないなら会わないに越したことはない。

ただ会ってしまうと、おそらく僕はただでは済まないような気がする。

「あの、トモのお兄さんってどういう人ですか?」

「そんなこと風間(妹)に訊けばいいだろ?」

「いや、トモに訊くとですね、『素敵なお兄さんです!』で終わりそうなんで、とてもじゃないけど、真実なんて引き出せないと思うんですよ」

「真実……真実ね」

「?」

「果たして人の性格に真実なんてあるのだろうかね?どいつもこいつも嘘で塗り固めた性格。見る人によってそんなものは変化するんじゃないのか?そもそも私は風間(妹)の言っている兄の性格も真実であると思うんだよ。つまりだ。そういう意味で私の言う風間(兄)の評価をそのまま信じてしまっていいのか?と私は綾瀬に問いただしたい」

「君代先生のトモのお兄さんの評価はあてになりませんか?」

「そんなことは知らない。あてになるかもしれないしならないかもしれない。それを決めるのは、綾瀬。お前だよ」

またわけのわからないことを……と思ったが殴られるので、すぐに言葉を出した。

「まあ、確かに君代先生の評価だけではあてにならないかもしれません」

「ふうん。言うじゃないか」

「しかしね。トモの評価だけのほうがあてにならないことはわかっていますから、とりあえず君代先生の話も聞いておいたほうがいいと思うのです」

「私の評価はとりあえずか?」

「とりあえず、ですよ。評価を聞こうが聞くまいが、結局はトモのお兄さんに会わなければならないんです。僕の中でのトモのお兄さんの評価は、そのときにしますよ」

「それなら私の情報はいらないじゃないか?」

「とりあえずで、一応ですよ。前情報は一応便利ですからね」

「……なんか、綾瀬ってむかつくキャラだよな」

「そうですか?」

「うん。絶対に少年漫画の主人公には出来ない性格をしている」

失礼な。

かなり的を得ているじゃないか。

「そんなむかつく綾瀬だけど……仕方がない。綾瀬の情報を売ったのは私だしね。いいよ。風間(兄)の情報を少しは与えてやる」

「ありがとうございます」

「シスコン」

「……」

「面倒臭がり屋。人間嫌い。探偵、異常者が起こした事件専用の。家族嫌い、妹を抜かす。真犬。昔は自分以外に興味がなかった。今は自分の周り以外に興味はない。事件を解決しない。お金がない。竜花とかいう女と一緒にいる」

「……あまり良い情報がないようですけど」

「私はあいつが嫌いなんだ。いや苦手、かな?」

「苦手、ですか?」

君代先生に苦手なものがあるなんて、意外だ。

「あいつは、こちらの『住人』としても特殊な位置にいる。特殊な境遇をしているし、あいつの能力だって実はよくわからない。あいつがどこまで出来るのかよくわからない」

「よく、わからない?」

「あいつは人の前では絶対に手の内を全て明かさない。例えるなら、三人でババ抜きをしていて、ババを持っていないのに持っている雰囲気を出すようなやつだ」

「……意味がわからないです」

「要するに、意味がわからないやつってことだ」

うーん。しかしどういう人かさっぱり掴めないな。

余計わからなくなったとも言える。

「しいて言えば、綾瀬に似ているかな?」

「え?僕ですか?」

失礼な。

僕はそんなに印象が悪くないはずである。

シスコンでも……あるか。

……あ、君代先生のトモのお兄さんに対する評価。結構僕に当てはまるぞ。

似ているのか?

「うん。だからこそ綾瀬、気をつけるんだ」

「え?な、何をですか?」

「ほらさ、同属嫌悪ってあるだろ?つまりさ……」

そして君代先生は僕の目を見て、言った。

「あいつに壊されるなよ」


トモのお兄さんがどういう人かはわからないが、君代先生はあまり良い印象を抱いていないことだけはわかった。

その後も適当にトモのお兄さんの悪口を聞かされていると、一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り始めた。

「あ、一時間目が始まっちゃいますね」

「ん、そうだな。じゃあ話はこの辺にしておこうか」

結局、君代先生は何で僕を職員室に呼んだのだろうか?

トモのお兄さんに僕のことを話してしまったからだろうか?それを謝りたかったからか?

本当にそれだけの理由だろうか?

なんだか、釈然としないのだが……

「それじゃあな、綾瀬」

「ええ。君代先生こそ授業頑張ってください」

「言うじゃないか」

「それでは」

僕は君代先生に背中を向けて、その場を去ろうとした。

「あ、ちょっと待て、綾瀬」

「何ですか?」

呼び止められたので、振り返る。

「言い忘れていたんだが……お前篠本って知っているか?」

「ササモト?」

「篠本蒼子。お前と同じ一年だけど、面識みたいなのはあるか?」

「いや?聞いたことがない名前ですけど」

僕は記憶を辿ってみるが、やはりそんな名の知り合いはいなかった。

僕の記憶力は当てにはならないが、いなかったはずだ。

「蒼子っていうと、女の子ですか?」

「うん。まあ、そうなんだけど……動くか?あいつは?」

後半の言葉は良く聞き取れなかった。

「君代先生?」

「念には念を入れておくか。もしだな、その篠本蒼子がお前の元に現れて『……してもいいですか』と訪ねてきたら、必ず拒否しろ」

「は?」

「いいか、拒否だ。間違っても了承はするなよ。話がややこしくなる。面倒臭い。忠告はしたからな。私はもう知らない。存じない。じゃあな、綾瀬」

「え、ちょっと君代先生」

「ほら!さっさと教室に行く!遅刻するだろ!」

遅刻してもいいと言ったのは君代先生じゃないか。

相変わらずの理不尽さだ。

君代先生が最後に言ったことは良くわからなかったが……いやそもそも君代先生が僕を職員室に呼んだ理由もよくわからなかったが……ともかく僕は職員室を後にした。


四時間目の授業も無事に終え、昼休みになった。

僕はいつも通り小鳥と昼食をとることにした。しばらくすればトモもやって来るだろう。

これが僕らのいつも通りだ。

今日は特に昼に予定もなかったので早弁もしていない。

お腹は十分に空いていた。

さて、トモに先に食べないでくれと言われているわけではないし、食べ始めるとするか。

小鳥が「トモちゃんを待ったほうがいいと思うな。思うんだな」とか言い出しそうだけど、関係ない。

僕が早く昼食をとろうがとるまいが、トモには何ら影響はないだろう。

少しプンプンといった感じで怒るかもしれないが、まあそれも一興。

いや、今日のトモは機嫌がいいから、きっとその程度では怒らないか。

ともかく僕は先に昼食をとることにした。

お弁当の包みに手をかける。

「あ、あの……綾瀬君」

「ん?」

突然見ず知らずの人から声をかけられた。

あ、いや。訂正。よく見ると若干記憶にある。どうやらクラスメイトの女の子のようだ。

名前は確か……フクモトさんだったと思う。

下の名前は忘れてしまった。と言うか覚える気がまったくなかった。それはフクモトさんの漢字も同じであった。

おどおどと小動物のようにフクモトさんは続けた。

「あ、あのね……お客さん」

「お客さん?」

……意味がわからない。

僕とフクモトさんが話すのはこれが初めてで、しかもどうやらフクモトさんは僕と同じように人見知りが激しいらしく、何を言いたいのかさっぱりだった。

「あ、綾瀬君にお客さんが……来てるよ」

「僕に?」

「う、うん」

誰だろう?トモだろうか?

いや、トモだったらそのまま教室に入ってくるから、フクモトさんに伝言を頼むなんてことはしないだろう。

しないと思うが、一応聞いてみた。

「そのお客さんって、風間さん?」

トモではわからないといけないので苗字のほうで訊いてみた。

「え?」

「あ、ほら。いつも僕のところに来るちびっ子がいるじゃないか。それが風間さんっていうんだけど、その子?」

と、説明したがフクモトさんはトモのことを知らないかもしれない。

僕と話したことがないのだから、当然僕らに興味なんてなく、故にトモのことを知らなくても何らおかしくはない。

「あ、あの元気な子?」

でもフクモトさんはそれでトモだと通じたようだ。

よかった、よかった。

「うん。その元気な子」

「んっとね、彼女ではないよ」

「そうか……」

やはりトモではなかったか。そうは思っていたけど。

それじゃあ、一体誰だろうか?

「あ、あのね……」

「ん?何?」

「そ、その……お客さん、待っていると思うから……早く行ってきたほうがいいと思う」

そりゃそうだ。

あれこれ考えているよりも、さっさとそのお客さんに会ったほうが話が早い。

でもなぁ、僕を呼び出すやつなんてこの学校にいるか?

やはりトモ以外に考えられん。

しかし、そんなことを考えていてもしょうがない。

確かにわからないことは気持ちが悪いが、行けばわかるので僕はさっさとそのお客さんに会うことにした。

フクモトさんに一言礼を言い、小鳥に行ってくるよと(まあ社交辞令のようなもの)言った後、僕は教室から出た。

教室から出ると、何人か人がいて誰がお客さんだかすぐにはわからなかった僕だったが、幸いなことに向こうから声をかけてきた。

「あなたが、綾瀬真さん……でしょうか?」

お客さんは女の子だった。学年は僕と同じようだ(上履きの色から推測)。

少し青みを帯びウエーブがかかった黒髪。

身長も女性にしては高く、モデルのようなスタイルをしている。

美人だ。

しかもその両目は深い蒼色であった。

何だ?外人か?いや、そういう風には見えないが……

まあ、観察から推測しても仕方がない。

「いかにも。僕が綾瀬真だけど」

「はじめまして。わたくし、篠本蒼子と申します」

うわぁ。わたくしって言う人初めて見たよ。

そんなの猫を被っている奴しか言わないよ、と思っていたけど……何だか目の前の彼女が言うと、違和感を感じないな。

見た目からお嬢様っていう雰囲気を醸しだしているからだろうか?

ともかく彼女がわたくしと言っても何らおかしくは感じない。

これがトモや小鳥であったら話は別だろうけど。

ためしに二人にわたくしと言わせてみよう(僕の想像上で)。

「わたくし、風間智美と申すのですです!」

「わたくし、小宮山小鳥なんだよ。なんだよだよ」

……やっぱり駄目な二人だった。

トモ……小鳥……君らには上流階級の暮らしは無理だ。

おとなしく庶民の暮らしをしようじゃないか。

そんな余計な考えはとりあえず置いておいて、彼女に僕を訪ねてきた理由を聞くことにした。

「それで、僕に何の用ですか?」

「すいません。お忙しいとは存じ上げていましたが、なにぶんこちらも聞かなければならないことがあるもので」

「はあ」

「風間智美さんのこと、なんですが」

「トモのことですか?」

「はい」

「トモがどうかしたんですか?何か迷惑をかけたとか?何かでっかい剣を振り回しているとかですか?でもそういうことは本人か君代先生に言ってください。正直僕じゃ対応できません」

「いえ、そうではありません。智美さんのことでお伺いしたいことがあるのです」

「……そんなに僕はトモについて詳しいわけではないのだけど」

トモと一緒にいるようになったのはつい最近だ。

僕がトモについて知っていることなど僅かなことだ。本当に僅かなことだ。

それを彼女は知らないのだろうか?

……知らないようには見えなかった。

僕は訝しげに感じたが、初対面の相手にそれは失礼だと考え直した。

僕も丸くなったものだ。

「いいですよ。僕の知っていることでよければ、ですけど」

「ありがとうございます。それでは綾瀬さん。あなたが知っている風間智美さんの情報。わたしくしに『教えていただいて、よろしいでしょうか?』」

「……よろしいでしょうか?」

何だろう?

何故だかは忘れてしまったけど、それは了承してはいけないような気がした。

あれ?彼女の名前なんだっけ?

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。やけに確認をとってくるなぁと思いまして」

「そうでしょうか?私はそうは思いませんが……ひょっとするとそうなのかもしれませんね。私は物事をうやむやにしたまま進めるのを良しとしない性格ですから、きちんと確認をとった上で質問をしたいのです。おかしいでしょうか?」

「おかしくはないと思いますが……」

そういわれればおかしくはないと思うのだけど……何かが引っかかる。

何だっけ……忘れてしまった。

僕の記憶は本当に役に立たないなぁ。

「失礼ですけど、もう一度名前を聞いてもいいですか?」

「名前、ですか?篠本蒼子、ですけど」

「篠本……蒼子」

「それが何か?」

「うーん。記憶違いかもしれないですけど、何処かで聞いたことがある名だと思いまして」

「そうなのですか?私と綾瀬さんは紛れもなく初対面だと思うのですけど?」

「はい。僕と篠本さんは確実に初対面でしょう。ただ、何処かでその名を聞いたような……」

つい最近聞いたような……

何処でだったっけ?

「……綾瀬さん?」

「ん?ああ、すいませんね。僕はわからないということがあまり好きじゃなくてですね。自分で解くことが出来るものなら解いてしまいたいのですよ」

「ふふふ。私もわからないということは嫌いですよ。わからない、ということは恐怖につながります。私はそのわからない恐怖をできるだけ無くしたいのです。私たち、もしかすると似たもの同士、なのかもしれませんね」

「似たもの同士?」

そうだろうか?

僕は彼女と似ているとはまったく思わない。

それは男と女だからというわけではなく、根本的に僕と彼女では何かが違うような気がする。

まあ、そういう気がするだけで、それじゃあ何が違うのかということはまったくもってわからないわけだが。

「でも私の名前を聞いたことがあるというのは、嘘ではないかもしれませんね」

「ん?どういうことですか?」

僕と篠本さんは紛れもなく初対面である。それはもう確認済みだ。

「ふふふ。こう見えても私、前回の中間テストで学年一位だったのですよ」

「が、学年一位!?」

そ、そいつは凄い。またそれならば確かに有名人であるから、僕の耳に自然とその名前が入ったのかもしれない。

しかし、学年一位とは……

つまるところ、僕が今目の前で話している人物はこの学年一頭が良いということになる。何だか畏れ多いなぁ。

ちなみに……そのテストで小鳥は学年五位、僕は下から数えたほうが早いという順位だった。

トモにあのテストの順位を聞いたことはないが、トモは控えめに見たところで頭が良いとは思えないので僕よりも下の順位であることを望みたい。

「ふふふ、たいしたことではありませんよ。私はただ自分が持てる力総てを使いあのテストに臨んだだけです」

「それにしたって、一位ですよ。たいしたことだと思いますけど」

僕ではきっと逆立ちしても無理であろう。

本当に逆立ちしてやれば下から一位にはなれるかもしれないが。

「そういうわけですから、綾瀬さんが私の名前を知っていても何もおかしなことはないのですよ」

「そうですね。それならばきっと誰かが篠本さんのことについて話しているのを小耳に挟んだのかもしれないですね」

「きっとそうでしょう……さて、話が弾んでしまいましたが本題です。あなたが知っている風間智美さんの情報。わたしくしに『教えていただいて、よろしいでしょうか?』」

「……」

それは先ほどと全く同じ質問。

一字一句同じその言動を僕は訝しげに思った。

……訝しげに思ったのだが、まあ頭のいい人はどこかおかしいものだし、何よりも僕自身もおかしいのだからどうでもいいか、というわけのわからない結論に至った。

つまり、僕は彼女の質問に了承することにした。

「え……」

「ちょっと待つです!!」

僕の「ええ、いいですよ」という言葉は廊下の彼方から叫び声を上げてこちらに疾走してくる者によって中断させられることになった。

あの声、あの身体(ちびっ子)、そしてあの身体能力。

僕が彼女を確認するころには、彼女はすでにここに到着していた。

「と、トモ?」

そう。トモであった。

ちびっ子であってもその身体能力はさすがで、息一つ乱れていなかった。

「待つです!!ちょっと待つですよ、真君!」

「ちっ」

「あれ?今誰か舌打ちしなかった?」

「綾瀬さん。それはきっと気のせいでしょう」

なるほど、気のせいか。

どうやら僕は幻聴も聞こえるようになったらしい。

いよいよ僕の異常っぷりも極まってきた感じがするなぁ。

「駄目ですよ真君!!駄目なんですよ!!蒼子の質問に軽々しく答えちゃ駄目なんですよ!!」

「何だ。トモと篠本さんは知り合いか?」

「智美さん……今綾瀬さんは私と話しているの。あなたが口を挟むのはおかしいのではなくて?」

僕の質問には誰も答えてくれなかった。

少し寂しかったりする。余計なことだけど。

「蒼子……何を企んでいるのですか?真君をどう利用しようとしているのですか?」

「利用とは人聞きが悪いですね、智美さん。私はただ、綾瀬さんが知っていることを私に教えていただこうと思っただけです」

「それを利用と言うんです!!世間一般ではそれを利用と言うんです!!」

「私の辞書では利用と言わないの」

「くう!都合のいい辞書です!」

いや、そこで悔しがる意味がわからないから。

さて、どうも話がおかしな方に向いてきたぞ。

二人の会話を聞くかぎり、どうも二人は知り合いのようだ。

しかも仲のいい……かな?

少なくとも僕よりは篠本さんはトモのことについて知っているようだ。……知っているようなのに、何故トモのことを僕に訊いてきたのだろうか?

理由……その理由。

そんなものわかるわけがない。

推測は出来るかもしれないが、答えはわからない。わかったとしたら、そいつは異常者だ。

さて、どうするかな。この状況。

篠本さんとトモはどうやら相当に仲がいいらしく、二人は対峙し合った猫のように威嚇しあっていた。

「ふー!!」

「しゃー!!」

……さて、どちらが先ほどまで上品だった篠本さんでしょう?

トモが現れた途端に彼女は性格が変わってしまった。

どうやら今まで猫を被っていたらしい。

「蒼子がどういうつもりかはわからないですけど、ふふん。残念でした!真君はお兄ちゃんのことについて何も知らないのですよ!」

「さて、それはどうでしょうか?もしかすると智美さんの知らない情報を彼が知っているかもしれませんよ?」

えぇ?どうやったらそんな風に考えるんだ?

僕とトモのお兄さんはまだ会ったこともないというのに。

「そ、そうだったですか!?真君!!私のお兄ちゃんのことについて何を知っているのですか!?」

「いや、まったく知らないから」

トモは頭が悪いのですぐに人の言うことを信じてしまうのだった。

いい意味で純粋。でもきっと今になってもオレオレ詐欺に引っかかってしまったりするのだろう。

「えっと、話が見えてこないんだけど……何?篠本さんとトモは知り合いなのか?」

「知り合いというより、腐れ縁ですかね」

ニヤリと笑いながら篠本さんが言った。

「腐れ縁というよりストーカーなんです、蒼子は」

人差し指で指しながらトモが言った。

「……ストーカー」

「はいです!蒼子は私のお兄ちゃんにぞっこんLOVEのストーカーなんです!!」

あ、頭痛い。何で僕の周りにはそんなのばっかり集まってくるのだろうか?

いやいや、待て。君代先生が言ってたじゃないか。

トモのお兄ちゃんは僕に似ていてどうしようもないやつだと。

つまり……

「嘘だろ?」

「本当ですよ。ストーカーではないですが、私が智美さんのお兄さんにぞっこんLOVEであることは間違いありません」

嘘じゃないらしい。本人自ら認めていた。

……何というか、変わった人だなぁ、篠本さんって。僕が言える立場ではないかもしれないが。

「気をつけるですよ、真君!蒼子の能力は極悪非道ですからね!一度質問に応えてしまったら最期です!骨の髄までしゃぶられて、しゃぶしゃぶです!」

「いや、しゃぶしゃぶが意味わからないから……とそんなことはどうでもいい。えっと……もしかして篠本さんってこっちの住人、つまり異常者なのか?」

「そうですよ!君代先生に聞かなかったですか?『七色』の極悪担当、『蒼き目次録アオキモクジロク』の篠本蒼子ですよ!」

「『七色』?……あぁ、全部で七人いるとかいうあれか。篠本さんはその一人なわけか」

「そうです。私は『七色』に所属はしたくなかったのですが、私の名前が蒼子ということで君代先生がどうしても人数調整のために入ってくれと言うものですから」

結構適当に『七色』というのは組まされているようだった。

えっと、確か珠美さんが紫色で、篠本さんが青。あと橙の焔とかいうのを聞いたことがあるから、あと四人か……

なるべく会いたくはないのだけど、最近の僕はどうやら運が非常に悪いから会ってしまう可能性は高いように思った。

「ちなみに極悪は担当していません」

今頃になって篠本さんはトモの言葉を否定した。

「えー!極悪ですよ!絶対極悪です!性格も極悪ですし、能力も極悪です!」

「そういえば篠本さんのその能力はどういうものなんですか?あ、秘密なら別に言わなくても良いですけど」

「ここで言わなくてもきっと智美さんが私の能力について後に話してしまうでしょうから、話しますよ」

「わ、私はそんなに口が軽くないです!!」

「いや、軽い」「軽いですね」

僕と篠本さんはいいタイミングでハモった。

僕は忘れない。トモが君代先生に僕が異常者であることを喋ったことを。

恨んではいないけどね。

「はうあ!!私ってもしかして信用ないですか!?」

「信用ない」「信用ないですね」

「ま、またハモってる!?」

「トモは放っておいて、篠本さんが教えてくれるというならば教えていただけませんか?単純に興味はありますので」

「はい。智美さんが来てしまってはもう綾瀬さんに私の能力を使うのは不可能でしょうから、お教えします」

篠本さんはどうやら僕にその能力を使おうとしていたらしい。

どんな能力かはまだわからないが、トモのおかげで僕は事なきを得たようだ。

僕はほんの少しトモに感謝した。

「私の能力はそこの智美さんとは違い調査系の能力に位置します」

「調査系?トモの『共振』みたいなものですか?」

「そんな出来が悪い能力と一緒にしないでください」

トモの『共振』は出来が悪い能力だそうだ。

しかしそれに僕は納得した。

トモの『共振』は当てにならない。その能力を使ってトモは僕を探し出したのだが、ただ精度が悪いらしく僕が近くにいると他の異常者を探し出すことが出来ないのだ。

この間起きた事件の時に、まったく役に立たなかったのがこの『共振』なのだ。

トモはその篠本さんの一言が効いたのか「はうあ!!」とか言う奇声を上げていた。

「私の能力は個人の情報を探り出す能力です」

「個人情報?」

個人情報とは住所、氏名、年齢とかのことだろうか?

うーん。そんなことを知っても……役に立つときはあるかもしれないけど、少なくとも今の僕には何の役にも立たないなぁ。

「百聞は一見にしかず、ですね。例えば……綾瀬さん、昨日のあなたの家の晩御飯。『私に教えていただいてよろしいでしょうか?』」

「え?あ、はい」

「了承しましたね」

すると篠本さんの手に急に存在感を感じた。何かが、そこにある。

気になった僕は本能的に眼鏡を外した。

篠本さんの手には辞書のような分厚い本が握られていた。

「そ、それは?」

「これが見えるのですか?……そういえばあなたは人の殺意を視認出来るのでしたね」

「それが、篠本さんの殺意、ですか?」

「殺意かどうかはわかりません。ただ私はこれを出すことが出来る。そしてこれは私にしか見えない。例外もあるらしいですけど」

例外というのは僕のことだ。

成るほど。僕は殺意(もっとも篠本さんが具現化したこの辞書のようなものは殺意ではないかもしれないが)を一目見れば、その特性がなんとなくわかる。

篠本さんの辞書のようなものを見て、僕は篠本さんの能力がどのようなものか理解した。

篠本さんがその辞書のようなものを開いた。

「……綾瀬さん。あなたの昨日の夕飯は、ご飯・味噌汁・肉じゃが・焼き魚(鮭)でしたね?」

「ええ」

「あら?当ててみせたというのにあまり驚かないんですね?」

「僕は殺意を一目でも見ればその特性が大体わかりますから。篠本さんのそれも見た瞬間にどんなものかわかってしまいました」

「それは残念です。もっと驚くことを期待していましたのに」

「期待に添えなくて申し訳ないです」

しかし……しかしそれは何て恐ろしい能力なのだろう。

「篠本さん……あなたのその能力は『知りたいことが知れる能力』でいいですね?」

「大まかにはそれで間違いはないです。正確には『他人の知識を知る能力』、『了承されたことについて知ることが出来る能力』ですね」

「了承、ですか?」

「はい。私の能力は了承されない限り決して発動することはありません。だから綾瀬さんにも『よろしいでしょうか?』と何度も訊いたでしょう?」

あぁ、そういえば篠本さんは何度も僕に確認をとっていたっけ。

そういう意図があったわけか……女性って怖いね。

「了承されても了承されたこと以外の知識は閲覧できません。だから今私が知ることが出来る綾瀬さんの情報は昨日の晩御飯のことだけです。」

「それ以外のことについては知ることが出来ない……なるほど」

「昔はもっと不節操だったのですが、私も考えることがあり制約をしました」

不節操?制約?

その単語に何か引っかかるものを感じたが、僕の物語には影響はないことだろうから気にしないことにした。

「ただし、一度了承されてしまったものについては嘘偽りなく知ることが出来ます。虚言は不可能です。またその人が忘れてしまっている記憶なども了承されれば、私は知ることが出来ます」

ドクン。

「え?」

忘れて、しまっている、記憶?

ドクン。

それを、知ることが、出来る?

ドクン。

僕は……僕には……欠落している記憶が、ある。

それは六歳の時の記憶。

六歳のいつ頃かは、もう覚えていない。

ただ、その記憶が欠落している後から、僕は殺意というものが視認出来るようになった。

僕は考える。

そのときに、きっと何かがあったのだと。

何かがあって、僕は殺意というものが視認出来るようになったのだと。

僕はその欠落した記憶を……

「ど、どうしたんですか!!真君!!凄い顔色が悪いですよ!?」

トモの言葉も耳に入らない。

僕はただ思考する。

その記憶について。

………る…んな。

コ…レ…セ…イ。

その記憶を、僕は……

知りたいと……

「ま、真君?」

「綾瀬さん?」

「いや……必要……ないな」

過去の記憶などどうでもいい

現在のことだって、僕はどうでもいいはずだ。

どうでもいい。知りたくも、ない。

「真君……だ、大丈夫ですか?保健室に行くですか?」

「大丈夫だよ。心配かけたね、トモ」

気分は確かに悪い。だけど保健室でずる休みをするほど悪くはない。

気分が悪いのはきっと昼ご飯をまだ食べていないせいだろう。

そう僕は自分に言い聞かせた。

「少し長く時間を取らせてしまったようですね?」

篠本さんは少しだけ申し訳なさそうに言った。

「いえ、気にしないでください。体調が悪くなったのはきっとお腹が空いたからですから」

「そうですか?それでは私は自分のクラスに戻ることにします。それでは綾瀬さん。ごきげんよう」

そう言って篠本さんは去っていった。

トモには一言も入れないで。

……友達ではないのだろうか?

篠本さんはトモとの関係を腐れ縁と言っていた。

トモは篠本さんのことをストーカーと言っていた。

仲が悪いのだろうか?

「篠本さんと、仲が悪いのか?」

「……悪くはないですよ。でも」

「でも?」

「良くもないです」

トモはそれ以上篠本さんのことについて語らなかった。

そして、僕もそのことについてそれ以上訊くことはなかった。


放課後にもなると僕の体調はほぼ万全という状態まで回復していた。

僕の顔色の悪さを心配して、小鳥が何回か僕を保健室に連れて行こうとしたが、その度に僕はそれを拒否した。

保健室が嫌い、というわけではない。

保健室に行くほどの症状ではないと自分でわかっていたからだ。

僕は何かと耐え凌ぐタイプの人間であった。

「マコちゃん……大丈夫?保健室に……」

「大丈夫だよ、小鳥」

小鳥は今日何回僕に大丈夫と訊いただろう?それに僕は何回応えたことだろう?

こんなに小鳥に心配されて、僕を幸せものだと思うかもしれない。

でも、僕はそう思わない。

僕はただ申し訳なく思う。

小鳥を心配させてしまったことに対し、申し訳ないと思う。

小鳥だって僕を心配して、幸せとは思っていないはずだ。

ボクラハ、今日、シアワセニ、スゴセ、ましたか?

「マコちゃん、また顔色悪いよ?大丈夫?大丈夫?」

「平気だよ。顔が悪いだけで体は悪くない」

「そう?ならいいけど」

僕の自虐的ネタに対して小鳥は何の突っ込みもしてくれなかった。

やっぱり、これはいつもの僕たちとは違う。

この重苦しい雰囲気は今日中に拭うことは出来ないようなので、僕は早く家に帰ってしまうおうと小鳥に提案した。

トモはまだ来ていないけれど、どうせ明日も会うんだ。今日ぐらい一緒に帰らなかったところで罰は当たるまい。

僕らは教室を後にした。

「あ」

廊下に出ると僕は見知った顔を発見した。

向こうも同じように僕を発見したらしく、僕の方に一歩、二歩近づいて、そして挨拶をした。

「こんにちは。綾瀬さん」

「……どうも。篠本さん」

そう、廊下にいたのは篠本さんだった。

昼間も会ったというのに、放課後も出会うとは……これは偶然だろうか?

あ、いや、昼間の接触は篠本さんの方から会いに来たのだけど。

「綾瀬さんは今から帰りですか?」

「あ、はい。今日はちょっと体調が優れないようなので」

「そうですか。偶然ですね。私も今帰るところなのです」

偶然だった。

もしかしたら、また篠本さんが僕を訪ねにきたのかと思ったが、それは考えすぎだったようだ。

「……あの、綾瀬さん」

「え?はい?」

「もしかして、信じました?」

「え?」

「嘘ですよ、今の?」

「……」

「少し考えればわかることです。私のクラスだと帰宅するときに綾瀬さんのクラスを通過しません。すぐ横が階段ですからね」

いや、僕は篠本さんのクラスを聞いていないんだけどなぁ。

「君代先生からあなたが真壁君の事件を解いたと聞いて、さぞやすごい洞察力だと思ったんですが、そうでもなさそうですね。あの事件が解けたのはどうやら偶然ですね」

「そんなに僕は頭の回転が良くないですよ。この間のテストだって下から数えたほうが早い順位ですから」

篠本さんのクラスを知らないことを言い訳にするのも面倒臭くなって、僕は自分がそう優秀ではないということを篠本さんに教えた。

「……自分の能力を低く見られているのですね」

「高く見るよりはマシですよ」

僕は自分の能力を低く見てなんていない。もちろん高く見てもいない。

僕は自分がどこまで出来るのか認識している。

だから、みんな……僕にそんなに期待するのはやめてくれ。僕は、僕は、そんなにうまく立ち回れる人間じゃないのだから。

「ねえねえ、マコちゃん。この人誰かな?誰かな?」

あ、そうか。小鳥と篠本さんは初対面だった。

「えっと、こちらは今日の昼間僕を呼び出した篠本さん」

「はじめまして。私は篠本蒼子です」

「そんでもって、こちらが僕の彼女の小宮山小鳥です」

「あ、はじめまして。小宮山小鳥です。マコちゃんとは彼氏彼女してます」

彼氏彼女しているという言葉は意味がわからなかったが、まあ小鳥だしどうでも良かった。

「綾瀬さんに彼女がいるなんて驚きですね」

「……え?それどういう意味?」

「言葉通りの意味です」

「言うじゃないですか」

ふむ。篠本さんはどうやらSのようだ。

昼の時は猫を被っていたからわからなかったが、間違いない。

「それで小宮山さんはどのような能力を?」

「……は?」

僕は篠本さんの質問の意図が良くわからなかった。

能力?

……能力?

「えっと、小鳥はこの間のテストで学年五位でした」

「それは、つまり探索・調査系の能力ということですか?」

その台詞まで聞いて、僕はようやく篠本さんの言いたいことが理解できた。

「違いますよ……小鳥は、その、こちらの住人ではないです」

「こちらの住人じゃない?」

今度は篠本さんのほうが僕の言っていることがわからないらしく、首を傾げた。

「つまり……小宮山さんは普通の人、というわけですか?」

「まあ砕いて言うと、そんな感じです」

「……」

「……」

何だ?この沈黙は?

篠本さんは僕と小鳥を交互に何回か見るが、そのうち「まあいいでしょう」と何か納得した。

もちろん篠本さんが何に納得したかなんて、僕の知るところではない。

「さて、本題に行きましょう。綾瀬さん。実は私はあなたを待っていたんですよ。綾瀬さん」

「え?僕ですか?」

「はい。少し話しておきたいことがありまして、今からお時間大丈夫ですか?」

えっと、僕としてはすぐにでも家に帰りたいのだけど、おそらく篠本さんは話が終わるまで帰してくれないだろう。

仕方がない。少し付き合うか。

「いいですよ。でもどれぐらい時間がかかるんですか?」

「わかりません。綾瀬さんがどれだけ話し上手かによりますね」

「そりゃどうも」

僕はそれほど話し上手ではないから、きっと話はすぐに終わるだろう。

僕らが勝手に話を進めていると、小鳥が控えめに会話に参加してきた。

「えっとね……小鳥も一緒に話してもいい?」

「いえ、こちらの住人の話なので、一般人の小宮山さんは聞かないほうがいいです」

「あ、そうなんだ。じゃあ小鳥は待ってるね」

「いえ、何時までかかるかわからないので先に帰ってください」

「え?」「え?」

僕と小鳥は思わず同じタイミングで声を上げた。

篠本さんの口から出たそれは、明確な命令だった。

「え?で、でも……マコちゃんを待って」

「今の世の中は物騒です。暗い中帰るのは危ないでしょう?」

「でも、マコちゃんと一緒に帰れば……」

「生憎、今日綾瀬さんは調子がよろしくないです。そんな状態で本当に安全だと?」

「そ、それは……」

「小宮山さん、あなたにとっても綾瀬さんにとってもお互いが安全で無事であることが一番の幸せでしょう?違うのですか?」

「そ、そうだけど」

「それならば先に帰ったほうがいいでしょう。この世界は何が起こるかわからない。後悔してからでは遅い、ということもあるのですよ」

篠本さんのその言葉は……それはおそらく正しいことだと僕は思った。

小鳥も同じようで、渋々ながらだったが先に帰ることに納得した。

そうして僕は、篠本さんと二人きりで話をすることになった。


連れてこられたのは屋上だった。

そこには僕ら以外の誰も存在せず、どうやら秘密の話のようだ。

「ふふふ。放課後の屋上なんてまるで告白をするようですね?」

「そうですか?」

僕にとってそんな世間話はどうでもいい。

どうでもいいから早く本題に入ってほしい。

いや、こういう場合は僕から話を進めてしまった方がきっと早く終わる。

「それで、小鳥を帰してまで話したかったことというのは何ですか?」

「あら?もしかして先程小宮山さんを仲間外れにしたことに腹を立てているのですか?」

「まさか」

「そう言う割には顔は笑っていませんが?」

どうなのだろうか?

僕は小鳥をないがしろにされたことを怒っているのだろうか?怒っていないのだろうか?

……何も思っていないのだろうか?

「人間は、後悔しないで生きていけたらいいと思いませんか?」

「は?」

「人間はいつだって後悔するんです。あの時こうしていれば良かった。あの時こうしなければ……そうやって人間はいつも後悔している。後悔しない生き方が出来れば、それが幸せだとは思いませんか?」

「……」

後悔しない生き方……そんなものは無理だ。

人間は先のことなどわからない。わからないから事が起きたときに後悔するのだ。

もしも先に悔いることが出来たのなら、それは後悔じゃない。

「しかし、実際問題後悔しない生き方なんて不可能です。それならどうしますか?」

「どうするって」

「簡単ですよ。出来るだけ後悔しないように生きるんです。あらゆる出来事に対応できるように生きる。自分が予測できる災厄を想像し、それの対策を考える。その上での災厄は仕方のないことですね。諦めるしかないです」

「……篠本さん。小鳥の未来が視えたんですか?」

「私にそんな能力はありませんよ。ただ私が思う人間の理想的な生き方を言ったまでです。この世界は理不尽で何が起こってもおかしくない世界なんですよ。宝くじが当たるかもしれないし、愛する人が亡くなるかもしれない。それが起こらないなんて誰が証明できますか?不幸も幸福も同確率で起こるんです」

「……」

「私が見た限りでは、綾瀬さん。あなたの生き方は隙だらけです。そんな生き方ではいつか、後悔しますよ」

「……わかってますよ」

いつか後悔する?

そんなことはない。

何故なら僕はもう後悔しているから。

僕は、僕はいつだって自分の行動に後悔している。

後悔しない生き方なんて、出来るわけがない。

僕には何もわからない。

これから起こることは勿論のこと、自分が何に対して後悔をするのかもわからない。

だから、僕は、あの時、あんな行動を、取ったのだ。

「……それで、僕への話というのはそれですか?」

「いいえ、違います。今のは小宮山さんを先に帰らせた、言い訳というところです。ふふふ、大丈夫ですよ。小宮山さんは今頃智美さんと一緒に下校しているはずです」

「わかるんですか?」

「わかりません。勘です」

……僕は篠本さんの心のほうがわかりません。

いや、人の心なんてわかるものではないのだけど、ここまでわからない人も珍しい。

まあ、珍しいだけだが。

「それじゃあ、本題はいったい何なんですか?」

「私が綾瀬さんとしたかった話は、智美さんのお兄さんの話。風間勇さんについてです」


「トモのお兄さんの話、ですか?」

僕はそこできっと怪訝な顔をしていたと思う。

トモのお兄さんのことは君代先生に大体は聞いていたし、そして少しではあるが昼に篠本さんとも話していたからである。

トモのお兄さんのことは、僕は本当に何も知らない。

明日初めて会う人物。

そんな僕のどんな情報が欲しいというのだろうか?

「あの後君代先生に聞きましたよ。綾瀬さん、明日勇さんに会うんですって」

「えぇ、不本意ながら」

「私はとても羨ましいですよ。代わってもらえるなら代わりたいくらいに」

「僕も代われるものなら代わりたいですよ」

「しかし残念なことに私は明日、君代先生の仕事を手伝わなくてはならないのです。本来ならそのような用事も断るのですが、いろいろありまして明日はどうしても手伝わなくてはならないのです。全く、私が昼間綾瀬さんを訪れた意味が無くなってしまいました」

「それは、ご愁傷様です」

僕は、僕はどちらが嫌だろうか?

トモのお兄さんと会うことと、君代先生の仕事を手伝わなくてはならないということ。

……どちらも嫌だが、あえて言うならやはり前者だろうか?

君代先生との仕事……それはとても疲れそうだ。

こき使われること間違いない。

それならばまだトモのお兄さんに会うほうが楽でよさそうだ。

「そういうわけですから、私は明日勇さんに会うことが出来ません。君代先生の仕事の手伝いさえなければ、無理矢理にでも智美さんの家に押しかけたのですが……仕方がないです」

「はぁ」

「ですから、今のうちに風間勇さんの良いところを綾瀬さんに教えておきたいと思います」

「……何で?」

「何でとは何ですか?」

あまりにも話が唐突なので、僕はついに敬語を忘れてしまった。

いけない、いけない。

「何故、僕がトモのお兄さんの良いところをわざわざ聞かなければならないのですか?」

人の良いところなど他人から聞くことではないように思う。

自分でその人物と会い、その人物の評価を下す。

それが普通である。

それに、トモのお兄さんの情報を君代先生から聞いたところ、あまりいい情報はなかったはずだ。しかも僕と似ているという。

そんな人物の良いところなどあるのだろうか?

「綾瀬さん。あなたは君代先生から勇さんのことについて聞いたのですよね」

「ええ。そうです」

「しかし、君代先生は勇さんのことをあまり好きではないんです。むしろ嫌っているかもしれませんね」

本人も好きではないといっていたことから、それはわかる。

だけど、それがいったい何だというのだ?

「よって君代先生は勇さんの悪いところしかあなたに教えていないのではないでしょうか?」

「よくわかりましたね」

「君代先生の性格を考えれば容易に想像できますよ」

とは言え、その的中率は凄い。

まるで能力を使ったかのようだ。

……使ったのかもしれないな。能力。

「人間は意外と前情報に踊らされる生き物です。前情報が悪いといざ会ったときに悪い印象からしかその人と接することが出来ません。それじゃあフェアではないと思いませんか?」

「フェアではないから篠本さんはトモのお兄さんのいい情報を僕に与えるわけですか?しかし、僕だって自分でものを考えますから、そこまで前情報に踊らされたりはしませんよ」

「あら?前情報は意外と便利ですからと言った人の台詞とは思えませんね」

……そこまで詳しい情報を知っているということは、やはり能力を使用したようだ。

蒼き目次録か……なるほど。恐ろしい能力だ。

発言を気にしなければ、僕も喰われるかもしれない。

「私が情報を提供するのは非常に珍しいですよ。ふふふ、普段は情報を頂く立場ですからね」

「……その情報は正しい情報ですか?篠本さん?」

「さあ、正しいかもしれないし正しくないかもしれないですね。それを判断しなければいけないのはあなた自身ではなくて?」

「そうですね」

まったく、やりにくい相手だ。

彼女は、目の前の彼女は、本当はいったい何処までわかっているのだろうか?

もしかすると……いや、それは今は関係のないことか。

結局、どうしようか?

僕はほんの三秒ほど考えて、答えを出した。

「わかりました。篠本さん……あなたが知っているトモのお兄さんの情報。僕に『教えていただいてよろしいですか?』」

僕は皮肉って篠本さんの真似をしてみた。

それに対して篠本さんは不敵な笑みで応えた。


「あの人は……あの人はまるで正義の味方のような人です」

「正義の味方、ですか?」

そう聞いて僕が思いついた正義の味方は、小さなころにテレビで見た戦隊モノの正義の味方であった。

僕も小さなころはそれに憧れていたものだ。そして自分も正義の味方に、なれるならなりたいと思っていた。少なくともそのときは、本当に思っていた。

とは言ったものの、それは僕が殺意が見え出す前の話……

つまり五歳までの話だ。

僕は、殺意が見えてから、正義の味方とか、それどころじゃなかった。

「ねえ、綾瀬さん?綾瀬さんは正義の味方と聞いて何を想像しますか?」

「え?」

僕は今自分が考えていた正義の味方について、篠本さんに話すべきかどうか悩んだ。

しかし、悩んだり言わなかったりしたところで、篠本さんに隠し事は出来そうにないと踏んで、恥を覚悟で僕が考えた正義の味方の定義について語ることにした。

「そうですね……僕は発想が貧困なんで、小さなころに見た戦隊モノのヒーローしか思い浮かびませんでした」

「ふふふ、意外と子供なんですね」

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

僕がそれを思い出す理由。それはやはりその時期に殺意が見えるようになったからだと思う。

そうでなければ正義の味方なんて何も連想しない。

こんな悪意に満ちた世界で正義の味方なんて連想できるわけがない。

「しかし、私も同じようなものです」

篠本さんはニコリと笑って言った。

「正義の味方……私はそれを正しく人が救える人間だと認識しています」

「正しく人が救える人間?」

「私は……物心がついたときからこの能力が使えました。そして自分の両親の、大人たちの真実がわかっていくにつれ、私は世界のカタチを知りました」

「……」

「世界は悪意に満ちている」

ドクン。

そうか。

探索系の能力者……

僕と同じように普通では知ることが出来ないものを知れる能力者。

根本的に同じ能力。

そこに至らないわけがない。

篠本さんが僕と似ていると自分のことを言っていたが、あながち間違いではないようだ。

僕は人の殺意がわかり……

篠本さんは過去がわかる。

その二人が同じ答えに行き着くことは、必然と言えるのではないだろうか。

……まあ、そんなことは今は関係ない。全く余計なことであるが。

たとえ僕と篠本さんが同じところに行き着いたとしても、僕と篠本さんは違う人間なのだ。

僕は彼女を理解できるが、彼女ではない。

彼女は僕を理解できるが、僕ではない。

だから僕らはきっと、永遠に分かち合うことはない。

「私の父も母も、私の周りの人たちも、全て……全ての人間が悪意を持っているんです。意識的に、そして無意識的に。そんな世の中だから、せめて私だけはそんな悪意を持つことがないように生きようと思いました」

「そう、ですか」

「しかし、無理でした」

「……」

「私がいくら悪意を持たずに生きていこうとしても、それを持たずに生きることは不可能だったんです。人間として生きるなら、それは必要なものだったんです。わかりますか?」

「わかりません」

「ふふ、そうでしょう。私は昔、善意だと思い人を助けようとしたことがあります。でもそれは善意でもなんでもなかった。その子は助けなんて求めていなかったんです。私の助けなんて求めていなかった。結局、その行為は私の自己満足でしかなかったんですよ。そう、善意を持って人を救いたいという悪意。ふふふ、矛盾しているように感じるかもしれませね。善意を持って接しているのに、それが悪意だなんて」

「そうですね」

「私には無理だった。出来なかった。でも、彼はそれが出来たんです。私に出来なかったことが彼には出来た」

「……」

「だから私は彼に、風間勇さんにぞっこんなんですよ」


結局、僕には篠本さんの話がよくわからなかった。

明日会うはずのトモのお兄さんのことについての話だったのだが、よくわからなかった。

恋は盲目という言葉を聞いたことがあるが、これもそれなのだろうか?

篠本さんはトモのお兄さんのことが好きであるようだ。

それは本当に盲目的と言って良いかもしれない。

彼女は人のことがわかる能力がある。

それを使ったから、トモのお兄さんを素晴らしい人間だと思っているのだろうか?

それとも使っておらず、ただ盲目的に妄信しているのだろうか?

……まあ僕にとってはどちらでもいいことだ。

トモのお兄さんが良い人でも悪い人でも、どちらにせよ僕は明日にはその人に会わなければならない。

これは決して変えることが出来ない決定事項である。

さて……

トモにとっての風間勇。

君代先生にとっての風間勇。

篠本さんにとっての風間勇。

どれが一番真実を捉えているのだろうか?

案外どれも外れているかもしれないし、またどれも当たっているかもしれない。

僕にとって風間勇という人物がどういう位置を占めることになるのか?

それは未だわからない。

そんなことは会ってみないとわからない。

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