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天国と地獄 綾瀬真

六月の最初の金曜日。その日の始まりは僕にとっては何てことのない、幸せなものだった。

六月は入梅の季節だけれど、まだ雨が降り始めたことは無く、そして今日も同じように晴天であった。小鳥も、と言っても幼馴染のではない。本物の、小鳥。両方本物だけど、囀るほうの小鳥。ともかくチュンチュンと鳴いていて、まだ天気が良いことを教えてくれた。

僕はいつも通り、朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えて、そして食卓についた。

食卓には、誰も座っていない。

キッチンで柚子が何か作っているのだけ見えた。

作っているのは、おそらく僕のお弁当だろう。毎日ありがとう、柚子。

「おはよう、柚子」

「あ、おはようございます。お兄ちゃん」

わざわざこちらに振り返り、そしてお辞儀までする柚子。

うん。僕と違って礼儀正しく育ったことを誇りに思うよ。

「あれ?那美姉は?」

「今日は仕事が無いからお昼まで寝ているそうです」

流石那美姉。仕事がなければ駄目人間の生活だ。

まあ、それを本人の目の前で言った日には僕の命は無くなるのだろうけど……

あくまでも僕の胸の内に秘めておくことにしよう。

「朝ごはんはどうします?パンですか?ご飯ですか?」

「パンで。あ、柚子忙しそうだから、自分でやるよ」

「いいえ。もうすぐ盛り付けも終わりますから。ちょっと待っててください。そうしたら一緒に朝ごはんを食べましょう」

「……いつもすまないなぁ」

「くす、柚子はお兄ちゃんの役に立てて嬉しいから、そんなこと気にしないで下さい」

「柚子……」

僕は何て良い妹を持ったのだろう。

この世に生を受けたことを感謝したことはないけれど、柚子が僕の妹だったことは感謝したいことだと思った。

ちなみに、那美姉の弟に生まれたことは、本当にどうにかならないものなのか……

そんなことを考えるのは余計なことだとはわかっていながら、僕はそれを考えてしまうのであった。


「お待たせしました」

柚子はそう言って、食卓に座っていた僕の前にトーストを置いた。

僕は朝にあまり食べる人ではないので、朝食はマーガリンを塗ったパン一枚で充分だった。

そして、柚子も自分の前に同じパンを置いて、席についた。

「それじゃあ、頂きましょう」

「そうだね。頂きます」

「頂きます」

僕はトーストをかじった。うんトーストだ。間違うことなくトーストだ。ただのトーストだ。

いつも食べ慣れている朝食。

それにうまいもまずいもなかった。

食べ慣れているから、何も感じない。慣れているから何も感じない。

慣れと言うのは恐ろしい。続くと言うのは恐ろしい。人間を愚鈍にする。人間に何も感じなくさせる。

いつもと同じ、いつもと同じ、いつもと同じ……それが続くと人間は麻痺する。

そうしないために、人間は変化を求める。

朝食をたまにはご飯にしてみるとか、そんな感じだ。

そうすることで人間は麻痺することを防ぐのだ。

……と無駄な考えをしているうちに朝食のトーストを食べ終わってしまった。

うん。やはり慣れていくと味とかも気にしなくなるな。

明日は違う朝食にしてみようか?

……あ、でも明日は土曜日で学校は休みだから、昼まで寝ているかもしれない。結局、僕も那美姉のことは言えない生活をしていた。

「ご馳走様」

さて、まだ家を出るには早い時間だ。

TVのニュースでも見て、小鳥との話題でも作るか。

僕がTVのリモコンを探していると、何やら僕を見る視線のようなものを感じた。

僕はそういうものを感知するのが非常に得意だ。

異常であるがために。

この空間には僕と柚子しかいないため、その視線は柚子のものであるとすぐにわかった。

念のため柚子の方を見てみると、パンをかじりながら僕の方をじーっと見つめていた。

「ん?柚子、何か僕に用でもあるの?」

「あ、いえ。別に……」

「そう?」

柚子がそう言うんだったら別に何にもないのであろう。

さて、リモコンは……

じー。

「あの、柚子さん?」

「え、あ、はい!何でしょうか?」

「いや、何か用があるんじゃないの?」

凄い視線を感じていたし、これは何か用があるとしか思えないのだが……

「いえ……その……別に……」

「そう」

まあ柚子がそう言うんだったら別に何にもないのであろう。

さて、リモコンは……

じー。

「柚子」

「え、は、はい!」

「柚子には……僕は言ったはずだ。僕には殺意が見える。うんざりするぐらい見える。そのためかどうかは知らないけど、僕は感覚が異様に鋭い」

「……はい」

そう……僕には人の殺意が見える。

それは誰でも持っている。自分の殺意は見えないけれど、誰でもそれは持っている。

そのためかどうかはわからないが、僕は殺気、視線などの感知が異常だ。

異常、異常、とにかく異常。

「だから、柚子がさっきから僕の方を見ていることぐらい、感知している」

「はい」

「用があるんじゃないのか?僕なんかずっと見ていてもつまらないだろうし」

「……いえ、そんなことは」

?最後に柚子が言った言葉はか細い声だったので僕には聞き取ることが出来なかった。

「ごめん。今何て言った?」

「いえ!その!気にしないで下さい!」

……そんなに大きな声で言われると気になるのだが、しかし柚子が気にしなくて良いと言うので特に気にしないことにした。

「さて、それで僕に何か用があるんだろ?」

「……はい」

「言いにくいことなのか?」

「いえ、そんなことは無いんですけど……お兄ちゃんに迷惑がかかっちゃうかなって」

「僕の迷惑なんて気にしなくても良いのに……柚子は僕のためにいろいろ考えすぎだよ。僕は柚子に迷惑をかけられても怒りはしないし、それに日ごろ僕は柚子にお世話になっているからね。たまには迷惑をかけられるのもいいかもしれないよ」

「お兄ちゃん」

……何か、こう言うと僕ってシスコンみたいだな。

でも、柚子は大事な家族だから、この程度の歯の浮きそうな台詞はあってもいいはずだ。

「あの、ですね……最近お兄ちゃんと私、一緒に外出してないなって」

「……うん。確かに」

トモの事件に振り回されていたからなぁ。

それ以降もトモには振り回されている状態だし、この間の休日も呼び出されたし、何だ?あいつは暇人なのか?

暇人なんだろうな。

トモと一緒に行動したから、わかる。あいつは暇人だ。

僕と一緒の暇人だ。休日、何もやることが無いから、暇だから、僕と小鳥を呼んだのだ。

まあトモが暇人であることは置いておいて、とにかくそのせいで、最近は柚子とは全くと言っていいほど外出していない。

……寂しい思いをさせてしまったのかもしれないな。

反省。

「だから、明日の土曜は……たまには一緒に……」

「うん。そうだね。明日は一緒に何処かに行こうか?」

「え?」

「柚子にはお世話になっているのに、確かに最近はその恩返しもしていないし……明日は一緒に何処かに行こう」

「ほ、本当ですか!?」

「本当ですよ。何処がいい?柚子の行きたい所、何処でも連れて行くよ」

「え、あの……お兄ちゃんと一緒なら何処でも」

「そう?でも、そう言われるとまた考えるのがなぁ……本当に何処でもいいよ」

「あの、私もお兄ちゃんとなら何処へでも」

……うーん。このまま話しても平行線かもしれない。

柚子の行きたいところに行ってやるのが良いと思うんだけど、そんなにすぐに柚子の行きたいところなんて解らない僕であった。

「よし、解った!学校から帰ってくるまでには考えておくよ。でも、僕ってそんなに女の子の行きたいところとか解らないから、一応柚子も行きたいところがあったら言ってくれよ」

「はい。えへへ……お兄ちゃんとお出かけなんて久しぶりですね」

「そうだな」

小鳥が僕の彼女になってからは、柚子と出かけることは随分減った。

久しぶりに、妹の柚子のために過ごす休日も良いかもしれない。

いや、きっと良い。

「おっと、そうこうしている内に家を出なきゃいけない時間だ。じゃあ、行ってくるよ」

「はい。お気をつけて、お兄ちゃん」

「柚子も気をつけて登校しろよ。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

僕はいつも通り、いやいつもよりも若干幸福な気分で家を出た。


家を出てまず向かうのは、学校ではなく小鳥の家であった。

登校の途中に小鳥の家に向かい、小鳥と合流。これが僕のいつもの登校風景。

いつもどおりインターフォンを押す。すると「はい~」と小鳥のお母さんがそれに応えた。相変わらず間延びした声だった。

「あ、綾瀬です」

『あら~。真君?ちょっと待ってね。小鳥ね~、今日は少しだけお寝坊しちゃってね~。今一生懸命ご飯食べているところなの~』

「はぁ」

家の中から「ふわ!お母さん、そんなことは言わなくていいんだよ!いいんだよ!」という声が聞こえたが、無視することにした。

まあ、こういう日もある。

しばらく待っていると、急いだ小鳥が現れた。

「お、お待たせ、マコちゃん!」

「こうして僕は小鳥を待ったせいで遅刻をしてしまうのであった」

「ま、まだ平気な時間だよ!平気な時間だもん!」

「遅刻した僕らを君代先生は許すわけが無く、僕らは……」

「あわわ、それは大変!大変なんだよ!」

確かにそうなったら大変だな。

小鳥はその様子を想像してか、「早く、早く行かないとだよ!マコちゃん!」と駆け足の用意をしている。

「まあ、落ち着け。まだ平気な時間だよ」

「そ、そうだった。もう!マコちゃんが変なことを言うから」

「僕が変なのはいつものことだ。さて、小鳥」

「うん」

「おはよう」

「あ、そういえばまだ挨拶していなかったね。おはよう、マコちゃん」

いつものように、僕らは朝の挨拶を交わした。


登校の途中、僕は小鳥に聞いた。

「小鳥……今日の朝ごはんはお米だったろ?」

「え?どうして解ったの?もしかして、マコちゃんってエスパー?エスパー?」

「エスパー違う」

僕が認める超能力者の条件は瞬間移動ができることだ。

僕は異常者で殺意なんてものが見えるが、勿論瞬間移動なんて出来ないので超能力者の条件は満たしていなかった。

「というか、久々に言うけどさ『マコちゃん』って言うのやめてくれないか?」

僕は真という男だか女だか解らない名前で、昔からかわれたことがあるのだ。

小鳥にマコちゃんと言われるとそれを思い出す。

と言っても、最近は慣れてきたもので、あまり注意しなくなったのだけど。

「本当にそれ久しぶりに聞いたよ。えへへ」

「何を喜んでいる」

「えへへ。久しぶりって言うことはだよ、最近はマコちゃんはマコちゃんって呼ばれることに慣れてきたんだなって」

「……」

「小鳥だけだよね、マコちゃんって呼んでいるのって。えへへ、それって何だか彼氏彼女していますよって感じだよね?だよね?」

「……」

「マコちゃん……えへへ」

ぽか。

「あう、い、痛いよ、マコちゃん」

「恥ずかしいことを言うお馬鹿な奴を叩いてやっただけだ」

全く、小鳥は平気な顔をして恥ずかしいことを言うから一緒にいるこっちまで恥ずかしくなる。

たまには叩いて(勿論本気ではないが)、そのお馬鹿な脳を矯正してあげないとな。

まあ、マコちゃんと呼ばれるうちはまだ許せる。これが、アヤちゃんになると……いや本気で怒りはしないけど、やめて欲しい。

マコちゃんは何れはやめて欲しいけど小鳥はやめる気がないようだから、もう諦めている。しかしアヤちゃんと呼ばれることだけは禁句にしてもらいたい。是が非でも。

「マコちゃんってさ、結構小鳥のことを叩くよね?もしかして小鳥のこと嫌い?嫌い?」

「好きだよ」

本当か嘘か、自然とその言葉が出た。

「あ、ありがと。えへへ」

……何だかんだ言って恥ずかしい二人だった。

こんなことを毎日やっていたらきっと馬鹿になるな、僕ら。

そして行く行くはバカップルと呼ばれてしまうんだろうか?

……うーん、バカップルの誕生の秘密がわかった気がする。自分が恥ずかしいと思うことは自重することに、僕は決めた。

「ところでさ、マコちゃん」

「うん。小鳥はもうマコちゃんというのをやめるつもりは無いんだね?まあどうでもいいけどさ」

「えへへ、だってマコちゃんをマコちゃんって呼んでいるの、小鳥だけだもん」

それさっきも聞いたし、そんなに恥ずかしいことを二回も言わないでもらいたい。

「えっと、それでどうして小鳥が今日お米を食べたことがわかったの?」

そういえば最初はそんな話題だったな。

それを僕がここまで話を逸らしたんだっけ。

「もしかしてマコちゃんって、エ……」

「だからエスパー違う」

何でさっき僕がエスパーであることを否定したと言うのに同じことを小鳥は聞いてくるのだろうか?よっぽど僕をエスパーにしたい理由でもあるのだろうか?

……それってどんな理由だよ?

……………もしかして悪の秘密結社に狙われているとか?

それで僕に遠まわしに助けを求めているのか?

しかし残念ながら、僕はエスパーではない。出来ることといえば『殺意視認』、『奪取』、『複製』だ。

とてもじゃないが悪の秘密結社に対抗できるだけの戦力とはならない。

僕らの中で戦力になる人物といえば……トモだな。

風間智美……通称トモ。

彼女は一見するとただのちびっこだが、その戦闘力は僕らの中では間違いなくNO.1だ(異常者は僕とトモだけであるけれど)。

僕が何回トモに挑んだところで、彼女に勝てるわけがない(最初の時に勝ったけど)。

僕は悪の秘密結社に対抗できないけれど、トモならばきっと可能である(リアルに)。

「それで、マコちゃん……どうして?」

「小鳥……そのことはトモに頼んだ方がいい」

「え?」

「僕だって出来るだけ相談には乗ることにはするけど、無理だ。それを対処できるのは僕らの中ではトモしかいない」

「そ、そうなの?その答えはマコちゃんじゃ対処できなくて、トモちゃんじゃなきゃ無理なの?」

答え?

えっと、『マコちゃんは悪の秘密結社と戦うことができる』という質問に対しての答えだろうか?

うん、そうだな。

「僕じゃ無理だな」

「うー、何だか謎が謎を呼ぶ展開だね。展開なんだね」

「あぁ。そういう展開なんだ」

「うん!わかった!小鳥、トモちゃんに聞いてみることにするね!するんだね」

「あぁ、そうしてくれ」

そうして小鳥は頬っぺたについたご飯粒に気付かないまま登校した。


「うー、マコちゃん!酷いんだよ!酷いんだよ!!」

「……いや、問題をすり替えてしまったよ」

「意味がわからないんだよ!わからないんだよ!」

小鳥は、登校中の友達に挨拶をしたところで、その友達に頬っぺたにご飯粒がついていることを指摘されやっと気付いた。

それからずっと、この教室に辿り着くまで、僕は小鳥に「酷い!酷い!」と言われ続けていた。

でもさ、仕方がないと思わないか?

ご飯粒がついていることと悪の秘密結社に狙われていること、どちらが重要度が高い?

明らかに悪の秘密結社に狙われていることだろう?

誰だってそう思う。ぼくだってそう思った。だから僕は正常だ。

「もう!普通の彼氏彼女だったら、きっと優しく彼女の頬っぺたについたご飯粒をパクッと彼氏が食べてくれるんだよ。普通は」

「そんな変態くさいことを普通と言うな」

「へ、変態じゃないよ!普通だよ!普通に女の子が憧れを抱くものだもん!そうなんだもん!」

そんなものに憧れを抱く女の子の気持ちがわからん。

まあ、僕は人の気持ちなんてわかるはずが無いのだけど。

「……と、そんなことを話している場合じゃない」

「そんなことじゃないよ!小鳥は凄く恥ずかしかったんだから!」

「でもそれはさ、結局は僕のせいじゃなくて……自業自得だろ?」

「そ、そうだけど。でもマコちゃん気付いたんなら教えてくれてもいいじゃない」

「それ以上に重要なことがわかってしまったんだ」

そう、小鳥が悪の秘密結社に狙われているということ。

呑気に頬っぺたについたご飯粒の論議をしている場合ではない。

僕はきっと戦力にはならないけれど、それでも何とか小鳥を助け出す術を考えなくては。

「あ、マコちゃんがどうでもいいことを考えているときの顔をしているよ」

もう少しすれば、きっとトモがこの教室に来るはず。

僕には無理だけど、きっとトモが何とかしてくれるはずだ。

トモは友人のためなら命を賭ける。

命を賭けれる人間なんてそうはいない。

トモ……君だけが頼りだ。

僕には……もう無理だ。

小鳥を助け出すことは、出来ない。

「おはようございますですー!」

トモが来た!

最後の、最後の頼りであるトモが……来た!

「おはよう、トモちゃん」

小鳥は呑気にトモに挨拶を返している。

そんなことをしている場合じゃないだろ!

小鳥……君が言いにくいのであれば、僕が言ってあげよう。

「トモ……」

「あ、おはようございますです、真君」

「トモ……驚かずに聞いてくれ」

「もう!真君!朝の挨拶は大事なんですよ!一日の初めの挨拶ですからね。ちゃんとした方がいいですよ」

「挨拶なんてどうでもいいんだよ!頼む、重要なことなんだ。聞いてくれ」

「どう、したんですか?」

僕の真剣な様子に、トモの顔を真面目なものに変わる。

「冷静に聞いてくれよ……小鳥が、悪の秘密結社に狙われている」

「えー!!」

驚きの声を上げたのは小鳥であった。

トモの方はというと、ちびっこながら冷静にその話を聞いていた。

「その話、本当ですか?」

「あぁ。本当だ」

「本当なわけが無いんだよ!無いんだよ!どうしてそんな話の流れになるの!?なっちゃうのかな?」

小鳥が何か言っているが、外野の声は僕らには届かなかった。

「いつ頃から、ですか?」

「わからない……僕が気付いたのが今日の朝頃だった。でも今考えると五月の下旬頃から、小鳥の様子が少しおかしかったかもしれない」

「狙われてないよ!小鳥、悪の秘密結社になんて狙われてないから!」

「下旬というと、約二週間ぐらいですか?よくコッコちゃんはご無事で……」

「うん。きっと僕らがいたから無闇に手を出せなかったのかもしれない。でも、僕が気付いた今、奴らはもう見境がなくなるかもしれない」

「と、トモちゃんまで私の声が聞こえていないの!?嘘だからね!そんなのマコちゃんの嘘なんだから!」

「……そうなる前に、叩きましょう。先手必勝です。正義は必ず勝ちますです」

「トモ……お願いだ。小鳥を護ってくれ。僕にはもう無理だ……」

「マコちゃんが何故だか格好良いこと言ってるよ!何にもしてないのに!何だか格好良いよ!」

小鳥の突っ込みも何だかわけがわからなくなってきた。

僕は、トモが「今から行ってきますです!」という発言をした時点で、それが嘘であることを教えた。


「嘘だったんですか!?」

「そうだったのか!?小鳥!?」

「マコちゃんがついた嘘でしょ!?私が知っているはずが無いんだよ!?あ、嘘だとは知っているけど……ともかくマコちゃんがついた嘘でしょ!?」

まあ、そうであるけれど、僕は小鳥のことを想って……もう嘘だとばれているからそんな言い訳はいらないか。

「たまにはそういうお馬鹿な話をしてみたかったんだよ」

「もう!真君の嘘はうまいですからすっかり騙されてしまったですよ。危うく心当たりのある組織を幾つか潰しに行くところでしたよ」

笑いながらトモは語る。

……リアルな話しだなぁ。トモの前だとこういうアホ話も現実のものと認識されてしまうのか。

以後は気をつけて嘘をつくことにしよう。

「えへへ、でも今日は機嫌がいいから、私は怒らないですよ」

「うん?トモ。何かあったのか?」

そう言われれば騙されたと知った後も怒ることなく、笑顔を続けている。

不気味と言えば不気味……だと思ったけど、何か理由があるらしい。

「えへへ、聞いて驚かないで下さいよ。な、何と……」

「あ、いい。言わなくて」

どうしてか、今一瞬もの凄い嫌な空気を感じた。

僕はきっとこれ以上トモの言葉を待ってはいけない。そう思った。

だから僕はトモの話の途中で、折ることにした。

「ところで小鳥。今日のお昼は何処で食べる?」

「無視しないで下さいよ!私が話していると途中じゃないですか!」

いや、だってさ……嫌な予感がするんだもん。

小鳥だってするだろ?嫌な予感。

「そうだよ、マコちゃん。今はトモちゃんの話の途中だったんだから、それを邪魔しちゃいけないんだよ、いけないんだよ」

小鳥は全くそう思わなかったようだ。

僕だけか?僕だけがそれに嫌な予感を感じるのだろうか?

うーん、もしかすると僕の気のせいであろうか?

確かにトモがニコニコしながら言うことが僕に不利益を生むとは考えづらいが……

果たして僕はトモの発言を許してしまって良いのだろうか?

……まあ、いいか。

「わかった。わかったよ。それで、トモ。話と言うのは?」

「えへへ。聞いて驚かないで下さいよ!な、何と!」

それは今聞いたのだが……突っ込まず続きを待つ。

「私のお兄ちゃんが仕事から戻ってくるんです!」

「……」

「それはよかったね、トモちゃん」

「はい!です。えへへ、久しぶりにお兄ちゃんに会うからドキドキしちゃうです」

「……」

「トモちゃんってお兄ちゃん子だものね」

「そうなんです。えへへ……」

落ち着け!落ち着くんだ、僕!

トモのお兄さんが帰ってくる!?

あのトモに無理難題を押し付けたせいで僕が死ぬ思いをしたという原因を作った、あのトモのお兄さんが帰ってくる!?

あの……えっと誰だっけ?…………そうだ。磯部君の事件を解いたというのにその事件を解決しなかったという、あの迷探偵が帰ってくるというのか!?

……うわ、絶対に一波乱ある。きっとある。

それに僕を巻き込まないで欲しい。

いや、欲しいじゃ駄目だ。巻き込まれないように僕がしっかりとしなくては。

もう、僕らの周りに事件なんて起こさせない。

僕は平穏を望む。

毎日変わらない、同じ日々を望む。

だから、僕は……わざわざトラブルが起こりそうなところに足を突っ込まないようにしている。

そうしてきたことで、僕は擬態してきたのだ。

一般人として。

僕はこの問題(トモのお兄さんが帰ってくること)に対して何も言わないことにした。

「それでですね、真君。お兄ちゃんが真君に会いたいそうです」

「うぉおい!いきなりトラブルに引きずり込むなよ!」

「?何を言っているですか?」

何も言わないことにしていたのに……駄目だった。

いや、まだきっと挽回可能だ。

「どうしてトモのお兄さんは僕に会いたいんだよ?」

僕はトモからそのお兄さんの話は聞いていて知っていたのだけど、向こうは僕の話など聞いていないはずだし知らないはずだ。

トモが話したのかもしれないけど、男が男に会いたいと思うことは……何だか気持ち悪い。

「それが、どこから漏れたのかは知らないですけど、あの例の事件を解いたのが真君ってお兄ちゃんにばれちゃったのです」

「確実にトモの口からぽろっと出てしまったのだろう」

「わ、私は言ってないですよ!」

「あ、すまん。思っていたことが口に出てしまった」

「失礼です。私はこう見えても口は堅いんですから」

「そんな言葉、誰も信じないんだろうなと僕は思った」

「だから口から出てるですよ!」

さて、どこからその情報が漏れたかなど、どうでもいい。

それだけの理由でどうしてトモのお兄ちゃんは僕に会いたいなどと言うのだろうか?

僕が磯部君の事件を解いたから興味を持ったと言うのか?

可能性は捨てきれないけど、いまいち納得は出来ない。

あの事件は君代先生も解いた事件だし、それに当の本人も解いているはずである。

普通の人間があの事件の真実に辿り着くことが困難であったとしても、異常者がその事件の真実に辿り着くことは、そう困難ではないと僕は思う。

「もう一度聞くけど、どうしてトモのお兄さんは僕に会いたいんだ?」

「だから事件を解いたのが真君だってばれちゃったからです」

「それで僕に興味を持ったのか?」

「詳しくはわからないですけど……多分。『面白そうなやつだから呼んできて』と言ってました」

面白そうな奴だから呼んできて?

そんなに僕は面白い奴ではないのだけれど……って違う。

その発言……僕が大体どんな奴だかわかっている発言だ。

どこからその情報を入手した?

異常者専門の探偵……そんな情報を入手するのは朝飯前ということなのだろうか?

しかし……僕ってそんなに面白い人間ではないと思うんだけれど。いや確実に面白くない。

思考はネガティブだし、人間は嫌いだし……一緒にいて気持ちがいい人間でないことは確かである。

そういう情報は仕入れていないのだろうか?仕入れていないのならすぐに教えてあげたいものだ。

もしそういう情報を仕入れた上で僕と会いたいというのなら……そいつはきっと異常者だ。

あ、確認するまでもなくトモのお兄さんは異常者であった。

いやここでの異常者は妙な能力が使える異常者ではなく、頭がおかしい異常者のことだ。

トモのお兄さんがそうじゃないことを祈りたいが……

「話はわかったよ。まあ機会があればそのうち会いたいよね」

嘘だけど。

そんな怪しい人間にはできれば会いたくはないのだけど、そうもいかない場合も現実には存在するのだ。

仕方がないこと、おそらくそれは仕方がないことだ。

僕は第六感的思考でそう解釈した。

でも、会うんだったらまだまだ先のほうがいいなぁ。いつかは会わなくてはならないんだろうけど……僕は問題を先送りにしておきたい性格なのであった。

「そのうちじゃないです!明日です!明日お兄ちゃんは仕事から帰ってくるですから、真君も明日家に来ないと駄目ですよ」

「……なんだって?」

「だからお兄ちゃんは明日帰ってくるですよ。それでまたいつ仕事で何処かに行くかわからないですから、真君も明日家に来て欲しいですよ」

「それは随分と急な話じゃないか?」

「そうですか?」

「そうですよ」

前日に予定を言われて行けるやつがいるか?

普通の人間なら、休日に予定が無い者などニートか引きこもりぐらいだ。

まあ、僕は普通の人間ではないのだから、明日の休日はいつも通り暇……

うん?あれ?

そういえば何か予定があったような……

何だったかな?

急な予定が、明日に………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

あ。

僕、今日、柚子と、明日、一緒に、出かけることを、約束、したんだった。

そうだ。した。

えっと、つまり、僕としては珍しく、明日予定があるから……この件は断ることにしよう。

「トモ。悪いけど、僕明日予定があるんだよね」

「またまた、真君。行きたくないからってそういう嘘は駄目ですよ」

「いや、僕としては珍しく嘘でも冗談でもないんだけど」

「もう真君には騙されないですよ。いいから明日来るですよ」

……何となく、本当に何となくだけど、狼少年の気持ちがわかった気がした。

そうか、人間って信じてもらえないとこういう気分になるんだな、くすん。

これからは真正直に生きることにしよう。

と冗談はさておき、困ったな。

「トモ、別に行きたくないとかそういうわけじゃなくて、本当に予定があるんだ」

「本当ですか?何ですか、それ?あ、もしかしてコッコちゃんとデートですか?」

「ちが」

「え!?そうなのマコちゃん!?」

小鳥が声を荒げた。

いや、小鳥……デートしようなんて一言も言ってないんだから、それは違うと小鳥だけでもわかって欲しかったが……

「マコちゃんとの久々のデートなんだよ、デートなんだよ!えへへ、何処に連れて行ってくれるのかな?」

わかってくれるわけが無かった。

「それだったらコッコちゃんと一緒に来ていいですよ。きっとお兄ちゃんも喜ぶです」

「人のデートコースを決めるな……と、そうじゃなくてだな。明日の予定は小鳥とは関係ないんだよ」

「あ、そうなんですか」

おそらく、柚子は僕と二人で出かけたいのだろう。昔三人で出かけたときも、何故か不機嫌になったし……

「え!?マコちゃん、それって……浮気だぁああぁ!!」

「違います」

ついこの間もこのやり取りをやったはずだぞ。

大体僕は浮気が出来るほどもてないし、それにそんな度胸もない。

その辺を小鳥もわかってくれてもいいと思うのだが、まあ無理だろう。

「誰!?今度はいったい誰なの!?マコちゃん!?」

「こらこら誤解を招く言い方をするな。僕は今までに一回も浮気をしたことは無いぞ」

「い、今までって……それじゃあこれからするつもりなんだね!?するつもりなんでしょ!?」

「しないから落ち着いてよ、小鳥」

「これが落ち着いてられるわけが無いんだよ!?ここは何処ですか!?日本です!!日本の法律で浮気は認められていますか!?知りません!!」

「知らないのかよ」

「知らなくてもいけないことなんだよ!!きっといけないことだもん!!」

「そうだな、浮気はいけないことだよな」

「そうだよ!!ようやくマコちゃんもわかってくれたんだね!!それじゃあ、浮気の相手の名前を言って!!」

だから、してないって。

もう埒が明かないので、仕方が無く明日の予定を教えてあげた。

「だから、妹の柚子と出かける予定があるんだよ」

「え?柚子ちゃんと?」

その名前を聞いて小鳥は大人しくなった。

そう、浮気なんかじゃなく、ただ僕は家族と出かけるだけなんだ。

「そう、だったんだ。相手は……柚子ちゃんだったんだ」

「うん?まあそうだけど」

小鳥の顔が何故か悲愴な面持ちに変わる。

えっと……意味がわからない。

「そうだよね。毎日、同じ屋根の下で過ごしているんだもんね。そうならないわけが無いよね」

「??そうならないわけ??」

「いつから、なの?」

「は?」

「いつから、そうなったの?」

えっと……いつ出かける予定を計画したってことか?

「今日の朝だけど」

「それは……突然だね。どうして?どうしてそうなったの?」

「いや、だって……柚子が寂しいって言うから」

「柚子ちゃんが寂しいって言ったら、マコちゃんは浮気しちゃうんだ」

「……」

僕はこのとき、ようやく小鳥が勘違いしていることに気づいた。

小鳥の奴……柚子を浮気相手だと思っているよ!!

え?嘘?冗談でしょ?だって僕の妹だよ?普通、浮気相手って考えないよ?

そんな、妹に手を出したら犯罪だよ!?

そりゃ、柚子は可愛いけどさ……それはそれ。これはこれだろ!

普通勘違いしないよ!!

「あの……」

「不潔だよ、マコちゃん。妹に手を出すなんて。確かに柚子ちゃんは可愛いけどさ……鬼畜だよ」

「小鳥さん?」

「身内は犯罪だよ。法律に引っかかるよ。捕まっちゃうよ。マコちゃんが……捕まっちゃうよ」

確かに小鳥が考えていることが真実であった場合僕は捕まるかもしれないな。

いや、でもそれ真実じゃないし。

かなり歪んだ情報だし。小鳥の中で歪められた情報だし。

だから僕は小鳥に真実を教えてあげた。

「それとも未成年だから捕まらないのかな?よくわからない。よくわからないよ、日本の法律って」

「小鳥……日本の法律について考えているところ悪いんだが、それ全部お前の勘違いだから」

「……それって?」

「僕は浮気なんてしていないってことだよ」

「嘘!だって自分で柚子ちゃんと浮気しているって言ったじゃない!言ったじゃない!!」

「僕は浮気しているとは言ってないよ。思い返してみるといい」

「…………あ」

「ただ明日は柚子と一緒に出かける約束をしただけだよ。浮気はしてないの」

「え?え?えっと……ごめん!!ごめんね!マコちゃん!!」

小鳥が深々と頭を下げた。

……そんなに一生懸命謝らなくていいのに。多少は傷ついたけど。

でもそれは人間関係を築く上では仕方がない傷だ。人と人が触れ合えば、必ず傷はつく。

それに例外なんてものは無い。家族でも他人でも、男でも女でも、年寄りでも若者でも、人と人が人間関係を築けば必ず傷はつく。

それが嫌で僕は……彼女と別れたのに……

今はその傷が小さければ我慢が出来るようになった。

今の僕ならば、彼女ともう少し長く一緒にいられたかもしれない。

……いや、無理か。

彼女は僕よりも先に亡くなる運命だった。

それは僕が自殺をしなければ、覆ることが無い真実。

彼女を失くして、僕が正常にいられたか?あのまま彼女と一緒にいて、あの時の彼のようにならなかったと言えるだろうか?

……そんなことは考えてもわかるわけがない。

現実に『もし』はない。

僕はあの時彼女と別れた。別れて、彼女との縁を切った。

そして小鳥と付き合い始めた。

これが現実。

もし彼女と一緒にいたら……そんな現実など存在しない。

この世にはパラレルワールドというものは無い。そんなものは所詮空想上の産物に過ぎない。

「ま、マコちゃん……もしかしてかなりご立腹?」

小鳥がおそるおそる訊いてきた。

しまった。すこしシリアスに考えすぎたな。

小鳥の謝罪に何のリアクションをしないものだから小鳥はかなり不安な表情をしていた。

「いや。全然怒ってないけど」

「う、嘘だよ。だって、ずっと難しい顔してたもん。ごめんなさい。小鳥……マコちゃんのこと信じてあげられなくて」

まあ、いつもの僕の様子から僕を信じるのはかなり難しいが、それにしたって妹の柚子を浮気相手と認識するのは確かに行き過ぎていたと思う。

普通そう思考しないと思うのだが……

さすが小鳥というべきだろうか?

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「大丈夫、怒っていないから」

「でも、でも……」

「本当に怒ってないって。ちょっと考え事をしていてね。それで小鳥に返事が出来なかっただけ。別に怒って返事をしなかったわけじゃない」

「でも……」

「それにこのぐらいの勘違い、小鳥と付き合っていれば毎日のように発生するからね。いちいち気にしてられないよね」

「ふ、ふえ!?それはひどいんだよ!?そんなに小鳥、勘違いしないもん」

小鳥はちょっと怒ったのかぽかぽかと僕の背中を叩いた。

うん。いつも通りの小鳥・僕の関係に戻った。

謝り・許すなんて僕らの関係では似つかわしくない。

僕と小鳥の関係はこう、すこしお馬鹿な方がちょうど良いんだ。

「さて、そういうわけで僕は明日予定があるんだよ、トモ」

「ぽかぽかー」

「うー、でもです。お兄ちゃんにはもう来るって言っちゃったですし」

「何でそんなに無責任なことを言っちゃうかなぁ。大体、僕が予定があるって考えなかったのか?」

「ぽかぽかー」

「だって、真君いつも暇してるじゃないですか。明日もきっとそうだと思ったですよ」

「うーん、確かにいつも暇してるけどね」

「ぽかぽかー」

「小鳥……うるさい」

「はうあ!」

小鳥も黙らせたことだし、僕はトモとの話を再開させた。

「明日に限っては僕も無理だなぁ。妹の柚子と何処かに行くって約束しちゃったし」

「何処かって何処ですか?」

「え?何処って言われても……まだそういう詳しいことは決めてないなぁ」

何せその話が出たのは今日の朝なのだ。

惜しいね、トモ。もう少し早く言えば君のその用件が先になり、僕も真剣にどうしようか悩んだのだけど。

いや、トモのこの話を先に聞いたとしても優先させたくは無いなぁ。

話に聞いているあのお兄さん……かなり会いたくない。

何とか会わずに会わずに、人生を過ごしていきたいものだけれど。

「妹さんとの予定はキャンセル出来ないですか?」

「出来ないよ。柚子かなり喜んでいたしさ……トモも想像してみるといい。トモのお兄さんとしていた約束をキャンセルされることを」

「……」

トモは無言になり目を瞑った。

どうやら想像中らしい。

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………う。うぅ。想像しただけで涙が出てきそうです」

うん、さすがブラコンだね。

想像だけで涙が出る一歩前って、すごいよ。

すごいブラコンだよ。

「そういうわけで、僕は明日は無理だ」

「無理ですか?」

「無理です。柚子を悲しませたくないしね」

それにお兄さんに会いたくないしね。

「うーん。わかりました!」

「そうか、わかってくれたか」

トモにしては珍しく物分りが良い。

きっとトモのお兄さんが帰ってくるということが嬉しすぎて、舞い上がってしまい何でも許せる状況なんだな。

今ならちびっこという単語をトモの前で百回言ってもトモは許してくれそうである。言わないけれど。

「それならですね、その真君の妹も連れてくればいいんですよ!そうすれば全て万事解決です!!」

「………………………………………………………………………………ちょっと待て」

「はい?」

「今おかしいことをサラって言ったよね」

トモは重要なことや変なことをサラッと言う癖がある。聞き逃すと大変だ。

幸いなことに今は聞き流すことは無かったが。

「別に何もおかしいことは言ってないと思うですが?」

「そうかな?」

「そうですよ」

「それならば今トモが言ったことを、一字一句間違いなく言ってくれたまえ」

「それならですね、その真君の妹も連れてくればいいんですよ。そうすれば全て万事解決です」

「………………………………………………………………………………ちょっと待て」

「はい?です」

「おかしいよね?今言ったこと明らかにおかしいよね?」

「そうですか?別におかしくないと思いますけど?」

「いや、おかしいだろ!何で柚子をトモの家に連れて行ってやらないといけないんだよ!」

柚子はトモのことなんて知らないはずだぞ?いや、名前ぐらいは知っているかもしれないが……ともかく初対面だ。何の面識もない。

その柚子を何故トモの家に連れて行かないといけないんだよ!?

「落ち着いてくださいです、真君。真君は明日妹さんと出かけなくてはならないんですよね」

「……そうだよ。だから……」

「でも、まだ出かける場所は決まってないですよね?」

「そうだけど」

「それなら、出かける場所を私の家にすればいいですよ!そうすれば、な、なんと!!妹さんとの約束も果たせる上に、お兄ちゃんとも会えちゃう!一石二鳥じゃないですか!?」

と、トモのくせにそこまで考え付いただと!?こんなのトモじゃない!!

トモはこんな頭の回る子じゃない!!

「どうですか!?真君!?」

「どうもこうも、何処かに行く約束をしてそれが友達の家なんてやつ、いないよ」

「そうですか?私は別に構わないですけど」

トモはね、異常だから。

通常は違うの。僕も異常だけど、柚子は正常なの。

「でも、真君。私のお兄ちゃんのことも考えてくださいです」

「は?」

「仮にですよ。真君が妹に友達を家に連れてきてくれと頼んだとするです。妹さんもそれに最初はOKするです。でもいざ友達に聞いてみたら駄目だった……その様子を想像してみるといいです」

「いや、僕人見知りが激しいから柚子の友達なんて呼ぼうとしないし」

「仮にです!!いいから想像するです!!」

むう。仕方がない。トモの言う通り想像してみることにした。

『柚子、ちょっと話があるんだけど』

『何ですか?お兄ちゃん?』

『うん。急にだけどね、柚子の友達というものを見たくなってね、今度呼んできてくれないか』

『あ、はい。わかりましたです』

そして数時間後。

『お兄ちゃん、非常に言いにくいんですが……』

『うん?なんだい、柚子』

『私の友達ですけど……お兄ちゃんに会いたくないそうです』

『え?何で?』

『人生ネガティブ思考の人間と会っても得るものは何もないから、だそうです』

『……』

『そういうわけで、友達は来ないです』

『……』

想像終了。

「うぅ……こいつは思っていた以上にこたえるぜ」

「そうでしょう!?そんなつらい目をお兄ちゃんに味わわせるつもりですか!?それは私が許さないです!!」

「いや、でも、それとこれとは……」

キーンコーンカーンコーン。

「あ、予鈴が鳴っちゃったです。それじゃあ、真君。それでお願いするです!」

「待て!トモ」

「待てないですよ。君代先生に怒られちゃうですからね」

そう言って、トモは教室から出て行った。

……問題を残していったまま。

え?本当に明日トモの家に行かないといけないのか?

「しょうがないよ、マコちゃん。小鳥も一緒に行ってあげるからさ、元気だそうよ」

小鳥……それ何の解決にもなっていない。

結局僕は六月に入っていたというのに、未だにトモに振り回され続けるわけだ。


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