動かない探偵 風間勇
下駄箱にはトモが一人立っていた。
「お待たせ」
「あ、終わったですか?真君」
「まあね」
トモには既にこの事件の犯人を言ってある。そして僕がどういう対応を取るのかということも。
最初は反対された。
事件の犯人なんだから裁かなければと。せめて自首をさせろとか。
しかし事件を起こしたのはあくまで冬菜さん。
春菜さんはあくまで他人。
確かに春菜さんの存在が捜査のかく乱にはなったかもしれないが、それはそこまでの罪じゃない。
彼女一人が背負う罪じゃない。
……なんて言ったけど、本当の理由はそんなもんじゃない。
まあ、それはどうでもいいや。
ともかく僕はトモを説得させ、そして現在に至る。
ちなみにトモをあの場に参加させなかったのは、トモが春菜さんたちに大怪我をさせそうだったからだ。
いや、トモの能力だったらそれしか彼女らを止める術がないから仕方ないけど。
それならばいなければいいという話だ。
「真君、真君」
「ん?なんだい、トモ?」
「どうして犯人が冬菜さんってわかったんですか?」
「それは昨日言っただろう?」
前述したとおりである。
「でも、やっぱりおかしいです?」
「何が?」
「うーんと、よくわからないですけど、何か足りないような気がするですよね。決定的に冬菜さんが犯人であるという証拠が何か……」
「おっ、今回は鋭いところをついてくるね」
「何か、馬鹿にされてるような気がするですけど」
「さて、その質問だけど……今答えても良いけど、どうせ勇さんからも聞かれるだろうしそのときにしよう」
僕らは学校を後にしてトモの家に向かった。
急がば回れということわざがあるが、今回の事件にその言葉が適応されるのかと言えば、微妙なところである。
ともあれ迷探偵、風間勇。
彼はこの結末をどこまで予測していたのだろうか。
全てか、それとも全くしていなかったのか?
どうでもいいことであるが、やはりそこははっきりさせておかないとならない。
僕はある確信がある。
それは勇さんとは長い付き合いになるという確信。
不本意ではあるが、確実であろう。
僕は彼と相似なのだから。
いや、もうそれは同一なのかもしれない。
だからこそはっきりさせておかなければならない。
彼がどのような人物であるのか。どの程度の力を有していたのかを。
はっきりさせなければならないのである。
「ただいまです!」
「おじゃまします」
「おう、おかえり」
そこにいたのは勇さんだけだった。竜花さんの姿はない。
まあ竜花さんはこの場にいてもいなくてもどちらでもいいのだが。
さて、勇さんはいったい何を考えているのか?
とりあえず今はにやにやしている。
うわぁ、話したくねえ。
この顔は、あぁもう全てわかりました。
全てわかってたんですね。
「一応、聞きますよ。勇さん」
「その前に俺からも質問。と更にその前に、トモ。お前は準備をしていなさい」
「はいです」
準備?いったい何のことだろう。
まあいい。
今はそんなことよりも事件の後片付けのほうが大事である。
「それでは質問をどうぞ」
「うん。お前さ、どうして福田さんが犯人だってわかったんだ?」
やっぱりそれか。兄妹そろって着眼点が同じとはね。
「理由は昨日話したとおりですけど」
「それは犯人だっていう証拠だ。俺が知りたいのは福田さんが犯人だと気づいた理由を知りたいんだよ」
「……」
「この世に人間が何人いるか知っているか?数え切れないほどいる。その中で福田さんを選んだ理由は?それが薄いんだよ。日記がおかしい?そこまでおかしくなかっただろう?汚くて書き直したのかもしれない。また春菜さんがどういうわけか書き直したという可能性もなくはないだろう?」
「異常に低い可能性ですけど」
「ゼロではないだろ」
「……」
「お前がこの推測に自信を持った理由、それが俺の質問だ」
「……簡単なことですよ」
そう、非常に簡単なことだ。
簡単すぎるがその前に確認しなければならないことがある。
それが僕の勇さんに対する聞きたいことだ。
「勇さん。あなたはこの事件の犯人が最初から福田さんであるとわかっていましたね」
「おう、わかっていたよ」
「わかっていて、僕にこの事件を一緒に解こうと言ったんでしょう?」
「ふん、よく気づいたな」
「気づきますよ。あなたはこの事件、何も動こうとはしなかった。それどころか、事件の情報について、全くといっていいほど僕に教えなかった。そのくせに被害者の家族、そしてその周りを調べろという。おかしくないですか」
「おかしいな。非常におかしい」
「どういう意図があったかは知りませんが、これは勇さんが僕に出した試験でした。つまり僕がどの段階で犯人にたどり着けるか、どの程度頭が回るのか、それを見たかったんでしょう?勇さんは?」
「そうだな。さらに言うなら事件をどのようにまとめるのかを見たかった」
「それがわかれば簡単です。勇さんが何故わざわざ三択にしてまで選択肢を狭めたのか。それはその中に犯人がいるから。結局、露骨過ぎたんですよ。勇さんも、ヒントの出し方が」
「露骨でいいんだよ。試験なんだからな」
事件が解けていながら、解決はしない。
動かない探偵、風間勇。
「それで、お前はなんでこの事件の犯人を裁かなかったんだ?」
「あなたもそれを聞きますか?人が人を裁くのはおこがましいことだからです」
「しかし、裁かなければまたあの双子は事件を繰り返すかもしれないぜ。犯人は誰かが裁かなければならないんだよ」
「そうですけど……じゃあ勇さんが裁いてくださいよ」
「いやだね」
……本当にこの人は嫌な人だ。
嫌な人だけど、味方になればきっと頼もしい……いや嘘。そんなことはない。
実際、今回何の役にも立ってないし。
……風間家、恐るべし。
「実はね、今回の事件はこれで終わりで良いと俺は思っているんだ」
「裁くとかどうとか言ってたじゃないですか」
「ふん。なあ今回の事件、確かに犯人は双子だが……冬菜さんをいじめていた犯人は飯田岡さん、そしてクラスメイトだ」
「……」
「彼女たちにはあるものが圧倒的に足らなかった。何かわかるか?それは覚悟だ。いじめるということのリスク、そして覚悟が圧倒的に足らない。なあ、馬鹿じゃなければわかるだろう?人間のもろさが。精神的なもろさが。自分に置き換えればわかるはずなんだよ。それなのに彼女たちは考えようとはしなかった。あることを考えようとはしなかった。それは死ぬということ。いじめに耐え切れず冬菜さんが死ぬということ。いじめの報復に自分が殺されるかもしれないということ。それらを彼女たちは全く考えず、ただいじめを続けた。いや、考えていたかもしれないがね、しかしそれならば彼女たちに罪が全くないと言えるのだろうか?」
「……」
「冬菜さんが自殺をした後、さてあいつらを誰が裁いた。誰も裁かなかった。だから彼女たちが裁いた。殺人という形でね。こう考えると双子たちに罪がないように思えるだろう?」
「まあ、確かに」
「実際は罪人ばかりだよ。この世界にはな。だから俺は考えなければならない。俺が誰を裁くのか。どういう人間を裁くのか。考えなければならないんだ。それがまた面倒でね」
「はぁ、そうですか」
「だから家はこんなにも貧乏なんだ」
「よくわかりません」
罪人だらけの世界、か。
あれ?ボクのツミってなンだっけ?
「ん?どうした?青い顔して」
「え?僕そんな顔しています?」
「まあな。何か変なもんでも食ったか?」
「いえ、普通のものしか食べてないですけど」
「ふうん、まあいいや」
そう、確かにそれはどうでもいいこと。
考えるな。思考するな。
「そういえば、この試験。僕は合格したんですか?」
酷くどうでもいいことだけど、一応聞いてみた。
「うん。超合格」
「……超をつける意味がわかりません」
「百点とは言えないが、合格点だな。あれがいいね、事件の真相がだいぶわかっているくせに、わかっていない振りをし続けるところ。そして蒼子ちゃんの危機になったら、そこで不意に意見を変えて、犯人と対峙することを選ぶというヒーロー気質。笑えるね」
「……あなたは本当に嫌な人ですね」
「うん?今気づいた?」
「いえ、だいぶ前から気づいていましたけど」
最悪だ。おそらく僕の天敵になるだろう。
「ただ、詰めの甘さも見受けられたな。冬菜さんのクラスメイトの……名前をなんていったっけ?まあいいや。彼女に『蒼き目次録』を使用したとき、『あなたが知っている事件のこと、僕に教えていただいてよろしいですか?』って聞けば、いじめのことや呪いのことまで聞けたというのにな」
「そうしたら、あそこで事件を解かなければならなかったでしょうね。結局これで良かったんですよ」
「うん。そうだな。だから超合格だ」
「それはどうも」
それはそうとさっきからトモはどたばたと何をやっているのだろうか?
気になるといえば気になるが。
「超合格だから、お前にいいものをやろう」
「いや、そんなものはいりませんから、次からはもっと真面目に動いてください」
「いやだ」
即答かよ。
この人を動かすのは無理なんだろうな。
勇さんが動くような事態。それはどのような事態なんだろう。
興味があるといえばあるが、知ろうとするとまた大変になるだろうから変な好奇心は無くしてしまおう。
「はぁ、まあいいですけど。それで何をくれるんですか?」
「トモ」
「……」
「……」
「冗談でしょ?」
「いや、冗談じゃないんだよね。さっきからトモがドタバタしてるのもその準備なんだよね」
「……何を考えているんですか?あなたは?」
他人の考えていることなんてわからないけど、この人ほどわからない人はいない。
「そもそもな、この試験というのはトモを任せていいかどうか判断するためのものだったんだよ。俺がトモを護っていくのもそろそろ限界に近づいてきたからな」
「限界って……」
「簡単に言えば放棄だよ。トモは確かに俺の中では優先順位は高い。が一番じゃない。竜花とトモどちらを選べと問われたら、俺は竜花を選ぶだろう。だから、俺とトモは一緒にいないほうがいい」
「だからって僕なんかに預けないでくださいよ!」
「お前は頭がいいし、トモの優先順位は自分よりも高いだろう?だからいいんだ」
「いいわけないですよ!」
大体そんなこと那美姉が納得してくれるわけがない。
つーか、その後が簡単に予想できる。
まず柚子に泣かれる→那美姉バレル→拷問。
ガクガク、ブルブル。
「ん?震えているけど寒いのか?」
「出来ないですよ!家族が許可しないですよ!ていうか死にます」
「あぁ、大丈夫。家族にはもう許可はとってある」
「は?」
「昨日気がついたんだけど、お前の姉と俺って知り合いだったんだよね。だから弱みに付け込んで……じゃなくて、昔馴染のよしみでトモを預かってもらうことに納得してもらった」
「な」
そ、そんな過去が……
那美姉の過去……それはいったいどんな感じだったんだろう?
気になるが、調べたら拷問のような気がする。
「というわけで、預かってくれ」
「いや、でもですね」
「家族の了解は得ているぞ」
「いや、そうなんですけどね」
「何だ?お前はトモが嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃないんですけどね」
「じゃあ、いいじゃないか」
「いや、それとこれとは別というか」
「もうお金をお前のお姉さんに渡してあるし」
「お金……」
「トモを育てるために必要なお金だ。受け取ったんだからちゃんと預かれ」
お金には勝てません。
「……わかりましたよ。姉が了解しているのならいいでしょう」
そもそもそうなってしまったら、僕の出る幕ではないと思うのだが。
「わりい。恩に着る」
勇さんが初めて頭を下げた。
「え?勇さん?」
「こんなこと頼むのは間違っているとはわかっている。だが、俺はずっとこの家にいれるわけじゃない。すぐまたどこかに仕事で家を出なければならない。そうしたら、またトモは一人になっちまう」
「……」
「一人はつらい。魔が差すほどにつらい」
人は一人では生きていけない。
一人で生きていければどれだけ良いだろうか。だが無理なのだ。
どう頑張ったところで一人では生きていけないのだ。
「それにあいつらも動き出したという情報もある。悪いが、この家にトモは置いておけないんだ」
「あいつら?」
「それは今のお前の知るところではない。ともかく了解したな?」
ニヤリと嫌らしく勇さんは笑った。
「準備出来たです!!」
「それじゃあトモをよろしく頼むぞ」
まあ那美姉が納得しているというし、いいか。
実質、あの家の権限は全て那美姉が握っているといっても過言ではない。
そんなわけでほぼ無防備で僕はトモを連れて家に帰った。
「弟よ……何故私がこんな時間に烈火の如き怒りをお前に向けているか解るか?」
玄関を開けたらいきなりこんな調子で那美姉が立っていた。
その迫力に、仕事はどうした?とか何で怒っているのとか訊けず、僕はただ「解りません」と那美姉の質問だけに答えた。
「ふふふ、今日な、仕事場に来たよ。古い知り合いが。まさか今はお前と繋がりがあるなんてね考えもしなかったよ」
「あの……なんのことだか?」
「風間勇だよ!私はあいつが大嫌いなんだよ!昔同じクラスだったけど、あれほど嫌な奴は他にはいない!あぁ!もう!忘れたい!人生の汚点を忘れたい!」
「あの……」
「お前に質問する権限はない!」
「はい。すいません」
「ん?その後ろにいるのが妹かい?」
トモに気づいたようだ。
やばい。この状況でトモと那美姉を会わせるのはまずい。
と思いきや……
「話は聞いているよ。中に入ってよ。えっと二階にこの馬鹿の部屋があるから、そこでとりあえず休んでいて」
「あ、はい。わかりましたです」
たったったった。
……何事もなかった。
恐ろしいぐらいに。
どうやら最初から標的は僕一人のようだ。
何故に!?
「ふふふ、可愛い妹さんじゃないですか?何?あんたとあの子はどういう関係?」
「友達だけど。なんかその言い方、他人の恋愛に興味津々のおばさんみたいだよ」
「あとで覚えてな、真。まあいい。妹は匿ってやるよ」
「そりゃ、お金ももらっているんだから当然でしょ?」
ぷち。
あれ?何か地雷を踏んだような気がする。
僕何かおかしいこと言いましたっけ?
「ほほう。どうやら君とあいつは図書カードのことをお金というようだね」
「……」
ちょっと待ってください、勇さん。
あなた確かに言いましたよね?
お金を渡してあるって言いましたよね?
「しかも三千円ぽっちで」
「……」
三千円じゃ焼肉食べて終わりだろう?
いや、そもそも図書カードじゃ焼肉食べれないしね。
僕はどうやら侮っていたようだ。風間勇という存在を。
「真、後で覚えておきなさい」
「はい」
はぁ、また那美姉にいじめられる。
「ところで真。風間勇と一緒に行動していたっていうことは、ある程度そっちの世界も見たってことか?」
「そっちって……異常者の?」
「まあ、そう」
「見たといえば見たし、見てないといえば見てない」
「またわけがわからないことを言う。どうしてこう育ったかな?」
那美姉は困ったように頭をかいた。
「真、お前の周りには異常者じゃない人間もいるんだ。あまりそちらの世界ばっかりに目を奪われるんじゃないぞ」
「わかっているよ」
「本当かな?忠告はしたからね。次は警告だ。警告になったら危険だと感じな。さてそれじゃああの子の部屋でも確保してあげますか」
そう言いながら、那美姉は二階に上がっていった。
意外と怒ってないかと思いきや、それから一週間、僕は地獄のような悪質で陰湿ないじめに耐えることになったのだった。




