『虹色』 国生君代
人が人を許せないと思うことはおこがましいことであると思うけど、しかし人間だから生きていれば許せることと許せないことがある。
何をもって人は人を許すのだろうか?
何をもって人は人を許せないのだろうか?
許すということは人を肯定すること。
許さないということは人を否定すること。
その意味は重い。
どちらを選んでも重い。
さて、それを踏まえたうえで改めて問う。
何をもって人は人を許すのだろうか?
何をもって人は人を許せないのだろうか?
この事件の犯人を世間は許すのだろうか?許さないのだろうか?
そして僕らはどう決断をするのだろうか?
夕方になった。空は厚い雲に覆われ、青さを一欠けらも見せてはくれない。
勇さんの能力によるとあと二十分もすると雨が降るということ。というわけで僕らはコンビニでビニール傘を購入した。
そして現場に向かう。
結局僕が下した次の行動は、まだ見ていない冬菜さんの事件が起こった現場を調べるということだった。
意味のないことはわかっている。
わかっていながら、僕はその行動を取ることにしたのだ。
飯田岡さんの事件とは違う現場。
全く関連がなさそうに見えたこの事件……同じクラスの生徒という共通点がなかったら、おそらく殺人とは扱われなかった事件だ。
殺人……人を殺すということ。
人を殺すということは悪いことだ。それは小学生にでもわかる簡単な問題。
しかし、それならば何故人は人に殺意を抱く?
何故人は人にそれを向ける?
わからない。僕はその理由がわからない。
僕は、僕は自分自身の殺意を見ることが出来ない。
他人の殺意を『複製』して使うことは出来るのだが、自分自身の殺意の形というものはわからないのだ。
僕にも、僕にも彼らと同じように殺意というものがあるのだろうか?
わからない。本当にわからない。
そして僕も、いつかはそれを人に向けるのだろうか?
殺人を犯してしまうのだろうか?
殺人、殺意、殺意視認……
正直に語ろう。僕は現段階で迷っている。
この後どうこの事件を進展させていくか、迷っている。
答えを出すのは簡単だ。しかし必ずしも答えを出すことが正しいこととは限らない。
この現場に来たのは保留のためだ。
もう少し、もう少し事件のことがわかれば、僕は先に進めるのだけど。
僕は先に進む気があるのだろうか?
僕は冬菜さんの事件が起こったという駅のホームを歩く。隣には勇さんがいる。
トモと柚子はあれで何だかんだいって仲が良いのだろうか?僕らとは逆方向の探索をしている。
戦力を分散させることに意味はないのだけど、そもそもここに来ること自体に意味はないのだから、もうどうとでもしてくれ。
「んで、何かわかったのか?」
「いえ。何も」
「本当か、それ?」
「少なくともこの現場では何の情報を得られませんでしたね」
「そりゃそうだろ」
僕の能力は勇さんの言うとおり対人型の能力だ。
人がいなければわからない。
人の殺意を『視る』。人の殺意を『複製する』。人の殺意を『奪う』。
人がいなければ成り立たない。
人間嫌いなのに人がいなければ意味がないという、矛盾した能力。
「お前は本当に扱いにくい奴だな。予想以上に俺に似ているようだ」
「そのようですね」
似ているのではなく、むしろ同じに思える。
「もう一度聞く。何がわかった?」
「……その前に一ついいですか?」
「何だよ?」
「勇さんばかり質問してくるので不公平であると僕は思います。実は僕も勇さんに聞きたいことがあるんです。先にそれを答えてくれるのであれば僕も応えましょう」
「いいだろう。質問してみな」
「あなたは何を知っているんですか?」
この事件に対して、この人は明らかにおかしすぎる。
行動がどう考えても普通ではない。
異常者の探偵であるけど、それにしたってこの人はおかしい。
それを容認できるわけがない。
「はっ。本当に、俺にそっくりな奴だぜ」
「どうも」
「褒めてない。むしろ気をつけるべきだ」
「気をつけます」
「ふん。まあいい。質問に答えてやろう。何も知らない」
「嘘ですね」
「嘘だが答えてやったぜ。さあこちらの質問に答えてもらおうか?」
「そうですね。僕も何もわからないです」
「嘘つけ」
「嘘ですけど答えましたよ」
そんなどうでもいいやり取りをしていると、向こうさんも終わったようでトモと柚子がこちらに向かってきた。
……更に二人の人物を連れて。
「……うー、結局何もわからなかったですよ。そっちはどうですか?」
「トモ、報告よりもまず先にすることがあるんじゃないのか?」
「え?何ですか?」
「後ろ後ろ」
「後ろ、ですか?」
トモが後ろを振り向くとそこには君代先生と篠本さんが立っていた。
どういうわけかトモたちの後ろについてきていたのだ。
「君代先生と蒼子ですけど?」
「ですけど、じゃなくてね……僕は二人がどうしてここにいるのかを問いたい」
「偶然そこであったのです」
いや、この組み合わせに偶然会うって……無いだろ?
「偶然じゃねえよ。お前たちもどうせ同じ事件を調べているんだろう?」
「ではやはり君代先生たちも飯田岡さんの事件を調べているんですか?」
「ふん。やっぱり同じか」
君代先生はつまらなそうにはき捨てた。
そして勇さんの方を見ると、にらめつけるような目をしながら……いやもう、本当に怖いんで控えて欲しい……言った。
「これはどういうことだよ、風間」
「はいです?」
「風間妹のほうじゃない。兄のほうに言っているんだ。これは、どういうことだ?」
「どういうことというのは?」
「とぼけるなよ!私が言いたいことがわからないわけじゃないだろう!?私もお前も面倒なことは嫌いだ。だからもう一度だけ問う。どういうことだ、風間?」
「君代先輩。俺は俺の考えに則って動いているんです。あなたが人をどう動かしたいか知りませんが、俺は俺にしか動かせません。この答えが気に入らないで、そしてあなたが俺に殺意を向けるというのであれば、相手になりますよ。生憎今日は竜花がいないので、俺も手加減できませんけどね」
「はっ!誰がお前みたいな奴とやりあうかよ!ただなこれだけは言わせてもらうぜ。私を動かすような適当な仕事をしてんじゃねえよ!!」
「適当な仕事はしてないつもりですよ。今言ったでしょ。俺は俺の考えに則って動いています。君代先輩に依頼が来たのは俺の信用が足りなかったからですよ」
「いつまで経っても、信用が得られない奴だな!お前は!」
「それが俺の持ち味なので」
何か、険悪な雰囲気だな。
君代先生は勇さんのことを嫌いと言っていたが、本当のようだ。
いや、これ、大嫌いなんじゃないか?
「ち、まあいいや。それでそっちの按配はどうなんだよ?」
勇さんと会話はもうしないのか、僕に聞いてきた。
君代先生もどうやらこちらの捜査状況が気になるようだ。
僕も同じようにそちらの捜査状況が気になっていたりする。
「犯人はもう特定できたのか?動機は?」
「君代先生。そんなにいっぺんに聞かないでくださいよ」
「うるさい。私は短気なんだ」
「知ってます」
「だからさっさと教えろ」
「無茶苦茶言いますね」
まあ君代先生らしいといえばらしい。
「僕らはとりあえず現場を調べて、被害者家族を訪ねて、被害者のクラスメイトに話を聞きました」
「それで結果は」
ふう。大人はどうしてこう結果を求めるのだろうか?
「何もわかりませんよ。勿論犯人も、そして動機も」
「ふうん」
「そちらはどうですか?」
「誰が教えるか!バーカ、バーカ」
うわ、この人なんて子供なんだ。
期待はしていなかったけど、ここまでされると呆れてしまうな。
君代先生自身は『虹色』という戦闘向きの能力で、おそらく調査は篠本さんにやらせていたと思うのに、ひどい人だ。
「ほら、行くよ。篠本」
「待ってください、先生」
篠本さんが勇さんに近づく。
あぁ、そういえば篠本さんは勇さんにぞっこんLOVEだったな。
だけど、改めて問いたいね。この人のどこが良いのか?と。
「お久しぶりです。勇さん」
「うん。確かに久しぶりだね。元気にしていた?」
「はい。おかげさまで。あの……」
「うん?何?」
「勇さんがよろしければ、この事件の犯人、お教えしましょうか?」
は?何だって?
「何言ってるんだ!?篠本、手前!」
「君代先生。確かに私はこの事件を解くことに協力すると言いました。そしてその結果例のことを大目に見るという契約をしました。しかしながら、事件の真相を他人に教えてはならないという契約はしてません」
「当たり前だ!しなくても言わないだろう普通は!」
「生憎ですが、私は異常者です。それに私の優先順位は何よりも勇さんなんです。勇さんが困っているのなら、私は力になりたいんです」
「ちっ!勝手にしろ!」
思わぬ展開になったな。
突然登場した篠本さんが事件を解決してしまうとは。
まあ、でもそれもアリかな。
僕としてはこれ以上悩むことが無くなりラッキーであるかもしれない。
「どうでしょうか?勇さん」
「どうするよ?綾瀬君?」
「何故そこで僕に聞くんですか?」
「だってこの事件、全てお前に任しているんだもん」
そんなの聞いてねえ。
一緒に事件を解こうと言ったじゃないですか?忘れたんですか?
つくづく動かない人だ。まあもうどうでもいいことであるけど。
「教えてもらえば良いじゃないですか?それでこの事件は終わりです」
「それでお前は良いのか?」
「いいんですよ」
僕はこの事件にそれほど固執していない。
僕が絶対にこの事件を解いてみせる。そんな感情これっぽっちもない。
誰が解いたっていい。
突然現れた篠本さんが解決したって全然構わない。
「それじゃあ教えてくれよ、蒼子ちゃん」
「はい。この事件のはんに……」
言葉が止まる。
それ以降篠本さんの口は全く動かなくなった。
?どうしたのだろうか?
「篠本さん?」
篠本さんは口を半開きにしたまま後ろに一歩下がった。
ゆっくりと一歩だけ下がった。
「!!真!!眼鏡を外せ!蒼子ちゃんを見ろ!!」
勇さんが叫んだ。
こんなに取り乱した勇さんははじめてみた。
それだけに僕は焦った。
焦りながら、僕は眼鏡を外した。
「!?何だこれ?」
「何ですか!?何が見えるんですか!?真君!!」
まず篠本さんの頭上に漆黒の穴が見える。そしてその穴から何十本もの糸が篠本さんに絡み付いている。いや、絡み付いているのではない。あれは刺さっている。
糸が篠本さんの五体に突き刺さっている。
これは、これは……殺意だ。
こんな異常な形の殺意視たことがない。殺意の意図が全く見えない。
「何が見えるのかと聞いているんです!真君!」
トモの言葉で僕は正気に戻った。
考えているよりも行動しなくては。
「篠本さんに糸が突き刺さっている」
「え!?糸ですか!?」
「本体が視えないから詳しくはわからないけど、あれは……」
篠本さんがまた一歩後退する。
「人を操る能力だ!」
次の瞬間、篠本さんが信じられない速度で後ろに下がった。
人間とは思えない動きだ。
なるほど。確かにこの様子は悪魔憑きに似ている。
実物を見たことがあるわけではないが、映画のエクソシストで悪魔憑きがみせたようなありえない動きだ。
更に後退する。
だが、それ以上はダメだ。
何故ならその先に地面が無いからだ。
「蒼子!!」
皆が事態を理解できない中で一番早く動けたのは、意外にもトモだった。
トモは抱きつくようにして篠本さんの動きを止めた。
そうだ!ぼーっと傍観している場合ではない。
何か動かなければ!
ここで僕が出来ること。
僕は『奪取』という他人の殺意を取り除く能力を有しているのだからそれを使ってこの殺意を取れば……
僕は、僕はその殺意を観察した。
「何だこれ?」
周到すぎる。周到すぎる殺意だ。
こんな殺意はない。ありえない。
この糸の操る方法はどうやら電気信号のようだ。
普通ならこの操りは発動しない。ただ、この殺意の持ち主の情報を他人に話そうとすると発動する。そういう形の殺意になっている。またこの殺意を強引に外そうとすると自殺する。そういうプログラムが組まれている。
マカベ君のファニーボムに近い殺意。ある条件を満たすことで発動する殺意。
電気と僕の動きでは明らかに電気のほうが早い。
僕が外すよりも先に篠本さんは自殺をさせられてしまうだろう。
犯人は、犯人はそこまでして自分の身を護りたいのだろうか?
いや、違うか。
そうか、そういうことか。
「綾瀬!!何をやっている動け!!」
トモと同じように篠本さんを抑えている君代先生が叫ぶ。
「先生、無理です」
「あ?何だって!?」
「この殺意、周到すぎます。外そうとすればその前に篠本さんは自殺するようにプログラムされています」
「は?じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
「しばらくは自殺をしないようにそうやって抑えていてください。あ、あと舌を噛み切って自殺するかもしれないのでハンカチか何かを口の中に入れてください」
あ、呼吸を止めさせて自殺するかもしれないな。
しかしそこまで例を挙げていったらきりがない。
「それじゃあ根本的な解決にならないだろうが!!」
「そうですけど、おそらくこれはそう長くは続かないと思います。あと五分ぐらいかな?」
「そんなに待てるか!その間に人間は何回自殺できると思っているんだ!!」
「知りませんよ。では手っ取り早くこの状況を終わらせる方法で行きましょうか?」
「そんな方法があるなら先に言え!」
「篠本さんを気絶させてください。それで一旦ですが能力は止まります」
「はっ!それじゃあ悪いが篠本!少し気を失ってもらうぞ!」
そういうことのプロなのか、君代先生は篠本さんの首の後ろをポンと叩いた。
それで篠本さんは今までの動きが嘘のように静かになった。
まるで死んでしまったかのように。
「ふう。大変でしたね、君代先輩」
「風間兄。お前は一番動いていなかったんだから黙っていろ」
「蒼子……大丈夫ですかね?」
「気を失っているね」
「それにしてもいつ付けられたんだ?少なくとも私たちが調査した奴の中に犯人がいるということか?」
そういうことなのだろう。
これだけ複雑な能力。遠隔からつけれたら何でもありだ。
この世は何でもありというわけではない。
おそらくマカベ君の時と同じようにこの殺意を設置するときに対象者(この場合は篠本さん)に触れたはずである。
「……あれ?今の話からすると、君代先生は犯人のこと聞いていないんですか?」
「聞いていない。そもそも聞いていたらその段階で篠本は自殺を図っていただろうが」
「そうでした」
なるほど。犯人を知っているのは篠本さんだけ、ということか。
厄介なことになってきた。
「私たちがこれまで調査してきたのは……」
「あ、君代先生。一つ言い忘れてたんですけど」
「何だよ、綾瀬?」
「君代先生にもその殺意がついているんで、犯人に繋がる情報は喋らないほうがいいですよ」
「そういうことは先に言え!!危うく自殺するところだったじゃないか!!」
「いえ。普通に考えてくださいよ。犯人が篠本さんだけに設置するわけがないでしょう?僕が犯人でもやっぱり両方に罠は仕掛けますよ」
「はん!私はこういう犯人が嫌いなんだ!裏でぐちぐちねちねちしている犯人なんて死ねばいい!正々堂々私にかかって来い!確実に殺してやる!」
「だから裏でぐちぐちねちねちやるんですよ」
「ちっ!それで、これからどうするんだよ?」
「そうですね……とりあえず篠本さんを介抱するのが先です。一旦勇さんの家に戻って篠本さんを介抱。それから作戦会議っていうことでどうでしょうか?」
「綾瀬にしてはまともなことを言うな。いいだろう。それで行こうじゃないか」
君代先生が篠本さんを荷物のように肩で担いだ。
「あのもう少し普通に担いでくれませんか。目立ちます」
「普通の担ぎ方ってなんだよ?」
「あー、もういいです」
途中、雨が降り始めた。
ようやく梅雨に入ったようだ。
風間家に戻ってきて、とりあえず最初に篠本さんを介抱した。
トモはよっぽど不安なのか、ずっと篠本さんの側を離れなかった。
トモは篠本さんとの関係を腐れ縁と言ったが、そうではない。れっきとした友人だ。
だから彼女のことが心配なのだ。
ここにいる者たちはみんな篠本さんのことを心配しているのだ。
僕以外のみんなが篠本さんを心配していた。
僕だけが彼女のことをそれほど深刻に考えていなかった。
本体は視えなかったが僕にはあの殺意を視ることが出来た。そしてその殺意の特性も理解した。
一旦ではあるが、脅威は去ったのだ。再び篠本さんが犯人のことについて語ろうとしない限りあの殺意は発現することはない。
だから僕はそれほど心配していなかった。
だけど彼らは違う。
彼らは殺意を視ることが出来ない。
殺意をわかることが出来ない。だから不安なのだ。
確実な安心がないから不安なのだ。
僕がいくら大丈夫だと言ったところで彼らは納得しない。
だが、いくら篠本さんの様子を見ていたって自体は進展しない。
ドライな言い方かもしれないけれど、僕にはそれ以外に考えなければならないことがあった。
それはこの事件の終わり方について、だ。
狭い風間家で考えるのも何なので、僕は神社の境内で考え事をすることにした。
ざー。
思っていた以上に雨音がうるさい。
しかも陽が落ち暗くなっているのでかなり不気味だ。
まあ、どうでもいいか。
僕は社に続いている木の階段に座り込んだ。
この事件の終わりについて……か。
この事件はまもなく終幕を迎える。どんな終わり方を迎えるかはまだわからないが、それは確実だ。
僕らは考えなければならない。
この事件をどうやって終わらせるのかを。
僕だけでそれを決めるのはおこがましいことかもしれないので後で勇さんたちにも意見を求めるが、僕の方針だけでも決めておこう。
しかし僕には主体性っていうものがない人間であるから、皆の意見に従うことしか出来ないんだろうなぁ。
それでもいいんだけど。
「こんなところで何をやってるんだ、綾瀬?」
「ふえ!」
突然闇の中から声がしたので僕は驚いて変な声を出してしまった。
「お前、男のくせに変な驚き方するなよ」
闇の中から現れたのは君代先生であった。
「君代先生。びっくりさせないでくださいよ。僕こう見えても怖がりなんですからね」
「はん!そりゃどうも。悪かったね」
君代先生は悪態をつきながら僕の隣に座った。
「篠本さんを診ていなくていいんですか?」
「お前だって診てねえじゃねえかよ」
「そうなんですけどね」
僕は心配がないことがわかっているからここにいるのだ。
それに引き換え君代先生はまだ篠本さんのことが心配だろう。
「どたばたしてお前とあまり喋れなかったからな。ここで事件のことについて聞いておこうと思ってね」
「君代先生。好奇心は人を殺しますよ」
「事件のことと言っても事件の全貌を聞きに来たんじゃねえよ。大体お前はこの事件のこと何もわかっていないんだろう?」
「そうですね」
そういえば、そう言った。
「私がお前に聞きたいのは、この事件をどうするかだ」
どうするか、それは事件の終わらせ方についてのことだろう。
僕の意見はまだ決まっていない。
「君代先生は、どうする気なんですか?」
だから僕は君代先生に聞き返した。
「私か?私は……いや私たちはこの事件から手を引こうと思う」
「そうですか」
「無理矢理解決することも出来なくはないけど、それはリスクが高すぎるからな」
「無理矢理解決、ですか?どうやって」
「私たちが今まで調査して接触した人物、全員を殺しまわる」
「殺人鬼じゃないですか」
つーか、何てとんでもないことを考えるんだ?この人は。
「わかってるよ。だからリスクが高いって言ったんだよ。殺りはしないよ。それに私は殺人鬼が嫌いなんだ。やっぱり人間は全うに生きるべきだよな」
「君代先生だと冗談にならないんで、気をつけてください」
ガン。
「あう」
「気をつけるのはお前の発言だ」
「……以後、気をつけます」
口よりも先に手が出る人だな。
「ふん。警察に頼まれた仕事だが、ここまでリスクが高いとは思わなかったよ。私はもっと単純な事件だと思ったんだ」
「これは複雑な事件、ですか?」
「わからない。ただあんな殺し方をさせる奴が犯人とは思っていなかったんだよ。あー!もう!何で最近は単純な奴が出てこないんだ!!私はもっと普通に闘り合いたいのによ!!」
「血の気が多すぎです」
「あぁ!!文句あるのかよ!?」
「無いですけど」
なんていうか、絶対に探偵になれないな、この人。
トモも探偵には向いていないと思うが、この人も負けず劣らず向いていない。
「それで、綾瀬。お前はどうするつもりなんだ?」
「僕ですか?そうですね……正直まだ決まっていません」
「やめとけよ。割に合わないだろう?」
「割りに、合わない」
「そうだ。お前は何でこの事件を解決しようと思っているんだ?」
「勇さんに頼まれたからです」
「それだけだろう?」
「それだけです」
「それだけで命を賭けるのは、ちょっとリスクが高すぎる。風間兄が何を考えているのか、私にはわからない。だがあいつだってこの事件のことをなんとも思っていないだろう。あいつもおそらく同じことを言うよ。『この事件から手を引こう』ってね」
「そうですか?」
「私たちは犯人に何の恨みも無い。知人を殺されたわけでもない。篠本がちょっとした被害を受けたが、それは事件のことを突っついてしまったからだ。おそらくこちらが何もしなければ向こうは何もしてこないだろうよ」
「そうですか?」
「そうだって。だから綾瀬も、この事件から手を引くんだな」
君代先生が立ち上がった。
「それじゃあ私は戻るが、お前はどうする?」
「僕は、まだ少し考え事をしようと思います」
「……まあいいさ。存分に考えなよ。お前はまだ若いんだから。ただ、一つだけ言わせろ」
「何ですか?」
「お前は私の生徒だ」
「……」
「私よりも先に死なれちゃ夢見が悪い」
「……」
「死に急ぐな。また生き急ぐな」
「何ですか?それ?」
「さあな。自分で考えな。じゃあな。また学校で会えるといいな」
背を向けながら手を振る君代先生を、僕はただ見送った。
その後十分ほど、僕は思考を巡らせたが答えは出なかった。
僕って優柔不断だからな。君代先生の後押しがあったところで、なかなか自分の意見を決めることが出来なかった。
「お兄ちゃん?」
「ん?あれ?柚子?いつの間に?」
気づかぬうちに柚子が僕の目の前に立っていた。
余ほど集中して考え事していたというわけか。
「今来たところですよ。その、隣……よろしいですか?」
「あ、うん。いいよ」
柚子が僕の隣に座った。
「お兄ちゃん……柚子はお兄ちゃんに言わなければならないことがあります」
僕に言わなければならないこと。
「何だい、柚子?」
「事件は終幕を迎えようとしています」
「……そうだね」
「事件が解決されるか解決されないか、それはわかりませんが、もう終わりです」
「うん」
「私も明日から学校が始まります。普通の学生に戻ります。事件を一緒に調べている時間は、残念ながらありません」
「……」
「お兄ちゃん……お兄ちゃんと一緒にいられたこの二日間は、風間さんたちご兄妹もいらっしゃいましたけど、楽しかったです。……でももう終わりです。私はこの事件にもう関わりません」
「そうか」
ごめん。柚子。
本当はこんな休日にするつもりはなかったんだ。
もっと普通の、僕は異常者であるけど、普通の兄妹が行うような休日を送りたかった。
僕が優柔不断だからこんな結果になってしまったんだ。
「お兄ちゃん……一つだけ忠告させてください」
「え、なに?」
「お兄ちゃんには確かに普通ではない力があります。『殺意視認』『複製』『奪取』、それらは異常の力と言えるでしょう。でも私は……私はお兄ちゃんに普通の生活を送って欲しいんです。本当は風間さんや先生たちとは一緒にいて欲しくはないんです」
「……」
「でも、どうしても彼らと一緒にいると言うのであれば、どうか……どうか無茶だけはしないでください。お兄ちゃんは、お兄ちゃんは私にとってかけがえのない人です。自愛という言葉を忘れないでください」
自愛……それは僕とは程遠い言葉だ。
僕は、僕は自分のことがどうでもいい。
「安心してよ、柚子。僕は臆病者だから無茶なんてしない」
嘘だ。
いや、臆病者であることは真実だけど、僕は臆病者のくせに無茶をするのだ。
僕の中で意見はまだ決まっていなかったが、しかしもしも犯人と対峙することになったら僕は自愛なんてしやしない。
対すると決めたら、徹底的にやる。
……まだどうするか決めてはいないんだけどね。
「では私はあの狭い家に戻ろうと思います」
「柚子……頼むからトモの前ではそれは言わないでくれ」
「わかっていますよ。私だって空気が読めますから。篠本さんが倒れているときにそのようなことは言いません」
篠本さんが倒れていなかったら言うのか。
僕の妹ながら、恐ろしい妹であった。
「お兄ちゃんはまだ考え事を?」
「うん。もう少し」
「頑張ってください。それでは」
そう言って柚子は去っていった。
僕は優柔不断だから、考えたって答えが出ないことはわかっていた。
わかってはいたが……僕はこの事件のことを考えるという理由でここにいる。
何故だろうか?
あの家は狭いから、七人もいると窮屈でたまらないから?
そういう理由もないわけではないがそれが決定打というわけではないようだ。
きっと、きっと僕は……少なからず篠本さんに罪の意識を感じているのだ。
あの殺意は犯人のことについて語った場合のみ発言する。つまり僕があの時犯人のことについて聞こうと思わなければ、この事態に陥ることはなかったのである。
篠本さんと合わせる顔がない。
そういう気持ちがあるからあの場所にいれないのかもしれない。
つまり僕は考えることなんてどうでもいいのである。
ただあの場所にいたくないから、実は考えるという理由は二の次であり、僕は篠本さんに合わせる顔がないためここにいるのかもしれない。
「真君~!真君~!どこですか~?」
……なんか遠くからトモの呼ぶ声が聞こえるような気がするが、幻聴だろう。
さて、考えるという理由が二の次であっても僕が答えを出さなければならないというのは事実である。
この事件に対する僕の答え。
柚子、君代先生はこの事件から手を引けと言う。
確かにこの事件……僕にとってもどうでもいい事件だ。
どうでもいい事件だが……このまま終わらせてもいけないような気がする。
終わらせてはいけないような気がするのだが、だからといってこのまま犯人を追うにはリスクが高すぎるように思える。
リスクが高いとは思うのだが、このまま終わらせてもいけないような気がする。
結局思考がループしてしまい、答えなど出なかったりする。
「あ!!いたです!!う~、そこにいるっていうんだったらいるって言ってくださいよ!?」
トモが現れた。
まあ、本当はわかっていたりするのだが、あれは幻聴ではなかたようだ。
「ごめんよ、トモ。幻聴だと思って」
「真君は幻聴というものが聞こえるのですか?」
「うん。たまにね」
「それは危険です!脳に異常があるかもしれません!今すぐ病院に行くべきですよ」
「トモ……僕は君を友人だと思っているから君に忠告しよう。そして真実を言おう」
「?何ですか?」
「僕の言うことはあまり信じなくていいから。幻聴が聞こえるというのは真っ赤な嘘だから」
「嘘なのですか!?」
「嘘なのです」
「うー!どうして真君は嘘ばかりつくのですか!?」
トモはえらくご立腹のようだ。
僕のせいだけど。
そういえば嘘が真っ赤というのはどういうことなのだろうか?嘘はモノではないのだから色などないと思うのだが……昔の人の考えることはよくわからない。
どうでもいいことだな。これは。
「それで、トモがここにきたのは僕に用があるからか?」
「凄いです!よくわかりましたねです!」
「トモ……『です』の使い方が酷くなっているぞ」
「余計なお世話です」
「そして余計なことだったね。それで、僕に用って何なんだい?」
「はいです。蒼子がようやく目覚めたですよ」
「篠本さんが?」
ようやく目が覚めたか。
「それで篠本さんの様子は?」
「思っていた以上に元気なようです。今はまだ大事をとって横になっているです」
「そうか」
「でも……ショックは大きいようです」
「……」
「蒼子は……蒼子は異常者ですけど、実際に命が狙われたのはこれが初めてなんです」
「そうなのか?」
「はい、です。まず蒼子は自分が異常者であることを巧妙に隠し通してきましたから、こちらに足を踏み入れたのは高校からなんです」
コチラ、アチラ、ドチラ?
「さらに蒼子の能力は探索系の能力ですから、表舞台にはあまりでなくてもいい能力ですから、そういう理由で今まで命の危険はなかったんです。だから、今回のことは相当ショックのようなのです」
「そうか」
「全く、余計なことをするからこういうことになるんですよ!」
「トモ」
「蒼子は……蒼子は裏でねちねちと調査していればいいんです。調査系の能力者の蒼子は自分を護る術がないんです。だから蒼子にはいつもコチラには足を踏み入れるべきではないと、いつも言っていたんです」
トモは篠本さんとの関係を腐れ縁と言ったが……あ、いや言ったのは篠本さんだった。
トモは篠本さんをストーカーとしか言っていなかった。
まあ、それはいい。
ともかく彼女たちは口では仲が悪いと言っているが、立派な友達同士であった。
トモは篠本さんを心配し、篠本さんもトモのことを気にしている。
……いいコンビじゃないか。
「トモ……君はいい奴だね」
「え?」
「僕は……僕は君のような優しい人が友達ということを誇りに思うよ」
「え……えぇ?」
赤くなりながらあたふたし始めるトモ。うん、可愛い、可愛い。
「ほ、褒めたって何もでないんですからね!」
「別に褒めたわけじゃないよ。思ったことを言っただけだ」
「あ、う」
トモは口をぱくぱくさせながら混乱しているようで、僕の言葉に返す言葉がないようである。
「それで篠本さんが目を覚ましたのはわかったけど、それで僕に用は何だったの?」
「伝言だけですけど」
「そんなのは後でもいいじゃないか?」
「でも真君は放っておくとずっとここで考え事をしていそうですから」
「僕はそんなに考える人ではないんだけどなぁ」
ずっとここで考えてはいたけど。
「あ、そうです。真君にもう一つ伝言があったのです」
「ん?何だい?」
「お兄ちゃんからです。『俺はこの事件から手を引く』だそうです」
「そうか」
君代先生と同じように、勇さんもこの事件から手を引くことにしたのか。
しかし、僕はそれを間違っていると思う。
彼はこの事件にほとんど関与していないのだから、手を引くという表現は正しくないのだ。
動かない探偵、風間勇。
ともあれ、これで大人はこの事件から手を引く形になった。
僕はどうするんだ?
「トモ……トモはこの事件をどう終わらせるんだ?」
僕は優柔不断だから、それをトモに聞いてみた。
「私、ですか?私もこの事件のことを忘れるつもりです」
「この事件を解決させようとは思わないの?」
「うーん。思わなくはないですけど、でも蒼子の命も懸かっていますし犯人はわからないですし……お手上げですよ。私たちは負けたんです」
「負けた?」
「はいです。この事件の犯人は非常に周到でうまく事件のことを隠してきました。まず私のお兄ちゃんじゃなきゃこれが他殺だとは判明しませんでしたし、蒼子じゃなきゃ犯人を特定することはできませんでした。さらに犯人がわかった蒼子を自殺させようとしましたです。もう私たちに犯人を特定させる術はないです。私たちは負けたんです」
犯人が特定できなかった僕らは負けたのだろうか?
何をもって勝ちとするのか、何をもって負けとするのか、その定義はあいまいだが、今回僕らは犯人に何もできなかったという点で確かに負けたのかもしれない。
僕は勝とうが負けようがどちらでもいいのだけど。
「真君もこの事件のことはもう忘れるですよ。みんなこの事件はなかったことになれば、きっと幸せに生きられるです」
「そうだね」
その通り。トモの言うとおりだ。
こんな事件をいつまでも引きずっていても先には進めない。
忘れる。
その選択肢を選ぶことが最善である。確かにそうだ。
僕はこの事件について、ついに結論を出すことにした。それは周りに影響された意見かもしれないが、ついに出すことにしたのだ。
「僕もこの事件から、手を引くことにするよ」
「それがいいですよ」
「良いわけがないでしょう、お二人とも」
『そ、そのエレガントな喋り方は』
僕とトモの声が重なった。
……何故だかわからないが、トモと声が重なると馬鹿に見られそうで嫌だなぁ。
「ごきげんよう。智美さん。綾瀬さん」
「篠本さん?もう起きて平気なんですか?」「蒼子!!まだじっとしてなきゃダメですよ!!」
「頼みますから、一人ずつ喋ってください」
僕らの前に現れたのは篠本さんだった。
顔色はそれほど悪くはないが、しかし良いというわけではない。心配されて当然だ。
僕とトモ、どちらが先に喋るかどうかで牽制しあっていたが、結局先にトモから訊くことになった。
でも訊くことは同じであるから、僕の質問は必要ないな。
「蒼子!!まだじっとしてなきゃだめですよ!!」
「たいした外傷があったわけではないですから、平気です。万全とは言えませんがね、しかしながらそれで問題はありませんよ」
「篠本さん。僕もトモの意見に賛成です。おそらくあなたが思っている以上にあなたはショックを受けているはずです」
「あら?綾瀬さん?私の心がわかるとでも?」
「わかりませんよ。推測です」
「でしょうね。人の心がわかったら、それは非常に不幸なことですからね」
しかし僕はそれに近いことがわかる。
そして篠本さんは知ろうと思えば全てのことがわかる。
だから僕らは不幸な人間なのだ……ろうか?
よくわからない。考えたくもない。
「それにしても、あなたたち二人はなんて不甲斐ないんですか?」
「わ、わたしたちのどこが不甲斐ないって言うんですか!?」
「考え方が、です。ここであなたたちが諦めたてしまったら、誰が犯人を裁くというのですか?」
「それは……」
誰も裁くことは出来ないだろう。
誰も知らない事件。何一つ証拠は残していない犯人。
捕まえることなんて出来るはずがない。
「私は……私は正義の味方になりたかったんです」
「篠本さん?」「蒼子?」
「最初は純粋に人を救える人に憧れました。何でもいいから人を救いたかった。どういう形でもいいから人を救いたかった。その気持ちばかりが先行してうまくいかないことも多かったですね。特に智美さん。私はあなたを救うことが出来なかった」
「え?」
「クラスで孤立していたあなたを私は救うことが出来なかった。小さなことなのに、それはほんの小さなことのはずなのに、あなたは私の前で笑顔を見せてくれなかった」
「蒼子……」
「もう諦めかけていたんですよ。でもね、そんな時ですよ。あなたの笑顔が見れたのは。それは私に対してではなく、勇さんに対してですけど……それは、それはとても可愛らしい笑顔でした。私はそんな笑顔を向けられる勇さんが羨ましかった。そしてあなたをそんな笑顔にさせる勇さんを尊敬して、好きになりました。私に出来なかったことが出来たあの人を、私は好きになったんです」
「篠本さん」
「綾瀬さん……智美さんはあなたと接するようになって、前よりも生き生きとするようになりました。これからも末永く智美さんのことをお願いします」
まさか……まさか篠本さんは!?
「私はね、私は正義の味方になりかったんです。だからですね、どんな理由があれ犯人に屈服はしたくないんです」
篠本さんは、間違いない。犯人を僕らに教えて自殺させられる気だ。
自分の命よりも真実解明の道を選ぶというのか?
何て……なんて愚かしいんだ。
だが……
「!!蒼子!!やめるです!!」
「お二人にお教えしましょう。この事件の……」
「篠本さん。その前に一ついいですか?」
「何でしょうか?」
「あなたは自分の命より真実が大事なんですね?」
「大事です」
「正直に申し上げるとその行為は愚かしい。ですがあなたは気高くて正義感がとても強い人だ。そういう人、僕は好きですよ」
「な」
篠本さんの白い肌が赤く染まる。
どうやら男性から好きと言われたことはそう多くはないようだ。
もったいない。
こんなに綺麗な人だというのに。
「こ、こんなときに何を言っているんですか!?」
「そうですよ、真君!口説くときはもっとシチュエーションを考えるべきだと思いますです!でないと落ちる女も落ちないってお兄ちゃんが言ってましたです」
「勇さんはそんなことを言いませんわ!」
落ち着けよ、二人とも。
「別に僕は口説いたわけではないですよ。ただ純粋にそう思ったから言ったんです」
「は、話はもういいですか!?ではこの事件の……」
「話はまだあります。むしろここからが本題です」
君がそこまで言うのなら、いいだろう。
ただ、僕がこのような状態になるのは非常にレアだってことは覚えておいて欲しい。
「篠本さんは明後日まで家で休養をとっていてください」
「え?」
「この事件の犯人はもう目処が立っているので、篠本さんは安心して休んでいてくださいと言ったんです」
一ヶ月に一度ぐらいなら本気で動くのも悪くないだろう。




