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第一話⑤

「常人の一万一千百十一倍の速さで体内魔力が回復する。それが私の持っている特殊性です」


 自分の胸に手を添えて、物静かにクラリッサは言う。突然の語りではあったが、《カラドボルグ》に視線を向けていることから、彼女が動力炉として利用されている理由を話そうとしているだろうことが、篝にはすぐに想像できた。

 そして加えて、魔術を使うためのエネルギーである魔力というのが、体内で生成されているということも、その台詞から察することが出来た。

 しかし、納得いかないこともある。


「それってどういう風にすごい力なの?」


 魔力が素早く回復するからと言って、何に役立つのかがわからない。どんなに回復が早くとも、一定時間に人間が消費できる魔力はたかがしれているんじゃないかと篝は思う。

 クラリッサは補足する。


「《カラドボルグ》のように、膨大な魔力量を必要とする魔術兵器に、連続して相当量の魔力を供給できるのですよ。例えば、普通の人が自分が内包する魔力を使い切ってしまうと全回復するのに二十四時間ほどかかるのですが、私の場合は、それを八秒で終えますから」

「は、八秒」


 篝の笑顔は引きつる。しかし、言われてみれば確かにそうなのだ。例えば、全魔力解放! みたいな魔術があったとして、普通なら一日一回しか使えないものが、彼女なら八秒に一回はその呪文を使うことができるのである。

 だが、そこで篝は、クラリッサが魔術を使えないと聞いていたことを思い出す。どれだけすごい能力でも、当事者が魔術を使えないのではどうしようもないのではないだろうか? 宝の持ち腐れといっても過言ではない。

 篝がそれを本人に確認すると。


「だから《カラドボルグ》が建造されたのですよ。私に魔術を教えるよりも、飼い犬に手を噛まれることもなく安全ですし」

「あ、魔術って練習で使えるようになるものなんだ?」

「はい。生活に利用できる範囲くらいのものは習得できます。一定以上になると、かなりの鍛錬が必要になるようですが。この世界では、魔術を使える人間は全人口の約八割と言われていますよ」


 へえ、と篝は返事をする。興味深い話だった。とはいえ、現時点の話ではそれほど重要に情報でもない。クラリッサに話の先を促す。


「私がその力を手にしたのは、十二歳の誕生日でした」

「ん? それって、最初から持っていた力じゃなかったってこと?」


 ふと思いついた疑問を、篝はそのまま言葉にする。


「そうです。当時は小さな村に暮らしていた私は、誕生日のその当日に、森の中で見つけた木の実を食べてしまったのです」

「木の実?」

世界樹の枝オルタナティブ・ブランチと言われる樹木になっていた木の実です。その名の通り世界樹の枝を挿し木したもので、そこになる実には人に特殊な力を与える力があると言われており、人が食べることは禁止されています」

「それじゃあ、なんでクラリッサさんは食べちゃったんだ?」


 篝が質問をする。すると、クラリッサは華奢な肩をびくりと震わせた。


「あ、えっと、クラリッサと呼び捨てしてくださって構わないです」

「そう? じゃあ、クラリッサはどうしてその木の実を食べたんだ?」


 何となく誤魔化されているような気がして、篝は深く聞き込む。ねえねえ、としつこい客引きのようにまとわりつく。

 すると彼女は小さく口を開いて答えた。


「……おいしそうなリンゴがなっていると思ったのです」


 つまり、リンゴだと思って食べてはいけない木の実を食べたらしい。


「やっぱりドジッ子?」

「ううう、うるさいです! そもそも、世界樹の枝オルタナティブ・ブランチに実がなったなどという話は、歴史を千年遡っても存在しなかったのです!」


 顔を赤くしてた大層憤慨するクラリッサに、篝は笑いながら謝る。笑うなです! と言われるがどうにも堪えきれない。

 しかし、確かに仕方ないかもしれないとは思った。その世界樹の実りの姿を見たことがないのなら、リンゴと勘違いしてもおかしくは……ない。


「ふっ」

「いい加減にするです!」


 すっかり機嫌を損ねてしまったクラリッサを宥めるのに、篝はたっぷり十分ほどの時間を費やした。宥めたといっても、彼女はまだ文句があるようだが。そこまで気にしていたら日が暮れてしまうかもしれない。


「ところで」


 篝はそっぽを向くクラリッサに声をかける。

 怒りつつも、ちらりとこちらのことを見てくれるあたり、彼女は真面目で優しい女の子なのなのだなあと思う。

 やはり得意ではないが、精いっぱいの真面目な顔を作って、篝は続けた。


「あのさ、この《カラドボルグ》はいったい何に使うんだ?」


 その真摯な思いが伝わったのだろうか。目だけで篝を見ていたのを、クラリッサは完全に体ごと振り向いた。そして視線を落とし、言う。


「戦争用兵器と話したと思うですが?」

「わかってる。すごい威力だっていうのも、聞いた。だから訊いてるんだ。いったい何に使うのかって」

「……隣国との戦争です。もともと仲は良くなかったのですが、最近関係が特に悪化してきて、もう戦争が勃発するのは時間の問題です。ここ百年は戦争なんてなかったのですが」


 戦争か、と篝は呟く。《カラドボルグ》の話を聞いたときから予想はしていたが、この世界の最近の情勢は日本のように平和なものではないらしい。

 経験のない篝には想像することしかできないが、悲しいことだなと思う。


「《カラドボルグ》があると、戦争はどうなると思う?」


 何となく予想はつく。《カラドボルグ》の威力は軍を半壊させられるほどなのだ。凄惨なものになるに違いない。

 篝も、兵器の一部としての役を果たしている女の子に対して、残酷なことを言っているのは自覚している。しかしだからこそ、クラリッサに質問をした。

 彼女の反応を見たい。


「おそらくこちらが勝つでしょう」


 クラリッサは無機質に説く。


「相手は為すすべもなく、敗北するでしょう」


 クラリッサは抑揚なく述べる。


「それはもはや戦いではなく、虐殺と表現されることになるでしょう」


 篝は訊ねた。


「それでいいのか?」


 クラリッサは己の肺に詰まった思いを言葉に乗せて囁く。小さい声で、力なく。


「いいわけないです」

「わかった。それじゃあ、えっと、クラリッサ。僕と一緒にここからでないか? 自分で言うのもなんだが、僕は相当熟練した魔術師と同等の力を揮えるんだろ? だったら、君一人増えたところで、この城から脱出することぐらいはできると思うんだ」


 篝は思う。たぶんこれは同情なのだ。偽善なのだ。目の前にいる女の子が、かわいそうで仕方がない。人殺し、その辛さを経験したことはないけれど、百年の平和の中に生きてきた少女にはきっと重すぎる。

 なんの力も持っていなかったのにすごい力を手にしてしまって、兵器にされてしまった少女。少しだけ、自分とも重なる少女。

 地球では平凡な生活を送っていて、この世界に来て魔術が使えるようになった篝にとっては、他人事とも思えなかった。

 下手したらこの先、自分が似たような立場にならないとも限らない。

 きっと、彼女のあの様子なら、この提案は受け入れてもらえると篝は思った。

 しかし、ひどく低い声音でクラリッサは言った。


「無理です」

「なんでさ?」

「私には呪いがかけられているのですよ。この城の敷地から出ると、私は言葉通りに爆発して死にます。呪いが解かれるのは、戦争のために外へ出るときだけ」


 篝は、自分の顔が苦痛に歪むのがわかった。

 そんな。そんなひどいことを。どうして。

 顔を見るだけで篝が何を考えているのかはわかったのだろう。クラリッサは篝の胸中に渦巻く疑問に答えた。


「他国に私の力が渡ったら、脅威だからですよ。奪われるくらいなら、壊してしまえ。そういうことです」

「…………」

「カガリさん。実はこの場所には、《カラドボルグ》を外へ搬送するための通路があります。そこを伝っていけば、城外どころか、城下町も通り越して外へ出ていくことができます。貴方はそこを使って逃げてください」


 それだけ言うと、クラリッサは篝に背を向けて歩き出した。この場にとどまり続けると、篝もまたとどまり続けると思ったのかもしれない。もしかしたら、助けるという篝の言葉に、固めた心が弱くなるのを恐れたのかもしれない。

 篝は、俯いて自分の足先を見つめた。じっと。数秒間。

 そして決意すると、同じくクラリッサに背を向けて篝は通路を探した。暗がりではあるが《カラドボルグ》の巨体が通るための道だ。すぐに見つかった。

 道は一本道だった。僅かに上り坂になっている。クラリッサの部屋から下ってきたところでまさかとは思っていだが、やはりあの部屋は地下にあったらしい。

 出口はまだまだ先だろう。篝はそう考えていたが、しかし、彼は通路に入ってからずっと出口を探していた。

 城下町というところに繋がる出口を。

 そして見つけた。長い長い梯子を。


「絶対に助ける」


 篝は呟くと、梯子を強く握りしめ登っていった。天井は全く見えない。

 十分ほど登り続けた。手は痺れてきていて、いつ手を滑らせてもおかしくはない状況で、それでも梯子を渡り続けた。

 それから十分。篝は久しぶりに日の光を見つけた。出口だった。壁に沿って作られた円形の扉。それをなけなしの力で押しあけた。

 そこから出る。しかし、そこは外ではなかった。人が二人通れるほどの、縦に伸びた筒状の場所。下のほうからは小さく水音が聞こえる。篝はここを井戸のような場所なのだと予測した。

 上を見る。出口は近い。


「待ってろよ、クラリッサ!」


 井戸の縁に手をかけて、篝は自分の体を思い切り井戸の中から引っ張り出した。

 強い陽光。暗がりにいた篝には、少しばかり刺激が強すぎる。思わず目を閉じた。

 そしてその直後、何者かから声をかけられた。


「ちょっと話があるんだけど、よろしいですか? 謎の襲撃者さん?」

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