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第一話④

 曰く、《カラドボルグ》というのは戦争用兵器の名称らしい。高出力の魔術兵器であり、先日行われた実験の結果より、一撃で敵軍を半壊させられるほどの威力を見込まれているようだ。

 と、クラリッサの説明はここで終了した。彼女自身にも詳細な原理はわかっておらず、これ以上は教えられないらしい。

 教えられてもどうせ自分にも分らないと思ったので、そのことに関しては篝もそれ以上は聞かなかった。そもそも、この世界にはやっぱり魔術という概念が存在するのだなあというレベルだったのだから、なおさら。

 しかし、彼女が自分のことを部品と表現したことに関しては、また別の話である。人間のことを完全に物扱いした表現を簡単に見過ごせるほど、篝は薄情ではないし大人でもなかった。


「部品ってどういうこと?」


 篝の問いに、クラリッサは答えない。しかし、篝もそこですぐに引き下がるような性格をしていなかった。


「確かに僕が信用できない相手だっていうのはわかる。でも、教えてくれないか?」

「はあ……わざわざ語るほどの話でもないのですが。そうですね、そんなことにそれほどこだわるのなら。それでは、貴方が私の質問に答えて下さったら話します」


 そういえば先に質疑応答を提案してきたのはクラリッサだったことを思い出し、篝は頷いた。


「では……貴方がいったいどういう人物なのかを教えていただきたいです」


 クラリッサの言葉を受けて、篝はすべてを答えた。彼女も自分の疑問を半分ではあるが解消してくれたのだから、抵抗はなかった。

 すべてというのは、篝がここに来た過程のことである。地球のことをできる限り要点をまとめて説明し、自分がここに来る直前のことを詳細に知らせ、城にたどり着いてからどんな目にあったのかを愚痴った。

 すると、クラリッサはしばらく考えた後、口を開いた。


「正直、信じがたい話です」

「うん。僕自身も信じきれてない。未だ夢なんじゃないかと疑ってる。だって、こんなことありえないもの」


 自分がこういうことの造詣を深めるような過去を持っていなかったら、こんなに落ち着いてもいられなかっただろうと篝は思う。

 だから篝も、彼女に完全に信じきってもらおうなどと傲慢なことは考えていなかった。正直に話したのだって、助けてくれた恩人に対した謝礼の意味合いが、それなりに強い。

 クラリッサが言う。


「そもそも、どうして貴方が魔術を使えたのかが分からないのですよ。しかも、あの廊下の状態を鑑みるに、かなり熟練した魔術師でないと発動できないほど大きな力だったようですし。《ツヴァイトゥレ》、地属性の魔術を使用するときの呪文ですが、貴方はなぜそれを知っていたのです? 貴方の世界には、魔術など存在しないのでしょう?」

「うー、まあ、それは……」


 歯切れ悪く篝は言葉を紡ぐ。過去の汚点をさらすことほど、精神的にきついものはないのである。

 かつての自分を最大限に嫌悪している篝にとっては、中二病だったことをカミングアウトするのは、非常に困難なことだった。相手が中二病の概念を知っているかどうかに関わらず。


「言わなきゃダメ?」

「私は、説明することを約束したです」

「うぐ……わかったよ。説明する。えっと、まず、僕の世界には魔術は存在していなかったわけなんだけど、概念として存在しなかったわけではなくてさ、一応創作物の中には存在したんだ。架空の存在っていうのかな」


 篝の説明を、クラリッサは真面目な顔で聞いていた。要所要所で相槌を入れてくれるので、篝的には話しやすい。


「そんで、僕としてはその非現実に憧れていたりして、あたかも自分が本当の魔術師であるかのように振舞っていた時期があるんだね。《大地神ユグドラシル》の配下の騎士とか言ってさ」

「ユグドラシル……一種の世界樹信仰ですか」

「世界樹信仰? ってのはよくわからないけど、たぶん違うと思う。信仰なんてものではなくてさ、どちらかというと、やっぱり演劇のほうが近かったと思う。自分で自分の設定を考えて、それに応じた動きをして。《ツヴァイトゥレ》ってのもその一つで、当時ではなんでもない言葉だった。さっきこの言葉を呟いたときにも、あんなことになるなんて想像もしてなかったよ」

「それはつまり、貴方が魔術を使えたのは、たまたまだったということですか?」


 うん、と篝は肯定した。そして、自分にはこれ以上の説明はできないとばかりに肩をすくめて見せた。

 困った顔になるクラリッサ。


「私に詳細な魔術の知識があれば、何か推論を述べることもできたのでしょうが、何分私には魔術が使えないので」

「あれ、さっき使ってたような」

「あれは、個人の魔力の波形を鍵にした扉のようなものですから。術者は別にいるのですよ」


 へえ、と篝は声を漏らした。自分が使った、木をありえない速度で成長させるような魔術だけでなく、結界的な魔術もあるのだなあと妙に感心してしまう。

 だが、感心する心を押しつかせて気を取り直すと、篝は口を開いた。


「さてと、僕が話せるのは本当にそのくらいかな。後は、君に信じてもらうしかない。どうかな?」

「……ええ、なんとなく話はわかりました。納得も、それなりにしました。貴方の話は信じてもいい気がします。信じて損もなさそうですし」

「それはよかった。それじゃあ、今度は部品のことについて教えてもらいたいんだけど?」

「わかったです。でも、それならこの先に行ったほうが説明しやすいと思いますから、場所を移動しましょう」


 クラリッサの勧めに従い、篝は彼女の背中を追って階段を下った。たっぷり五分ほど下降すると、出口らしい扉の所にたどり着いた。

 金属製の扉だ。重厚な雰囲気を醸し出すそれは、苔がびっしりと生えたような青緑色をしている。緑よりは、青に近い。


「ここです」


 クラリッサはその扉を指さした。その向こうに何があるかの説明はない。

 彼女は、ドアノブを回して押し開けようとした。しかし、その金属の板はびくともしなかった。少女は踏ん張って開けようとしているが、意味はなさそうである。


「……すみません。開けていただけますか?」


 クラリッサの顔は赤い。恥ずかしがっているらしい。その姿が大変可愛らしくて、ついつい篝は顔を綻ばせてしまう。だが、すぐに崩れた顔をもとに戻して、言われたとおりに扉を押した。

 しかし、びくともしない。


「む」


 開けられなかったら男が廃る、と篝は必死に扉を開けようとするのだが、やはりその金属板は微動だにしなかった。


「というかこれ」


 そこで篝は違和感に気が付く。なんというか、重いから開けられないという感じがしなかったのだ。どちらかといえば、何かに引っかかっているという感じ。無駄な努力をしているような気がしてならない。

 だから、今度は逆に引いてみた。

 すると、簡単に開いた。

 どういうこと? と確認するつもりで、篝はクラリッサがいる方角を見る。しかし、彼女の表情を見ることはできなかった。彼女は下を向いていたのである。ただし、耳まで赤くなっているのは隠せていなかった。


「ドジッ子なのか?」

「ううう、うるさいです!」


 初めて彼女の本音を見たような気がして、篝はほっこりした気分になった。なんというか、すごく嬉しい。クラリッサの少女らしさの一部を、垣間見た気がして。

 なぜか悪いことをしてしまった気分だ。


「うう……い、いつまで見ているのですか!? 貴方は!」


 彼女は精一杯抗議をするが、効果はかなり薄い。むしろ、逆効果であるとすら言える。うろたえる姿は、非常に可愛いと言わざるを得ない。


「あ、それと、僕の名前は五鈴篝だからね。貴方じゃなくて、篝」

「それは知っていますが……」

「カ・ガ・リ」


 篝が子供に言い聞かせるような言い方をすると、クラリッサは、ううう、と悪戯された子犬のような目で睨んできた。その姿があまりにも普通の女の子っぽくて、篝は思わず吹き出してしまう。

 冷静なようにも見える寝ぼけた口調で話すので誤解していたが、やはり、こちらのほうが彼女の本質なのだ。

 彼女は普通の女の子に過ぎない。

 少なくとも、部品と呼ばれるような人間ではない。


「笑われるのは不愉快極まりないのですが、まあ、もういいです。好きにしてください」


 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。クラリッサはそっぽを向き、それから扉の向こう側へ勝手にすたこらと歩いて行ってしまった。

 それを篝は慌てて追いかける。

 なのに、クラリッサが突然止まるものだから、危うく衝突しそうになってしまった。ギリギリのところで踏みとどまった自分を、褒めてやりたい気分である。


「さてと、明かりをつけるわけにはいかないので少々暗いですが、あれが見えますか?」


 急に立ち止まったクラリッサが、正面の斜め上のほうを指さす。

 あれ? と篝は人差し指が示す方向を追う。

 そこには、巨大な大砲のようなものがあった。大砲と言っても、海賊物の映画などで出てくる黒い筒がついているものではなく、どちらかといえばSFで出てきそうなフォルムをしている。

 音叉とでも表現すればいいのだろうか。二股に分かれた砲台の根元の部分には、巨大な宝石のようなものが備え付けられている。

 暗いせいで色合いはわからない。ただ、その大きさが十メートルくらいなら遥かに超えているだろうことはすぐにわかった。


「あれが《カラドボルグ》です。そして私は、この兵器の《動力源》として使われているのです」


 クラリッサが、その機関の上部にあるコクピットのような場所を指さして、そう言った。

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