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第一話③

 がちゃり、という音を立てながら扉が開いた。

 扉と言うのは、立ちすくむ篝の右方にあった扉のことだ。ドングリが成長する過程でほとんどの出入口が塞がれてしまったのだが、大樹が篝のことを上手い具合に避けたために、たまたま危機から逃れることができたらしい。

 篝は現状を上手く飲み込めていない状態のまま、扉の方角を見る。

 そこには、篝とは同じ年くらいの少女がいた。可愛らしい少女だった。腰までまっすぐに伸びた髪は、日本ではほとんどありえない暗い青色。むしろ藍色に近いかもしれない。対して瞳は薄い青だ。淡く、空のような色。真珠のように艶やかで、そして潤んでいる。膜のように瞳を覆う涙が、光を反射してキラキラと瞬く。


「今のは何の音ですか?」


 寝ぼけたような口調で少女が言った。それから、ようやく扉の前に立つ篝を認識する。


「えっと……貴方はいったい?」


 彼女の背は篝よりも低い。僅かに見上げる体勢になると言った。

 しかし、篝はすぐに答えることが出来なかった。というのも、現れた少女が非常に可愛くて見とれてしまったのもあるが、それ以上に、新たな敵が現れたのかと勘繰ってしまったのだ。


「あの……」


 少女は上目使いのまま首を傾げる。その姿に、敵っぽくないなあと思うと同時に警戒心が薄れ、篝は答えた。


「えっと……五鈴篝だけど?」

「あ、そういうことではなく。名前ではなく……何をしに来た人間なのかを聞いたつもりだったのですが。質問下手で申し訳ないです」


 彼女はぺこりと頭を下げる。

 だが、今度も篝には返答ができなかった。篝自身にも、どうして自分がこの建物の中に来たのかがわからないからだ。

 しかし、そのすぐ後には篝は素直な言葉を口にしていた。普通なら、敵地で自分の情報を明かすのは愚の骨頂なのだが、彼女の持つ余裕があるというかぼーっとしたような雰囲気からかもしれない。


「それは、むしろ僕が聞きたい感じなんだよね。僕はいったい、何しにここに来たんだろう? どうして、ここにいるんだろう?」

「こちらに聞かれても困るのですが?」

「あー、ははは、ごめん」

「貴方はよくわからない方ですね。せめて、悪人かそうでないかくらいは教えていただきたいのですが」


 その質問には、篝も回答を持っていた。悪いことをするつもりはない。得意ではないが、できる限りの真面目な顔を作って、篝はそう伝えた。

 その時、大樹の柵の向こう側から怒号が聞こえた。どうやら、兵士たちが柵を突破する手段を探っているらしい。


「貴方は兵士に追われているですか?」

「まあ」

「悪者ではないのに?」

「まあ」

「どうして?」

「まあ……僕がここにいるからな?」


 それを聞いて、少女は黙り込んだ。何かを考え込んでいるようだ。一瞬だけ足元を見ると、しばらくして顔を上げる。まどろんだ様な目は、決意に彩られていた。


「こちらに来てくださいです」


 手を引かれて、篝は彼女の部屋へと連れ込まれた。突然のことに、おとと、と躓きながら扉をくぐる。

 入った部屋は、あまり女の子らしいとは言えない部屋だった。理由はおそらく、そこにほとんどの家具がなかったからだろう。ぬいぐるみのような象徴的なアイテムも、まったくない。


「あの、どこ行くの?」


 篝は訊ねる。

 回答せずに部屋の中央を横切ると、少女は壁に立てかけてある絵画のそばまで移動して立ち止まった。絵画。ひまわりを描いた絵。ゴッホの作品に似ている。芸術的過ぎて、年頃の女の子の部屋にはそぐわない。

 彼女はその絵画の中心に人差し指をついた。

 篝はその姿を黙って見ていた。

 すると、何もなかったはずの壁が、突如光りだした。


「これって、魔法陣?」


 その光は、光の線の集合体である。円形になぞられた線。幾種類の大きさの円が積み重なりあい、それぞれの間には文字が刻まれている。

 その文字は、篝にも見たことがある字だった。というより、日本に暮らしている人間なら誰だって目にしたことがある。

 ローマ数字だ。

 篝の目には、一から九の数字が不規則に並んでいるように見えた。しかし、篝はそんなはずはないと思った。きっと、何かしらの法則性はある。


「いったい何を?」

「すぐにわかるです」


 少女がそう言った直後、魔法陣が一際強い光を放った。


「な、なんだ!?」


 あまりの眩しさに、篝は魔法陣から思わず目を背ける。

 そして光が弱まり、視線を戻したとき、質問の回答を得ることができた。

 壁が、なくなっていたのだ。

 綺麗さっぱり。もともとそこに壁があったということを疑ってしまうほど。

 代わりに現れたのは、下りの階段。奥の方は完全に真っ暗で、その階段が相当な長さを持っていることがうかがえる。

 篝は、じぇじぇじぇ、と驚いてやろうとしていたが、再び少女に腕を引かれたことで計画は阻止されてしまった。

 壁だった部分を、恐る恐る通り抜ける。ここには見えない壁があって、衝突してしまうんじゃないかと危惧していたが、そういうことはなかった。


「とりあえずここに隠れましょう」


 少女は言った。


「隠れるって言っても、丸見えなんだけど」

「大丈夫です。しばらくしたら戻ります。あれはそういう魔術ですから」


 彼女の言葉通りに、しばらくすると壁がもとに戻った。つまり、この階段へ続く入口が封鎖され、窓もないこの場所は真っ暗になる。

 壁に備え付けられていたのだろう蝋燭に、独りでに火が灯る。


「うわー……何でもありだな」


 反笑いのような状態で篝は呟いた。心の底からの言葉だった。今のは、明らかに物質量とかを無視している。

 ただ、やはり少女にとっては当たり前のことでしかないのだろう。物理法則を無視した現象を気に留めることもない。くるりと振り返ると、篝の顔を眠そうな目で見つめる。そして口を開く。


「これで当分は大丈夫です。ということで、いくつか質問をさせて欲しいのですが?」

「ん? あ、ああ、質問はいいんだけど。これで本当に大丈夫なの?」

「はい、問題ないです。彼らは、私の部屋を探索することを禁じられているですから」

「ふうん?」


 流れで納得してしまったが、すぐに篝は、なんでだ? と思った。確かに過度な探索が禁じられているのなら、この隠し通路のような場所が見つけられることはないだろう。だが、兵士たちがそれを禁じられている理由がわからない。もしかして、彼女はお姫様だったりするのだろうか。

 わからないことが多すぎて、篝は混乱の渦に飲み込まれ始めた。しかし、しばし渦の流れに身を任せた後、もう悩んでいても仕方ないと考え、篝はストレートに訊いてみることにした。


「あの、君の質問に答える前に、僕が先に質問してもいい? 実は僕も結構混乱しててさ、なんというか、君が僕を怪しんでいるのと同時に、僕も君のことを怪しんでるんだよ」

「別に私は怪しんでなどいないのですが、まあそこは置いといて、構わないです。答えることができる範囲ならお答えします」

「なら、君はいったい何者なんだ?」


 彼女は何かを考える素振りを見せた。何を考えているのかはわからない。答えられる質問なのかどうかを判断しているのかもしれないし、単に答える内容を頭の中でまとめているだけなのかもしれない。

 今回は、後者だったようだ。


「私は、クラリッサ・バンフィールドというです。一応この城に仕える人間ということになっています。ですが、忠誠心を持っているわけではないです。まあ、敵意も持っていませんが」


 やっぱりここはお城で間違いなかったんだなあ、なんてことをのんきにも思いながら、篝は続ける。


「忠誠心も敵意もないって、それってどういう立ち位置?」

「そうですね……ちょっと変わった立ち位置にいるのでどういったらいいか。周りの人たちの表現でよろしければ、彼らは私のことを《部品》と言います」

「え?」


 彼女の言っている言葉がうまく理解できず、篝は聞き返した。淡々と《部品》と言ったような気がしたのだが、信じられない。聞き間違いだったのではないかと思ってしまう。《部品》という単語は人間に当てはめる言葉ではないから。

 しかし、聞き違いではなかったらしく。


「《部品》です」


 少女は答えた。淡々と。寝ぼけたような口調で。対して気にした様子もなく。少女は答えた。

 対して篝は、自分の足元が揺らぐような感覚に陥った。

 自分の常識が、歪んだような気がした。

 クラリッサは、そんな篝の姿を、理解が出来ていないという風に受けとったのだろう。追い打ちを仕掛けるように言葉を紡いだ。


「私は、《カラドボルグ》という兵器の部品、なのです」


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