スノーヴィアの聖女
翌朝、ゲームを起動すると案の定勇者とシリウスは未だに寝込んでいた。
ミアだけはとっくに起きているようで暇を持て余しているのかとも思ったが、何故かずっと勇者の寝顔を観察している。「おはよう」と声をかけると、ミアもまた「おはようございますにゃ」と返してくれた。
もう少し寝かせても良いかな、という考えも一瞬よぎったが、昨日はこの宿に着くなり倒れ込んだのだから半日以上寝ている計算になる。
このまま甘やかしてもなにも好転しそうにないので、とりあえず起こして冒険を進める事にしよう。
「とりあえず、二人とも起きろー」
声をかけてはみたもののたいした反応はなく、まるで重度の二日酔いのようにあー、うー、など気だるげに声にならない声をあげるだけであった。
「ミア、僕が止めるまで勇者とシリウスをつついたらこれから行く道具屋でプレイヤー権限を使って何でも、好きなお菓子を1つ買ってあげよう」
「みゃっ!? それだけでいいにゃ? だったら任せるにゃ!」
言うや否や、さっそくミアは勇者とシリウスの腕や足を中心につつき始めた。
「あつっ…………、頼むからミア、今すぐにやめてくれ」
「ひあっ…………、僕からもお願いします。あと、五分、五分だけでいいですから……」
二人の反応がおもしろいようで、勇者とシリウスが止めるように言っているにも関わらず、自主的に色んな場所をつつく。
「うが!?」
「あう!?」
二人ともさすがに堪え兼ねたのか、ミアの指を逃れようとしてそれぞれ奇声をあげてベッドから転げ落ちる。
一日旅をして全身筋肉痛なのは分かっていた。半ば自滅の気もしないでもないでもないけど、この程度で起きるわけがないと考えていただけに、予想以上の効果。
「分かった! 分かったよ。起きればいいんだろ」
さすがにこれ以上やられてはたまらないのだろう。寝ぼけ眼で、寝ぐせのついた頭を掻きながら勇者が上半身を起こす。
「うあー、全身筋肉痛だし」
「……僕なんて、足が、もう歩くどころか立つ事さえ拒否している」
「ミア」
「待って下さい! もう少し、もう少ししたらきちんと起きますから!」
効果はバツグンのようだ。これからこういった時にはミアを頼るとしよう。
昨日の戦闘で得た素材を換金するために、村の道具屋へと立ち寄る。
どうやらスライム戦で得た素材がそれなりの物だったようで、他にも多くの魔物の素材を入手した分も含め、しめて71548ゴールドになったようだ。
王都で一通りの装備品、道具を買ったせいで早くも資金が底を尽きかけていたからこれはかなりありがたい。
見れば勇者やシリウスも金欠だったから不安もあったのだろう。自然と小さな笑みを浮かべ、厚みを増した財布を大事そうに懐へ収めた。
ミアは先程買ったばかりの飴を満足そうに頬張り、口の中で転がしながら満面の笑顔を浮かべる。
「で、これからどうする?」
問題は次にとるべき行動であり、目指すべき目的地だ。
Lv的にはようやく中盤に差し掛かるくらいまで成長したようだが、出現する敵のLvにも波があるので、まだまだ安全圏とは言い難いだろう。
比較的安全なこの近辺を拠点にしてLv上げに集中するのもいいが、正直パーティーメンバーを増やしたいという思いもあるので、色んな村や街を巡る必要もある。アイテム代もバカにならないし、文字通りの生命線という意味で、最低でも回復役が一人は急務だ。
であれば、王都の教会には実質立ち入り禁止状態なので仕方がないが、大きな街の教会にでも行って新しいメンバーを探すべきか。
普通のゲームであれば行き当たりばったりな行動でも構わないが、今回のこれは重みが違う。思考を重ね、慎重を期し、だが時には大胆な決断も求められるだろう。考え過ぎた所で埒が明かないのは分かっているが、それでも時間を掛けてしまうのは仕方があるまい。
「お、あれは……」
そんな時、宿屋に帰る途中で反対側から来る子供の集団と出くわした。見た所、これからどこか近くまで遊びに行くのだろう。そんな中で目を惹いたのは、無邪気に笑う子供たちに囲まれた一人の人物、柔らかい慈母のような笑みを絶やさない女性だった。
ゆったりとした白を基調とする修道服の上からでも分かる、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだプロポーションの持ち主。
慕っている子供の顔を見れば話さなくても分かる性格の良さ、誰もが目を惹かれる笑顔。聖女が、否、天使がいればまさしく彼女のような女性の事だろう。
そして、それは勇者が王様の前で語った女性とほぼ同じ人物像。そんな女性を前に、勇者が落ち着いているハズもなく突撃していった。
「一目惚れしました。僕と結婚してください! ……申し訳ない。隠しきれない本音が出てしまいました。愛は後で育めば問題ないです。改めて、世界平和の為に僕の旅に同行してください! そうすれば吊り橋効果で……じゃなくて僕の人となりを分かっていただけるはず」
「…………お前、それで付いてきてくれる人がいると本気で思ってんの? それで付いてきてもらっても逆に怖いよ」
「あら、今、何か声が……?」
僕の声が聞こえたのか首を傾げるシスターだったが、考える隙を与えないように強引に勇者が割り込む。
「気のせいです、気のせい。公開プレイなんてもっての外。ヤッちゃう時は勿論、僕以外の誰にも、特に神を自称して傍観者気取ってるクソみたいな存在には見せないから余計な心配なんてしなくていいですから。そんなことよりもまずはお名前を教えていただけませんか?」
「神を自称した覚えも、傍観している覚えもねえよ!」
「あら、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私はこの村の修道女マリアと申します」
華が咲くような笑みと一緒に名乗り、丁寧にお辞儀をする。
「そうなんだ、実は俺、ゆう――」
「大変だー!!」
勇者の強引な勧誘を遮ったのは、村人と思わしき一人の男だった。
男はよほどの事があったのか、慌てた様子で息も絶え絶えに駆け寄って来る。
「マリア、ユージが魔族に攫われた!」
王都に程近い平和なこの村に未曽有の危機が訪れていた。