北へ
「そう言えばミアって僕の声聞こえてないのかな?」
「? 聞こえてるけどどうかしたにゃ」
勇者に問いかけた言葉に平然と返された。
「…………どうかしたと言うか、なんか驚かない事に驚いたと言うか、もう少し疑問に思ってもいいんじゃないだろうかとか思うわけでして」
「何も考えてないんだ。こっちも考えるだけ無駄だろ」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ」
ミアを仲間に加え、王都を出発して数十分。再び、前回全滅させられかけた野生の狼のような敵――全長三メートル程のウェアウルフと遭遇した。
しかし前回とは決定的に違う点が一つ。
ミアの加入により、戦力が大幅にアップしていることだ。
勇者を見ればこいつもまた、前回は何も出来ずに負けたというのに自信に満ちた顔で余裕の笑みさえ浮かべていた。
「ミア行ってこい!」
「任せるにゃ」
勇者の命令に一人突出する形でミアがウェアウルフに突撃する。
「シリウス、ミアを援護してあげて」
「……分かりました」
戦術も何もなく特攻するミアへのフォローも兼ねて、今度は途中で噛むこともなくシリウスが魔法を唱え、放つ。が……
「……シリウスいないし!? 画面下に体力とかはあるのに、シリウス画面に入ってないし! MPだけ減ってるから何か唱えてるんだろうけど絶対に射程外だよね、これッ!?」
「仕方ねぇよ、アイツ前の戦闘の殺られ方があまりにもトラウマになってチキン根性が身に付いたのさ」
「仕方ないけど仕方なくねえよ! それは間違いなくお前のせいだよ!」
だが結局シリウスと勇者は役立たずのようで、仕方なく頼みの綱であるミアに目を向ける。だがミアの攻撃は空振りに終わり、本能から難敵と悟ったか、ウェアウルフはミアの横をすり抜けるように突破して勇者へと迫る。
「……やべ、こっちきた」
それを見るや勇者もまた、背を翻して全力で逃げた。
「こっちに来ないでくださいよ! せめてここは別々の方向にしないと僕まで追われてしまう!」
「俺を囮にしてお前だけ逃げようったってそうはいかねぇ! それだと初期位置が敵に近い俺が狙われるにきまってるだろ! 純粋培養のもやしが俺の体力に勝てると思うな。見てろよ、すぐに追い抜いてやる!」
「あなたも僕と同じ引きこもりだからいい勝負のはずです!」
「これでも昔は野山を駆け回るわんぱく少年だったんだよ!」
「昔の話じゃないですか! 今はただのヒッキーのくせに!」
勇者が逃げた先にはシリウスがいて、言い争いながら先を争う。
お互い命懸けであり、火事場の馬鹿力から速さは互角。
「チクショウ、こいつ明らかに俺を狙ってやがる。もやしだと肉がないから俺を狙ってやがる!」
「これが日頃の行いの差です。ボクはこのまま逃げ切らせてもらいますよ!」
「っく!? こうなったら……」
そう言って勇者が大きく円を描くようにカーブをつける。
そしてその先にいるのはミア。
だがこのままだと明らかにウェアウルフの方が早く勇者へ追い付くだろう。
それが分かっているからか、勇者の顔にも余裕がない。
「ああもう。世話が焼ける! 勇者、もう少し大きく回り込め! そうすれば突進しながら爪で足を狙うはずだ!」
絶対的な自信はない。
このゲームには予想を裏切られる事ばかりで、自分の判断が正しいなんて結果が出るまで分からない。
だが根拠ならある。
今の勇者とウェアウルフの位置、前回見せた敵の動き、様々なゲームに必ずと言っていいほど出てくる狼型のモンスター。今まで経験してきた様々なゲームの経験値から、敵の動きは予測できる。
そしてウェアウルフが勇者に追いついた時、その予測が正しかった事を証明した。勇者もまた、半信半疑ながらも足に攻撃が来てもいいように構えていた。ウェアウルフの攻撃を剣でいなし、勢い余ったウェアウルフから再び距離を稼いだ。そして数瞬後、反転したウェアウルフと再び鬼ごっこは始まる。
「後は任せた!」
敵が追い付くのが先か、ミアに辿りつくのが先か。
ミアはまるで不動の四番バッターのように、貫禄さえ漂わせてその場で勇者を待ち受ける。そしてウェアウルフが吼え、低い軌道で勇者へと跳びかかった瞬間、ミアもまたスイングを開始した。それとまた同時、勇者はスライディングしてミアのハンマーを掻い潜る。
ウェアウルフが勇者の頭上でミアのハンマーに叩き潰され、二転三転しながら十メートル以上飛ばされ一撃でHPを0まで減らした。
「はぁはぁはぁ…………ふう」
逃げ回ってただけの勇者が一仕事終えた後のように額の汗を拭い、さっぱりした顔で言った。
「みんな、よくやってくれた。だが俺たちの戦いはまだまだこれからだ! …………さー冒険は終わりだ。みんなてっしゅーてっしゅー」
「早いよ! まだ始まったばかりだから!」
「もういいじゃん、よくやったよ。あれだけ強いウェアウルフ倒したしもう楽になっていいじゃん。俺にとっての魔王はウェアウルフだよ」
「魔王弱すぎだろ! しかも倒したのは結局ミアだし。お前何もやってないだろ!」
「いやいや、こう弱者を装いながら上手く誘導したよ」
「装うもなにも弱者じゃん。普通に弱いじゃん」
「俺は勇者なんだぜ? 隠された真の力を解放するのはボス戦の、それも絶体絶命のピンチ、具体的には魔王戦の時だけって決まってるのさ」
「お前の言う魔王に対して力何も解放してなかっただろ」
「走る速さが限界突破だったね」
「ショボっ!? お前の隠された力ってただの火事場の馬鹿力みたいなもんじゃん!」
「実際そんなもんだろ。今まで使えなかった技が使えるとかそんな都合のいい展開普通ねぇよ」
「うぐ……」
たしかに正論だが、普段は常識がとんでいるコイツに言われると一々腹が立つ。
「ま、それにしても俺の予測は知性のない相手にはあまり役に立たないから助かったよ」
「………………え?」
だがそんな小さな苛立ちは、勇者の一言で消え去った。
聞き間違い、ではないはずだ。
しかし信じられない。あの勇者がお礼を言った事が。
幻聴と判断した方がまだ己の正気を疑わずにすむくらいに、それは晴天の霹靂だった。
勇者はもう、背を向けてウェアウルフの素材をはぎ取る作業に移っているし、きっと聞いてみても答えてくれないだろう。
でも、咄嗟に言った事が助けになり、なんだか少しは認められた気がして嬉しくなった。
「それで役立たずだったもやし野郎は……」
勇者が見渡すとおよそ百メートル後方で大の字になって倒れているシリウスの姿があった。
どう見ても慣れない全力疾走でグロッキー状態ですね、はい。勇者もなにか言いたそうにしていたが毒気を抜かれたのか何も言わずにミアへと視線を向ける。
「ミアもよくやった。助かったぞ」
「にゃっ」
勇者の一言に反応したミアはたたたっ、と勇者の下まで駆け寄ってまるでほめてほめてー、と言わんばかりに犬のように尻尾を振る。
「ああ、うん」
毒気を抜かれた勇者が珍しく素直に頭をなでるとくすぐったそうに目を細めた。
ナニコノイキモノカワイイ。
一家に一匹欲しい。
いや、むしろ一人に一匹・・・
だが突如そんな微笑ましい空気を壊す鋭い声を勇者があげた。
「あれはまさか……。シリウス気をつけろ、スライムが出たぞ!」
「っ!? 気をつけなければならないのは分かっています! スライムに対するデータは全部頭に入ってるんです。ある程度なら予測も可能です!」
「ミアも知識がないなら手を出すな! あいつは俺たちでやる」
「うみゃ、ミアはスライムについてはよく分からないからおまかせするにゃ」
スライムが出た瞬間緊張が走り、勇者たちは過剰とも言える警戒態勢に入った。今度も僕の知らない何かがあるのだろうか。
動きも鈍く、攻撃手段は体当たりくらいしかなさそうだし、それさえも低反発枕のようで気持ちよさそうな気がする。
だから疑問は自然と口をついて出た。
「スライムってそんなに強いのか?」
「退治するだけなら楽勝だ。だが弱いけどやっかいなんだよ。体は透明な膜で覆われていて中身の液体が何か分からない。例えば中身が硫酸なら接近戦を挑むと武器がダメになるし体にかかれば大ダメージだ。ニトロだとファイアの魔法で大爆発が起きる。洞窟内で気化性の猛毒なんて展開もあり得る。色でだいたいの判断は付くけど最終的には試すまで分からないからな」
使用した武器は勿論、服に散っただけでも防具が痛むだろうから、一々喰らってたら経済的損失もバカにならない。倒すだけならかなりの距離をとって安全圏から魔法で攻めるのが現実的だろうか……。
「それに資源として利用できる奴も結構いるし、稀にレア素材を内包してるやつもいるから倒し方を考えないといけない。どれだけ上手に中身の素材を回収できるかがスライムハンターの腕の見せ所だ。現にスライムから素材をとるだけで生活している人間もいるし、幸運なやつは数体狩っただけで一生生活していけるだけの金額を稼ぐ。まぁ欲をかいて死んだ人間も枚挙に暇がないほどだがな」
だとしたら可能な限り中身を予測し、見極める事が必要になってきそうだ。
どうやら雑魚モンスターの代名詞だったスライムでさえ、苦労させられそうだった。
長い一日が終わった。
たき火を囲み、焼いた肉を食べる姿はまさに冒険者そのものだろう。
「なんで『魔物のエサ』なんて食べてるんだよ!? そこはせめて『薫製肉』とかちょっと贅沢に『骨付き肉』とかだろ!」
食べている肉がまともな肉なら。
残念だが、霜降り肉を食べさせる余裕はないからそこは我慢してほしい。
「これだから平和な時代で育ったボンボンは……。俺たちにそんな金の余裕があると思ってんのか? お前、アイツなんて『腐った肉』だぜ?」
「確かに街に着くたびに新しい武器と防具を買うから金の余裕はあまりないけど、安くてもまともな物を買うお金くらいあるだろ。て言うかそんなもんさっさと捨てろよ! 仲間をなんだと思ってるんだよ!」
「残飯処……仲間は仲間だよ、みんな大切なかけがえのない仲間に決まってるだろ! ただすぐに食べ物を捨てるのはもったいないだろ。世の中にはお腹をすかせても食べる者がない人だってたくさんいるんだよ!!」
「え、なんで僕怒られんの? 今絶対に残飯処理係とか言いかけてたよね!? しかも『腐った肉』なんてどう考えてもネーミング的にアウトだろ。絶対に食べた後に悲惨なオチしか想像できねえよ!」
「大丈夫だって。肉は腐りかけが一番美味いっていうだろ? こう、トロッとした感じが。それに打たれ弱い分、こういった事はきっと強い……といいなー」
「願望かよ! シリウスじゃ無理だろ。内側も弱いから! あの子、防御関係は全く期待できないから!」
若干僕の言葉でも傷ついている気がしなくもないけど、少なくともきっかけは勇者なのだから全部勇者のせいにしておこう。
「これ、たしか図鑑で見た記憶が……。本当に食べられるのかなぁ」
シリウスが濁った眼で『腐った肉』と雑草を虚ろな目で見比べながらも、真剣に迷っていた。
度重なるイジメが原因でパーティー抜けたりしないだろうか……。
「ミア、お前はよく頑張ったからご褒美だ。デザートにチョロルチョコ3つやろう。その代わりに俺の分の夜番は任せた!」
「まかせるにゃ!!」
「間違ってもMVPに対して言うことじゃねぇよ! て言うか本気で良心痛まないのか!?」
チョロルチョコ1つ増えただけでとてもうれしそうに笑うのが心に突き刺さる。
「……実はさすがの俺も少しだけ痛む」
「今回はやめとけ。て言うか僕はミアにキチンと夜番が務まるかどうかが不安なんだが」
「……だな」
「うォぉおおおおおおッ!!」
雄叫びが平原に木霊する。
勇者たちは再び危機に瀕していた。
一行を取り囲むように各所に転がる魔獣の死体は軽く二十体を越え、敵の数はようやく一桁まで数を減らした。
ミアは突出して強敵、魔法攻撃が効きにくい相手を集中して攻撃、勇者が足止め、シリウスが残りを殲滅するというスタイルを主軸にしてなんとかここまでやってきた。
「シリウス、初級魔法でいいから勇者が一対一になれるように近づく奴に牽制を! ミアはそのまま突出して強敵から先に殲滅してくれ!」
目まぐるしく動く戦況、誰もが返事を返すだけの余裕もない中で矢継ぎ早に出す指示に行動で応える。しかしここまでくればもはや僕に出来ることはほとんどない。
シリウスのMPはもはや初級魔法三回分しか残っていない。これらは勝負所か前衛を抜けてシリウスに迫る魔獣への牽制でしか使うわけにはいかず、攻撃できるのは事実上前衛の二人、勇者とミアに託されていた。
勇者の息は上がり切っており、動きも当初と比べ遥かに鈍い。
ミアがいるからこそ辛うじて互角の戦況、予断を許さない状況でたとえ僅かであろうと戦力を遊ばせるだけの余裕はないので、ミアだけに頼り切るわけにもいかない。
が、勇者の雄叫びの意味する所は違った。
「ポー○ョン飲んで走り回ったせいで腹が痛い! よ、横腹がああああぁぁ!」
それは己自身に対して奮起を促す雄叫びではなく、ただ単に腹痛に対する嘆きの悲鳴である。
「……あ、ヤバい。口から何か出る。う、生まれるー!」
「だからあれだけグミにしろって言っただろ! かさばらないし、今みたいに腹痛にもならないんだから。て言うかこんな時に吐くなよ。根性で呑み込め!」
「お前正気か! 根性論で解決するならこの世の問題全部がとっくに解決済みなんだよ。うおっ! それに効果は変わらないくせにあんな高いモンほいほい買えるか! お前だって最終的にはポーシ○ン選んだくせに!」
飛びかかってきた全長一メートルほどのコウモリ型モンスターの攻撃を避け、攻撃を外したことで停滞した空白の隙を狙い、勇者が放ったファイアーボールが的中する。
片翼を失い地面に転がったモンスターにトドメを刺し、次に向かってきた牛のような敵に視線を向ける。
敵は既に突進を始めており、このまま数瞬後には交錯するだろう。その進路上から僅かに体の位置をずらし、すれ違いざまに足を斬る。そう決め、しかし疲労から足がもつれ、回避さえも間に合わないことを悟る。
「まず……っ!」
ゴシャ、と何かがひき肉にでもなったかのような音が近くから聞こえた。そのくせそれはどこか遠くにも感じる。
それも当然だ。離れた所で戦っていたミアが、相手をしていたイノシシに似たモンスターをそのハンマーで弾き飛ばしたものが、牛型のモンスターの突進よりも遥かに速い速度で飛来し、それが目前にまで迫っていた牛型モンスターに直撃したのだ。
十メートル以上離れた所まで二匹まとめて飛ばされ、口から血を吐き、足の形が明らかに変な方向へ曲がっている。恐らく即死、そして内臓はもっと酷い事になっているだろう。
「…………た、助かったぞミア」
勇者のお礼に対し不思議そうに首をかしげるミア。そんな彼女が今のを狙ってやったとは思えない。
あれに当たるくらいならまだ突進攻撃を受けた方がマシだったのではないか。恐らく勇者も同じ想いだっただろう。額から流れる二重の冷や汗を掻き、引き攣った笑い声が口の端から洩れるのを止めることなど出来なかった。
◇
ようやく目的地の村に着いた時には、心身共に疲れ果て、剣を杖代わりに歩く勇者とミアに引きずられたシリウスの姿があった。ミアは右手にシリウス、左手にハンマー、背中には道中で倒したモンスターの素材で膨れ上がらんばかりのリュックを背負い、それでも元気いっぱいに歩いている。
「………………や、宿屋はどこだ」
「………………今すぐに休めるのなら、……僕はもう一生目覚めなくても構わない」
「…………同感だ。引きこもっていたあの日々が懐かしい。ふかふかのベッドで休めるなら……俺は一生その部屋に住みついて座敷わらしになってやる」
「…………僕も、たとえ宿屋の主人が剣を持ちだそうとその部屋から出ませんよ……。宿泊費なんて関係ありませんね。迷惑な抗議団体の如く……一生その場を離れません」
「…………おいシリウス、見ろよ、宿屋が見える。今度こそ前みたいに蜃気楼とかじゃないよな」
「……私にも見えます。今度こそ幻想じゃないはずです。あの場所こそ私たちの理想郷――」
「「宿屋キターーーー!!」」
「元気じゃねぇか!!」
叫ぶや否やミアを置いて我先にと駈け出す二人には、先程までの疲労が微塵も感じられない。
そのまま宿屋にチェックインして部屋に入るや否や、二人はベッドに倒れ込み、そのまま夕食をとることもなく一晩中眠り続けた。
「……ミア、お疲れ様。とりあえずこれ以上は何も出来そうにないから今日は休んでくれ」
「わかったにゃ」
おいてけぼりをくらったミアに一声かけて、セーブ後に電源を切った。