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りあるR・P・G  作者: 吉本ヒロ
旅の仲間たち
6/12

猫耳娘

「もうやってられるか!」

王都にある教会まであと数百メートルを切った時、とうとう勇者が力尽きた。

勇者にしては珍しく責任を感じていたのか、シリウスが入ったここまで引っ張ってきたが、比較的城に近い教会への道のりは上り坂が続き、それは根性だけでここまで来ていた勇者の精神力を容赦なく削っていった。

持っていた紐を投げ出し、深いため息と共に近くの壁に背を預けて座り込む。

無言でうな垂れ、自然と地面を見つめる勇者は一体何を考えているのだろうか。

その時、勇者の隙をついて駆け寄った人影がシリウスの入った棺桶を強奪し、そのまま飛び乗って坂を下る。

「――っな、なんで棺桶なんかを! おい、急いで追い掛けろ!」

「当然だ。待て、装備品!」

「そうだ、待て、そうび……ってちょっと待てー!」

「あ、なんだよ? 追えって言ったり待てって言ったり、どっちかにしてくんない?」

「いやいやいや、違うだろ! え、何? お前がここまでシリウス運んだのって、教会じゃなくてその横にある武器屋で装備品売るため?」

「当然だろ、でないとこんなことに労力を使うわけがない」

「お前にとってシリウスの価値どんだけ低いんだよ!」

「実際、仲間にするなんて一言も言ってないし。復活させるのもタダじゃねぇんだよ。それにあの王宮に仕える者だけに与えられる制服、裏ルートでかなり高く売れるんだよな。そんなわけで俺はやつを追うから黙ってろ!」

そうは言うものの、シリウスの棺桶を奪った少年は巧みに棺桶を操って人や障害物を避け、勇者との距離を離していき、ついにはその姿を見失ってしまった。


姿を見失ってからも追い続けると、丁度坂を下り終えた地点で棺桶だけが取り残されている。中身を確認してみると、既に全ての装備品を剥ぎ取られて()()状態のシリウスだけが取り残されていた。



「キャー!」

「へぶしっ!」

甲高い悲鳴と共に頬をはたく音が、広大な構内に響き渡る。

目覚めてから周囲の状況、何より自分の状況さえ理解していないシリウスにとってはまさに青天の霹靂だろう。

「…………え? う、うわあーー! な、なんで僕が……いったいなにがどうなって……み、見ないでください!」

立ち上がった直後にはたかれ、再び地面に倒れ伏したシリウスが自分自身の状態に気付いて悲鳴を上げた。

今度こそシリウスを引き摺って教会へと辿りついた勇者だが、シリウスが復活を果たした時には全ての装備品が奪われた状態、つまりは()()

中身を確認せず棺桶に入ったままで復活させたので、シスターの反応も突然変質者に猥褻物を見せつけられたそれだった。

「答えてください! いったい僕の服をどこにやったんですか!」

辺りを見回し、見知った顔である勇者を見つけると、その犯人以外にありえそうにない勇者に前かがみになり、肝心の部分を両手で隠して詰め寄る。

「残念ながら犯人は知ってるけど服は知らねぇな」

だがどこ吹くか風でシリウスを受け流す。そのまま真偽を確認するように僕のことを睨みつけるが、勇者の言う事は事実なので、そのまま勇者の言葉を肯定した。

「だが、まぁ今回ばかりはほんの少しだけ俺の過失もなきにしもあらずだからな。とりあえずはこれでも着てろ」

そう言って、身にまとっていたマントを脱いでシリウスへと投げ渡す。シリウスはまるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のようにマントへと手を伸ばして身に纏う。

「た、助かりました。しかしなんでこうなったのか、キチンと説明してもらえるんでしょうね」

「まぁ説明するのもやぶさかじゃないけど、今すぐ説明していいのか?」

「今すぐ以外、いつ説明するんですか!」

「とりあえずここを抜けだしてからだな」

「……………………え?」

シリウスが勇者の言葉を聞いてようやく周囲に目を向ける。

見れば教会の人間総出で分厚い聖書(どんき)を持って、悪人(へんたい)を滅するため着々と包囲網を完成させるところだった。

「…………僕は無実だぁぁああああ!!」

シリウスが叫び、泣きながら駆けだす中、勇者もまたそれに続いて包囲の薄い一角を突破して逃げ出した。


「とにかく時間がない。今すぐに動けばお前の服が売られる前に取り返せるはずだ」

教会からの追手を振り切り、裏路地を走りながら手短に事情を説明する。

盗品を捌ける場所などもとより限られており、そんな場所はどこも似たような雰囲気を醸し出している。だからこそ路地裏にあり、盗品を扱っていそうな怪しい店を探す。が、それだけではあまりにも情報が少なすぎた。

そして地理に疎い勇者がしらみつぶしに探すには、王都はあまりにも広すぎる。いつしか走る速度は遅くなり、途方に暮れて歩く足を止めていた。

路地裏から大通り、中央に噴水のある広場へと視線を向けて、亡羊と眼前に広がる平和そのものであるのどかな光景を見る。

だが、不意に勇者が駈け出す。

「とうとう見つけたぞ、あのガキ。あれだけじゃ授業料は足りなかったようだな。再び俺から物を盗むとはいい度胸をしているが、当然覚悟も出来てるんだろうな!」

その先にいたのは、勇者から財布をすろうとしたあの時の少年だった。

手にもつ服は間違いなくシリウスの服。それが、何よりも雄弁に事実を物語る。

だが勇者はうかつに近づかない。いや、近づけない。その横にはミアと呼ばれた少女がいる。以前見せた身体能力からも油断の出来る相手ではない。下手に手を出せば返り討ちにあうだろう。

故に一定の距離を置いたままで対峙し、得意の口先で丸めこめようとする。

「おい、ガキ。今すぐにその服を返せばここは見逃してやる。だがあくまでも逃げようとするなら俺も容赦しないぞ」

「……みゃ? エミル、何かわるいことをしたのかにゃ?」

ミアと呼ばれた少女は未だに事態を把握していない。そちらを先に丸めこめるために、勇者が口を開こうとしたその時。

「ミア姉…………あ、あいつが先に僕のお金を取ったからやり返しただけだよ。だから僕は悪くないんだ!」

「にゃ、だったらおねえちゃんがとり返すにゃ」

「ぬけぬけと……」

だが説得するにはもう遅いようだ。ミアは背負っていたハンマーを構えて真剣な目つきで勇者と向き合う。こうなった以上、何を言っても無駄だろう。

「っく、出来れば闘いたくはなかったが仕方がない。お前の実力の片鱗は前回の身体能力を見て知っているから手加減はしないぞ。こうなったら出し惜しみはなしだ。制約技、そして最終奥義を使う!」

「制約技? そんなのあるならあの時使えよ!」

「言っただろう、制約があるんだ。ある特殊な条件下じゃないと使えない。だが、ここならいけるはずだ!」

勇者の声にはここでなら使える、そして勝てるという確信があった。

条件付きの技、その効果がどれほどの物かは知らないが、どのゲームでもこういった技は必殺級の威力があるはずだ。ミアに勝てるとは思っていなかったがこの勝負、どうなるのか予想出来なくなってきたな。

今にも跳びかからんとするミアと、それを視線で制す勇者。張り詰めた空気が知らず呼吸を乱し、体力を消耗させる。

先に動いたのは勇者だった。大きく息を吸い――

「…………いくぞ最終奥義、『仲間を呼ぶ――改、助けを呼ぶ!』。警備兵さん、ここです! 助けてくださーい!」

「奥義ショボッ!? めっちゃ他力本願じゃん! たしかに予想外だったよチクショウ! 一瞬でも秘められた力とか必殺技を期待した僕がバカだった!」

それから助けが来たのはほんの十数秒後。勇者が叫ぶまでもなく、破壊音を聞いて駆けつけていたのだろう。駆けつけたそのままの勢いで、警備兵はあっという間に懐へ潜り込み、縄で両手首を縛った。まさに流れるような一連の技に、勇者はおろかミアでさえ行動を起こせなかった。

「貴様が王都で好き勝手してくれた者だな。現行犯で逮捕する」

「……………………へ?」

…………シリウスの両手首を。

「このような時間からそのマントの下に何も着ておらず、か弱い女の子に見せびらかしながら襲いかかるとは言語道断! 数年は出られないから覚悟しておけよ!」

「……ちょっ!? 誤解です! 逮捕するのは僕じゃなくてあそこにいる少女です!」

「どう見たってあのかわいらしい少女と、マントの下が全裸な貴様では不審者は貴様だろ。言い訳は牢で聞いてやるから大人しくしろ!」

「ちょっ、武器、あの()武器持ってますから! 完全に凶器ですから!」

「見苦しいぞ! どう見たってあの華奢な子があんな物を振りまわせるわけがないだろ! それにしても最近のおもちゃは精巧に出来てるんだなぁ」

「……ダメだこの人。ちょっ、勇者さん、見てないで助けてください。お願いしますから!」

王宮に仕える者の身分を証明する服は、エミルと呼ばれた少年が闘いのどさくさにまぎれて持ち去っている。シリウスの発言力が皆無である以上、勇者が口添えする以外にシリウスが助かる道はない。

「いや、俺も変質者の知り合いはいないんで」

だが勇者はこれ幸いとあっさりと切り捨てた。

「しゃれになってませんから! この状況でそのセリフは冗談になってませんから!」

屈強な警備兵ともやしなシリウスでは体格が違い過ぎた。

その場に踏みとどまろうとするも、あっさりと引き摺られていき、いつしか叫び声も聞こえなくなる。

「チクショウ! 仲間が増えるどころか減っちまった!」

「ただの自業自得だろ! むしろ何で助けなかったの!?」

「いや、もうあの流れは致命的だろ。もう助からないだろ。藪蛇になるくらいならせめて俺だけでも……」

「お前がそういう奴だってことくらい分かってたよ!」

「まあ待て。俺にはもう一つの奥義がある」

「いや、この流れで奥義とか言われても信用できねえよ」

「フッ、甘いな。さっきのは街中、さらに条件まで絞られた限定技、それも効果は知れているが、今回は違う。敵さえいればいい。つまりほぼあらゆる状況に応用でき、しかも効果はバツグンだ。見るがいい! 奥義、『すみませんでしたー!!』」

「「「……………………」」」

「フフフ、驚いて何も言えまい。どうだ、この相手をするのもバカバカしくなるほどの小物臭は? 戦う気力などとうに失せたであろう? さあ、ここは全力で見逃すがいい」

「本気で驚いたわ! たしかに何も言えねえよ! なんで言ってる事は卑屈なのに、そんなに上から目線なの? バカなの? なあ、お前本気でバカなの!?」

もうダメだ。絶対にコイツ勇者失格だよ。遠くから事態の推移見守ってる人達が本気でドン引きしてるよ。嘘みたいだろ、コイツ、これで勇者なんだぜ?

「ああ、それはそうとそこのガキとは姉弟(きょうだい)なのか?」

「――っ!? ダメだ、ミア姉! それに答えたら――」

「? ただのようじんぼうにゃ」

その答えを聞いた瞬間、勇者が嗤う。

ああ、この顔、絶対に悪だくみだよ。だってエミル少年を見つけた時の顔とそっくりだもん。

「なら俺たちの用心棒をやらないか? 報酬は一日チョロルチョコ2個でどうだ?」

「…………って、チョロルチョコこの世界にあんのかよ! しかも報酬セコイし!」

「にゃっ!? それっていまの2ばいってことにゃ!?」

「フッ、やはりそんな所か。チョロルチョコよりも甘いな少年。お前の財布事情から計算させてもらったが、やはりチョロルチョコ1個が報酬のようだ。その程度、俺の敵じゃないわ!」

「っく……。なら俺は2.2だ!」

「まだまだあ! 俺は2.7!」

「っく、2.75!」

「さぁああああああああんんんんんんんん!!」

なんて低レベルで熱い戦いなんだろう。

端っこでは数値が上がるごとに目を輝かせ、3と聞いた途端あまりの熱に倒れ込むミアがいた。……安いなあ。

「……フッ、中々にいい勝負だったが、まだまだ経験が足りんな。ま、そういうわけだ。今俺についてくれば英雄になれる。そうしたら好きなものを好きなだけ食べれるようになるし、毎日ふかふかな布団で眠れるようになる。どうだい?」

ここで勇者は必殺の言葉を口にする。

「にゃ!? そ、それはもしかしてケーキにロウソクも立てていいにゃ?」

「勿論、一本なんてケチなことは言わずに君が望むだけの、年齢分の本数でもそれ以上に多い本数でも好きなだけ立てられるよ。それに英雄になれば皆で毎日が誕生日パーチーだ」

その反応からトドメのクリティカルヒットを確信した勇者のたたみ掛けるような言葉に、ミアはすごい勢いで喰いついた。勇者の言葉を聞けば聞くほどに確執など忘れ。キラキラした、まるでヒーローを見るような目で勇者を見る。

その様子を見て勝利を確信した勇者がほくそ笑んでいた。

この子が仲間になるのは助かるが、しかしここまでチョロイと将来不安になる。まぁ背に腹は代えられないから見て見ぬふりをするけど。

「まかせるにゃ! これからよろしくにゃ!」

無邪気に笑い、安請け合いする。

あまりの急展開に理解が追い付かない程あっさりと、旅の仲間が増えたようだ。


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