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りあるR・P・G  作者: 吉本ヒロ
旅の仲間たち
3/12

王都にて

「いやー、ようやく王都にやってまいりました」

勇者が辻馬車から降り、少し歩いて外壁の門へとたどり着くと、どこかの旅番組のリポーターよろしく勇者が実況を始めた。

間近で見ると優に十メートルを超えるであろうその門の巨大さに圧倒される。そしてそこから続く大通りには人の波。

王都についたのはちょうど昼時。お腹をすかせた旅人や買い物客を呼び込もうと、大通りの脇に並ぶ露天から陽気な声がひっきりなしにかけられる。

市民にとって魔王の侵略は遠い地でのことなのだろう。その顔に怯えの陰はみられない。そして往来のRPGならば、王都であろうと人は少なく、目的地まですぐにたどり着けたが、ここでは商人や市民、そして勇者のような旅人まで、溢れんばかりの人で道は埋まり、まっすぐに歩くことも一苦労だ。

テレビ画面から流れてくる明るいBGMに紛れて街の喧騒まで聞こえてくる。まさに『生きている』といった表現が相応しいだろう。

今までにないRPGをしている、と実感を抱いたことで小さな感動に包まれながらも呼び込みの声で賑わう大通りを人波に揉まれながら、大通りを街の中心――王城へと歩を進める。

「ごめんっ」

意気揚々と大通りへ繰り出した矢先に勇者が少年とぶつかった。少年は余程急いでいるのか、真っ直ぐ歩くことさえ困難な人混みの酷い大通りを、時折通行人にぶつかりながら走っていく。

勇者はぶつかった少年を少しの間だけ見て――。人混みを縫うように先ほどの少年が走って行った方向へと駆け出した。



「チョロイな。見るからに旅に慣れてないただのお上りさんじゃこんなものか」

「チョロイな。相手の戦闘力も見極められない小僧なんてこんなものか」

「わっ!?」

少し行った所の路地裏に入り、戦利品の重みを確かめるように勇者の財布を片手で軽く上に投げては掴むを繰り返していた少年だったが、気付かれないよう追跡した勇者が背後に立って襟首を掴む。

誰もが追われれば逃げる。だからこそすぐには追わず、また追われていることに気付かれないように、人ごみに紛れて後をつけていった勇者の作戦勝ちだった。

少年もまた周辺確認を怠り、戦果を確認するために自ら袋小路に入ったのが間違いだったのだ。

「選ぶ相手を間違えたな。この俺様から盗みを働こうだなんて随分といい度胸をしている」

確かに悪事を働く相手としては難易度が高すぎる上に、金もなければ性格も最悪とくればどう考えても割に合わない。恐らく勇者の事だからわざとスられたに違いない。この少年は勇者の言うとおり相手を間違えてしまった。

そして勇者が少年との距離を詰めた直後には、勇者の手の中に財布が五つ握られている。

「……へー、ぼうや、随分と大金を持ってるんだねー? それにしてもお兄さん不思議なんだけど、どうしてぼうやはお兄さんがさっき失くしたばかりの財布を含めて、何個も財布を持っているんだい?」

「うるさい! いいから早く返せ!」

一つ一つ中身を確認しながらわざとらしく話す勇者は相当にウザい。が、少年には退路もなければ突破口もなく、せいぜい強がって悪態を吐く事くらいしか出来ない。そして勇者は少年が悪態を吐いた瞬間に口角をつりあげてニヤリと笑う。

「返せ、ね。この財布はお兄さんのなんだけど、どうして少年に返さないといけないのかな? それにさっきまでいっぱいだった中身が減ってるんだよねー。あ、もしかしてお兄さんの財布の中身をそれぞれの財布に別けたのかな?」

わざとらしいセリフと共に他の財布の中身を自分の財布に入れる、勇者と言う名のチンピラを止められる本物の勇者は、残念ながらこの場にはいなかった。

「そんなわけないだろ! いいからアンタの財布は返すから他の財布を返せよ!」

「へー、これが俺の財布だってことは認めるんだ。君のような少年を疑う事はとても心苦しい事だけどそれが君の手にあるってことはやっぱりスリかな? だとしたらやっぱり警備兵に連行しないといけないのかなー?」

「うっ」

警備兵、と言う単語に反応し、少年が僅かに怯む。

「まぁ地獄の沙汰も金次第、って言うし、君が誠意を見せてくれるって言うのなら僕も考えを変えることもやぶさかではないけど……」


勇者は81562ゴールドを手に入れた。


「そこは普通持ち主に返すだろ!」

「わざわざ持ち主探すなんてメンド……いや、持ち主探しても見つからないって。それに世界平和のための軍資金として貢献できるならきっと元の持ち主も本望だろうさ」

「間違いなく今メンドイって言いかけたよな! それ今更僕に取り繕う意味あるの!?」

「さて、と。心優しい少年からのカンパで軍資金も潤ったし、奮発して前祝のパーティーをした後に、今まで欲しかったけど手が出せなかったゲームやアニメの全巻セットでも買いに行くか。王都だし掘り出し物も期待できそうだな」

「普通に無視しやがった。しかも軍資金ってソッチの軍資金かよ!! 世界どころか個人さえ平和にならねえよ!」

「ひきこもりのオタクにとっての軍資金って言葉にこれ以外の使い道があると思ってんのか? それに何事も建前は大事なんだよ」

「確かにオタクにとっての軍資金って言ったらそういった物を購入するためのお金だけど、もう少し良い装備を整えたりとかあるだろ……」

「せっかく王都に来たのに金もないから泣く泣く諦めてたんだよねー。いやー、ホント少年のお陰だわー」

その言動は完全に勇者ではなくチンピラだった。

「ま、警備兵に突き出さないだけマシだろ。少年もいい教訓になっただろうさ。悪いことをするならバレないようにしろ、ってね」

「そこは普通悪いことをしてもバレるからやめろ、だろ」

「清く正しく生きる人間ほど損をする世界なのさ。そして自分以上の悪にも立ち向かっても負けて酷い目に会うだけだから無難で安全な格下ばかりを狙え、ってね。そもそもあの手のガキはこれくらいやらねぇとやめねぇんだよ。痛い目をみないと教訓にもならねぇしな」

いい教訓だろ、と自慢してくるかのように笑いかけてくる。魔族の王である魔王に半強制的でありながらも立ち向かう勇者は、魔王よりも悪である自信でもあるのだろうか。

しかし実際こいつ以上の鬼畜もそんなに存在はしないだろうな、とも思えてしまう。

「にゃ、エミルはそこで何してるのかにゃ?」

「ミア(ねえ)……」

そんなやりとりをしている最中、気付けば勇者たちの背後にいた猫耳としっぽを生やした小柄な少女が、舌っ足らずな口調で少年に話しかけた。

まだあどけない容姿をしているが、その背中に、その小さな体よりも遥かに巨大なハンマーを背負っているのがシュールだ。

「へー、君の弟のエミル君が僕に迷惑をかけたんだけどどう責任とってくれるのかなー?」

あれだけ絞りとっておきながら少年が思わず姉と呼んだのを聞き逃さず、弱みに付け込んで更にたかる気のようだ。勇者は小悪党さながらな笑みを浮かべながらミア姉と呼ばれた少女との距離を詰める。

少女は現状を把握できていないのか、未だに勇者とエミルとの間を何度も視線が移り変わる。そしてようやく得心がいったのか、ひとつ頷いて巨大なハンマーを軽々と担ぎ上げる。

「…………武力行使、ね。でも君みたいな子供が持ち上げられるってことは張りぼてかなー?」

あれだけ大きなハンマーは大の男でも持てないだろう。

そう高をくくっていたが、予想を裏切り目の前の少女がそのハンマーを持ち上げた事に対する勇者の反応は、当然と言えば当然の反応だった。

何歳かは分からないが、見た目は十代前半であろう少女で、それもむき出しの腕は細く、全体的に華奢な体だ。

「しょうこいんめつするしかないにゃ」

ドォン、物騒な単語が聞こえてきたかと思った直後に隕石でも落ちてきたのか、と問いたくなるような轟音が響き、勇者の目の前の地面が陥没してクレーターが生まれる。

衝撃波と共に数メートル後方まで飛ばされ、尻もちをつき、飛び散った石片が体中に当たり、頬を掠めたのか血が滴る。それなのにあまりの驚きに痛みさえも感じていないようだった。

「…………ちょっ、ヤバ!! なんだよあのハンマー!? 地面陥没してる! 見せかけじゃないの!? あんなんくらったら絶対に死ぬ!!」

「え、何。いきなりイベントバトル!? 装備品何もないのにまさかの街中でバトル!? イベントだよね! これはただのイベントだよね!?」

突然の命の危機に瀕したことで思考を停止した脳がようやく動き出し、状況を理解したことで体の硬直も解けたのだろうが、それらと引き換えに圧倒的な危機感が押し寄せる。

それにしても状況は最悪だ。装備を整えていたとしても勝てそうにない相手。ましてや心構えもさえも出来ていない。

「うにゃー、しっぱいしたにゃー。やっぱりしごとがえりじゃつかれてるにゃ。もういちど……」

ミアと呼ばれた少女はそう言ってなんの気負いもなくハンマーを担ぎ直し、再び振りかぶる。

「ちょっ、ちょっと待て!!」

「みゃ? どうかしたにゃ?」

……待つんだ。恐らくテンパって反射的に出た言葉で、勇者も素直に待ってもらえるとは思ってなかっただろうに律儀にもそのままの体勢で勇者の次の言葉を待つ。

「とにかくここは穏便に話し合おう」

勇者はこれを好機とみたかさっそく説得を試みる。

「でもこうしないとエミルがつかまっちゃうにゃ」

「それなら大丈夫! 決して警備兵に突き出そうとかそういうのじゃないから! それにここでこれ以上騒ぎを起こせば……いや、もう手遅れだろうけど君が捕まってしまうよ」

「みゃっ! それは困るにゃー。……ここはいますぐたいさんにゃ」

そう言って勇者の脇を抜け、自分と同じくらいの身長のエミルと呼ばれた少年を抱えるやいなや、四メートルはあろう目の前の壁を三角飛びの要領であっさりと跳んで超える。

子供とはいえ、人一人を抱えたままとは思えない程のあまりの早さに、勇者でさえ引き止めるために伸ばした手を下げることもなく、唖然として見送る他はなかった。



「さて、と。最後は訳わかんなかったが、金も手に入ったし(いくさ)の前の腹ごしらえってことで王宮に行く前にメシ喰いに行くぞ」

「戦?」

「戦いだよ。王様との一騎打ちだ。どれだけ資金を引き出し、仲間を増やせるかはこれにかかってる」

もっともらしい口調で言うが、この勇者がそう言うセリフを言ったら嫌な予感しかしない。しかし今の所止める手立てもなく、イベントも進まないので、仕方なしに流しておく。それよりもゲームに集中していて気付かなかったが、勇者の一声でようやくちょうどこちらの世界でも昼時だという事に思い至る。

勇者は大通りの中ほどにある、偶々目に付いた近くの定食屋へと足を進める。

昼時という一番のかき入れ時にしては幸運にも、丁度食事を終えた組が席を立ち、そこに入れ替わるように勇者が座る。人々の話し声、食器と食器がぶつかり合う音が聞こえてくる中、勇者の注文した鶏の香草焼きとスープが届き、少しの間アップで映し出される。こちらにまで出来たての美味しそうな匂いが漂って来そうな錯覚を覚えたが実際にそんなことはなく、モニターの向こうとは対照的に現実ではカップラーメンの醤油味の匂いと一人侘しく麺を啜る音だけが部屋に響いた。


食事を終え、ようやく城門までたどりつき、そこに立っている衛兵に書状を渡す。勇者の(なり)から怪訝そうな顔をされながらも、ここで待つように告げて、一人が城の中へと消えて行った。

最低限の身体検査を終えた後で、兵士に連れて行かれた場所は、数千人規模は入るであろう大広間だった。

中央には数十メートルもある深紅の絨毯が一直線に敷かれ、左右に直立した文官武官が勇者へ値踏みするような遠慮のない視線をぶつける。中には隠しもしない、田舎者への侮蔑さえみせる者もいた。そしてその先、玉座に座る一人の老人は間違いなく王であろう。

だが勇者は怯むことなく、むしろ堂々と、自らが王だとでも言うかのように、先導してきた兵さえ置きざりにして胸を張って歩く。

「まさか本当にアンタが王様だったとはな、深紅の(クリムゾンキング)

「それはこっちの台詞じゃ。まさかお主が勇者だとは思わんかったわい、我道を往く勇者(ブレイブロード)よ」

王まであと十歩程、という距離で立ち止まり、簡易な礼さえとることなく不遜にも言い放った。

田舎の引きこもり、それも平民なのだから当然ながら初対面だと思っていたが、どうやら王様の反応からも知り合いだったようで、失礼を咎められるような事はなかった。

「始めは何の冗談かと思ったが、その限定モデルの指輪、そして何より俺の二つ名を知っている」

「勇者の身元確認のために配下の者にお前さんを調べさせたら、どうにも頻繁にある空間に出入りしておるそうじゃないか。始めはどうにも信じられんかったが、お主を見て納得したよ。ずっとリアルで会ってみたいと思っておった、我が宿敵(ライバル)にして親友(とも)よ」

一定の敬意を払いながらも油断ならない相手、そんな複雑な感情を抱いた目で互いを見る。

「それでは、本題に入らせてもらう。……改めて勇者よ、いつかの続きを。どうしてお主は旧スク水派なのじゃ! 男なら黙って白スク――」

「んんっ! 陛下、余計な話をする時間などありません。すぐさま本題に入っていただけますか?」

大臣の一人が咳払いをして注目させ、静かだが有無をいわさない口調で本題に入るように促した。

「これがほんだ……いや、なんでもないぞ。リアルで宿敵(とも)と会えて思わず感情が高ぶったわい。この議論は必ず後でするからの。それでは大臣が煩いからすまんが少しの間王様モードでいくぞ」

そう言って居住まいを正し、威厳を纏い、深い知性を宿した瞳は、確かに一国の王の姿だった。

「勇者よ、我が求めに応じてよくぞ来てくれた。そなたも存じておるとは思うが、近ごろの魔王軍は以前にも増して暴虐の限りを尽くし、国境沿いの村に多大な被害を及ぼしておる。刺客として送り込んだ百名の精鋭もまた連絡を絶っておる。このままではいずれはより深くまで侵攻され、この国、ひいては多くの民が蹂躙されることになるじゃろう。じゃから先代勇者の血を引くそなたの力をもってして元凶である魔王を退治してほしいのじゃ」

そこに、先程まで勇者とふざけあってた老人の姿はなく、民を憂う、一人の王がいた。

「え、勇者とかいやですよ。そもそも城に来たのはついでですから」

「………………は、ついでじゃと? それでは一体何しに来たんじゃ、貴様は」

だがこの場に『王』は存在したが『勇者』は存在しなかったようだ。

流れが決まっていたはずの面会が、あまりに予想外すぎる勇者のこの一言に王様を始めとする周囲の人間も我が耳を疑い、騒ぎ出す。

勇者になって世界を救う、と言っていたのはどうやら嘘だったらしい。

個人的にはそれならそれで構わないが、レベルとかをご丁寧に引き継いでくれる親切設定があるかは怪しいから、レベルが上がる前に早いところ本物の勇者を出してほしいものだ。

「いやー、これだけの名目があるなら両親に気兼ねなく堂々と観光とか出来ますし、このままうるさい親から解放されて青春を謳歌しようかな、と。城に来る気もなかったんですが、カンパしてもらった分、一応幼馴染の顔を立ててやろうかなと思いまして。なんてったって王都にはオタクの聖域であるアニメーズがあるじゃないですか!」

カンパじゃなくて貸しただけだと思うのだが……。

「おお、さすがは勇者じゃ。それはワシが大臣の反対を押し切って誘致しての。それで――『ゴホン』……それにしても空気を読んでこの場だけでも引き受けるとか色々とあるじゃろ」

「形だけであろうと、既成事実を作るわけにもいかないので」

早くも王様モードは崩れ、そして大臣の咳払い一つでめげた王様と違い、勇者は要求を笑顔でバッサリと切り捨てる。

「そもそも一国の軍隊でさえ魔王へたどり着く前に全滅したのは周知の事実。それが今まで本格的な戦闘を経験したこともない、田舎で引きこもってただけの村人が魔王を倒せるなんて本気で思ってます? 旅の途中でのたれ死ぬのがオチですし痛いのとか、疲れることとか嫌ですし」

王様の前でここまで物怖じしない庶民はコイツくらいなんじゃないだろうか。ある意味尊敬の念を抱かずにはいられない。正論とはいえ、間違いなくバカのとる行動だし、不敬罪で斬首になってもおかしくないけど。

「……っふ。あまりワシをみくびるなよ。なんとなくだがそんな反応も半分予測しておったのでな。そんなお主のために、使者の者がお主の母君から伝言を預かっておる」

「伝言?」

母親から、ということを聞いて怪訝そうな顔と嫌そうな顔、半分ずつ織り混ぜたような表情をしながらも先を促す。

「ちゃんと魔王を倒さなければ部屋にあるマンガやアニメ、全てをブック○フに売っちゃうわよ、ハート、だそうじゃ」

「あのババア、何て事を!! しかもいい年してハートとか似合うと思ってんのか!!」

「その代わりにちゃんと退治してきたら、どんな自堕落な生活をしても構わないし、前から欲しがってたアニメの限定版全巻セットを何本でも買ってア・ゲ・ル、だそうじゃ」

「母様愛してる!! 王様も魔王退治ならこの勇者、勇者にお任せを!!」

……相変わらず現金な勇者だった。しかもなぜか選挙風だし。

それにもし魔王を退治したら報奨金とか出るだろうから、きっと母親の懐は痛むどころかとても潤うんだろうな、と思ったが、勇者がやる気を出せば、と言うかやる気を出さないと話が進まないから敢えて何も言わない方が良いのだろう。

母親の洗脳レベルの教育に感謝だ。

「それでは例のものを……」

王様がそういって、後ろに控えていた従者を促す。

従者が無言で勇者の目の前まで歩き、恭しく片膝をついてクッションの真ん中に置かれた小袋を差し出した。

「待ってましたー」

勇者が上機嫌でそれを受け取り、さっそく袋の口を開いて中を確認する。

「……て王様、なんで軍資金がたった千ゴールドなんですか! これじゃ装備一式もロクに買えないじゃないですか! どうせたっぷりと宝物庫にお宝が眠ってるんでしょ? 一つくらいお金に換えても緊急事態ですから誰も文句はいいませんよ。それに相手は魔王ですよ? 倒さないと世界滅ぶんですよ? やっぱ自分ひとりに丸投げする時点で絶対に期待してないですよね!? 軍隊連れて行くとか、色々あるじゃないですか!」

どうやらあれだけの臨時収入を得ていながらまだたかる気のようだ。

「魔王軍のせいで家を失った民たちの保証や、毎日のように発売される膨大な量のゲームやアニメのせいでこの国の財政も厳しいんじゃ! それに宝物庫は既にワシのコレクションしかのこっとらんワイ」

「それならしょうがない」

「え、しょうがないんだ!? 後ろの二つは王様のボケなんじゃ……」

「しょうがないに決まってるだろ!! オタクのコレクションと言えば両親からは諦め混じりに働けと尻を叩かれ、妹からは汚物を見るような冷たい視線で見られ、友人だと思っていた奴からはコレクションだけでなく本人までゴミと言われ、世間の偏見にまみれた目に晒される。そんなあらゆる障害を排除し、人生を懸けて集めた、言わば血と汗と涙の結晶。それはそのオタクの生き様だ。それを奪うなんて一オタクとしてできねぇ」

「うん、とりあえずお前の方がよっぽど偏見だ」

「それに見ろよ、あの顔。絶対本気だぞ」

「さすがは我道を往く勇者(ブレイブロード)だな。オタクのなんたるかを理解しておる。それに安心せよ。余もそこまで薄情ではない」

「王様ももっと現実を見て!」

ああ、この声が届かない事が悔やまれる。今なら身分に関係なく激しいツッコミを入れられるのに。

「あ、やっぱりせめて装備一式くらいは……」

「配下の者を一人共につけよう」

「一人って……、いや、でもここはセオリー通り回復魔法が使えるシスターとかですよね?  おしとやかで優しくて献身的で、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるような。そして最後は魔王なんて放っておいて愛の駆け落ち! それなら逆に……うん、むしろ二人きりで愛を育めと言わんばかりの最高のシチュエーション。――これはこれでアリだな。さっすがは王様ー」

「鏡を見ろよ。お前がそんなにモテルわけないだろ」

「お前バカか? 主人公は無条件でモテル、そして強いんだよ」

「バカはお前だ。お前自分で自分のこと弱いって言っておきながらどうなの、それ。せめて主人公を名乗るんならそれらしい行動とってからにしろよ」

僕の存在が解らない王様には勇者が独り言を言っているように思えたのだろう。怪訝な顔をしていたが、この変わり者の勇者と言うことで敢えて聞こえないふりをしているようだ。

「期待に応えられなくて悪いが、シスターではなく魔術師じゃ」

「んー、セオリーからは少し外れてるけど、お色気溢れるオネーサンの魔女コスシュチュームもアリだな」

「とにかく、そこから離れよ」

こめかみを押さえながら呻くように言った。所々で王様モードに入っているからか、中途半端にまともな対応だ。しかし流石は王様。ここまでキレずにいられるだけでもたいした忍耐力だろう。が、この場にいるのは王様だけではない。

「勇者殿も、もう少し『勇者らしく』されてはどうかな。もっとも、どれだけ取り繕おうと実績もないままに金をせびり、くだらん話に花を咲かせる勇者殿を『勇者』と見てくれる人間が何人いるかなど知らないが」

居並ぶ臣下の中でも一際目立つ豪奢な衣装を着こなす一人の男と、その周囲にいる数人が嘲笑を向ける。この場の多くが、賛同こそしないが否定もしない。が、恐らくそれは公の場だからこそだ。内心で賛同している者は多いのが、この場の空気から良く分かる。

自分達からこの場に呼んでおいてあまりに自分勝手な言い分に腹が立ったが、それでも笑われた当の勇者はどこ吹く風で気にも留めてないようだった。

恐らく気にしても無駄という事を分かって無視しているのだろう。

こちらの声も届かず、何より言われた本人が耐えているのなら僕が言えることは何もなかった。

「今発言権を与えたつもりはないぞ、ロックフォード公爵。勇者よ、念のために言っておくが男の魔術師になる。宮廷魔術師の中でもかなりの才能を秘めておる者じゃが、魔法職にありがちで打たれ弱いから、そこは勇者であるそなたが上手にフォローしてやってくれ」

「才能はあるけど実戦経験はない、とかってオチじゃないですよね?」

「…………さて、それじゃさっそく呼んできてくれ」

勇者の言葉は完全にスルーして先ほどの従者に何かを告げる。従者は頷くや否やどこかへと走り去って行った。

直後に入口の影で待機でもしていたのか、時間軸などおかまいなしに都合良く従者が出て行った扉から一人の男が入ってくる。

眼鏡の下には数日にわたり徹夜で研究でもしていたかのような色濃い隈があり、手入れのされていない長い髪はボサボサ、ヨレヨレな服の上からも分かる細長い体躯で、呼ばれたからとりあえず研究用の服の上からローブだけでも纏って来ました、といっているかのようないかにもなダメ人げ……ではなく引きこも……でもなく魔術師といった風貌である。

「紹介しよう。彼が君の旅に同行するシリウスじゃ」

「弱そ!! 本当にこいつ打たれ弱そうじゃないですか。スライムの体当たりみたいな攻撃でもかなりのダメージ食らいそうだし! このもやしっ子みたいなのを王宮で大量に純粋培養してるんですか!?」

 勇者は相変わらず初対面とか関係なく言いたい放題だな。

「いや、そやつは図書館での純粋培養じゃ。キノコみたいに暗い所が好きでのぉ。ジメジメとした雰囲気が見るだけで不快になるのじゃ」

「王様酷っ! そして魔術師、弱っ!? 驚くほど打たれ弱っ!! え、つーか打たれ弱いってそういうこと? 精神的な意味!? 出てきて十秒で魔術師落ち込んじゃったじゃん。王様も悪乗りしすぎだろ。これだけ言われれば絶対に落ち込むし!」

そして王様も容赦なかった。勇者のセリフの途中から魔術師は早くもorzの恰好で塞ぎこんでいた。

王様は魔術師が精神的にも打たれ弱いことを知っていながら追い打ちをかけた以上、確信犯であることに間違いないだろう。王様の言葉がとどめになったのか、大理石の床に出来ている水滴が零れたような点がいくつか光っているように見える……のはきっとテレビ画面が光を反射しているだけなのだろうと思いたい。

「さて、事務的な話は終わったから本題に入るかの」

傷ついている魔術師のことは完全に無視して、王様が話し出す。

ただならぬ雰囲気を感じとったのか、急に畏まった口調と態度で王様と接する勇者。

「して最も重要な本題なのだが勇者よ、一つだけ質問がある」

「なんなりと」

「お主にとって『萌え』とは?」

王様モードはいつの間にか解けていたようだ。

その一言で家臣一同はかぶりを振るう者、額に手をやりため息をつく者等、それぞれが最大限に呆れている事を思い思いの仕草で表現した。もはや付いていけない、といった想いがありありと伝わってくる。

しかしそんな周囲に反し、勇者と王様の間にまるで戦士同士の一騎打ちで、それもお互いが極限まで命を削りあい、あと一撃を受けてしまえば倒れてしまう、そんな状況に等しいまでの緊張が走った。

「…………その質問は奥が深いですね。悟りを開けば『萌え』はありとあらゆる物に存在します。その境地まで行き、なお()つ私は原点に戻ってドジっこメイドを推しますね。あの何度失敗をしても立ち上がり、主のために健気に頑張る所は筆舌に尽くせません」

「むっ……」

一瞬勇者と王様が睨みあい、王様が勇者に歩み寄って固い握手を交わした。

「さすがはわしが見込んだ通りの勇者じゃな。しかし残念なことにこの王宮には理解者がおらんでの。実際は希少価値の高い絶滅危惧種になってしまっておる。それ故に以前から大臣に言っておるのに一人もこの王宮にはおらんのじゃ」

ダメな王様だった。優秀な家臣がいなかったらこの国はきっととうの昔に滅んでいただろう。

恐らく家臣が居並ぶ中、王に比較的近い位置にいて、顔をしかめているのが大臣だろう。他の臣下以上の諦観や怒り、その他様々な感情が入り混じったとても複雑な顔をしている。

僕自身、王様の気持ちは分かる、分かってしまうが、実際にそんな存在が居たら迷惑極まりないだろう。なんせ高価な調度品を壊され、掃除をするはずなのに、物を散らかすようなメイドがいたら迷惑極まりないだろうから。

「やはり勇者よ、お主のような者はここに残ってわしの話し相手になってほしかったんじゃがのう。残念なことにお主を旅に出さないと物語が終わってしまうのでな、すまんが逝ってきてくれ」

…………なんか発音が微妙に違った気がしたけどきっと気のせいだよね? テキストの方は変換間違えって事にして、テキストを見ることが出来ない筈の勇者は気付いてないようだから気のせいって事にしよう。

「最後に一つ、伝言を頼まれておっての……」

「伝言?」

「お主の両親からじゃ。それでは読むぞ。どうせお前のことじゃから十分な準備もなしに出ることになったのだろう。コレを持っていけ。お守りだが、気休めではない。必ずお前の身を護ってくれるだろう、と」

そう言って手紙に同封されていた物を手渡してきた。

人形(ひとがた)ではあるが勇者に似せて造られたというわけではなく、まるで呪いの藁人形のような簡単な造りになっている。……これを使って魔王とか倒せないのだろうか。

勇者も同じ感想は抱いたのだろうが、もっとまともなものを渡せよな、なんてぼやきながらしっかり懐へ入れているあたり、やはり親の愛情は受け取っているのであろう。

「話は終わりのようですから、こちらからも最後に一つだけ。先程からずっと気になってたんですが、お妃さま、なんか重要そうな場所にいるだけで何も喋らないんですけど居る意味あるんですか?」

「勇者よ、そなたの旅に幸多からん事を」

「はい脈絡のない会話来たよ、村人でさえ会話成立するのにまさかの王妃が使い古されたテンプレ文だよコレ。何話しても同じ事返ってくるやつだよコレ」

「お飾りですから」

「………………いや、なんか、あの、はしゃいじゃってすみません」

これ以上踏み込んではいけないものを感じ取ったのか、あの勇者が謝罪する。そんな勇者に、妃は祝福するかのように優雅に微笑んだ。


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