スノーヴィアの聖女3
「…………おのれ勇者ァ……よくも、小賢しいまねをしおって」
「おいおい、せっかく部下の分の墓石まで用意してやったんだからお前も素直に眠ってろよ」
あれで死ななかったのはさすがに魔族といったところか。
だが体力ケージなどなくとも瀕死なのが分かる。正直このまま放っていても勝手に死ぬかもしれないレベルだ。
それでも剣を杖代わりにして膝立ちになり、子供を盾にしながら片手を子供の首に添えていつでも殺せるように牽制しているせいで誰一人として身動き一つとれない。
先程の経験から、もはや奇襲も通用しないだろう。
「おい、勇者……」
この状況で返事はない。しかし言いたい事だけは伝わったのだろう。今度は正攻法である説得にかかった。
「おいおい、どうせこの状態じゃそのガキを殺したってその後すぐに袋叩きにあって殺されるのは目に見えてるだろ。投降すりゃ悪いようにはしないから諦めろって」
「そんなことくらい分かってる! だがお前を殺せないにしても、一人でも多くの人間を道連れにしなければ魔族としての矜持が許さん」
「だから冷静になれって。ここで何の力も持たない子供一人を殺したって、ただの八つ当たり。つまりここで子供を殺す意味なんて何もない。お前の自己満足で終わるだけだぞ」
「…………っ、そんなこと、貴様に言われなくても分かっている! だがどうしろというのだ!? 他に手段はないのならこうする他あるまい!」
「もう一つあるだろ。例えば謝罪、とかさ」
「勇者、お前……」
「惨めに泣きながら鼻水たらして許しを乞えよ。……さ、皆さんもおねがいしまーす」
「「「どーげーざ! どーげーざ!」」」
「もはやどっちが悪魔か分からねえし……」
勇者の音頭に合わせ、村人たちの大土下座コールが始まる。
その輪の外れでは何かトラウマでも刺激されたのか、何故かシリウスがショックを受けたように蹲って耳を塞いでいた。
「…………お前たちもか、お前たちもバカにするのか! ならもういいだろ、殺せよ! どうせ俺なんて生きる価値なんてないんだから一思いに殺せよ! 他の四天王どころかその部下よりも弱いからって周囲からバカにされて、それでも妻子の為に必死で働いて来たのに離縁状叩きつけられて……。だから後方撹乱の名目で距離を置いたら、偶然にも勇者がいたから弱い段階で手柄の為にも殺そうとしたら、逆に殺されそうだよ。笑えよ、笑えばいいだろ!」
「…………ヤベエよ、本物だよ。なんか触れちゃいけない琴線に触れちゃったよ」
追い詰められた犯人特有の自殺衝動に駆られたようだった。面倒くさい事になってきた気がすると思いながらも、いたたまれない空気が周辺を包みこむのを感じる。
勇者でさえやり過ぎた、という表情を浮かべ、どうしていいのか分からずにそれとなく周囲に視線を向けるが、村人たちの誰もが厄介ごとを押し付けられないように視線を合わせないようそれとなく逸らす。
「そんなことはありません!」
そんな中で出てきたのは、マリアだった。
決して大きくない、だがなぜか力強い声が暗い空気を打ち消す。
「そんなことありません。貴方は大切な人の為に傷つくことができる尊い人です。たしかに褒められた事ではないかもしれない。それでも自らが汚れることを、傷つくことを厭わない献身が出来る方なら、どうかその人たちの為にも投降してくれませんか? 今すぐに傷の手当てをすれば助かるかもしれません」
「…………私は魔族だぞ? それも村中を騒動に巻き込み、罪のない子供を手に掛けようとした。許される筈がない」
「その子を放してくれれば、私が酷い事をさせないと誓います。ですからどうか……」
マリアの嘆願に、迷いの色を見せ始める。
このまま見守るのか、この隙に救出を優先するか。誰もが迷い、万が一を考えて行動に移せない中、俯き気味だったデュノの顔が上がる。
「これだけの事をしたのだ。許されるつもりはない。だが、私にも子供がいる。ここで関係のない子供を巻き込む事はすまい。その代わり勇者よ。貴様に一騎打ちを申し込む! 今度こそ卑怯な手段はなしで、だ」
「…………いいだろう。だからそのガキを放せ」
一瞬の逡巡を見せ、しかし勇者が一騎打ちに応じたその時だった。
ヒュンッという空気を切り裂く音。そして直後、トッ、と何かが軽い音がしたと思ったらデュノがゆっくりと前のめりに倒れる。
一瞬、勇者の仕業かと思ったが、それはすぐに否定できた。勇者さえも驚き、何が起こったのか分からない、そんな顔をしていたからだ。倒れたデュノの背中には矢が突き刺さり、それが残された僅かな体力を削った事が分かる。
そして遥か遠くに見える人影が、構えていた弓をおろす。
あの人物がデュノを狙撃したのだろう。
だが今はそんなことよりも倒れたデュノの元へと勇者とマリアが駆け寄る。
「…………もし……このまま……私の国に行くなら……妻と子供に……伝えてくれないか。……いつまでも愛している……と」
「ああ、出会う機会があれば確かに伝えてやるよ」
デュノが最期の力を振り絞りって告げた言葉を勇者もまた受け止める。
治癒魔法は、魔族への効果はない。
マリアは失われていく命を塞ぎ止めるように、その手が血で濡れることも厭わずに傷口を強く抑える。
だが、言うべきことを言って力尽きたデュノの全身の力が抜けた。
「…………バカ野郎が」
勇者の言葉以外に、呟く者は誰もいなかった。
そんな時、勇者の元へと駆け寄ってきたのは誰よりも勇者の事を知っている人物。
「ピンチみたいだったけど無事でよかったわ。しかし、子供を人質にとるとはさすがは卑劣な魔族ね」
「「「………………」」」
「……え、何? なんでアタシ、無言で睨まれてるの!?」
駆けつけてきたのは勇者の幼馴染であるリーゼだった。