06 最悪のチーム、最良のチーム?
大和が春樹と桐花の二人を伴ってサバゲー部の部室へ向かっている途中、無線が入った。
『──大和、今年の新入生どもは軟弱すぎるぞ。まるで相手にならん!』
声の主は紫だった。
ゲームをしている裏校庭のほうでは、一年生のチームの約半数はこの紫の手によって殲滅されているという状況だった。生き残っているチームもとても紫には対抗できず、苦戦を強いられているらしかった。大和が携帯型の端末で確認した各ノードの現在地、つまり被弾判定装置をつけているプレイヤーの現在地は、紫の一点を中心にしてまさに蜘蛛の子を散らしたような分布図を示していた。
「紫……。君、手加減してあげる気はまったくないみたいだね……」
『無論だ。なんなら大和、貴様が一年生側で参戦してきても構わんぞ』
「うーん……。いや、それはやめておこう。ちょうど追加の参加者もいることだし」
『……ほう? それは楽しみだな』
そこで無線通信は切れた。大和は笑っていた。
「まぁ、ああいう言い方をしてるけど、紫も今年の一年生たちには期待してるんだ。なにせうちの部には二年生がいない。去年は色々あったからね……」
そりゃあこれだけ〝洗礼〟を受ければ入りたくもなくなるだろう……と春樹は思ったが、言わずにおいた。
そうして大和が独り言のようにつぶやいているうち、程なくしてサバゲー部の部室に到着した。
そこは裏校庭の付近にある弓道場だった。弓道部が廃部になり使われなくなったのを利用しているらしく、本来は矢を射るはずの的場が銃の射撃場として改造されていた。かつては木製だった円形の的はIB弾用の金属プレートに、あるいは人型をしたマーカーに換装されていた。弓道場に入って右手奥の更衣室やロッカーは、今ではエアガンを収納し陳列する武器庫へと変貌していた。
その武器庫をあさり、大和は桐花の分の装備を用意した。
「桐花ちゃん、使用する拳銃になにか希望はあるかな?」
「べつに……あたしはこれでいいし」
そう言って桐花がスカートのポケットから取り出したのは、例のテーザー銃だ。実銃に勝るとも劣らない危険なシロモノである。そんなものをぬっと持ち出す女子高生は実に不気味だ。セーラー服で機関銃を持ち出すくらいに奇妙だった。
「あほかお前は。そんなもん使えるか」
と春樹はため息を吐いた。即座に桐花のぎろりとした冷たい敵意の視線が返ってきた。
「まぁリアルに危ないっていうこともあるけどね。エアガンじゃないとHDDが使えないからね。さぁ、どの銃がいいかな。ベレッタ? グロック? それともシグアームズ? ここに残っている分ならなるべくご期待に沿えるようにしよう」
「そんなこと言われても……わけわかんないし……」
「はは、ごめんね。それならハルくんに選んでもらおうかな」
と、春樹は突然のように話を振られた。
「なんで俺が……」
「だって君は色々と知識があるみたいだし、それに桐花ちゃんは君のペア相手だからね」
というのを聞いて、春樹と桐花の二人は同時に猛反発し出した。どちらが先だったかわからないくらいにどちらも全力で素早い抗議だった。
「ちょっと待ってよ! なんであたしがこの変態なんかと組まされるのよ!」
「俺は林之介とペアだったはずだろ。あいつは馬鹿だが、こいつよりは百倍マシだ」
互いにとげのある言い方で、二人はいがみ合って一触即発の状態となった。それをなだめる大和もなかば呆れたような顔をしている。
「まぁまぁ、桐花ちゃんは途中参加なんだししょうがないじゃないか。それにハルくんは一度ゲームを不正に離脱してるよね? だから林之介くんとはちょっと組ませられないな」
「だからってこいつじゃなくても!」
二人が口を合わせて同じことを言う。そしてまたいがみ合う。
「あんまり反発されると、女子トイレの件がうっかり口を滑るかもしれないなァ」
と大和が弱みを持ち出して、ようやく二人はしぶしぶ了承をした。鬼畜眼鏡はやはり策士である。
「さてハルくん。桐花ちゃんの武器はどうする? メジャーなものはだいたい揃ってるよ」
「……はぁ。わかったよ選べばいいんだろ。おいキリカ、ちょっと手を貸せ」
春樹はぶすっとした顔で、桐花のほうに右手を突き出した。
その手の意味が分からず、桐花は怪訝そうにじっとにらみ返してきた。
「な、なによ」
「握手だよ。握手」
「はあ? なんであたしがあんたみたいな変態とよろしくしなきゃいけないのよ?」
「馬鹿、手のひらの大きさを知りたいんだよ。銃のサイズに関わることだ」
「っ……! そういうことは先に言いなさいよ!!」
桐花はバシッと乱暴に春樹の手を取った。ビンタだったんじゃないかというくらいの乱暴さだった。春樹もその痛みに思わず眉をしかめた。
「……べつに、よろしくとか言わないからね。ふんっ」
手をつないだまま悪態をつく桐花。春樹も春樹で無愛想だった。二人は奇妙な握手を交わし合った。
「……おいメガネ。グロックの19か、シグの228はあるか?」
「P228のほうならね。グロック19はたしか琴子ちゃんが持ってたかな。それでいいかい?」
春樹が頷くと、大和は鍵付きのロッカーを開いて目的のケースを取り出した。その中に入っていたのは〝P228〟という、桐花のような女子でも取り回しやすい小型の拳銃だった。春樹に支給された大型で重量感のあるMK23とは実に対照的なものだ。
その後使い方の説明と試し撃ちを終え、桐花の準備が整った。テーザー銃を振り回しているだけあって桐花は──少なくともそこいらの女子高生よりは──銃の扱い方に関しては飲み込みが早かった。小型でオーソドックスな自動式拳銃であるP228の使い方をすぐに覚えた。
そして、もちろん春樹と桐花の左手首はそれぞれ手錠でつなげられた。ここに最も陰険で不釣合いなチームが出来上がったのである。
「ヘンなことしたら撃ち殺すからね。この変態」
「しねーよ……。お前こそ面倒事は起こすなよ」
ゲーム参加の直前になってさえ二人はいがみ合いを続けていた。
その二人を見て、大和は思い出したように春樹に言った。
「ところでハルくん、もうさっきみたいにズルい真似はしないでおくれよ? まぁ、あれはあれですごいスキルだと思ったけどね」
春樹が銃の部品を使って手錠を外したことは既に知られていたらしい。
「なんだ……バレてたのか」
「うん。事故や怪我人が発生したときのためにHDDが音声を拾ってるからね」
「……なるほど。地図のダメ出しが聞かれてたのもそれのせいか」
そこで春樹は今度はどうしたものかと思案し始めた。このときになってさえ、春樹はもとより真面目にゲームに参加する気はなかったのだ。
その春樹の気が変わり始めたのは大和の言葉を聞いてからのことだった。
「ハルくん。もし君がこのゲームに勝てたら僕は君のことをすっぱり諦めるよ。まぁ君が負けたらうちの部に入ってもらうけどね」
「……それ、俺にメリットなくないか」
「ははは、さすが抜け目ないね。それならこうしようか。君が勝ったときは、僕は君がうちの幽霊部員になることを黙認する。それなら君は他の部活動をしなくてもいいし、トイレ掃除も免れられる」
「入れるだけ入れといて、後からなんかさせようってんじゃないだろうな」
「大丈夫、約束は守るよ。まぁ……君が紫に勝てたらの話だけどね? うちの紫を甘く見てもらっちゃ困るよ」
「……わかった。そいつに勝てばいいんだな」
春樹はため息をつきながら、腰に巻きつけたホルスターから拳銃を引き抜いて簡単な動作確認を始めた。弾倉に弾は入っているか、遊底はスムーズに動くか、排莢は確実に行われるか。支給された銃がしっかり撃てるものであることを確かめた。春樹がこのゲームに臨むのははや二度目だが、ようやく本当の戦いが始まろうとしていた──。
◇
時は少しさかのぼる。大和の無線が入ってサバイバルゲームが始められる、その少し前のことだ。
ぽち子こと琴子はペアになった相手と話をしていた。その相手は同じ一年の女子生徒で、琴子とは初対面だった。小柄で背も低い琴子よりずっと背の高いショートヘアの女子だ。並んで立ったときの腰の位置も高く、引き締まったスポーティな体型をしていた。その肉体と見比べて琴子が思わずしょんぼりしてしまったのは余分な皮下脂肪の差のせいだった。きっとこの相手はバリバリのスポーツウーマンだったのだろう。
「あたし、二組の沢渡珠希っていうんだ。まー、よろしくねポチ公!」
顔をあわせるなり彼女、珠希はにやにやした顔で突っかかってきた。
「んなっ!? ポチ公ってだれのことですか!」
「あはは、あんたのことでしょ。もうみんなに知れ渡っちゃってるよ」
「ガーン……高校に上がればぜんぶリセットできると思ってたのに……。しかも〝ぽち子〟から〝ポチ公〟になってて、なんかさらに悪化してる気がぁ……」
「まー、そんなに気にすんなポチ公! あだ名なんてそーいうもんだ。あっはっは」
珠希は琴子をからかいながら、犬にするみたいに頭と首周りをなで回した。カラカラと笑い飛ばす珠希はとても大らかで、姉御肌というのがよく似合っていた。
その珠希が手持ち無沙汰に支給された大型拳銃を放り投げたり、キャッチしたりしながら、ふと尋ねてきた。紫が見たら怒鳴り込んできそうな銃の扱い方だった。
「ところでポチ公ってさー、このサバゲー部に入るつもりなのー?」
珠希の頭の上で大型拳銃がくるくると飛んだ。琴子もそれをぼうっと見上げていた。
「うーん、まだわかんない……。たまきさんは?」
「呼び捨てでいいよ。なんか付けたいなら『たまちゃん』で。……ってあたしら、ぽちたまコンビかよ!」
そこで珠希はまた軽快に笑い出した。目いっぱい笑ってから元の調子に戻った。
「あたしさー、ほんとはもうバスケ部に入るって決めちゃってんだけどねー」
「えっ、じゃあなんで……」
「成り行きっていうか強制的に連れてこられた、みたいな? ……あ、そうか。ポチ公はクラスが違うから二組が占拠されてたの知らないんだね」
「そんなことがあったのね……」
「まーでも、なんだかんだでけっこう面白そうじゃん? ピストル撃てるなんてそうそうないしさー。だからあたしはこのゲーム、目いっぱい楽しんでやろうと思ってるよ!」
まー入部はしないけどね、と珠希は付け足した。無線を介して拾い聞きし、ひそかに眼鏡を濡らしていた大和のことを彼女たちは知らない。
「ポチ公。やるからには絶対勝ってやろうぜ!」
「お、おー」
珠希は何度も放り投げられていた自身の拳銃を左手でキャッチすると同時に、その左こぶしをずんと高く掲げた。琴子の手もつられて上がり、二人を結ぶ手錠の鎖がジャラジャラと鳴った。
「あ、そうだ。ポチ公のピストルってどんなヤツだった?」
「えっと、なんか女の子用のピストルらしいんだけど、よくわかんないの。なんかおもちゃみたいな感じ?」
「へ? おもちゃ?」
不意を突かれたように唖然とする珠希。珠希が支給された大型の拳銃は放り投げたりキャッチしたりしていたけれど、少なくともおもちゃといえるようなちゃちなものでは到底なかったからだ。金属質で、重厚で、ずっしり重たいものだ。それなのに琴子がもらった銃はおもちゃのようだという。
琴子は腰のホルスターからその〝おもちゃ〟を引き抜いて珠希に見せた。そして互いに銃を交換し合った。
「うわっ、こいつはまじでおもちゃっぽいな。めっちゃ軽いし、てかこれ偽モンなんじゃね?」
「え、えぇ~……」
「てか、あたしの銃ってめっちゃ重くない? あたしのがデカブツなだけ?」
「……ほんとだね。しかもおっきくて指が届かないよー……」
「あっはっは、その点はダイジョーブだ! あたしバスケットボールも片手で握れるからねー」
そうやって珠希は琴子の拳銃を色々といじくっているうち、使用する銃弾が微妙に違っていることに気付いた。
「ポチ公のは弾も小さいな。これ、あたしのとは弾を使い回せないってことか?」
「どうなんだろう? あ、無線で部長さんに聞いてみたらどうかな」
「よっしゃ、そうしよう」
早速、二の腕に巻いたHDDを取った。説明されたとおり操作して大和を呼び出す。
『──そうだね。ぽち子ちゃんの拳銃と珠希ちゃんの拳銃は使用するIB弾が別物だよ』
「っていうか、ナチュラルに〝ぽち子〟呼ばわりされてるよおおー」
うなだれる琴子を珠希がまたなで回してやった。
ちなみにHDDに視覚情報を伝達する機能などはないが、琴子たちが銃の見た目やそこに刻んであるロゴを大和に少し伝えるだけであっさりと特定された。そしてその銃について詳しく聞いてみると、大和はぺらぺらと解説を始めた。さすがサバゲー部の部長なだけあって一を聞いたら十が返ってくるような調子だった。
『まず、ぽち子ちゃんに支給したのは9ミリIB弾を使用する〝グロック19〟だね』
「ぐろっく、ないんてぃ?」
『そうそう。いやー君、なかなかいい銃を引き当てたねぇ』
「え……いいんですかね、これ。なんかすごくおもちゃっぽいんですけど……」
『ははは、おもちゃ? 確かに最初はそう感じるかもしれない。グロックといえば次世代のポリマーフレームをいち早く取り入れた先駆的な銃だからね。不規則なモデルナンバーを付けることでも有名だけど、グロックの19は17を小型化したモデルなんだ。ポリマーフレームだから軽量であることはもちろん、射撃時の反動も随分マイルドになるんだよ。グロック独自のセイフアクションという機構ももちろん取り入れられていて、これによってトリガープルも軽くて、速射性が……』
などと理解不能の講釈が長々と続いたので、珠希は考えるのをやめた。
「ちょ、センパイ、もう分かったから! 今度はあたしの銃の説明して!」
『ああ……そう? えっと珠希ちゃんのは……おお、〝M1911A1 コルトガバメント〟のカスタムモデルだね。本来はシングルアクションの銃だけど、君のはダブルアクションに改造してあるよ』
「お、おお? もしかしてこれもすごいヤツだったりすんの?」
『11.4ミリIB弾を使用する拳銃だね。9ミリIB弾よりだいぶ威力と反動が強いよ。まぁ銃自体の性能はタイトフレームへの変更とかビーバーテイルの延長とか、色々とカスタムをしてようやくといったところなんだけど……ある意味、史上最高の名銃だよ!』
「……ある意味?」
無線の向こう側で大和がなにやら興奮していることが伝わってきた。
『なんといっても一世紀以上にわたって現在も使われ続けている銃だからね! 名称にもあるようにアメリカ軍によって制式採用されたのがなんと1911年! 僕らのおじいちゃんおばあちゃんよりも年上なんだよ! それでいて今も一線級の性能を備えた素晴らしい銃!! ああ……自動拳銃のスタンダードを築き上げた、まさにアメリカ人の魂の銃というわけだねぇ……。そもそもこの銃の開発にあたっては天才的銃器設計士のジョン・モーゼス・ブラウニングが……』
などと銃に関する歴史講釈が長々と続いたので、珠希は無線をぶち切った。
「うん……。まぁ、なんだ。なんとなくはわかったな」
「そうだね……。なんとなくしかわかんなかったね」
「とりあえず、あたしらの武器はなんとなく強いってことだ! 頑張るぞ、ポチ公!」
「お、おー……」
二人は結束を強めた。ゲームが始まったのはそれから間もなくしてのことだった。
読まなくてもいいあとがき?
『ミリタリーコラム ~本編とはあまり関係ないミリタリー知識~』
06.M1911──〝自動拳銃の教科書〟
M1911は〝コルトガバメント〟の愛称でも知られる大型自動式拳銃です。コルトというのはこの銃を開発したコルトファイアアームズ社のことで、SAAという回転式拳銃や、以前に少し紹介したM16という突撃銃や、そのカービンモデルであるM4など著名な銃を生み出した歴史ある銃器メーカーです。どの銃も少しは聞いた覚えがあるかもしれませんね? そのコルトが開発し、以降の自動式拳銃に多大なる影響を与えたのがこのM1911というわけです。
その外観は大型で、シンプル。最近の拳銃がポリマーフレーム(ようはプラスチックっぽい銃ってことです)であることが多いのに対し、最古参であるガバメントはもちろん金属フレームです。ずっしり重そうで、いかにも拳銃という感じがしてシビれます。ぜひいつか本物を手にとってみたいと思います……。
作中では珠希が〝M1911A1〟というモデルを使用しています。
この続きは、章終わりのまとめにて。