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登御坂高校サバゲー部!  作者: 冬森圭
前編 サバイバル入部編
2/14

02 帰宅部、帰宅不能




 どうしてこんなことになったのか。

 廊下をぞろぞろと一年生たちの行列が進んでゆく。まるで軍隊のようだ。きれいな一列縦隊で列を乱すような者はいない。

 なぜなら一年生たちの両手には手錠がはまっていて、その全てが鎖でひとつなぎにされているからだ。しかも監視役として、紫という容赦のない人物が目を光らせている。その手にはもちろん拳銃がある。


「隊列を乱した者、脱落した者は即刻射殺する! 死にたくなければキビキビ歩け!」


 もちろん本当に射殺されることはないのだろうが、そうとは感じさせない圧倒的威圧感がこの紫にはある。

 歩くたびに手錠の鎖がジャラジャラと鳴った。これのせいで春樹は連行されるがままだった。


「なんだこの捕虜のような扱いは……。どうしてこうなった……」

「安心しろ、ハル。おまえは必ずこのオレが助けてやる」

「捕まってんのはてめーもだよ……。はぁ……」


 列の一番先頭にいる春樹がぼやいた。そのすぐ後ろには林之介、さらにその後には、あのとき不運にも教室内に居合わせたクラスメイトたちが十数人ほど続いていた。全員が鎖で連結されていて脱走することは誰一人として叶わない。


「実はうちの部、部員の数が少なくてね。今年こそは新入生を逃すわけにはいかないんだ」


 大和はにこにこしながら冗談めかして言ったようだが、とてもそうとは聞こえなかった。


「だからって手錠までするか……。つーかこんなもん、一体どこから持ってきたんだよ」

「この手錠は部活で使うものだよ。他には首輪とかギャグ〇ールとかもあるよ」

「変態かっ、この部は!」

「ははは、別に変な目的で使うわけじゃないよ。サバゲーにはね、人質の救出を目的にしたゲームがあるんだ。手錠とか首輪とか(以下略)で拘束された人質を守ったり奪ったりするんだよ」

「はぁ……そう」


 それにしては数が多すぎるだろう。いちいち突っ込む気力がもう春樹には起きなかった。

 そんな春樹に後ろから林之介が声を掛けてくる。


「ハル。そうイライラするな(笑)」

「……なんだそのうざったらしい笑みは」

「ハルを少しでも和ませようと思ってな。オレのスマイルは年中無休だ」

「はぁ……。お前を見てると余計にイライラするよ」

「なんならオレを腹パンしてもかまわんぞ」

「意味がわからん……」

「オレはいつでもハルの盾になれるように、なんと毎日かかさず腹筋を鍛えているのだ。イライラしてるならこのオレの腹筋を殴って発散しろ!」

「……そうか。じゃ、遠慮なく」


 春樹は林之介めがけて鋭いボディーブローを叩き込んだ。言葉どおりに遠慮なしの一撃だ。しかもその一撃は見事、みぞおちにクリティカルヒットした。


「とんぷそんッ!!!」


 林之介のよくわからない断末魔が廊下に響き渡った。


「ほう、新入生ルーキーのくせになかなかやるな。みぞおちを一発で突くのは案外難しいことだ」

「さすがハルくん、やっぱり君は見込みがあるよ。そういう殺人的な能力は、ぜひうちの部に入って活かしてもらわないとね」


 大和と紫が賞賛の意を送ってくる。なぜか春樹の評価がまた上がっていた。


「はぁ……」


 春樹は本日何度目かわからないため息をついた。

 そんなふうにして連行されていく途中でのことだった。今度は廊下で一人の女子生徒と出くわした。髪の毛をポニーテールにまとめた小柄な女子だった。


「あっ、やっぱり春樹くん……?」


 彼女は春樹のことを見知っているようで、しかし特に親密な間柄だったわけでもないようで、廊下の隅からつぶらな瞳を向けてこちらをちらちらとうかがっていた。首を振るたびに揺れるポニーテールが特徴的な女の子だった。

 春樹は目を合わせただけで、言葉も挨拶も返すことはしなかった。


「お、ポチ子じゃん」


 そのかわりに春樹の後ろから林之介がひょっこりと顔を出した。深刻な呼吸困難からは復帰したらしい。

 ぽち子と呼ばれた彼女は、しかしその途端にビクっと飛び上がっていた。


「うわあー! その名前で呼ばないでぇ!」


 急に現れては急に顔を赤らめている謎の女子生徒──。

 大和や紫はしばらくの沈黙を挟んで、この相手のことを春樹に尋ねた。


「ハルくん、この子は君のお知り合いかい?」

「いや、知らんが」


 春樹があっさり否定すると、林之介のツッコミが入った。


「……おいハル。ポチ子のことを忘れてやんなよ。見ろ、泣いてんぞ」

「ぽち子……そんな奴クラスにいたか?」

「いたぞ。中学一年のとき、だけどな。その後はずっと別のクラスだった」


 中学一年。ぽち。ぽち子──。

 春樹は、ふっと思い出した。

 そう、あれは春樹や林之介が中学校に入学したての頃、一番最初にクラスでの自己紹介があったときのことだった。そこに彼女はいたのだ。


(うわぁ……。自己紹介だってさ、緊張するぅー……。どうしよう、恥ずかしいな……。なんて言ったらいいのかなあ……)


 そのときの彼女はとても緊張していたらしい。


(えっと、わたしの名前は藤崎琴子ふじさきことこです……愛犬の名前は藤崎ぽちです……好きなお味噌汁の具はちくわです……。よし、これでいこう。よし、頭の中であと十回練習しておこう……。わたしの名前は藤崎琴子です……愛犬の名前は藤崎ポ)


『じゃあ次、藤崎さん? 自己紹介をお願いね』

『はっ、はひ!? わたしの名前は藤崎ぽち子です! 好きなちくわの具はお味噌汁で…………あ、あれ!?』


 その日から彼女の名前は〝ぽち子〟になった。藤崎琴子という本名が呼ばれたのは出席確認のときと卒業式のときだけだったという──。


「ああ……そういえばいたな、そんな奴。好きなちくわの具が味噌汁って何なんだよ」

「やーやめてー! 昔のことは思い出さなくていいよぉー!」


 琴子は顔を真っ赤にして手足をバタバタと振った。薄紅色のリボンでまとめた髪の尻尾(ポニーテール)もブンブンと揺れた。そんな様子がほんとうに犬のようだった。

 ひとしきりバタついた後で、琴子は深呼吸をしてようやく落ち着いた。


「えっと……ところで春樹くんはこれ、なにしてるのかな?」

「それは俺が聞きたい」


 これ、とは手錠で拘束されて連行されている状態のことだ。


「ふふ。このハルくんにはうちの部に入部してもらうことになったんだよ」


 大和は眼鏡をクイと掛け直してちゃっかりと言い切った。


「俺は入るなんて一言も……」

「えっ、ハルくんどこの部に入るの? 実はわたしもまだ決まってないっていうか、なんていうかその……」

「まだ決まってない……?」


 そんな言葉を聞き漏らすような大和ではなかった。すかさず琴子の前に割り込んで営業トークを始めた。


「だったら君もうちに入部しちゃいなよ。サバゲーに興味はないかな?」

「さ、さば……? サバよりはサワラのほうが好きですけど……」


 よくわからない勧誘を受けて困ったような顔をする琴子。

 そういえば、と林之介が思い出した。


「ポチ子って、小中とラッパ吹いてなかったか?」

「ラッパっていうか、吹奏楽部ね……」

「そのラッパはもうやらないのか」

「うー、うーん……」


 琴子は何やら悩んでいる様子だった。


「ははは、僕は無理強いはしないよ。君の自由意思を尊重しよう」


 じゃあ俺の自由はどうなっているんだ、という春樹の言葉はすっかり無視される。


「うんとね……ほんとうは吹奏楽部に入るつもりだったんだけど」

「だったらやめとけ。こんなふうに手錠とか鎖とかで拘束されるひどいところだぞ」


 春樹は鎖をジャラジャラとさせながら、さも忌々しげに言った。

 琴子はその春樹のほうを見て、また急にそわそわしだした。


「でっ、でもね……、そのサバ部?に入ってみてもいいかなぁなんて、思ったり思わなかったり……」

「なんでだよ……」


 理解に苦しむ春樹。そこで林之介がまた思い出したように言う。


「ポチ子、もしかしておまえ、ハルのことが気になってるのか?」

「ち、ちっ、ちがうよ!? そんなことないよ!?」


 琴子の顔はまたしても急に赤くなった。手足もバタバタと振って全力で否定した。ポニーテールは揺れに揺れた。


「じゃあなんだ。手錠の拘束プレイに興味でもあるのか?」

「拘束プレイ!? そ、そうじゃなくって……、えっとその……!」


 顔を赤らめたまま琴子はしきりにバタバタする。声までうわずって落ち着かない。

 そんな態度にいい加減痺れを切らしたのは、紫だった。拳銃を片手に琴子に迫った。


「ええい、私ははっきりしない奴が嫌いだ! 貴様はうちの部に入りたいのか入りたくないのか、拘束プレイに興味があるのかないのか、どっちなんだ!?」

「はっ、はひ!? 入りますっ、あります興味!!」


 琴子は慌てて飛び跳ねるように反応した。大きな声が廊下に響き渡った。ただ単に緊張して口から飛び出ただけなのだが、あまりに威勢の良い大きな返事だったので周囲がざわついた。そして妙な噂が流れ始めた。


『興味があるって……何にだ? 拘束プレイにか?』

『なんか……ぽち子ってやつはそういうことに興味があるらしいぞ』

『縛られるのが好きなのか……変態だ』

『そういえばさっき、眼鏡の部長が首輪もあるって言ってたな』

『なるほど、それが目当てか……!』


 人質として廊下に並ばされた一年生たちの列に、誤った情報が伝言ゲームのように次々と伝播していった。やがてその列の最後尾には「ぽち子は犬プレイが好き」という変態的な情報が伝わった。


「うん……、まぁ性癖は人それぞれだよね。僕は否定しないよ」


 大和は苦笑を浮かべながらも琴子の両手をすばやく縛り上げた。

 琴子が目を白黒させている間に、紫はその首根っこを乱暴につかみ、勧誘らちされてきた一年生の列に琴子を放り込んで加えた。


「これで満足したか? 何なら屠殺場のブタのようにもっと乱暴に扱ってやろうか!」

「ひえぇっ!? ちょっと待ってくださいっ、誤解してますよぉー!」


 琴子がまた犬のようにバタバタと手足を振って全力で否定したが、時既に遅かった。鎖のじゃらじゃらがむなしく盛大に鳴るだけだった。


「はぁ~……、せっかくまた春樹くんに会えたと思ったのに……。わたしのこと忘れてたし、でもあだ名のことだけはしっかり覚えてるし……。どうしてこうなっちゃったのかなあ……」


 そんなこんながあってぽち子こと琴子にも手錠がはまり、一年生たちの列に加えられることとなった。







読まなくてもいいあとがき?

『ミリタリーコラム ~本編とはあまり関係ないミリタリー知識~』


02.ベレッタ92──〝最も著名な拳銃〟


 ベレッタ92は、ベレッタM92とも呼ばれ、主にアメリカで広く使用されている自動式拳銃です。アメリカ軍ではこれを制式採用としており、そちらではM9という名が付けられています。なんで名前が二つもあるねん、ややこしいよ。と思ってしまいますね。平たく言えば92のほうは製造者が付けた商品名みたいなもので、M9のほうは米軍が付けた通し番号みたいなものです。携帯電話だって同じ機種でも会社によって機種番号が違っていたりしますよね? それと同じようなものです。


 さて、この銃の製造を担ったのはイタリアにあるピエトロ・ベレッタ社というところです。ベレッタと名の付く銃は他にも色々ありますが、ベレッタと言えばまずこの拳銃が挙げられるでしょう。それくらい、数ある自動拳銃の中でも抜群の認知度を誇ります。きっとどこかで見たことがある人も多いはず。洋画で出てくる拳銃は大体これです。某警部補がベルトに刺してるのもこれです。


 ちなみに、作中では紫が〝ベレッタ92FS〟というモデルを使用しています。


 この続きは、章終わりのまとめ(予定)にて……。

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