プロローグ
8月4日 『私立防衛機構第一学校』から『国立防衛機構第一学校』に修正しました。クソどうでもいい修正サーセン。
「う、ぉっ!?」
彼の頬すれすれを、物凄い勢いの拳が通過する。
(やっべ、コイツ初めて見たけど、かなりの手練……)
「あぶっ!!?」
その拳を交わした後、彼が放った足払いを軽く前方に飛ぶことで回避し、相手は宙返りするような形で蹴りを放ってきた。動きの都合上、向かうのはつま先ではなくかかとだが。
もちろん、どちらにせよ当たればダメージである。
そのかかとを、腕をクロスして防いだ彼は、そのまま相手が自身の勢いでかかとを支点につんのめるのを認める。そのまま彼も、かかとに引きずられる形で地面に倒れこんでしまうのもまた滑稽というもの。
ドズン、と重量感を感じさせる着地音(決して華麗なものではない)を立て、二人は地面でもつれ込んだ。
「こ、んのおっ!」
「ちょっ、怒んなって」
がっしりと組まれた両手を、相手は怒りを以て押してくる。若干どころか、かなり彼の方が押されている状況だ。
彼は咄嗟に膝を突き上げ、鳩尾近くにそれが入る。ギリギリ鳩尾には入らなかったものの、不意打ちには十分だった。刹那などという短い間ではなく、一秒程度相手の力が完璧に抜ける。
これを好機と、彼は組まれていた両手を乱暴に振りほどき、自身だけ立ち上がる。当然だが、相手に手を差し伸べるような真似はしない。
むしろ、その真逆。
なぜか躊躇する様子があったが、彼はそのまま相手の横っ腹を蹴り上げた。流石にこれには対処しようと、相手の手が彼の右足首を掴んだのだが、ぶん回されるように足が動き、手放すを得なくなる。
「げ、ほっ」
滞空時間は、一秒にも満たない。流石にこの程度の時間では、空中で体勢を整える、といったこともできなかったようだ。無様にも胸から着地。
空気を吐き出し、またも行動不能時間が相手に生まれる中、彼の方は相手を見ていなかった。視線はあらぬ方向にある。
その視線を受けるのは、綺麗なスーツを着込んだ、しかしそれがまったく似合っていないほどの、屈強な男。
男は彼の視線を受けているのを知って、反応を示さない。まだ、そのタイミングではない。
そんな戦いの最中とは思えないような行動をとる彼に対して憤激したのか、既にかなりのダメージを負っているはずの体を無理やり起こし、咆哮を挙げながら相手が突進の構えをとる。
それに彼が気付いた時には、もう構えの段階から実行の段階へと移っていた。
「うおおおおおあああああああああああっっっ!!」
「うわっ」
完璧に気後れしている彼は、もちろん攻勢に出ることもなく、防御に回る。
結果、巨躯とはいかないものの、男として当然の体重を持つ相手の突進をまともに受け止める羽目となった。
そしてさらにその結果として、
「う、ごっ」
中肉中背、といった彼の体ではそれを耐え得ることもなく、あっさりと吹っ飛ばされてしまった。
もちろん相手は、それで止まろうとはしない。
突進の勢いを殺さず、そのまま地面を駆けて彼の下へと駆け寄る。だからと言ってけがの有無を確認するわけもない。そのまま馬乗りになり、大きな掌で彼の首を締め上げた。
「っっっ」
口から出るのは息だけ。声が出ない。
彼も必死の形相で抵抗を試みていたが、次第にその顔が紅潮という危険信号を示し出し、後数秒で昏倒してしまう――まさにそんな時。
ズン、と二人の体に影が下りた。
動かない首を動かそうとせず、目玉だけで彼がそれを確認すると、
「勝負あり。大林啓太は敵戦地で、隙を見せた敵にまたがり、絞殺。軍司正勝は自軍にて、無様な隙を見せ、敵に絞殺される。実践模試の結果は以上。異論は」
先ほどの男が、異様なほどの圧力を放ちながらそんな言葉を放っていた。
相手の方は不満一杯の顔をしていたが、口答えする様子はない。彼の方は、既に首は解放されたものの、息がむせ返っておりそれどころではなかった。
「ないな。ならば、次の模試が始める。早く移動しろ」
言った直後に、『次ぃ!』と男は声を張り上げる。すぐ後に、少し緊張した面持ちの男子二人が男の前に歩み出ていた。
「くそっ……」
非常に憎たらしげな視線を『敗者』に向け、『勝者』はその場から立ち退く。
「……あ、あー」
『敗者』は、まだ地面に熱転がったまま、ようやく喉が通常の状態に戻ったことを確かめた。
(まっ、これで良いだろ)
内心、そう思いながら。
そんな彼の姿を、遠目から見ていた一人の女子は、
「……はぁ」
額に手を当て、天を仰ぎ見、
「またか」
呆れたように呟き、複雑な視線を彼に注いでいた。
そして、次の『模試』が始まる。
ここは、国立防衛機構第一学校。
二千三十年現在、軍事国家と化した日本の持つ、最大の戦闘力である。