幼馴染は異世界人。
「んなあぁ〜〜!!ねえっ、私の好きなアニメが更新されてないんだけどっ!」
僕の部屋のベッドの真ん中で叫ぶ少女。
飴色の髪を振り乱して、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。
彼女の耳の上からは、それはそれは立派な羊によく似た角が生えている。
どこからどう見ても人間じゃない。
あ、コスプレイヤーだったら、ワンチャン人間か。
「ねええ〜〜!聞いてるのっ、燈〜〜〜!!!」
「うるさいよ、耳元で叫ばないで。あと、ベスト伸びるから引っ張らないで」
制服のベストを容赦なく鷲掴みにしてくるので、その手を引っ込めさせる。
「だって、アニメが更新されてないっ!」
「今日、木曜日だからじゃない?」
しれっとそう答えると、溢れんばかりの大きな瞳が落ちてしまいそうなほど見開いた。
うるさい幼馴染だなとは思うが、この瞳だけはいつ見ても綺麗だと思う。
何重にも違う緑が重なったような瞳の色は、光を受けなくてもいつもキラキラしている。
やっぱり異世界人は、目の色が違うなぁ。
「スイの好きなアニメって金曜更新じゃなかったっけ?」
「先に言ってよっ!こっちの世界と人間界の時間の流れは違うんだから!」
「スイが時間の計算できないだけでしょ」
「むきーっ!私のこと頭悪いって言ってるー!」
「そこまでは言ってない」
ラノベやお伽話みたいな話だが、異世界というものは存在する。
なんせ目の前に異世界人がいるのだから、僕は人生で疑ったことはない。
というか、いるのが当たり前すぎてそれが普通ではないと気づいたのは小学生に上がる頃だった。
この地球上にはいくつもの異世界へと繋がる扉があって、異なる世界へと入っていくことができる。
だが、一般にはあまり知られていないことであり、国やら政府やらお偉いさんが国際交流ならぬ異世界交流をしていて、基本的にはそのためでしか扉は開かれない。
そして、そこら辺に転がっていそうなただの高校生である僕が、なぜそんなことを知っているかというと──。
「燈〜!どうしよう〜、次来る時には無料視聴終わってるかもお〜〜〜!!」
泣きべそかきながらベッドを背もたれに座っていた僕の肩に足をかけてきて、まるで肩車のようにしながらぎゃんぎゃんと僕の頭を揺らしてくる。
……これで向こうの世界からしたら大人しい方だと言うのだから、どんだけ賑やかなんだよ。
「ねえ〜〜〜、燈〜〜〜!」
いくつか存在している扉の門番をしている者が世界各地に点在している。
そのうちのひとつは、我が家の廊下の一番奥にあって代々我が家が守り継いできたらしい。
幼い頃から言い聞かされているので、もはやへえーとしか思わない。
ちなみにじーちゃんが新築に建て替えた時には扉だけ壊さないように解体して、扉ありきの間取りにするのが大変だったらしい。
ばーちゃんが『扉のせいで希望の間取りにならなかった!』と生前よく文句を言っていた。
まあ、そんなわけで扉というぐらいなのだから、当然向こう側がある。
扉のこちら側は僕の家が、扉のあちら側は代々スイの家が守ってきている。
同じ扉の片側を守る者同士として、家族ぐるみの付き合いがあるのも、昔から続いていることだった。
そんな幼馴染は、日本のアニメが大好きで、隙間を縫っては勝手に扉を開けて入ってきて、僕の部屋に入り浸っている。
学校から帰ってきたら無人の時間帯のはずにもかかわらず、スイがいることもあるがもうツッコんだりしない。
「観れなかったら、サブスクでも入れたら?」
「燈、やっといてくれる?」
「サブスク代を払いたまえ」
「ルルバで?」
「日本円以外受け付けないよ」
「オワッターー!!!やだやだアニメ観たい〜!!!」
どうしてこの人こんなに元気なんだろう。
あと、アニメ好きすぎな。
うちの母さんが最初に見せて以来、女児アニメやファミリー向けアニメでは飽き足らずに深夜アニメもじゃんじゃん観るようになった。
よかったな、ひと昔前はサブスクなんてなかったらしいから、録画もできずに観れないままスイは発狂してたに違いない。
スイは、僕よりお姉さんだ。
僕が生まれた頃は7、8歳ほどのお姉さんだったけど、時間の流れが違うから、そろそろ僕の方が追い抜かしそう。
それでも、スイはちっとも変わらない。
僕を振り回すほど元気で、僕と違ってよく笑い、僕よりもずっとこちらの世界が楽しそう。
そんなスイを間近で見るのは、時々眩しく感じる。
「燈〜、慰めて〜、コーラ飲みたい〜」
「どさくさに紛れられてないよ」
「コーラ飲みたい〜」
「コーラは向こうのお医者さんに止められてたじゃん、異世界人には合わないからって」
「ちがうよっ!あのヤブ医者、自分が飲めないからって八つ当たりしてるだけだよ!本当は自分が飲みたいんだよ、だってこないだ持ち帰って渡してあげたらめちゃくちゃ喜んでたもん!」
「今、家にコーラなかったと思うけど」
「なんで!?」
「僕別にそんな好きじゃないし」
スイがバタバタ動くたびに、スイの踵が鳩尾あたりに当たって痛い。
肩にかけられて伸びている足が遠慮もないし、ドスドス技を決めてくるのに対して、慣れたもんだと怒らない僕って実は偉いんじゃない?
「スイ、体重かけないで。重たいよ」
「およ?私の質量を感じるか?どうよ、最近また筋肉ついたんだよね」
「うん、前より重たい気がする」
「だろだろーっ!」
嬉しそうなスイの弾んだ声が上から降ってきて、笑ってしまう。
ちなみに、いくらスイとは言え女の子相手に重たいと揶揄っているわけでもなければ、人間の女の子に向かって重たいねなどは絶対に言ったりしない。
スイのいる異世界は、体は大きければ大きいほどよいとされている。
大きさや重さが強さの象徴であり、ヒエラルキーも決まってくる。
スイの種族たちはこちらの成人した人間と同じくらいなので、向こうでは真ん中くらいの地位だ。
あっちならまず巨人族が一番上だし。
なので、「大きくなったね」や「重たくなったね」は、スイの世界では褒め言葉だ。
それをわかって言っているので、僕は決して女子の敵ではない。
クラスメイトにいきなり太ったねとか、絶対言わないから安心してほしい。
僕はスイが喜ぶのがわかっていて言っている。
「ねえ、今からコーラ買いに行こうよっ!」
「えっ、勝手にフラフラしちゃまずいでしょ」
「燈のパーカー被ってくから平気だよ」
「異世界人が気軽にコンビニ行こうとしないの…」
「大丈夫っ!最悪野良のコスプレイヤーになるから!」
「……」
考えていることは、同じらしい。
そんな立派な角を持っていてよく言うよ。
「すごい精密に作られていますね!手作りですかっ!?」って、野良のコスプレイヤーと出会して訊かれでもしたらどうするんだよ、そんなこと街角で食パン咥えながらぶつかるくらいあり得ないだろうけどさ。
「コーラすぐ太れるから大好き!」
うちのクラスの女子が聞いたら卒倒しそうな発言な気がする。
まあ、スイは僕ら側から見てもちょっとむっちりぽっちゃりくらいだから、スイからしたら全然痩せていることはわかっている。
そのちょっとむっちりぽっちゃりな太ももが、さっきから頬に当たっているのが、すごく気になる。
スイとはそんなんじゃないし、年齢も詰まってきてるけどスイからしたら僕はずっと年下の弟分だし、僕からしてもスイは気を遣わなくていい身内のようなものだけどっ…!!
スイさん知ってます?僕もう高校2年生になるんですよ…、立派な健全男子に成長したんですわ……。
……………………………………………………。
「…………行こうか、コンビニ」
「いよっしゃーっ!行こう、今すぐ行こうっ!」
スイはまたしてもバタバタ揺れながら楽しげに声を発して、さっさと僕からもベッドからも下りていく。
……うん、これが一番いい解決策でしょうよ。
僕まあまあ紳士に対応できたんじゃない?
スイにも気づかれていないと思うし。
僕はスイと一緒に成長してきたのもあって、細身よりとむっちり肉付きがいい方が好みではある。
好みばかりはしょうがないよね、そういう異世界人ばかりを目にしてきてしまったのだし。
明らかに形成段階に影響を及ぼしているが、環境のせいであって、僕のせいではない。
……だから、同級生とか見てもときめかないなんていう弊害も持ち合わせているんですが。
僕はグレーのパーカーをクローゼットから出して、スイの頭に被せた。
「はい、外でフード外しちゃダメだよ」
「燈の匂いがする」
「嗅覚が鋭い種族に言われると居た堪れないからやめてね?」
「燈は割といい匂いだよ?」
「ありがとう」
僕は制服を着替えることなく、スマホと財布だけ持って部屋を出ていく。
すっかり僕の服も着られるようになったスイが、パーカーのチャックも閉めてペタペタと僕の後ろをついてくる。
「見てみてっ、ただの日本人みたーい!」
「そんな綺麗な緑色の目の日本人はいないよ」
ゆらりと光るスイの目は、好きだなって思う。
他の異世界人も見たことあるけど、やっぱりスイの目が一番綺麗な気がする。
「じゃあ、カラコンってことで」
「派手な色、馴染みすぎでしょ」
呆れながらと玄関で靴を履く。
スイは素足で扉をくぐってきたらしく、我が家の全員が兼用している郵便物を見に行ったりする時用に使うちょっとそこまでサンダルを履いた。
先が少し尖った爪が見えているけど、これくらいなら大丈夫か。
玄関を出て、すぐ目の前の道路に出る。
スイも勝手知ったるように、平然と歩道を歩く。
少し前を歩くスイの後ろ姿は、フードを被った平均身長ぐらいの女性に見える。
羊の角によく似た角の部分は少し出っ張っているが、人はそこまで見ないだろう。
気になってもまじまじ見られなければ、たぶん平気。
あ、こちらの平均身長と同じだね、なんて言ったら不機嫌になられるワードだろうな。
「あっ、燈。私日本円持ってないや、奢って〜」
気づいたようにこちらに振り返って、大きな瞳を三日月のようにしながら、ニカリと笑った。
いつものスイ、緑色の三日月、いつもの僕たち。
僕たちは生きている時間が違う。
あと10年もしないうちに、僕がスイの年齢を追い越す。
そしてそのあとは、ずっと僕がお兄さんで、僕の方が早く寿命が来る。
スイはきっと僕の玄孫か来孫くらいの代まで生きて、何世代も渡って僕の家族と交流して、僕より遥かに長い寿命を全うするのだろう。
いつまでスイとこうしていれるのかな。
「2本までだよ」
「やった〜〜い!!ありがとう燈、大好きっ!」
「はいはい」
「ついでにサブスクと入れといて?お願い?」
なんだそのきゅるきゅるした態度は。
普段そんなことしないのに。
きゅるきゅるなのは瞳だけで十分だ。
「それはしない。僕アニメ興味ないもん」
「うわーん!燈のバカー!見逃し配信を見逃しちゃうよ〜〜っ!!!」
今日も賑やかな異世界人の幼馴染を連れて、僕はコンビニへと歩いていく。
了
お読みくださりありがとうございました!!
257日目。




