お酒を飲むと記憶を失う令嬢は、意地悪な幼馴染を疑っている
今は舞踏会や夜会が連日開催されている社交シーズン真っ只中。
とある夜会に参加した令嬢のパールは、震える手で、カウンターにいくつも並んだオレンジジュースの中から一つを手に取る。
恐る恐る、グラスに口を近づけ。
一思いに、ひとくち飲んだ。
――――――
「…………う……ここは」
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
パールは自室のベッドで横たわっていた。
「……また朝……」
うんざりした表情でパールは呟いた。
ぼーっとする頭を軽く叩きながら、昨夜の記憶を辿ることにする。
(確かオレンジジュースのグラスを手に取り、そのまま飲んで……)
それ以降の記憶が全くなかった。
しかし、パールは取り乱すようなことなく、虚ろな目のままむくりと起き上がる。
棚の上に置いてあるベルで使用人を呼び、朝の支度をしてもらいながら昨夜の事を尋ねると。
「お嬢様は昨夜、リックス様に送っていただいてお戻りになられましたよね?え、その時の様子?特に変わったことは……」
メイドは質問の意味を図りかねていた。それもそう。記憶なくして、気付いたら朝ベッドの上だった、ということは伝えていない。
悲しいことに、夜会で記憶をなくしてしまうのはもう3度目。
初めて記憶をなくした時は、成人してから初参加のパーティーにて。シャンパンを試しに舐めてみたところ、気付いたら自室にいた。
その時は全力で血の気が引いて、頭が真っ白になった。酒で記憶をなくす話は聞いたことがあるが、まさか自分がそんなことになるとは思ってもみなかった。
失態を誰にも打ち明けられず、情報と証拠を集め推測した結果、特にやらかした形跡はなさそうだったので、全てを闇に葬り忘れることにした。
どうやら、私はお酒を飲むとその後に記憶がなくなってしまう体質らしい。
「二度と酒なんて飲むか!」と誓い、意気込んで参加した次の夜会。
絶対にお酒の入っていないジュースを持って来るように幼馴染に頼んだのに、渡された飲み物を飲んだ瞬間。
また自室のベッドにいた。
そして昨夜は。
ちゃんと自分で選んだ。オレンジジュースを。
控えていたバーテンダーにも「ここはジュースのカウンターですね?」と確認したのに。
結果、また記憶がなくなっていたということは、きっとあれはお酒だった……。
その時も、あの時も、確かにそばにいた。あいつが……。
生気を失っているように見えたその目は、よく見ると沸々とした怒りを宿していた。
パールは、机を叩いて立ち上がり、外出の準備を始めた。
――――――
「邪魔しますわよ!」
パールは喚きながら部屋のドアを勢いよく開ける。
お邪魔しますの「お」なんか省いてやった。こいつを敬う必要はない。
「やあ、煩いのが来た」
「リックス!貴方でしょう!」
パールはずかずかと部屋に入り込んだ。
リックスは身支度の最中だったようで、鏡の前で袖のカフスを整えているところだった。
突然踏み込んできたパールに目もくれず涼しい顔で返す。
「いきなり「貴方でしょう」って、何の話?」
「とぼけんのも大概になさいよ!昨日、私のドリンクにお酒を入れたの、貴方でしょう!」
「何それ、そんなことしてないけど。というかパール、昨日お酒飲んでたんだね」
なんか白々しい。
カフスの位置を整え終えると、ゆっくりと体の向きをパールの方へと向ける。
「で、俺が入れたって?証拠でもあるの?」
リックスは余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
癪に障る態度が更に苛立ちを募らせる。パールは冷静さを取り戻すべく深く息を吸い呼吸を整える。
(ふう…………落ち着け私。こいつのペースに飲まれるな)
「……状況証拠しかないけど。今回で3度目。全部、リックスが近くにいたでしょ」
「最初にシャンパンを飲んでいた時は自分から飲んでたはずだけど」
「隣にいたじゃない。飲む前に2人でグラスを合わせたでしょう」
シャンパンを飲んだ時のパールの姿を見たこの勘のいい男は、何かに勘付いたとかで面白がって過去2回飲ませに来てるんじゃないか、と推理している。
「リックスならやりかねないでしょ」
パールは疑いの目を向け、「犯人はお前だ」とばかりに指し示す。
それを見たリックスは鼻で笑う。
「幼馴染に向かってひどいなぁ」
リックスは突きつけられた指を手の甲でぺんっと弾く。
「そんなことだから、ジュースと間違えてお酒飲んじゃうんじゃないの?」
「ほら!絶対貴方が仕組んだでしょぉーー!」
「声でか……」
リックスは笑いながら、近くのソファへ移動し、腰掛けて偉そうに足を組んだ。
こちらは立っていて、奴は座っているのに。なぜか見下されたような視線を感じる。
「パールは左利きだもんね」
「そうだけど……」
「試しにカウンターの左端にお酒を置いてみたら、まんまと嵌るなんてね」
「やっぱりお前かーー!!」
声を張り上げたパールはリックスに飛び掛かると、思い切り胸ぐらのタイを掴んだ。
「あー……折角綺麗に結んであったのに」
「一体何のつもりなのよ!」
「ちょっと悪戯しただけじゃん。パールはお酒嫌い?それともまさか、記憶なくなってるとか?」
「くっ……」
「そんな訳ないよねぇ」
「……ぐっ……」
図星を突かれて内心焦る。
誰にも、この幼馴染にも、お酒を飲んだ後の記憶がなくなっていることは、言っていないのに。
周りの人や使用人も、記憶がない状態のパールの姿には特に違和感を覚えていないようだったので、おそらく普段と変わらない様子なんだろう。あくまで予想だが。
リックスは気付いているのか不明な態度だ。……内心、気付いてそうと8割くらい思っているが。これ以上話してボロを出すのは避けたい。
パールは悔しげに、乱暴に引っ張っていたタイを放り投げた。胸元で弧を描いてぶら下がったタイを、リックスはやれやれ、と解いた。
「……とにかく、二度とやらないで!私は今後ジュースしか飲まない、それを伝えにきたの!肝に銘じなさい」
「あっそう。頑張ってね」
リックスは目もくれずに手をひらひらと振った。相変わらずの不遜っぷりだ。パールは踵を返し、扉に向かった。退出する直前に勢いよく後ろを振り返る。
「覚えておきなさい!」
捨て台詞を吐きながら、リックスをビシッと指差した。
「俺は覚えてるけどね」
「もう黙りなさい!」
パールは顔を背け、リックスの部屋から立ち去る。ありったけの怒りを叩きつけて扉を閉めてやった。
――――――
そして2日経ち、本日も夜会。
今日の私は、今までとは違う。酒を飲んで記憶をなくしてしまうことを避ける方法を考え、前回は自分でジュースを取ったが失敗した。
そもそも飲み物を口に入れないことも考えたけど、それは難しい。色々な人との会話をするので喉は乾くだろう。
そこで見つけた救世主「酔い止め薬」
徹底的に調べ上げてようやく見つけた薬だ。手に入れて帰宅した後、屋敷のコックにどんな薬か分かる?と聞いてみたところ、コックは手の甲に少し取りペロッとなめた。そして「美味しい」と言っていた。
なぜ。まあ美味しい方がいいか。
副作用とかも特になかったと言っていたため、本日は事前に酔い止め薬を服用して夜会に臨んでいる。
手に取るのは念のためのジンジャエール。パールは緊張の面持ちでゆっくりと口に含む。
ごくり――
美味しい――
(……味が分かるほど意識を保っているということは……)
その場にパールは立ち続けていた。
ベッドに移動してない。ということは記憶をなくしていないということだった。
「やったわ!リックスざまぁみなさい!」
パールは無意識に振り返る。自分が夜会やパーティーに到着すると、その幼馴染はどこからともなくやってきてはパールに付き纏って嫌がらせをしてきていた。だからずっと隣にいるのが自然になっていた。
しかし。
リックスの姿はどこにもなかった。
(あいつがいない?)
近くにいた男性が「彼なら、どうやら体調を崩したそうで、今日の夜会は欠席しているそうだよ」と教えてくれた。パールは礼を告げ速やかにその場を離れる。後ろにリックスがいると思って話しかけてしまったことが恥ずかしくて居た堪れなくなったため。
(体調不良だなんて……)
それならば、さっき飲んだドリンクにはお酒は入っていなかったのだろう。無駄に警戒しすぎて疲れた。
いつもの嫌味な軽口が聞こえてこない幸せを噛み締めつつ。
心に空いた穴を、寂しくも感じた。
決して心配しているわけでないけれど、大丈夫だろうか……。
パールは心ここに在らずな様子で天井を見上げた。
――――――
夜会の次の日。
パールはリックスのお見舞いに行くことにした。バスケットに体に良さそうな酸っぱい果物を数個、鼻の通りが良くなりそうな匂いのハーブを添えて、彼の屋敷へと赴く。
彼の部屋に向かう途中、向こうの使用人たちにやたら「パール様、お待ちください!」と止められたけど、振り切って歩いている。リックスの嫌がらせに辟易して屋敷に飛び込んでくるパールを使用人たちが全力で止める流れは日常茶飯事だったので、振り切ることもいつも通り。特に気にせず、リックスの寝室の扉を勢いよく開けた。
「リックス、感謝しなさい!お見舞いに来たわよー」
ベッドの上で身を起こしていたリックスは、苦しそうに呟く。
「は……ゲホッゲホッ……こんな時に……」
顔は真っ赤で瞳は充血し、頬はやつれている。咳が止まらないようで、荒い息を吐いていた。どの時間帯に訪れてもきちんと身だしなみを整えていた普段の彼からは想像できないくらい、今は汗でヨレヨレになった寝巻きを着ていて、髪もとっ散らかっている。
思ったよりも重症そうだった。
パールはどこか甘くみていたのかもしれない。いつも飄々としているリックスのことだから、どうせ大したことない症状で騒いでいるだけなのではと。「あいつバチが当たったな」と少しほくそ笑んでいた。
しかし、目の前で苦しんでいる姿を目の当たりにし、そんなことを少しでも考えた自分が情けなくなった。
「……ちょっと……そんなに体調悪そうにしているなんて思ってなかったわ。急に来てごめんなさい。昨日夜会に来てなかったから、その、様子を見にきたのよ。果物とかハーブも持ってきたの。よかったら……」
パールはばつの悪い様子で捲し立て喋り続け、ベッドへと近付く。手に持ってきたバスケットをサイドテーブルへ置こうと、横まで移動した。
その時。
リックスは何も言わず、素早くベッドサイドの引き出しから小瓶を取り出した。
そして蓋をあけ、小瓶の中身の透明な液体をパールの顔面へとぶっかけた。
「は?!あんたっ……ふざ……!」
――――――
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
パールは自室のベッドで横たわっていた。
周りは暗く、時刻は深夜くらいだろうか……
(一体何が……?えーと……)
4回目の記憶喪失。もう慣れたものだ。
確か……
体調不良で夜会を欠席したリックスのお見舞いに、彼の屋敷に行って……
彼の憔悴しきった姿に不安になって、それでリックスへ近付いたら……
(まさか、いきなり酒をぶっかけられた!?)
怒りの感情が昂り、パールのこめかみには筋が入る。
突然何をしてくれてるんだ。リックスは一体何が気に入らなかったのだろうか。もしくは、体調不良時でもパールのことを虐め抜くことに固執しているのだろうか。
(――ふざけんな、くそ男!!!!)
パールは掛け布団を勢いよく捲り上げた。
「カチ込んでやろうじゃないの……」
頭に血が上ったパールは寝巻きのまま、怒りに身を任せて部屋を飛び出した。
――――
「よいしょっ……と」
パールは子どもの頃に、お互いの部屋を行き来していた際に使っていたルートを使うことにした。フェンスや木を登るのは6年ぶりくらいで骨が折れたが、なんとか登り切ることができた。髪についている葉っぱを手で払う。
太い木の枝から跳び上がり、リックスの部屋のテラスの手すりにぶら下がる。自重を支えきれない腕の力の限界を感じつつ、なんとかよじ登りテラスへ到着することができた。
テラスから室内へと続くガラス戸は開け放たれていた。室内のカーテンが柔らかく揺れている。
中からは咳き込む声が聞こえてきた。そうだ、奴は病人だった。少し罪悪感を覚えたが、ここまで来てしまったし、せっかくだから少し顔を見て帰ろう。
真夜中の静寂に紛れて。
パールは静かにリックスの寝室へ足を踏み入れた。
「……リックス。あんた、やってくれたわね」
「……は?パール?こんな夜中に何してるの?」
リックスは驚いて身体を起こすも、苦しそうに咳き込む。
心配になったパールは咄嗟に近付こうとする。が、しかし昼間、酒を顔にぶちまけられたことを思い出し、足を止める。落ち着いていた怒りがめらめらと湧き上がってくる。
たとえ病人でも、リックスは嫌がらせを欠かさない男だということを実感したため。
(先手を……取る!)
パールは猪突猛進の勢いで走り込み、リックスのベッドにダイブした。
あまりの勢いに、リックスは目を見開き、そのまま後ろに倒れ込んだ。
パールはリックスの上に跨り、両腕を押さえつけて動きを封じた。
傍から見たら、襲っているようにしか見えない。
「……本当に呆れた。君、何やってるの?」
リックスはため息を吐いた。
「さっきはよくもやってくれたわね。こちらは心配してお見舞いに来てやったのに、顔に酒をぶちまけてくれるなんてね」
「それで怒って言いにきたの?」
「そうよ!また同じことされたら堪らないから、動きを封じさせてもらうわ」
パールは激しい形相でリックスを睨みつける。リックスはやるせなさそうな表情を浮かべる。
「腕を押さえたくらいで拘束したつもり?」
「そうよ!動けないでしょう!」
リックスは軽く笑うと、簡単にパールの腕を押し返す。そしてパールの腰を掴んでいとも容易くひっくり返した。先程までと立場が逆転して今度はパールがベッドに押し倒されている形となる。
背中を柔らかくベッドが包む。直前までリックスが横たわっていた場所だからか、しっとりとした熱が篭っていた。
月明かりしかない薄暗闇の中、彼は満足げに上から見下ろしてくる。
「……よっわ」
リックスは怪しげに笑みを浮かべる。
パールは「くっ……」と吐息を漏らす。
拘束された危機感のせいか、体勢のせいか、顔の近さが原因か、心臓が早鐘を打っていた。
「退きなさいよ!」
「……ゴホッゴホッ」
突然、リックスは咳き込み、パールから手を離して横に倒れ込んだ。
「リックス!大丈夫?」
慌ててパールは背に手を当ててさすってやる。リックスはパールの身体を抱き込み、苦しそうに咳をする。リックスは身体中が熱く、発熱している様子だった。咳き込むたびにパールのことを抱く腕に力が入る。
(シーツをかけてあげないと……)
パールはなんとか手を伸ばし、足元にあるシーツを手繰り寄せてリックスの身体にかけてやる。すなわち、抱きしめられているパールもシーツにすっぽり入り込んでいた。
(……何故!?)
違和感に気付き、慌ててベッドから出ようと試みる。リックスは激しく咳き込んでいて、パールを抱きしめる力が緩まない。仕方がないので、もう一度背に手を添えて優しく撫でてやる。
「ずいぶん苦しそうね……大丈夫?……あっ喋らなくていいから。なんかごめんなさい。水飲む?取ろうか?」
パールは努めて優しく話しかける。リックスは咳がおさまった様子で息を吐く。
「いや、大丈夫」
リックスはパールを胸に抱き込んだまま枕に深く頭を預けた。
パールの顔はリックスの胸に密着していた。空気を求めて上下する胸の動きや、心臓がバクバクと忙しなく脈打つ音が伝わってくる。
(辛そう……)
パールはリックスの身体を撫で続けた。
リックスは沈んだ様子で呟いた。
「……身体がしんどすぎて、何もできない……」
その声には本当に悔しそうな響きが滲んでいた。
「そのようね。こんなに弱ってるリックスを見たのなんて初めてかも」
「……最悪だよ」
リックスは苦しくなる程、強い力でパールを抱きしめた。
「薬とか飲んでるの?」
「いや、薬はないらしい。感染力の強い病気らしくてね。自分の治癒力に頼るしか治療方法はないみたい。滋養強壮のものは飲んでるけど」
「そうなの……治るよね?」
「うん。しばらく高熱が続くけど1週間くらいで免疫ができて完治するよ」
弱っているからか、いつもより話し方が優しく感じた。
リックスは掠れた声で続ける。
「さっきも言ったけど感染症らしいから。昼間はパールが部屋に入って来たのを見て、追い返そうと思って偶然あった酒をかけたって感じ。まあ頭が回っていなかった」
「それはずいぶん馬鹿なことをしたわね、貴方も私も」
パールは肩をすくめる。
リックスの熱い手が、パールの頭ゆっくりと触れた。そして優しく撫でられる。パールは一瞬だけ固まった。
「子どもの頃使っていた木を登って、ここまで来たの?」
「そうよ」
「……寝巻きのまま?」
「……だって気付いたらベッドの上だったんだもの」
あ、記憶なかったことバレてしまうかな、と一瞬焦ったが、特にリックスは追求することはなく「お転婆娘だなぁ」と熱でぼんやりした目のまま小さく笑っていた。
「病気、パールにも移してしまったかな?」
「どうかしら……でも、人に移した方が治りが早いとか言うわよね」
「確かに言うね。じゃあ貰ってってね」
「お断りよ!」
リックスは力なく微笑んだのち、再び咳き込む。この男はいつもの態度が大きいせいで、弱った姿を見慣れない。見続けるのが痛ましい。パールは幼馴染をつい気の毒に思ってしまう。
「……と言いたいところだけど、少しは貰ってやってもいいわ」
「本当?」
リックスは時間をかけて身体を起こす。離れていく腕をパールは不思議そうに見上げる。
「じゃああげる」
リックスはきょとんと見つめるパールの頬に手を添え、ゆっくりと顔に覆い被さる。
片方の肘がパールの耳の真横につかれ、逃げ場がなくなる。
そのまま、リックスは静かに顔を近付けてきた。
お互いの呼吸が感じ取れるくらい、2人の間に距離はなくなっていて。
やがて。
「……何すんのよ!」
パールは、間一髪のところで、唇に手を当て、直撃を防いだ。
リックスは苦笑しながら離れていく。
「……まさか、パールに俺の動きを読まれる日が来るなんてね。熱のせいか思考力まで低下してるらしいな」
「そうね、頭おかしくなってるわよあんた」
パールは訝しげに目の前の男を睨みつける。
「……まあいいや。とりあえず寝よう」
再びゴロンと横になると、パールの体を引き寄せた。
「いや、私はリックスの顔を見たら帰るつもりで……」
「こんな夜中に危ないでしょ……おばけでも出たらどう太刀打ちすんの……」
お、おばけは無理……
パールは思わず身震いする。
「それに、俺の病気、少し貰ってくれるんでしょ?」
額に汗を浮かべて息苦しそうにしているリックスの姿を目の前にして、またもや可哀想に思ってしまった。パールはしぶしぶ頷く。
「わ、わかったわよ、じゃあ側にいる」
リックスは満足そうに目を閉じた。
パールも仰向けになり、身体の力を抜いた。
――――――
数日後の夜会。
パールとリックスはドリンクカウンターの前で言い争いをしていた。
「リックス!またお酒のグラス渡したでしょ!匂いでわかるのよ!」
「へー。成長したんだね。」
すっかり完治したリックスは、まるで小馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「何とかは風邪を引かないって言うけど、本当に俺の病気貰ってくれないとは思ってなかったな。あぁ、今は成長できてよかったね」
「お黙り!」
顔を真っ赤にしてパールが喚く。
「というか、あの寝てる時に貴方変なところ触ったでしょ!?」
「何度も言ってるけど触ってないよ。自意識過剰やめてくれる」
やいやいと騒がしく2人が言い争っていると、パールの友人が近付いてきて声をかけた。
「相変わらず仲良いね、2人とも」
「仲良くないわよ!?」
パールが振り返ると、そこには友人のニーファが微笑んでこちらを見ていた。
リックスもニーファの存在に気づくと、パールと相対してる時とは打って変わって穏やかに声をかけた。
「おー天然ちゃん。こんばんは」
「パール、リックス様、こんばんは。……あれ、パール、今日はいつもと様子違うね?」
(様子が違う?)
パールは少し冷や汗をかく。やはり記憶がない間にやらかしていたのだろうか。内心の焦りを誤魔化すように表情を取り繕った。
「何の話?どこが違うかしら?」
「だって最近のパール、よくお酒飲んで、リックス様とニコニコ仲良さそうにしてたよ」
パールは脱力し、聞き返す。
「……私が、お酒を飲んで、リックスとニコニコ仲良さそうにしていた?」
「うん」
ニーファはこくりと頷く。
思わず、リックスの方へと顔を向けると、リックスは肩を震わせて笑っていた。
「そうそう。パールはお酒を飲むと、俺だけに笑いかけてくれるんだ」
リックスは笑いを堪えきれない様子で、パールの頭をぺしぺしと叩きながら会話に加わってきた。
「なんかそのこと覚えてなさそうだったけど」
リックスはパールだけに聞こえるように囁いた。含みのある笑みを浮かべているせいで、思わず表情が引き攣る。
「わ、私があんたに笑ってた……ですって?」
「俺だけ、にね」
一体、何でそんな事を……
この油断ならない幼馴染に隙を見せるなんて……
パールはがっくりと頭を抱えた。
リックスは涼しい顔でパールの手からグラスを奪い、そのまま口をつけた。
「他の人は誰もパールが酒癖悪いことに気付いてないと思ってたけど。天然ちゃん、やるね」
「ふふ。2人でお話ししてる姿、なんだか面白いからよく見てたんだ」
ニーファはそれを伝えると2人の前から立ち去っていった。
リックスは口をつけたグラスを、パールの頭の上に置く。パールは「ここはテーブルじゃないんだけど?」と愚痴る。
「……というか失礼ね、誰が酒癖悪いですって?!」
「覚えてないなら酒癖悪いんじゃない?」
目の前の男は相変わらずへらへらとしている。
もうお酒を飲んだ後の記憶がなくなっていることはバレているようなので、気になっていたことを聞くことにした。
パールはリックスの耳元へ顔を寄せ、小声で尋ねた。
「ちなみに私、他にやらかしてなかった?」
「さあね。試しにもう一回飲んでみる?」
リックスはいい笑顔でグラスを差し出す。パールは怒りに震え、背を向けた。
「……本当に憎たらしい奴ね」
数日前まで寝込んでいたとは思えないほど元気そうだ。相変わらず腹の立つ男ではあるが、少し安心している自分がいる。
リックスは手元のグラスをくるりと回して眺めた。
「お酒って頭の抑制を低下させるらしいね。だから本音とか感情が表に出やすくなるらしいよ」
「本音?感情?」
パールの頭には疑問符が浮かんでくる。
リックスはパールを見た。
その表情が、少しだけ柔らかくなる。
「もしかして、俺のこと好きなんじゃない?」
えっ――
思いがけない言葉を耳にしたパールはその場で固まった。
リックスは動かなくなったパールを見つめて更に笑みを深める。
「自意識過剰!」
パールは思わず顔を赤く染めて、拳を振り下す。リックスは軽やかにその拳を受け止めた。
「おっと、危ないな。俺の手が滑ってこの酒をパールの喉の奥に流し込んじゃうかもよ」
「……ふっ、かかってきなさいよ。もう今までの私とは違うのよ」
今日はしっかりと酔い止め薬を飲んでいる。
パールは腰に手を当て、自信満々に笑みを見せる。
リックスは目を細めて眩しそうに、その笑顔を眺めている。
「その顔はなかなか可愛いよ」
パールは目を丸くする。
「……今度は何を企んでるのよ」
パールは一瞬にして笑みを解き、疑いの目を向けてくる。
名残惜しそうに視線を逸らして、リックスは手に持った酒を煽いだ。




