宇宙人のごとき勘違い男の野望・後篇/恐怖の帝王襲来の序章
「・・・・・・・・さて、どうしよう」
「知るか」
いい加減どうしようもなくなった私は、そもそも諸悪の根源である長良川さんに相談していた。
そもそも、私が曾祢木ヶ原に矮小な復讐の手助けを依頼されたのは長良川さんに私が復讐の代行を依頼されたからであり何やかやで彼が根源なのだ。
「ですから、今後の方針を」
「知るか。テメエのことなんざ」
この男は一体何を言っているのだろう?と私は内心拳をわなわなとふるわせながらも現実でそんなことをすれば何をされるかわかったものではないので、あくまで空想の身に留めてほとばしる怒りを押し込め、現実には無理やりにこわばった笑顔を作りああこれが大人になるということかと一つ真実を悟った様な気分で言う。
「いえ、まあいいんですけどね?別に長良川さんが協力してくれなくても。結局彼はチキンだった、で済む話ですから」
ピクリ。
「ただ、私に柿ヶ内さん築紫さんはじめあれだけの人を巻き込んでおきながらそれでは、釈明の余地なしかな、と。いいんですよ?チキンで済む話ですから」
ピクリピクリ。
「長良川さんがチキンでいいというなら私はあまんじてそれを」
「うるせえなあ!!!協力しりゃいいんだろボケが!!!」
安い挑発に乗ってくる人で助かった。
「で?お前は俺と曾祢木ヶ原の板挟み、どうにかして決着をつけたいと?」
「あ、はい。つきましてその解決策になるであろう案を考えてきたんですけど、それの協力をお願いしたいのですが」
「内容による」
即答だった。私がろくでもないお願いでもすると思ったのだろうか。
「簡単です。曾祢木ヶ原と決闘してもらいたい」
「超ろくでもねえじゃねえか。ていうか丸投げだろそれ、お前に一切責任のない方向へ持って行こうとしてるだろ」
「とんでもない、キチンと責任とって最後まで協力します」
「じゃあ丸投げなんてするな」
「だから投げてないですって。・・・・・・じゃあ質問させてもらいますけど長良川さん。もし、曾祢木ヶ原に何かしらの処置を施し、嫌がらせを止めさせたとして、それで済みますか?」
「・・・・・・・どういう意味だ」
「曾祢木ヶ原は、執念深い奴です。とっても。それがたかが一度や二度、いや、百回千回失敗しようと、長良川さんへの無意味な報復をやめないでしょう」
「・・・・・かもしれないな」
「そこで、です。曾祢木ヶ原を完封するには、一度ざっくりやってしまった方がいいんですよ。大丈夫、キャストは長良川さんに曾祢木ヶ原、築紫さんの三人で事足ります」
「おい、曾祢木ヶ原と俺がケンカなんかしたら、あいつの頭が吹き飛ぶぞ」
負ける可能性は微塵も考えていないらしかった。まあ、曾祢木ヶ原だしな。
「大丈夫です。いくら曾祢木ヶ原とは言え、私も人命を無駄にするような真似はしません。喧嘩、もとい決闘の直前に、築紫さんを割り込ませます」
「ほう」
「そこで、築紫さんの言葉で、曾祢木ヶ原の心を直接圧し折ります」
「・・・・・・・・小暮川」
「何ですか?」
「お前、いますっげえ悪い顔してるぜ」
「光栄です」
長良川さんと別れてから、今度は私は築紫さんの部屋へと向かった。
諸悪の根源は長良川さんだが、そもそも曾祢木ヶ原が長良川さんに嫌がらせをするに至った原因は彼の築紫さんへの、淡く切なく報われない恋心なのだ。
つまり、彼の根底を支える、『築紫さんが自分に惚れている』などというふざけた妄想をぶち壊す。
只壊すんじゃない。普通に壊しても逆恨みされるだけなので壊し方もきちんと考える必要があるが。
面白くなってきたな、と私は一人ほくそ笑んだ。
「安心してください。こう見えても私は、小学校の学芸会で主役をやったことがあります」
「へえ、凄いんだか凄くないんだかよくわからない経歴ですね」
築紫さんに私の計画を話すと、彼女は快く了承してくれた。
もっとも、彼女には彼女のセリフによって曾祢木ヶ原に与えられる甚大な精神的ダメージについて説明していないからだが。
「中学校の文化祭でやった自主製作映画では、妖精の役をやりました」
「ファンタジーですか」
「いいえ、シリアスミステリーです」
「どのあたりが!?」
彼女の話によると、『妖精人間ヘム』という、妖精(という名の幻覚)が見える少年名探偵の苦悩を描いた作品らしい。
「高校では演劇部に所属していました」
「成程、一応演技をする機会は多かった、と」
築紫さんはそこそこ経験があるらしいし、長良川さんはまあ、よくわからないけど探偵やってるぐらいなら、世渡り術の一つとして演技の一つもできるだろう。
曾祢木ヶ原を『騙す』準備は万端だ。
それから、細部を詰めてその日は終了。計画の実行は明日、という運びとなった。
一応主役は長良川さんと築紫さんだが、協力してもらった柿ヶ内さん、瑕村先輩あたりにも計画の内容を話したところ、彼らもこっそりと遠くで見守るつもりらしい。
「『名優』長良川君の演技、楽しみだねェ」
柿ヶ内さんの言葉が気になった。
というわけでその日の夜。
曾祢木ヶ原に向けて書かれた、長良川さん直筆の『決闘状』の不備がないか点検していた私の部屋の戸を、たたく者がいた。
「・・・・・・どなたでしょう」
あわてて引き出しの奥にしまう。
「僕だ」
柿ヶ内さんだった。
「いまさらなのだけど、小暮川クン。君の計画は確か、『長良川クンと曾祢木ヶ原の決闘』→『築紫クンの乱入』→『築紫クンの口から直接曾祢木ヶ原の誤解を解かせる』→『彼の心が圧し折れる』だったかい?」
「ええ、如何にも」
「聞いてるだけで曾祢木ヶ原に同情したくなくもなくなるような酷い作戦だけれども、結局この方法じゃあ意味ないんじゃないかい?」
「と、言いますと?」
「曾祢木ヶ原は失恋して、より一層長良川クンを恨むだろう。もしかしたら、嫌がらせも酷くなるかもしれないじゃないか。あいつは絶対に、失恋したらそれっきりじゃなくて、しぶとくしつこく逆恨みするタイプだと思うよ?」
「散々ないいようですが確かに私もそう思いますよ。めっちゃ逆恨みますね。すげえ逆恨みますね。きっと」
「じゃあダメじゃん」
「そう、そのやり方じゃだめなんです」
柿ヶ内さんはわかっていない。曾祢木ヶ原には、曾祢木ヶ原向きのやり方があるのだ。
そんなわけで、翌日。
「・・・・・・・・ふん、まさかお前から仕掛けてこようとはな・・・・・・長良川」
長良川さんと対峙した曾祢木ヶ原が、自身に満ち溢れた表情で言う。
ちなみに、私は柿ヶ内さんと二人で物陰から見学だ。
「お前が築紫さんをどう思っているか知らんが・・・・・・・彼女は俺のものだ」
その自信はいったいぜんたいどこからくるのか。一割ほど分けてもらいたいものだ。
「つくしはおれのものだー(棒読み)」
対する長良川さんの、演技。小学生並み。
「・・・・・いやあ、器用な奴じゃあないとは思っていたけれども・・・・・これほどとは」
隣で柿ヶ内さんも戦慄していた。
「まあ、長良川さんには最初から期待してません」
私も驚きはしたが、まあ想定の範囲内だ。
問題は、築紫さんである。
「きゃー、私のためにあらそわないでー(棒読み)」
「・・・・・・・・・・・」
対峙する二人の間に唐突に割り込んだ彼女は、そんなことをのたまった。
「・・・・あれ?築紫君、演技下手じゃね?」
「想定外ですね」
本当になんなんだよあの人。演技経験があるっていってたじゃん。確かにそんなに器用そうにはみえないけれどもそこの一点を信じていたのに・・・・・・!!!
こんなんじゃとてもじゃないけど、曾祢木ヶ原も騙され・・・・・
「つ・・・・・築紫さん!!!」
あいつが馬鹿で助かった。
「二人にはわるいけど、わたしにはもう恋人がいるのー(棒読み)」
「な、なんだってー(棒読み)」
「どういうことですか!!!」
本当に、二人の演技は酷い。
「そ・・・・・そんな!!!・・・・は!?まさか築紫さんは脅迫されて無理やり・・・?そうか、成程そうに違いない。だが彼女の騎士ことこの俺が黙っていないぞ!!!」
そして棒読みの嘘つき二人の演技に全く気がつくことなく、一人でなんだか盛り上がっている曾祢木ヶ原。
「わたしの恋人、それはー(棒読み。無表情で言わないでほしい。怖いから)」
「そ、それはだれなんだー(棒読み。驚いた表情がなんとも白々しい)」
「だれなんですか!!!築紫さんを脅迫しているのは!!!(脅迫していること前提である)」
場に沈黙が流れる。が、寮の駐車場の前を古い型のバイクが爆音響かせて通り抜けて行ったので、台無しだ。
「ふむ、盛り上がってきたねェ小暮川クン。ここで築紫さんが、長良川さんを指名するわけだ」
「違いますよ?」
「え?」
「昨日も言ったように、長良川さんを指名しても、曾祢木ヶ原は復讐心を大きくするだけです。事実、奴は築紫さんが『脅迫されて』付き合わされているという設定に、既に脳内改ざん済みです。以前にもまして酷い嫌がらせを始めるんじゃないですか?」
「じゃあ、どうするんだい?」
「まあ、見ててくださいよ」
「わたしのこいびとはー・・・・・・・俺ヶ崎さんです!!!」
「な、なんだってー(超棒読み。もう完全にやる気をなくしたようだ)」
「何イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!?!?!?」
曾祢木ヶ原の叫びが、駐車場にこだました。
後日。
「・・・・・・なるほど、曾祢木ヶ原君の恨みを消すことは難しくとも、|対象を変えることは難しくない≪・・・・・・・・・・・・・・≫。今は寮内にいない住人に、対象を移すことで、長良川君への被害を防ぐ訳か・・・・・・」
「そういうことです。あとは長良川さんが、曾祢木ヶ原の前で築紫さんといちゃつかないように気をつければ、問題解決でしょう」
「おい、俺が何時いちゃついたよ?」
「しかし、これはその場凌ぎにしかならないんじゃないかい?もし俺ヶ崎くんが帰ってきたら・・・・・・」
「そうです。また今度は、俺ヶ崎さんが同じ目にあうでしょう」
「おい、無視すんな。聞いてんのか」
「聞いてません。けれども、俺ヶ崎さんが帰ってくるのだって、そんなにすぐじゃあないでしょう。下手すると、4、5年は帰ってこないかもしれません。それまでは安泰です」
そう、今のところはこれでいいのだ。
今のところは。
こうして、長良川さんと築紫さん、曾祢木ヶ原の三人による、(主に曾祢木ヶ原の)愛憎劇は幕を閉じた。
一見、平和な日常が戻ってきたかに見えた三十木寮だったが、これは『より大きな事件』の前振りでしかなかったのだった。
そしてその『事件』は、突然やってきた。
それは、いつものように私が郵便受けの中を確認しようと、玄関口に出てきたときのことだった。
長良川さんが、青ざめた表情で、一枚の葉書を読んでいた。
私は猛烈に不吉な予感を感じながらも、彼に訊く。
「・・・・・・・・どうしたんです?」
長良川さんはまるで地獄の底から帰ってきたような、かすれた声で答える。
「・・・・・・・・・・帰ってくるそうだ・・・・・・・・」
「帰ってくる?・・・・・・・・まさか」
その言葉を聞いた瞬間、私の体も戦慄し、全身が激しい冷汗と、恐怖による震えに襲われた。
「ん?どうしたんだい?」
その時、風間さんが怪しげなフラスコを片手に、玄関口にやってきた。
普段なら顔を見た瞬間に胸倉をつかみにかかる長良川さんが、今日は顔を上げることもせずに青ざめている。
私と長良川さんは、同時に声を絞り出した。
「「帰ってくる・・・・・・・・・・『大家』が」」
風間さんの手からフラスコが滑り落ち、床で砕けて怪しげな液体をまき散らし、床をじゅーじゅーと音をたてて溶かす。
しかし、我々は目もくれず、うつむく。
三十木寮の住人にとって、恐ろしいことの最たるもののひとつ。それが、『大家』の帰宅なのだった。
彼女の帰宅は二週間後。つまり、我々に残された平和は、あと二週間ということだ。
不定期に更新とか言ってすいませんでした。
実際には、予想したよりも忙しい夏が待っていて、更新どころじゃなかったんです。