宇宙人のごとき勘違い男の野望・前篇
五月。
百物語ならぬ五十物語を語りつくし、夜を徹して馬鹿話に明け暮れた翌日。
土曜日ということもあって、ゆっくり眠ろうと思っていたのだが、やはりいつも通りに風間の起こした謎の爆発によって起こされた。
「風間アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」
眠い頭を無理やりたたき起こして共用の水道を使おうと部屋を出ると、長良川さんが風間の胸倉を掴んで、ぐわんぐわんと音がしそうなほどに揺すっていた。
ぼろぼろの白衣にビン底眼鏡をかけ、もじゃもじゃの白髪とひげを蓄えたある意味『典型的』ファッションの自称科学者である風間は、軽薄そうな薄笑いを浮かべて言う。
「・・・・・はっはっは、落ち着きたまえよ長良川君」
「落ち着けるか!!!こちとらテメエがいない間、寮の住人全員がヒトマロさんの部屋に集まって夜通し馬鹿話に花を咲かせてて寝不足なんだ。少しぐらい寝かせろ!!!」
「いや・・・・・・それは完全に君たちの責任なんじゃ・・・・・・・・」
「あァ?」
「すいません。ほんとマジすいませんっした」
「調子乗ってんじゃねえぞ、カスが」
ここ数日、そこそこ大きな事件の捜査依頼を受けたらしい長良川さんは、普段より一層いらついている。
「まあ、落ち着きたまえよ長良川君。休日だろ?ゆっくり寝るなりなんなりすればいいじゃないか」
「・・・・・・・・・」
ブチリ。長良川さんのコメカミのあたりから、そんな音が聞こえた気がした。
「だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアらアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!テメエのせいで邪魔されたんじゃボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
長良川さんの振りかぶった拳は、そのまま猛烈な勢いのまま風間の頬を打ちぬくと思われた。
しかし、悲劇はたった一言によって止められる。
「何をしてるんですか!!!良助さん!!!」
彼の後ろで、叫ばれたその一言に反応し、長良川さんはその怒りのこもった拳を止めた。
「おお、築紫。おはよう」
おはようございます、と長良川さんの挨拶に冷静に返答する、この寮内の住人においてただ一人、長良川さんの怒りを鎮める力を持った人物。
私と長良川さんとともに、年中三十木寮で生活している『常駐三人組』最後の一人である彼女は、築紫さんという。
わかっているのは下の名前のみで、皆『築紫さん』と呼んでいるため、姓は不明である。
古き良き(?)割烹着スタイルに身を包んだ、スタイル抜群の柔らかそうな印象を受ける美人さんである。
事実、その人に尽くすことを信条とする優しい彼女は、寮内の掃除を趣味としており、そして彼女の趣味によって三十木寮は常に、おんぼろながらも埃一つない清潔な状態を保っている。
「しかし築紫、無理して止めることはない。俺がこのままこのムカつく似非科学者の面をぶちのめせば、皆すっきりすること請け合いだ」
未だに戦闘態勢を解かず、拳を固めて、左手で風間の胸倉をつかんだまま言う長良川さん。
「だめです、そんなことをしては長良川さんの立場を悪くしてしまいます。・・・・・・・・殴るなら私が」
「まて築紫。俺が悪かった。悪かったからのその猫パンチの様な形に握った拳(?)を収めてくれ」
「わかっていただけたならいいんです」
そういって構えを解く築紫さん。
ちなみに、彼女に戦闘能力は皆無である。
故に、風間を殴れば彼女の拳の方が傷つくに違いない。
長良川さんはそれを察したからこそ自分を曲げて謝罪したのであろうし、恐らくは築紫さんもそうなるという展開を読んで行動したに違いない。
互いに互いがもたらす結果を最良にするべく労わり合う。
この三十木寮において、唯一、築紫さんが長良川さんの抑止力となる理由である。
「まったく、良助さんたら」
「すまん、ついつい調子に乗ってしまった」
先ほどの鬼の形相が嘘のように、築紫さんとほがらかに笑い合う長良川さん。
けれども、ふとした拍子に風間と目が合うたびにガンを飛ばすところから察するに、彼の怒りは収まったわけではないのだろう。
怒りを鎮めることと、収めることは違うのだ。
「おい小暮川。今朝、また長良川の野郎が築紫さんにちょっかい出したってのは本当か」
午前十時。
あまりに暇だったので自分の部屋でラジオ体操をしていると同じく暇でたまたま会話相手を探すべく私の部屋を訪問した柿ヶ内さんに『君はいつも暇そうにしているねぇ』と呆れたように言われ、何ゆえ自分がここまで言われなければならぬのか、あんただって似たようなもんじゃないかと彼の去った部屋で一人考察していたところ、曾祢木ヶ原に突然、殴りこむように部屋の戸を吹き飛ばさんがごとき勢いで部屋に侵入された。
彼は私の部屋にはいるなり私の両肩をガッチリつかみ、今朝の長良川さんがしていたようにグワングワンと揺する。
ちなみに長良川さんは現在、珍しく仕事があると言って自分の探偵事務所に出向いている。
一説によると、巷で話題となっている、先日私と大学の友人との不毛な会話のネタにもされた、通り魔事件の捜査をしているとか。
まさかシャーロックホームズでもあるまいに、そんなことはあり得ないとは思うが。
「どうなんだよ、長良川の野郎は築紫さんにいったい何をしたんだよ!!!!」
相変わらず曾祢木ヶ原は私の肩を揺さぶり続けている。
曾祢木ヶ原は、築紫さんにただならぬ好意を抱き、彼女を付け回し、つけ狙い、あまつさえ『彼女の騎士』を名乗っている。
まったくもって腹立たしいことこの上ない、しかしこの身勝手さが彼を三十木寮の自称住人という地位に留め続ける要因であろうことは確実である。
そんな下らぬ話はさて置き、曾祢木ヶ原は築紫さんに好意を抱いているが、築紫さんは長良川さんに好意を抱いているらしい。
三十木寮の住人の一人、片霧さんにこの話を聞いたとき、私は築紫さんの将来にただならぬ不安を覚えたが(何せ元藤岬学園最強の不良である。世紀末皇帝である)そんな感情は当の昔に吹き飛び、今ではまんざらでもなさそうな長良川さんとの関係の進展を応援する一人となっている。
築紫さんは長良川さんのことを好きであり、長良川さんもまんざらでもなさそうなのだから二人の関係に割り込むような奴は馬どころか仮面ライダーに蹴られて死んでしまえと思うのだが、そんな二人の友人以上恋人未満限りなく恋人よりな関係を知る由もない入居当時の曾祢木ヶ原は、築紫さんのその無償の優しさを自分への好意と勘違いし(彼の気持ちはわからなくもない。美女が自分にところどころで些細な優しさを見せてくれるのだ。好意を持たれていると感じても致し方ないかもしれない。しかし、空気で察しろ。空気で)その結果比較的寮になじんだ今でも二人の間に流れる空気に気がつかず、未だに長良川さんを『築紫さんに付きまとう最低の男』という己の鏡写しがごとき人物としてとらえ、敵視している。
「まったくあの野郎、一向に懲りねえな。ちょっと焼きいれてやるか」
ブツブツとつぶやく曾祢木ヶ原だが、その言葉はすべて自分に跳ね返って突き刺さることを知らない。
「そういえば、お前今朝あったばかりのそんな微妙な(ある意味いつも通りともいえる)事件、よく知ってたな」
「ああ、俺ヶ崎さんとボンゴレさんに聞いたんだ。今朝の定食屋で俺ヶ崎さんがいつものように長良川の野郎と揉めて、其れをいつも通りに仲裁して、長良川が出て行ったあとにばったりとあってな」
俺ヶ崎さんとボンゴレさんというのは、昨日の百物語ならぬ五十物語に顔を出さなかった寮の住人である。
長良川さんと犬猿の仲にあり、職業を『世界を救う正義の味方』と自称する俺ヶ崎さんは九内町南の某全国チェーンのコンビニで働いており、身長2m、体重100kgを超えるといわれる驚異のイタリア人、ボンゴレさんは何故か中華料理が得意で、寮で生活している間は町内の中華料理店で働いている。
長良川さんと俺ヶ崎さんの間で度々発生するいがみ合いの仲裁役を担っており、片言で吐く暴言は圧倒である。
「お前の言い分は分った。わかった上で言おう。お前、築紫さんは眼中にないぜ」
「うるさい!!!!」
「会うたびに『はじめまして』つって自己紹介されるものな」
「そ、それを言うなあああああああああ!!!!!」
意外とメンタルの弱い男である。
まあ、そりゃつらいのはわかるけどな。
「・・・・・・・・・まあいい。小暮川、俺の『築紫さん奪還計画』に協力してくれ」
「・・・・・・・お前、さっきまでの話聞いてた?」
そもそも、築紫さんは曾祢木ヶ原のモノではない。
「お前が協力してくれなくとも、俺は一人でやるぞ」
「勝手にやってろ」
三十木寮最強を相手にする勇気があれば。
「お、俺はやると言ったらやる男だぞ、おばあちゃんも言っていたんだ。『曾祢木ヶ原は頑張れば何でもできる子だって」
「・・・・・・・・・お前のおばあちゃんは、自分の孫のことを姓で呼ぶのか」
「些細なことだ」
「・・・・・・・・・・・・・まあ、頑張ってくれよ」
かくして、一人の小さな男の、小さな嫉妬による、小さな復讐劇が幕を開ける。
「まず手始めに、長良川の郵便受けの中に、大量の広告を入れて、開かなくするところから始めようと思う」
「・・・・・・・・・さいですか」