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第一部・三十木寮住人目録

私は小暮川一世(こぐれがわいっせい)

真に奇妙で機会極まりない名前であり、黒ぶち眼鏡に細い体という私の容姿も相まって、よく『ペンネーム?』と訊かれるがこれでも本名である。

さらに言えば、私が作家業を志したことはない。


さて、私は現在、小中高大一貫の大規模校、藤岬(ふじみさき)学園の大学部の二回生である。

珍妙な名前を除けば、至って平凡な人間である私は、大して問題を起こすわけでも、目立つわけでもない、普通の生徒として生活している。

そんな私の日常において、大学での生活はさほど重要ではない。

したがって、この物語に記されることも無い。


重要なのは、私の生活する、家賃三千円、六畳一間の驚異のぼろアパート、『三十木寮(みそぎりょう)』である。

三十木寮には、大学とは比べ物にならない、比べてはならない、奇人変人がそろっている。

これから記すのは、平凡なる凡人である私と、まるで宇宙人のごとき彼らの、『交信』の物語である。



五月。

大学での生活も一年たち、友人もそこそこできたころ。

私はいまだに、この寮での生活には慣れない。


「よお、一世。何書いてんだ?」

早朝。寮近くの寮といい勝負なくらいにおんぼろで、寮の利用者しか利用するものはいないであろう定食屋にて私が朝食を摂りながら手帳を広げていると、同じく寮の住人にして、私の先輩に話しかけられた。

長良川良助(ながらがわりょうすけ)

私の通う藤岬学園のOBであり、寮の数少ない常識人だ。

ちなみに彼のさらに隣の部屋には風間という科学者を名乗る怪しげな男がいて、毎朝定期的に彼が起こす正体不明の爆発によって三十木寮の住人達は目覚ましがなくとも早起きに成功している。

「日記のようなものです。この寮での生活を綴った」

「ああ、面白人間ばっかだもんな、ここ。書いてて楽しいだろ」

「いえ、それほどでは」

ちなみに彼は、この街で高校時代の友人とともに探偵業を営んでいるらしい。

その友人のせいで、なかなか苦労しているらしいのは同情すべき点だ。

職業柄、なかなか気さくな性格の彼は、この寮に来たばかりで戸惑いまくりだった私の、数少ない希望の光であった。


「ふむ、しかしまあ長良川君が一筋の光とはさびしい話じゃないかね?」

いつの間にか、私の真後ろに立って私の手帳を覗き込み、大根の様に長い、のっぺりした顔の男が言った。

「もう少し私の様な人間を信じてみてはどうかな?」

「断固拒否します」

この男は柿ヶ内人麻呂(かきがうちひとまろ)

年がら年中甚平に身を包み、高下駄で古びたパイプに紫煙を燻らせる、若しかしなくても怪しい人物だ。

職業は小説家を名乗っているが、真偽のほどは定かではない。


「お、胡瓜の漬物じゃないか。貰うよ」

ちなみに、好物は胡瓜の漬物である。


「おお、ヒトマロさん、久しぶり」

「相変わらず元気そうだね、長良川君」

三十木寮の人間で、年中寮内にいるものは少ない。

その場合、パターンは地元の大学に通う私のような学生か、長良川さんのようにこの街で働いているかのどちらかである。

そして、この寮においてそのようなマトモな暮らしをしているのは、私と彼と例外一名の三人ぐらいだ。

この寮の責任者である大家でさえも、寮内に必ずしもいるとは限らない。


「ヒトマロさん、今度は一体どこに?」

「うむ。ちょっと南アフリカの方にね。時期が時期だし」

「もしかして見てきたのか?ワールドカップ」

「いや、現地の言葉がわからなくて会場に行けなかった」

長良川さんと柿ヶ内さんの二名による会話。

区分的には、中途半端な敬語を使う方が長良川さんだ。


「しかしまあ、三か月ぶり位にこの寮にも戻ってきたけど、相変わらずだね」

「だろ?」

相変わらず、というのはけして汚れているという訳ではない。

この寮は、見た目こそおんぼろであるものの、その実見た目の身で実際には埃一つ落ちていない清潔空間なのだ。

おんぼろだけれども。

この中途半端な矛盾を生み出しているのは、当アパートの良心とも言うべき存在であり、私と長良川さん以外に年中この寮で生活しているもう一人の住人のおかげなのだが、それは瑣末な問題だ。

のちに、また別の機会に話すとしよう。


「まず、帰ってきてさっそく大家がいない」

「ああ。あの人は今、北米にいるらしいからな。寮の住人全員宛に、手紙が来た」

「そういえば来てましたね、そんなのも」

この寮の大家は、寮の住人の中で最も旅行の多い人間だ。


「あと、曾祢木ヶ原(そねきがはら)君も相変わらずだったな」

「でしょうね。今朝、挨拶されましたよ」

「俺もだ。最近ますます拍車がかかってるよな、アイツ」

曾祢木ヶ原君とは、本名曾祢木ヶ原曾祢座衛門五朗というギャグとしか思えない名前を持つ、この寮の自称『住人』である。

何ゆえ『自称』なのかと言えば、彼は三十木寮の寮内に住んでいるのではなく、三十木寮の隣の、申し訳程度にある駐輪場に野宿して暮らしているからである。

三十木寮にて生活することを志した人間は、まず彼について注意しなければならない。

なぜなら、気がつけば自分の部屋で勝手に飯を貪り食っている、というような事態がけして珍しくないからである。


悲しいことに、私の大学の同回生にして、同じサークルに所属する人間である。

それゆえ、私は勝手に飯を貪られる回数が、月単位で計算すると、他の寮の住人よりも四回ほど多い。

「最初はびっくりしたけれど、すっかり馴染んでるねえ。彼」

「そういえば、曾祢木ヶ原が自称住人になったのは、柿ヶ内さんが寮に帰ってきた時でしたっけ」

「そうだよ。面倒だったね」

そういえば、当時珍しく全ての部屋が住人で埋まっていた三十木寮は、新たなる住人、曾祢木ヶ原を受け入れるか否かで大揉めに揉めたのち、大家の鶴の一声で受け入れが決定。

とはいえ受け入れる先も無く悩んでいたところ、曾祢木ヶ原本人自ら野宿を申し出たのだ。

以降、彼は住人なのか住人じゃないのか判断に苦しむ、自称『住人』の地位を守り続けている。


「まあ、ウチの寮はなんだかんだで利用者が多いからね」

「ですね」

「だな」

三十木寮はそのおんぼろさにかけては天下一品で、部屋数も一階二階の両階それぞれ五部屋、合わせて十部屋しかないのだが、それらを利用する住人は私や長良川さんも知らない人物がいるほど多いという。

その理由は、我が寮の住人たちの多くには放浪癖があり、年中いるという者が少ない、それどころか年中いないものが大半であるという点にある。


即ち、相部屋。

複数の住人が同じ部屋に登録し、相部屋として使っているのである。

しかし、相部屋とはいうものの実際に自分が寮に帰ってきたとき、他の相部屋している住人に会うのは稀有であり、実質一人部屋として利用できる。

家賃は私一人で暮らしていて月々三千円、相部屋で割り勘にすれば、当然もっと安い。

この素晴らしいシステムにより、三十木寮にはその部屋数の二倍以上の住人がいるといわれている。

全貌は、私も長良川さんも知るところではない。

ただ、この寮の中でもかなり長く住んでいる住人であり、比較的寮にいる時間も多いこの柿ヶ内なら、あるいは何か知っているかもしれないが。


「私も流石に住人全部は把握してないさ。そんな芸当ができるのは、大家さんと、あと一人あげるなら精々『戸隠』の奴ぐらいだな」

そう柿ヶ内さんは言うが、大家さんはともかくもう一人、『戸隠』と呼ばれる人物を私はこの寮に入居してから一年と数か月、一度も見たことがない。

「まあ、あの人は滅多な事じゃ帰ってこないからな。今年の八月に開かれる夏祭りには帰ってくるんじゃないか?」

などと長良川さんも言うくらいに神出鬼没な人間らしく、何ゆえ(いや、それゆえという可能性もあるが)そのような人物がこの三十木寮という巨大な組織の全貌を知りうるのか、私にはわからない。


さて、朝から住人たちと話し込んでいるうちに、なんだかんだで大学に行こうという気になったので、私は藤岬学園大学部に顔を出すことにした。

大学部内での出来事はこの手記のテーマに反するので割愛する。

友人の中には愉快な者もいるが、それでも普通の日常と言えばそれまでなのである。

あえて、その日友人達とかわされた会話の一部を抜粋するなら、こんな感じだ。


「よお、久しぶりだな小暮川。巷で話題の通り魔にやられたかと思ったぜ。ほら、千円やるから今からやられて来い」

「お前が行って来い。そして二度と帰ってくるな」


・・・・・・・こういった風である。

こんな殺伐とした会話を描写したところで、読者の方々は少しの面白味も感じないであろうし、私も楽しくない。

故に、大学内での一切は、省略する。



夕方が過ぎ、夜となる。

大学から帰ってきた私は、自分のむさくるしい六畳に寝転がるのをよしとせず、そのまま寮内の知人の元を訪ねる。

今日は柿ヶ内さんの部屋で、寮内の住人たちで、百物語をしよう、ということになっているのだ。



「・・・・・・それではみなさん、これより、三十木寮第十三回・百物語大会を始めます・・・・・・」

柿ヶ内さんの呼びかけに、皆が小さく拍手。

『イェ~』

百物語ということもあって、声は抑え気味である。

六畳一間の彼の部屋に、現在寮内にいる住人七名(私・長良川さん・柿ヶ内さん・その他女性陣三名に何故か曾祢木ヶ原)が集い、むさくるしいことこの上ない。


「おい、窓あけるぞ」

限界が来たのか、私の隣人であり、自称自由業の、ある意味今の寮内で一番男らしい、片霧久守(かたぎりくもり)さんが、苛立ったように言う。

質問ではなく、宣言である辺りが実に彼女らしい。

「何こっち見てんだ、キメエんだよ」

そんなことを思いながら彼女を眺めていたら、そんな風に言われ、殴られた。

結構痛かった。


百物語が始まったが、実際に百個怪談を語ろうとすると、ここに集まっているのは七人。

つまり、一人当たり約十五個の怪談を持ち寄らなければならない。

流石にそれは大変なので、ノルマは半分の五十。

持ち寄る数は、それでも一人七個。

時には児童書なども読み、ネタを集めて住人達はこの会に臨む。

毎年恒例の行事であり、一か月に最低五回、ほぼ週一以上のペースで開かれるから、実際には『第十三回』というのは嘘っぱちである。


五十の怪談を語りつくした後も、私たちは毎回そのままだべり、深夜を過ぎ、早朝に至るまで下らない談義を続けるのが常だ。

例えば、

『女性陣の中で、自分的に好みなのは誰か』など。

当然、女性陣には聞かれないよう、厳戒態勢を敷いた上で行われる、神聖なる猥談である。

よく、この話を他人にすると、『無意味だ』と言われる。

自分でも、無意味だと思う。

そんなことを思って、思いながらも繰り返すうちに。

私は大学生活の一年間を無駄にしたのだから。

そんな話をしたところ、柿ヶ内さんは知った風な表情で、こう言った。

『無意味なことほど、この世に楽しく有益なものはない・・・・・・・・私の友人の言葉だ。大切にしたまえ』

この一言を聞いたときから、私は観念している。

これからも、こんな無意味な暮らしが続くのだろうと。


そんな考えが浮かぶほど、この寮の住人に毒されてしまった私自身に、観念している。


この手記は、私、もとい小暮川一世の視点にて、私の大学生活の一年目を無意味にし、徹底的にだめにして言った我が住居たる三十木寮の住人達と私の物語である。


まるで目立つところのない私と、まるで宇宙人のごとき彼らの『交信』の物語。

題して、『三十木寮住人目録』。

我ながら、センスのなさには絶句した。

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