第9話 ため息の場所
第9話です。
廊下の曲がり角。
ルルが、また、ぴたり、と、止まる。
耳が、少しだけ、ふるえる。
「……こっち」
小さな声。
3歳の王子は、こくり、とうなずく。
とことこ。
ついた先は、小さな部屋。
扉が、少しだけ、空いている。
中から、かすかな、音。
……はあ。
ため息。
王子の胸が、ちくり、とする。
指先の、青い光りが、ふわり、と、光る。
「殿下」
たまごが、そっと、ささやく。
「人の声です」
王子は、扉を、そっと、押す。
きい、と、小さな、音。
中には。
窓辺に座る、少しお姉さんに見える女の子。
膝の上に、縫い物。
でも、手は、止まっている。
空は、雨。
女の子は、気づかない。
ルルが、耳を、少し、長くする。
ぴょこん。
王子の床に、うさぎの耳の、魔法陣。
柔らかく、かたむく。
「……さびしい?」
王子の、小さな声。
女の子が、びくり、おんなのこが、びくり、振り向く。
「あ……殿下」
あわてて、立ちあがろうとする。
でも、王子、小さく、手を振る。
「そのままで」
女の子は、少し、驚いた顔。
それから、ぎこちなく、笑う。
「なんでも、ございません」
でも。
ルルが、そっと、首を振る。
違う、と、言うみたいに。
王子は、一歩、部屋に入る。
にんじんが、隣にいる。
だいこんは、そっと、後ろ。
たまごは、静かに、そこにいる。
王子は、女の子の前に、ぺたん、と、座った。
「はあ、って、言ってた」
女の子の目が、丸くなる。
「……聞こえましたか。」
こくり。
うなずく。
光が、ふわり、と、広がる。
あたたかい。
女の子の肩が、少しだけ、ゆるむ。
「家が……遠くて」
ぽつり。
こぼれた、言葉。
「初めて、家を離れて、来たのです。
立派なお仕事ですが……
少しだけ、寂しくて」
窓の雨が、ぽつ、と、はねる。
王子は、じっと、聞いている。
さえぎらない。
うなずくだけ。
うさぎの耳の、魔法陣が、柔らかく、光る。
女の子の声が、少し、ふるえる。
「でも、誰にも、言えませんでした」
その時。
王子は、そっと、言った。
「ぼくも、さびしい」
部屋が、しん、とする。
女の子が、ゆっくり、王子を見る。
「おかあさまと、おとうさま、いない」
どくん。
光が、一つ、脈を打つ。
でも、強くない。
柔らかい。
「みっか、ながい」
女の子が、少し、うるむ。
ふ、と、小さく、笑う。
「……そうですね。3日は、長いですね」
その笑いは、さっきより、あたたかい。
王子は、手を伸ばす。
触らない。
でも、近い。
光りが、ふわり、と、女の子を包む。
胸の辺りがが、ぽう、と、明るくなる。
「ひとりじゃないよ」
王子が、言う。
女の子は、そっと、うなずく。
「はい」
ため息は、もう、でない。
かわりに。
すう、と、長い、息。
それは、柔らかい、音。
ルルが、ぴたり、と、王子の隣に座る。
女の子は、ルルをみる。
「……まあ」
こわくない。
ただ、少し、不思議。
「殿下の、友達です」
にんじんが、優しく言う。
女の子は、微笑む。
「では、私の友達でも、ありますね」
ルルの胸が、ぽう、と、光る。
また一つ。
仲間が、増えた。
窓の外の雨が、少しだけ、薄くなる。
部屋の中は、さっきより、明るい。
王子、満足そうに、うなずく。
聞けた。
届いた。
それは、小さなこと。
でも。
お城の中の、ため息は。
初めて、言葉になった。
うさぎの耳は、今日も、柔らかく、開いている。
王子とまものと女の子を見守っていただきありがとうございます。




