第16話 待つ、ということ
第16話です。
朝。
空は、少し、晴れ。
雲が、流れている。
3歳の王子は、塔の上。
昨日の、ずれを、知らない。
「きょうも、どくん」
胸に、手を当てる。
どくん。
紋章が、ふわ、と、光る。
……どくん。
ほんの、一粒分。
追いかける。
ルルが、じっと、見る。
どくん。
王子は、少し、眉を寄せた。
「……なんか、いそがしい」
にんじんが、そっと、言う。
「きょうは、風が、強いですね」
確かに。
窓の外。
森が、ざわざわ。
町の方でも、
ばたん、と、扉の閉まる音。
どくん。
王子は、少し、強く、鳴らす。
どくん。
紋章が、ついてくる。
でも。
……どくん。
ほんの、一粒分。
ずれる。
「なんで?」
どくん。
どくん。
早くする。
紋章は、ついてくる。
でも、また、
……どくん。
遅れる。
王子の、声が、小さくなる。
「そろわない」
だいこんが、が、慌てる。
「殿下、もっと強く!」
たまごが、静かに、言う。
「殿下」
王子は、たまごを、見る。
「紋章は、逃げてはおりません」
「でも、ずれる」
「はい」
ルルが、ゆっくり、言う。
「きょうは、風の、音が、早い」
王子は、きょろきょろ。
森。
街。
雲。
みんな、動いている。
どくん。
自分だけ、早い。
「……ぼく、ひっぱってる?」
たまごが、少しだけ、微笑む。
「殿下。今日は」
息を、一つ。
「待ってみますか」
「まつ?」
聞いたことは、ある。
でも。
「まったら、そろわないよ?」
「いえ」
にんじんが、そっと、胸に、手を当てる。
「待つ、というのは」
「今、鳴らさない、ということ」
どくん。
王子の胸が、鳴る。
次を、少し、我慢する。
……。
どく。
少し、ゆっくり。
紋章が、光る。
ぴたり。
王子、目を、丸くする。
どくん。
……どくん。
まだ、少し、ずれる。
でも。
さっきより、小さい。
「もういっかい」
どく。
……。
風が、ざわ。
街の扉が、ことん、と、閉じる。
雲が、少し、開く。
どくん。
ぴたり。
ほんの、一瞬。
合う。
王子の息が、止まる。
「……あった」
嬉しいけど、
叫ばない。
次を、鳴らしたいけど、
少し、待つ。
どく。
……。
どくん。
紋章が、柔らかく、光る。
今度は、
紋章が、待っていたみたいに。
ルルが、にっこり。
「いま、きいた」
「きいた?」
「うん。世界の、音」
王子は、静かに、頷く。
どくん。
今までより、少し、ゆっくり。
でも、暖かい。
塔の入口。
王と王妃が、並んで、見ている。
王は、何も、言わない。
ただ、頷く。
王妃が、囁く。
「……はじめてですね」
「うむ」
どくん。
紋章が、ぴたり、と、合う。
ほんの、一瞬。
でも、昨日より、長い。
3歳の王子は、まだ知らない。
今日、
初めて、
自分の鼓動を、
止めずに、
“まった”ことを。
それは、
小さな、小さな、
王の、一歩。
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