第15話 ずれた、ひとつ分
第15話です。
塔の一番上。
静かな部屋。
窓から、薄い光。
真ん中の床に、大きな、魔法陣。
うさぎの耳の、王家の紋章。
柔らかい、青。
3歳の王子は、
とことこと、歩いてきた。
「きょうも、どくん、する」
ルルが、後をついてくる。
たまごと、にんじんと、だいこんも、一緒。
王子は、魔法陣の真ん中に、ぺたん。
胸に、手を、当てる。
「いくよ」
どくん。
静かな部屋に、響く。
紋章が、ふわ、と、光る。
どくん。
青い光が、一つ、広がる。
どくん。
うさぎの耳が、少し、伸びる。
ぴたり。
きょうも、合ってる。
王子は、にこ。
「ほら、そろった」
どくん。
――ど……くん。
ほんの、一粒分。
紋章の光が、
少しだけ、遅れた。
それは、
誰も、気づかないくらいの、
ほんの、わずか。
でも。
塔の入り口で、
それを、見ていた人がいる。
王。
まばたき、一つ。
王子は、気づかない。
どくん。
紋章は、ちゃんと、光る。
消えない。
濁らない。
ただ、
もう一度。
どくん。
……どくん。
ほんの、一粒分。
遅れる。
「?」
ルルが、耳を、ぴくり。
でも、なにも、言わない。
王子は、楽しそう。
「きょうも、できた」
どくん。
紋章は、ついてくる。
追いかけるみたいに。
どくん。
……どくん。
王は、そっと、目を、閉じた。
深く、息をする。
王妃が、隣に、並ぶ。
「……見えましたか」
「うむ」
声は、静か。
「まだ、早い」
王妃は、微笑む。
「ええ。でも、まっすぐです」
どくん。
部屋の真ん中で、
王子は、満足そうに、手を上げる。
「きょうは、強かった!」
だいこんが、頷く。
「殿下、絶好調です!!」
にんじんが、優しく、言う。
「少し、急ぎましたね」
「げんきだから!」
王子は、えへへ、と笑う。
どくん。
紋章が、少しだけ、揺らぐ。
それでも、
ちゃんと、ついていく。
王は、ゆっくり、塔を後にする。
何も、言わない。
まだ、
ほんの、一粒分。
それは、不足ではない。
伸びしろ。
塔の外。
雲が、ゆっくり、流れる。
森が、静かに、息をする。
街の煙突から、煙が、昇る。
どくん。
……どくん。
ほんの、一粒分。
世界は、まだ、合わせきれない。
でも。
追いかけている。
3歳の王子は、まだ知らない。
自分の鼓動が、王家の紋章より、
少しだけ、先に、進んでいることを。
それは、ずれではなく。
未来へ、踏み出す、
一歩だった。
お読みいただき、ありがとうございました。




