再会の咆哮、終わらぬ旋律
天珠が翠玉の森へと帰還してから、人の世では十の余る月日が流れた。
神にとっては瞬きにも満たぬ時間だが、人の世を治める魏影にとっては、気の遠くなるような孤独との闘いだったに違いない。
ある夜、翠玉の森の境界を揺らす、懐かしい調べが風に乗って届いた。
それは、かつて王宮の縁側で聞いた鼻歌よりも、ずっと深く、野性味を帯びたー歌ー咆哮であった。
「……ふむ。ようやく、すべての枷を外したようだな」
天珠は千年樹の枝から飛び降り、花の香りを纏って下界へと舞い降りた。
辿り着いたのは、国境の険しい山嶺。
そこには、月光を浴びて銀色に縁取られた、一頭の巨大な黒狼が佇んでいた。
黒狼――魏影は、天珠の姿を認めるなり、弾かれたように駆け寄った。
その巨体で天珠を押し倒さんばかりに顔を寄せ、喉を鳴らして甘える。
その瞳には、十数年溜め込んできた狂おしいほどの情熱が、今なお衰えずに燃え盛っていた。
「待たせたな、天珠。……ようやく、俺のすべてをあんたに捧げられる」
神の御業によって、狼の姿のまま念話で届けられたその声は、以前よりも低く、重い執着を孕んでいた。
「しつこい奴め。本当に、王座も、人の名も、すべて捨ててきたのか?」
「ああ。弟は立派に育った。今のあいつなら、俺の影などなくとも国を導ける。……今の俺にあるのは、あんたを追いかけるための四肢と、あんたを守るための牙だけだ」
魏影は天珠の細い手首を甘噛みし、逃がさないと言わんばかりにその場に伏せた。
天珠は、肌に触れる黒い毛並みの熱さに、かつて感じた「危機感」を思い出す。
この男は、獣になってもなお、天珠という神を自分の檻に閉じ込めることを諦めていないのだ。
「……ずぶとい男だ。だが、その濁りのない執着こそが、妾を退屈から救う唯一の調べよ」
天珠は自嘲気味に微笑み、黒狼の硬い鬣に指を沈めた。
「人とは本当に面白い。翠玉の森が、一段と騒がしくなりそうだな」
天珠は風を呼び、一人と一頭を包み込んだ。
逃げるつもりの神と、追いかけ続ける獣。
夜空へと消えてゆくその影は、歪で美しい旋律を奏でる風ととも翠玉の森へと消えていった。




