過去編:灰色の檻と、血に濡れた子守唄
かつて、魏影という名の少年は、後宮の片隅で息を潜めるように生きていた。
腹違いの兄弟は十人を超え、誰もが「帝」という座を目指し、毒と刃を隠し持っていた時代だ。
「……また、一人消えたか」
庭の池に浮かんだ兄の一人を眺めながら、少年だった魏影は感情を捨てた。
流行病が宮中を席巻した際も、彼は死を恐れなかった。
むしろ、この薄汚れた欲望の渦から解き放たれるのなら、病による死さえも慈悲に思えたのだ。
だが、運命は彼に「生」を強いた。
有力な継承者が次々と病に倒れ、あるいは互いに計略を仕掛け合って共倒れしていく中、なぜか最も野心のなかった魏影だけが、健康な体のまま取り残されてしまったのである。
その時、彼の足元に縋り付いたのが、まだ言葉も持たぬ腹違いの弟だった。
この幼子もまた、毒を盛られた母を亡くし、孤独に震えていた。
(……ああ、面倒なことになった)
魏影は弟を愛したわけではない。
ただ、目の前で無残に散っていく命の連鎖に、ひどく飽き飽きしていたのだ。
彼は仕方なく、転がり込んできた「王座」という名の重石を引き受けた。
弟を次の王として育て上げ、安全に引き継ぐまで――それが、彼が自分に課した、乾いた「役目」だった。
感情を殺し、冷徹な帝として振る舞う日々。
そんな彼の唯一の慰めは、夜の帳が下りる頃、誰に聞かせるでもなく口ずさむ「歌」であった。
それは、この泥沼のような宮廷には似合わない、清らかで、しかし救いようのないほど孤独な旋律。
その歌が枯れ果てる頃、まさか翠玉の森の神――天珠を惹きつけることになろうとは、その時の彼は知る由もなかったのである。




